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飛翔の楕円球  作者: 西武球場亭内野指定席
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第一話



1月7日

東大阪市花園ラグビー場


「ここまで、来たんだな」

「勝とう。絶対に勝とう」

「もちろん。今の俺たちは強いんだ」



さて、舞台はそこから2年と9か月ほど前にさかのぼる。


4月2日

埼玉県狭山市

私立港南学園埼玉高等学校

ここに、1人の教師が赴任してきた。

源田弘寿(げんだ ひろとし)、31歳。

彼は元ラグビー日本代表の選手だった。

ポジションはフランカー。

大分の鶴賀台高校から早稲田大学へ進学後、23歳の若さで港南学園高校からの誘いを受け、国語の教師兼ラグビー部監督を務める。

29歳の時にスカウトにも回り、そこでは後に高校日本代表に選ばれることになる選手を引き抜くなどスカウト力も高かった。

ラグビー部を3度も冬の全国大会で優勝させた手腕や育成力を買われ、系列校の港南埼玉高校へ異動となった。


赴任早々、校長らと話をした。

「源田くん。この学校は今や生き残りに必死だ。進学実績、部活動の強さ、校風や制服、あらゆる手段を検討したが、進学実績はやはり時間がかかりすぎる。そこで、君の実力を借りたい」

「わかりました。学校側はどのくらい協力できますか?」

「専用グランドと専用クラブハウスの建設を検討している。あとは君次第だな」

「校長、ラグビー部を全国大会に出場させたいなら、私に任せてください」

そう言って、源田は校長室を離れた。


4月5日

入学式

源田は早速、1年生に目をかけた。

自分が目をかけていたスクール出身の生徒が数人いたことに加え、体格のいい連中が数人いた。

早速声をかけたが、反発した生徒が3人いた。


1人は三浦大輝(みうら だいき)

彼は入間で名が通った不良だった。

「オッさん、ラグビーなんかやらんぞ」

そう言い放ち、さっさと帰ってしまった。


もう1人は北山晋吾(きたやま しんご)

「あんたが誰だか知らないけど、勧誘ならよそでやってください」

まるでインテリヤクザみたいな眼つきだったが、こういうタイプはなかなかいないと思い、源田は自身のメモ帳にチェックをした。


最後の1人は桑田信一(くわた しんいち)

典型的な不良だった。

「ラグビーなんかするか」

と、吐き捨てて帰った。


4月12日

ラグビー部に1年生17人が入部した。

他の顧問からは、あの3人もグランドに来ていたことを驚かれた。

「源田先生、あの3人って断った生徒でしょ。どうやって入部させたんですか?」

と、顧問の中村がいう。

彼もラグビー経験者。

系列校の港南千葉高校から異動してきた先生だった。


「ああは言っても高校生。挑発やら口車には乗ってしまう年頃だよ」

入部したのは先の3人のほか、

矢部良(やべ りょう)

板橋巧(いたばし たくみ)

奥田真大(おくだ まさひろ)

石原彰吾(いしはら しょうご)

上杉隆大(うえすぎ たかひろ)

吉野光輝(よしの こうき)

武田圭吾(たけだ けいご)

川中仁(かわなか じん)

中島秀明(なかじま ひであき)

宮前正太郎(みやまえ しょうたろう)

井藤保(いとう たもつ)

宇野隆(うの たかし)

佐野亨(さの とおる)

小池和弘(こいけ かずひろ)


このうち、石原、中島、板橋の3人は、中学時代に全国大会出場歴のある選手だった。

矢部、武田の2人もラグビースクール出身者である。

経験者が多いことは心強いと源田は思った。


初日から早速練習は始まった。

さすがに、初心者は全体練習ではなく、初心者向けのメニューだった。

練習開始から一週間、3年生らが反発した。

「あんな熱血漢のおっさんの練習についていったら絶対ケガする。ついていってどうするんだ」


それまでの半分遊びみたいな練習から一転、全国大会常連校のようなハードな練習に、部員のほとんど全員がついていけなかった。


そのうち、疲労がピークを迎えるとともに、部員がよく怪我をするようになった。

このままではいたずらに怪我人を増やすだけだと源田は悟った。


そのため、部のメニューはほとんど筋トレ主体となった。基礎体力を上げることで怪我をしにくい身体を作り上げなければならない。

しかし、効果はすぐには上がらなかった。


5月

国体県予選

相手は東地区の日進高校。

下馬評では港南埼玉有利だった。

しかし、怪我人多発により部員のほとんどがベストなコンディションではなかったことに加え、細かいミスなどもあり、結果は17対17。抽選の末、日進高校に敗れた。


「お前達にはまだ秋がある。あんなのはプロ野球で言えばオープン戦だ。気にしなくていい。1年生は来週親善試合があるから、気合い入れて挑めよ」


週明けから1年生を対象に特訓が始まった。

試合前日まで攻撃のフォーメーション(例えば、ラインアウト後のフォワードの動きやスクラム後のバックスの動きなど)やスクラム、そしてタックルも念入りに特訓した。


翌週

春季1年生親善大会が開かれた。

この大会は1年生だけが対象で、単独チームの部と、連合チームの部に分かれている。

単独チームは8チーム。1日で終わらせるため、都合3試合やることとなったが、30分という短い試合時間もあり、1年生たちはみんな元気一杯はつらつと動き、経験者たちは物足りないと言ってのけた。

港南埼玉高校は単独チームの部で見事優勝した。


しかし、部が二つに割れる出来事が発生した。

ある日の部活開始前、三浦などの1年生部員と、3年生部員たちがにらみ合いとなってしまった。

その結果部内でギスギスした雰囲気となり、ついに、3年生らが示し合わせて練習試合をボイコットしてしまった。


その日来たのは全部員33人中18人。1年生は全員、2年生はたった1人。


「なんだ、これだけしかいないのか。3年生と2年生はどうしたんだ?模試が無いから遠征にしたのにいったいどういうつもりだ」

全国的な模試があるときは校内で模試を行うため、遠征試合を組まない。

学業偏重方針は入試のときにもあり、推薦入試以外は調査書の内容をほとんど評価しない実力主義姿勢を貫いている。これは港南学園の系列校の全てで共通である。


その惨状を見て、月曜日に源田は部員全員を昼休みに呼び出した。

「お前らは、日曜日の練習試合をボイコットしたな?そんなに俺のやり方が不満か?」

ボイコットした部員たちは黙り込んだままだった。

「なら、これからはチーム分けしてチームごとに練習しようか。俺はボイコットしなかった18人を教える。そのほかの部員は中村先生の指示に従って練習しろ。例えボイコットした部員でも俺にプレーについて教えてもらうのは自由だが、俺が教える1年と2年の選手に対して必要以上に干渉するな。もしパシリやら暴力などの事案があったら強制的に退部させる」

「源田先生、強制退部はいくらなんでもかわいそうですよ」

中村が口を挟む。

「こいつらは示し合わせてボイコットしたんだ。休むのなら俺か中村先生に連絡が入るだろうし、先輩の指示で従わざるを得ないなら、仮病でも連絡を入れればいい。ところがこいつらは誰1人として連絡を入れなかった。本来ならこの場で退部を言い渡しているところだ。なあ、キャプテンの温水?お前もボイコットしたってことは、不満があるんだろ?」

キャプテンの温水は黙り込む。


「じゃあチーム分けだ。Aチームは土曜にボイコットした3年の栗林、村野、町村、温水、本橋、笹川、林、それから2年の大河内、藤岡、滝、ゴメス、岩橋、川本、山内、岡島、吉岡の16人。それ以外は全員Bチーム。言っとくが、チーム分けしても、試合に出す奴は俺が決める。今日は休みだから、明日から、新しいラグビー部用のグランドでチームごとに練習な」

こうして、チームは半分に分かれた。


翌日、源田が昼休みにBチームを呼び出した。

「もし、部室に荷物を置いているなら今のうちに荷物を移動しろ。今日完成したばかりのラグビー部用グランドの横にクラブハウスがあるからそこをBチームの専用部室にする。これからはそこで着替えをするように」


荷物を移動した1年生と2年生の大村は、その設備の良さに声も出なかった。

「どうだ、びっくりしただろ。これだけの設備、他の高校が羨ましがるぞ。そろそろ時間だから教室に戻れよ」

その設備はというと、プロ野球の本拠地にあるクラブハウスを考えるとわかりやすく、冷暖房完備はもちろん、冷蔵庫やテレビまでも備え付けられていた。


そして、部活開始前

クラブハウスにて。

このクラブハウス、2階建てで、1階はロッカールームとシャワールーム。2階のトレーニングルームには鍵がかかっている。

源田の話によると、まだトレーニング用具が揃っていないので揃うまでは使わないとのこと。


「大村先輩、これだけの設備を俺らだけで使うのはもったいないですね」

と、板橋がいう。

「そうだな。あ、お前ら冷蔵庫に入れるものには名前書いとけよ」

そういうと大村は冷蔵庫の前に

[冷蔵庫の中に入れる飲み物などにはちゃんと名前を書きましょう]

と書いた紙を貼った。

「大村先輩、このロッカールーム30人で着替えられるってすごくないですか」

と、言ってきたのは宮前。

「そうだな。これだけの設備だと、綺麗にしないと怒られそうだな」


新しいラグビーグランドは人工芝のグランド。

FIFAやワールドラグビーで公認を受けたロングパイル人工芝を採用し、照明設備も完備。得点板はパネル式。掲示用時計は7セグメント式デジタル時計。


そして一通り練習が終わると、各チームはそれぞれの部室へ戻ったが、Aチームが反発した。

理由は部室の格差だった。

Aチームが使っている部室は隙間風も入れば、汚く、ボロボロな部室で、着替えるのも一苦労といった有様なため、冷暖房完備のBチームのクラブハウスとは雲泥の差である。


それに対し源田は

「お前達が練習試合でボイコットをしたのがいけないんだ。俺に恥をかかせるならともかく、相手校に迷惑をかけておいてよくそんなことが言えるな。言っておくが、AチームとBチームの2チーム体制は3年生が引退するまで変わらんからな」

と、Aチームの部員に言い放つ。



こんな状態でチーム間に溝ができたまま、夏休みを迎えた。


つづく

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