第五話
新人戦県大会
「1回戦は吉川東か」
「大丈夫だよ。俺たちにかかれば」
その言葉の通り、港南埼玉は1回戦の吉川東に70-0で勝利を収めた。特に、バックスのキレがよく、後半途中からは控えのバックスを使うほどの余裕もあった。
「2回戦は私立の与野光高校か」
「ここは確かミッション系の学校でしたよね?」
「ああ。ここは女子が多めの学校だよ。女子7人制で埼玉2位のチームだ。とはいえ男子は最近大したことないがな」
女子ラグビーは最近になってチームが増え始めつつあるが、そのほとんどはバレーボールやバスケットボールの強豪校の落ちこぼれで構成されているという。
特に愛知や大阪ではそれが顕著であり、埼玉も例外では無く近年の出場校の大半はバスケットボールやバレーボールの強豪校である。
「実力はどうですか?」
「まあ勝てるだろう。ただ、少しディフェンス強めかな」
2回戦の与野光高戦は前半少し苦戦したものの54-0で勝ち、ついに準決勝へ進んだ。
準決勝戦前日
練習も終わり、部員たちは明日のことについて話し合っていた。
「滝と吉岡と山内は明日特進Aクラス入室試験か」
「滝や吉岡はともかく、山内が受かるとなるときついな」
「Aクラス入りのやつらは部活引退だからな」
「それはそうと、明日は大丈夫かね?」
「川本と岩橋と岡島が間に合うかどうかだな」
「確かインフルエンザだっけ?あの3人は」
「岩橋は間に合うって言ってたけど、川本と岡島は無理だってさ」
「そうか。そしたら板橋と石原がハーフ団だな。センターはどうなんだ?」
「中島と岩橋って話だけど、川中にやらせるかもな」
新人戦県大会準決勝
熊谷ラグビー場Aグラウンド
相手は行田市にある古豪の忍実業高校。
選抜出場のための最大の正念場である。
忍実は白と紺のゼブラユニフォーム。港南埼玉はサードジャージのオレンジユニフォームを着用。
今日のスターティングメンバーは
1番 藤岡
2番 矢部
3番 大河内
4番 ゴメス
5番 大村
6番 奥田
7番 三浦
8番 北山
9番 板橋
10番 石原
11番 吉野
12番 中島
13番 岩橋
14番 上杉
15番 武田
控えは
16番 宇野
17番 桑田
18番 川中
19番 井藤
20番 宮前
21番 佐野
22番 小池
この日は港南埼玉高校の特進Aクラス志望者の一次試験のため、山内、滝、吉岡が不在。それに加え、岡島と川本がインフルエンザで休みの中での試合となった。
「いいか。今日の相手はこれまでの相手より数枚も上だ。そのうえで心してかかれよ。フォワードは松本竜一・竜二の双子の動きに警戒しろ。それから、スクラムについては北埼高校並みと考えておけ。バックスは、中央突破を防げ。ベストメンバーではないが、こういうときこそ陣形を崩されるなよ」
「それから、岩橋」
「はい」
「お前は病みあがりだ。途中で交代させる」
「はい。後半あたりでお願いします」
曇り空から晴れ間がのぞく中、忍実のキックオフで試合が始まった。
キックはタッチラインを割り、港南ボールでセンターライン上でのスクラム。
「(ちくしょう、押されちまうな)」
スクラムはやや押され気味でボールが出る。
ここで石原はハイパントに出る。
しかしこのボールを忍実8番の松本竜一がチャージ。
「石井!行けー!」
竜一が叫ぶ。
こぼれ球を忍実9番石井が持ち込み先制トライ。
わずか1分12秒の猛攻だった。
「すまん、ハイパントをやろうとしたら、チャージ食らっちまった」
と、石原が謝ると、
「石原、悪いのは俺だ。俺が追いきれなかったせいでトライを許しちまった」
武田が石原に謝る。
「武田、すまん。俺も追うべきだったのにちゃんと追えなくて」
と、中島も謝る。
それを聞いた大村は
「(後輩がここまで頑張っているのに、俺らがここで頑張らなきゃどうするんだよ)」
と、奮起した。
忍実のコンバージョンキック。
キッカーは石井。
しかしコンバージョンキックを外す。
5対0
忍実5点リード。
前半8分
忍実ボールのラインアウトから、バックスに展開。
8番の松本竜一が抜け出し、そのまま40M以上独走。
トライを決める。
「2年生だけ来てくれ」
と、大村が2年生を集める。
「俺は山内と約束したんだよ。必ず勝って関東大会に行くって。だから今日の試合は立候補してまでキャプテンやってるけど、1年生が頑張ってるのに先輩の俺達が頑張らなくてどうすんだよ。これで負けたら今日来れなかった山内や川本や岡島になんて言えばいいんだよ。もっと気合い入れようぜ。相手は俺達より格上なんだぞ。気持ちで負けたら試合にも負けるんだぞ」
と、大村がカツを入れた。
忍実のコンバージョンキックは失敗。
10対0
忍実10点リード。
前半13分
港南、忍実のオフサイドの反則から忍実陣内10M付近まで陣地を挽回。
ラインアウト後即モールに持ち込む。
そして進まないと見るや否やすかさずバックスに展開。
相手のバックスラインの崩れたところから14番上杉が中央にトライ。
「板橋、好判断だったな。上杉、ナイストライ」
と、大村が褒める。
ここでコンバージョンキック。キッカーは石原。
コンバージョンキックは見事成功。
10対7
忍実3点リード。
前半19分
忍実、スクラムを崩しコラプシング(1)の反則を取られる。
忍実陣内5M付近からの港南の攻撃を忍実は2回食い止めるも、3回目の攻撃を食い止められずトライを許す。
トライを取ったのは2番の矢部。
コンバージョンも成功。
10対14
港南4点リード。
前半23分
港南はここでノットリリースザボールの反則を取られる。
忍実は港南陣内5M付近でのラインアウトから一気にモールで押し込みトライを奪う。
「(やっぱり忍実は強いな。ダテに過去何度も花園に行ってるわけじゃねえや)」
部員も、源田もほぼ同じ認識だった。
忍実のコンバージョンは失敗。
「(チッ、決まらねえ)」
と、キッカーの石井が悔しがる。
15対14
忍実1点リード。
前半終了間際
忍実、トライのチャンスであったが、ラックでターンオーバーを許し、武田のキックで一気に港南陣内5Mから忍実陣内7M付近まで戻され、吉野がチャージに行くも、忍実フルバックの新田がうまくタッチキックを決め、前半終了。
「ごめん、追いつかなかった」
「吉野、いいんだ。俺が陣地を挽回するためにあそこまで蹴り返しただけだし、そもそも相手のフルバックはハーフウェイラインあたりにいたんだ。あそこまで追いつくなんてすごいや。まだあと30分で1点差だ。ドロップゴールでも逆転できる」
と、武田が吉野を励ます。
「(自陣5Mから敵陣7Mくらいまで蹴り返せるフルバックと、ハーフウェイラインと10Mラインの間のやや10Mライン寄りからカバーに行ったうちのフルバックの新田が取って蹴り返す前にチャージに行けそうになるスピードのウイングか。どうやらワシは港南埼玉を侮っていたようだな)」
と、忍実の監督が少し笑う。
前半終了
忍実15-14港南
港南埼玉ベンチ
「みんなよく聞け。相手はキックが不正確だしモーションも大きい。そこでだ、奥田、三浦、北山の3人は積極的にチャージに行け。ここがおかしいぞ、あれがおかしいぞと相手に思わせることがここ一番で大きいアドバンテージになる。バックスは陣形を崩すな」
「はい!」
「それから、岩橋、交代だ。川中、出ろ。準備は出来てるだろうな」
「バッチリです」
「よし、いってこい」
忍実ベンチ
「お前ら、相手チームを低く見ていたフシがあったな。まあ、ワシも甘く見ていたがな。ここから先はバックスへの展開は少なくする。時間はかかるがフォワードで攻める。リードしているのはこっちだ。時間が少なくなればなるほど相手には焦りが生まれる。これを突くのが勝利への鍵だ。気合い入れて行くぞ」
と、監督の蓮見がいう。
蓮見忠徳。58歳。この忍実業高校で32年間監督を務めている。教職科目は物理。忍実業赴任1年目でいきなり花園へチームを導いたことや本人の熱意もあり、県立高校の異動の際には忍実業全日制と忍実業定時制を交互に異動している。
後半開始
選手交代
港南埼玉
13番 岩橋 → 18番 川中
忍実は交代無し。
「岩橋、交代を志願するのが遅い」
「まだ動けました」
「ダメだ。前半ロスタイムあたりから足が動いてなかったぞ。お前のミスでトライを取られかねないかヒヤヒヤしたぞ。それに、ターンオーバーして武田がキックした時、ちょっとよろけただろ?あれじゃお前が穴だと教えてるようなものだ」
「すみません」
「病みあがりで無理されて倒れても困る。今後は無理するな」
源田は岩橋を説教した。
後半6分
忍実、ノットロールアウェイ(2)の反則を取られる。
港南、ここでもペナルティゴールを狙わず、あくまでもトライにこだわる姿勢を見せ、タッチに蹴り出す。
しかし、ラインアウトで相手ボールとなる痛恨のスローミス。
カウンターに出るも、ここで川中のナイスタックルが決まり相手の進撃を食い止める。
忍実ここでノックオンを取られる。
後半10分
港南ボールのスクラム。
スクラムはやや忍実有利。
そこから忍実のSO中井がキックをするも、これを6番の奥田がチャージ。こぼれ球を7番三浦が持ち込みトライを奪う。
コンバージョンも成功。
15対21
港南6点リード。
後半17分
キックされたボールをダイレクトで取って港南14番の上杉がカウンターアタック。これが成功し、残り10Mまで攻め込む。連続ラックの3フェイズ目でバックスに展開。
12番中島が中央突破し、フォローに入った8番北山が中央にトライ。
コンバージョンも成功。
15対28
港南13点リード。
後半25分
港南、自陣5M付近でオフサイドの反則を犯し、そこからの忍実のモールの前にトライを許す。
コンバージョンはSOの中井が蹴る。
このコンバージョンキックは成功。
22対28
港南6点リード。
忍実、逆転の可能性が浮上。
後半ロスタイム
港南はオーバーザトップ(3)の反則を犯す。
選手交代
港南埼玉
4番 ゴメス→ 16番 宇野(出血のための一時的交代)
1番 藤岡 → 19番 井藤
港南陣内5Mまで攻め込んでいた忍実はここで迷わずフォワードで一気に押し込む作戦に出た。
トライを取ってコンバージョンキックを成功したら逆転だと燃える忍実と、来るなら来いの港南と、互いの意地のぶつかり合いとなった。
攻めをことごとくタックルで潰す港南の前に忍実の波状攻撃が降り注ぐ。
まさに体と体のぶつかり合い。
攻めと守りのぶつかり合いの前に、ベンチはもちろん、客の視線は釘付けになった。
5フェイズ目、フランカーの松本竜二が突撃。
これを宇野が相撲取りかのようなぶちかましとタックルで一気に5Mラインより後ろに押し戻す。
続いてオープンサイドに右プロップの斎賀が攻める。これを矢部が一歩も前に進ませないディフェンスで食い止める。体重差は30kg以上(斎賀:126kg、矢部95kg)あるが、それをものともしないタックルに相手は戦慄した。
次なる手段はモール。
1人でダメなら複数人。
これを押し留める港南ディフェンス。
モールは5秒以上停止すると相手ボールのスクラムとなる。なお、ボールが後ろに動いていれば適切な時間内にボールを出せばプレー継続となる。
ここで石井、サインを出す。
サインの内容はフルバックを使った中央突破。
「ユーズイット!」
審判の声が響く。
モールが止まったのである。
ここで松本竜二が狭い方に飛び出し港南フォワード陣を陽動。石井は迷わずパスを出す。
しかし、フルバックを使った中央突破は読まれていた。
あっさりと吉野がインターセプト。そこからはあっという間だった。100M走11秒0の俊足である吉野相手に陣形を崩されたバックス陣が追いつけるはずはなく、中央にトライを許した。
当然のごとくコンバージョンキックも成功。
石原の「35M以内でかつラインアウト最後尾の線より内側なら外さない」という自信に裏打ちされたキックだった。
試合終了
22対35
港南埼玉の勝ち。
忍実バックス陣は泣き崩れ、フォワード陣は呆然と立ち尽くしていた。
「これで関東大会決定か…信じられんな」
源田は少々戸惑う。
一方、忍実業高校監督の蓮見は記者団に対し
「選手たちはよくやってくれました。誰1人最後まで諦めませんでした。今日の敗因は私です。港南埼玉を北埼高校に106点も取られる程度のチームだと侮った私の落ち度です。それを踏まえて、もっと強くならないといけないということを理解させてくれた試合だと思います」
とコメントした。
帰りのバスにて
「最後に話がある。みんなの寝たい気持ちもわかるから手短に言う。今日はお疲れ様。今日の勝ちは自信に繋がる。決勝戦の相手は北埼高校だ。勝ち負け関係無しに強気で挑め。以上」
しかし、この話を源田がする前からすでに1年生の出場メンバーは寝てしまい、話が終わると起きていた部員も緊張の糸が切れ、眠ってしまった。
つづく
脚注
(1)コラプシング
スクラム、モール、ラックを、意図的に崩す反則。
(2)ノットロールアウェイ
タックルした選手が速やかに相手選手を離さない反則。
(3)オーバーザトップ
モールやラックになった状態で、相手側に倒れこんでボールが出るのを妨げる反則のこと。
当作品におけるラグビーのルールなどは事実に基づいたルールですが、今回の女子ラグビーの件は完全な脚色です。普通こんなことありえません。私立H高校や私立Y高校や私立O学園でも無いです。また、普及率は現実世界をはるかに上回ることを付け加えておきます。
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