イタリアンファミレス魔神剣
「弟子をとったと聞きましたよ桔梗」
「その話はやめて」
数少ない友人の一人が、らしくもないにやにや笑いを浮かべてこちらを見ている。
桔梗は顔をしかめながら、アイスティーを飲み込んだ。ミルクは倍量、ガムシロップは三倍量である。武闘家でありながらJKである彼女は、多量の甘味とカロリーを必要とするのである。
「大体、どこでそんなおぞましい噂を耳にしたの」
「どこも何も、あなたは自分の知名度というものに、もっと敏感になったほうが良い」
彼女は金城心葉。
桔梗も所属する、都立高校生徒会の副会長であり、何故だか放課後には校外でよく見かけられる人物である。
一見すると、ややつんつんした癖っ毛の、小柄な少女に見える。
抜身の刃に例えられる桔梗と比べても、劣らぬ程度には美少女である。
二人はごく安価な、イタリアンファミリーレストランで安価なスイーツを楽しみつつ、ドリンクバーに勤しんでいた。
「隙あらばあなたの首を狙おうとする連中には事欠かないでしょう。私は思うのです。なぜ彼らは彼我の戦力差を全く理解することが出来ないのか、と」
「悪いけれど、何を言っているのか全く理解できないな」
分かってないふりをして、桔梗はシナモンフォッカチオを口に運ぶ。
彼女の中では、自分はごく一般的なJKなのだ。
決して目の前にいる、古武道の権化たる化物と剣道一本で互角に渡り合える人外の剣客などではない。
故に、桔梗には因幡純という探偵を自称する少女が、自分に弟子入りを願い出る理由など見当もつかないし、むしろ己がJKとしてのありようを彼女から教授いただきたいと願ってやまない。
「しかし、今日はどうしたのです。いつもであればこのような敵地で食事をすることなど好まないはずなのに。お気に入りのラーメン屋には行かないのですか」
「心葉は私の事を何か誤解していないか? ごく一般的な女子高生たる私は、一人で商店街のラーメン屋になど行かないし、そこでチャーシュー麺大盛りを頼むこともあまりない」
「たまにはあるのですね」
「たまにはある」
フォッカチオの残りを一口で押しこみ、アイスティで流し込む。
「だから、だ。私はよく理解できないのだが」
「ええ」
「私に弟子入りなどという意味のわからないことをした純が、だ」
「はい」
「なぜにあそこでいかがわしい連中と向き合っているのか。その場所を私に教えたのか。全くもって、さっぱり理解できない」
桔梗はある方向を指差した。
レストランはとある雑居ビルの一階を借りきって営業している。
そこは、表通りと裏通り、どちらからでも入ることができるようになっており、搬入口はまた側面に設けられている。
裏口の窓からは、因幡純と言う名の黒縁メガネの少女が、気弱気な少女をかばいつつスクールカーストでも地位が高そうな女子のグループに向けて啖呵を切っている様子だった。
あまりに朗々と啖呵を切るので、窓越しのこちらにも伝わってくる。
曰く、
『あなた達がいじめを行っている証拠は掴んでいる』
『教師に通告することも考えている』
『ネットにばらまいて社会的制裁を受けたいのか』
などなど。
最近、桔梗から剣の手ほどきを受けた純は、めっきり自らの実力に自信をつけたようだった。
だが桔梗からすればあれはお遊戯のようなものである。
なぜその程度でここまで強気になれるのか不思議でならない。
ともかく、桔梗と心葉はドリンクバーをお代わりしながら様子を見守る。
ひとしきり証拠を突きつけ、何やら探偵っぽいことをしたと満足気な純。
女子グループは彼女を見て、ぐぬぬ、という顔をしていたが、すぐに見下すような嫌な笑みを浮かべる。
それがどうした、私のママはPTA会長なのよ、とでも言っているに違いない。
おそらくあれはお金持ちの嬢様か何かだ。権力でもみ消すことを言っているのだろう。
純がぐぬぬ、となった。
なぜ問答無用で目の前の相手を倒さないのか。
桔梗にはそれが疑問だった。
「だから桔梗は一般的JKなどにはなれないんですよ」
「うるさい」
二人はすぐにコーラを飲み終えてしまった。
「ちょっと会計してきます」
「あとで割り勘ね」
急展開である。
女子グループはバックにつく男グループがいたのだ。
どこかに控えていたらしい彼らが、純と気弱気な少女を囲んでいる。
気弱気な少女などは泣き出してしまっているではないか。
この時間帯の裏通りやこのレストランは、あまり混んでいない。
主に明るい表通り側の席が埋まっていくから、この光景を見ているものは桔梗の他にいないはずである。
「よし、純、そこだ。不意打ちで叩きのめせ」
だが、純は足を震えさせながら、腰から護身用のロッドを取り出して身構えたのだ。
「あ、ばか」
武器を手にして、何か威嚇の言葉を投げている。
男たちは体育会系らしい。
ニヤニヤ笑いながら近づいてくる。
彼らもなかなか育ちが良さそうで、いいものを食って鍛え上げた肉体をしている。
スクールカースト的には最上位に近い、リア充グループではあるのだが、どちらかと言えばキョロ充なのかもしれない。女子グループにいいように使われているのだろう。
大方、肉体で彼女たちにアピールするグループか。
対して、純は完全無欠の文系少女である。
探偵を自称しているのも、何か厨二をこじらせたのだろう。
師匠直伝のーとか言ってる。
うわばかやめろ、はずかしい。
あ、ロッドを掴まれた。
武器を持っていても、体力で劣る女子はこのように追い詰められた状況で、それを抜いて戦ってはいけない。
なぜなら、窮地で取れる選択肢は限られており、さらには武器を逆に男に奪われてしまった場合、絶望的な状況になるからだ。
おお、奪われたロッドて純が顔を打たれた。
鼻血を出しながらうずくまる。
あ、泣いた。
「ああ、もう」
桔梗は奮然と外に出た。
「あ?」
ロッドを握ってニヤニヤしている男が桔梗を見る。
桔梗は彼に向かって歩いて行くと、そのままくるりと背を向けて純に言った。
「いいか、女は男よりも力で劣る。その場合に武器を振りかざしてしまうなど愚の骨頂だ。見ていろ」
「おほ、いい女! お前もこいつの知り合いかよ!」
「まず、こう」
ロッドの男が、握った獲物を振り下ろした瞬間、桔梗はロッドめがけて放った横拳で、アルミ製の棒をまるで熱した飴の棒のようにへし折る。
「え?」
次に、ロッドを握っている男の指を摘んで二本ほどまとめて折ると、「ぎええ」ロッドを手放させ、握ってまたまっすぐに伸ばした。
「分かったか。このように体力で劣る場合、簡単に武器を奪われてしまうのだ」
「ひい、俺の、俺の指が」
「うるさい、今は講義中だ」
「ごぼーっ」
ロッドで鳩尾をズドンと突いたら、男が倒れて口からえれえれえれーっと戻した。
「うおお、お前、炎天使になんてことを!!」
「そ、そうよ! ねえ冥王星、やっちゃいなよぉ!!」
「うおおー!」
最近の学生の名前はどうなっているのだ? と桔梗は疑問を感じながら、襲い掛かってくる男たちに振り向いた。
「私の動きを、よっと」
「ぎゃばあ」
「よく見ているんだぞ。おっと」
「ぐげえ」
「こら、焦るな。まだ身構えてないんだから」
「お、俺の鼻がぁ……!」
「おげええ、おげええ」
「し、師匠、もう全滅してます……」
「なんだって」
桔梗は愕然とした顔をした。
そして、鼻や口から血をだばだば流しながら地べたで悶える男たちに気づいて、再び愕然とした。
「待ってくれ。今身構えたんだ。さあ、かかってこい。かかってきてくれ」
「か、か、勘弁して下さい……! 俺達、いや僕たちもう悪いことしませんからっ……え、襟を離して、ぐ、ぐるじいっ……」
桔梗は悲しい顔をして立ち上がり。
そして、まだ無事な女子グループを見てパッと顔を輝かせた。
女子たちは顔色を絶望に染める。
「あ、あんた! あたしの親は代議士なんだからね! あんたの事を言いつけて学校を辞めさせてやってもいいんだから!!」
「御託はいい。それだけ元気ならさぞや腕の方も立つのだろうな。さあ行くぞ」
「ちょっと沙萬咲!! こいつやばいよ、言葉が通じてない!!」
「マジ!? あんたちょっと、あたしらを敵に回すとやばっぎゃばあ!!」
女子高生の一人が、桔梗のぶちかましを受けて派手に宙を舞った。
己の二倍の体重の男であろうと吹き飛ばす体当たりである。ダイエットに余年のない彼女など、ダンボール細工同然である。3mほど宙に舞い上がって、電信柱に叩きつけられてべしゃりと落ちた。
「えっ」
困惑の声を漏らす桔梗。
困惑するのは女子グループの方である。
彼女たちは勘違いをしていたのだ。
目の前にいる少女は、この探偵気取りの空気が読めないギーク女の同類であり自分たちの餌食……などではない。
餓狼であった。
野生の飢えた狼に権力が通用するか?
人の機微が通用するか?
否。
断じて否である。
「ご冗談でしょう」
困った顔で笑う桔梗を見て、お前の存在が冗談だ、と女子グループは思った。
結果、一人は額をチョップで割られ、主犯格の女子は逆さにされて電柱に吊るされた。
桔梗は不完全燃焼と言う顔で振り返った。
純が鼻にティッシュを詰めながら、キラキラした目で桔梗を見ている。
気弱気な少女は可哀想に失神である。
心葉は生暖かい笑顔でその光景を見つめていた。
「いい、純」
「はい、師匠!」
「女子は男子よりも体力で劣るのだから、まずは追い詰められない立ち回りが大事。わかった?」
「はい、師匠!! 私、もっと精進します!」
なんだろう。
桔梗は首をひねった、
伝わっていない気がする。