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場末ラーメン活殺剣

 伊佐奈桔梗という女は、剣客である。

 当人は一端(いっぱし)女子高生(JK)を気取ってはいるが、彼女が放つ剣呑な気配、そして鋭い眼光。カバンの中に仕込まれた特殊警棒。並みの女子高生が有していて良いものではありえない。


 伊佐奈桔梗という女は、生徒会役員である。

 取り立てて勉強をしているわけではないのだが、生来物事の飲み込みが早い。

 本人曰く。


「何事も剣の道であると思えば、授業だって復習の必要がない」


 などと言う。

 成績のよさも相まって、彼女は前年度生徒会から目を付けられ、今や生徒会書記としてゆるぎない立場を築いているのである。


 伊佐奈桔梗という女は、剣道部員である。

 剣道三段ではあるが、実戦においては決して強いわけではない。

 技は鋭く、気合も裂帛。だがしかし、命のやり取りと遠くかけ離れた試合においては、彼女の気合は半減どころではなく減衰するのだ。


「やれば出来るタイプなのよ」


 試合で負けているのだからやっても出来ないではないか。



 そんな伊佐奈桔梗は、顧問にこう言われたものだ。


「俺からお前に教えることは何もない。むしろお前がいることで、餓狼じみた剣客として他の生徒まで覚醒する恐れがある。頼むからあまり来ないでくれ」


 失礼な話である。

 伊佐奈桔梗は繊細と自称する乙女心を痛めた。そしてついた傷は髪の毛の先ほどのものであり、三分後には癒えていた。

 かくして、有能な生徒会メンバーにより、本日の業務は規定時間内に終了。

 手持ち無沙汰となった桔梗は帰宅すると、一人商店街に繰り出した。


 向かう先は、行きつけの店である。

 ぷんと、アルコールの臭いが桔梗の鼻をついた。

 酒も出す。つまみも出す。そんなラーメン屋が目の前にある。

 昇竜軒という名のラーメン屋である。

 桔梗はこの店の名前が気に入っていた。なんというか、頭上に対する圧倒的な自信を感じる。


「ごめんよ」


 がらりと扉を開ければ、カウンターばかりの狭い店である。

 店主がじろりと桔梗を睨む。


「らっしゃい」


 そして、注文も聞かずに調理を始めた。

 桔梗がいつも頼む、チャーシュー麺大盛である。

 料理が来るまでの間、彼女は旧式のウォーターサーバーからセルフサービスで水を汲み、ややべたついたテーブルでスポーツ新聞を読む。

 やたらとカラフルな一面から、スポーツ、世情を読んで行き、パッと競馬に目を通した後で扇情的なポルノ記事をのんびりと読む。


 伊佐奈桔梗は自分を典型的女子高生であると自認している。

 大変な思い違いである。


「お待ち」


 出されたチャーシュー麺を受け取ると、胡椒を適当に振るう。

 ありきたりな醤油スープにスパイシーな香りが宿る。

 ここに、桔梗はフリーで使用できるすりおろしにんにくを追加する。

 口臭?

 あすも学校?

 知ったことではない。帰ったら牛乳を飲んでリセットすれば問題などあるまい。


「いただきます」


 手を合わせると、桔梗は見事に割った割り箸を構えて、猛然とラーメンに挑みかかった。


 ほとんどの麺を胃の腑に収め終わり、楽しみに取っておいた大量のチャーシューを口にする。

 脂身たっぷりの焼き豚が、舌の上ではらりとほどける。

 煮込まれた焼き豚から肉汁は出てこないが、スープの旨みを吸い、しつこささえ感じる脂の味が彼女の口中を満たしていく。

 至福のひと時である。


 だが、今宵は波乱の風が吹く。

 ラーメン屋の扉が突如、大きな音を立てて鳴った。

 桔梗の箸の動きが止まった。

 じろり、餓狼の眼差しがガラス張りの扉を睨む。

 そこでは、一人の小柄な少年が扉に背を押し付け、複数人の少年に囲まれているではないか。


「日樫クゥーン。僕たち、今週ピンチなんだよねえ。友達のために、ちょっとまたお金を貸してくれないかなあ」

「む、無理だよ。母さんの財布から抜くのはばれちゃって、家族会議に……」


 ラーメン屋の扉が音を立てる。

 髪を整髪料でべったりと撫で付けた少年が、扉を蹴ったのだ。

 店主が眉をひそめ、カウンターから出ようとする。

 桔梗はそれを手で制した。

 勘定をカウンターに置くと、最後のチャーシューを頬張り、立ち上がる。


「家族会議とかじゃねえよ。お前はさ、金をくれればいいの。分かる? 人間誰でも役目ってのがあるんだよ。お前は、俺たちに金を運んでくる役目。俺たちはそれを使う役目。そういう風に決まってるのよ」

「そ、そんなあ」

「ね、お金ちょーだい? ねえ?」


 少年たちの手が出る。

 日樫と呼ばれた少年が、頬を張られて泣きべそをかく。

 彼の体重が乗ったラーメン屋の扉。

 それは大人の男が開けようとしても、容易には開かない。

 だが、今、それが何も存在していないかのようにするすると開いた。


「わっ」

「あ?」


 日樫少年が体勢を崩す。

 開いた扉から、爪楊枝を咥え、ぶらり姿を現した女子高生。

 桔梗は剣呑な目つきで少年たちを見回した。


「うおっ、超可愛い」


 少年たちが軽薄な声を漏らす。

 だが、突如出現した少女の姿に、彼らはこれからどうしようというプランを脳裏に浮かべる事が出来ないでいる。


「おい」


 桔梗が声をかけた。

 少年たちは、さては自分の事かと考え、すぐにそれが間違いであると悟った。

 桔梗は日樫少年を見ている。


「背中で扉を押さないで。ガラスなの。割れたら困るでしょ」

「は、はい」

「割れたら、私がラーメンどころじゃなくなるでしょ」

「は、はい、ごめんなさい」

「よし」


 ごめんなさいを聞き、桔梗は満足げに頷いた。

 そして少年たちを見る。


「どけ」


 聞くものが聞けば、やや低めの美しい少女の声である。

 腕に覚えがあるものが聞けば、その声に込められた剣呑な気配に気づいたことだろう。

 悲しいかな。

 少年たちは腕に覚えなど無かった。


「どけってなんだよ」


 少年たちの一人は瞬間湯沸かし器であった。

 己よりも小柄な、可愛らしい少女に乱暴な口を利かれ、彼は唐突に激昂した。


「どいてください、だろぉっ!」


 手が出た。


「テェッ!!」


 鋭い音声(おんじょう)が彼の耳朶を打つ。

 同時に感じたのは、手先の冷たい感覚。これはすぐさま、耐え切れないほどの熱に変わる。


「おえええええええっ!?」


 手首が折られている。

 いや、第二から第四の中手骨を砕かれ、ついでとばかりに付け根に近い手根骨にひびを入れられたのだ。

 悲鳴を上げて少年はうずくまった。


「お、おい!?」

「武器を持ってるのか!?」


 否、無手である。


「店主の迷惑になる。広いところに行こうや」


 桔梗はうずくまる少年の襟首を掴むと、優しく微笑んだ。

 彼女よりも一回りは大きいであろう少年の体が、引きずられて、動く。


「いい、いやだ! 助けて、助けてくれ!」

「おぉ、おいお前、離せよ!」


 他の少年たちは状況についていく事ができない。

 だが、友人が泣き叫びながら連れて行かれることは理解したようだ。

 慌てて桔梗の肩に手を置こうとする。


「エェッ!!」


 鋭い叫びが放たれる。

 気迫の載った声は、ただの空気振動ではない。

 聞いたものの心を挫く武器でもあるのである。

 少年は一瞬、心神喪失状態になり、懐に踏み込んできた桔梗に反応できなかった。

 少女の肩が触れた……そう思った直後、一回り大きな少年の体が飛んでいた。

 硬いアスファルトに背中から落ちる。


「私は、大変怒っている」


 桔梗は至極冷静な言葉を放つ。


「お前たちがいなければ、あのチャーシューは最後の一口まで旨かったのに」


 振り返った桔梗の目は血走っていた。

 残った少年は、そこに人ならざるもののを見た。

 飢えた狼。餓狼である。


「故に、私は貴様らを討つ」

「り、理不尽な!!」

「問答無用ォォッ!!」


 振り下ろされた握りが、少年の頭を打った。

 距離が離れているはずだった。

 およそ五メートル。これを、桔梗は一呼吸よりも短い時間で詰めて、一撃を少年に浴びせたのだ。


「げえっ」


 強烈な衝撃に体勢を崩され、少年は前のめりに倒れこんだ。

 頭に受けた一撃は、痛みもさることながら、彼の重心を狂わせたのである。首に引っ張られながら転倒した彼は、顔面を石畳で強打する羽目になった。


「あああ、お、思い、出した」


 日樫少年が呟く。


「都立高校の餓えた狼……! 剣鬼、伊佐奈桔梗……!! じ、実在していたのか……!」


 最初の少年の腕を踏みつけると、桔梗は悲鳴をバックコーラスに、悠然と立ち去り……。


「弟子にして下さいッ!!」


 唐突に響いた甲高い女子の声に、桔梗はずっこけた。

 振り返れば、そこには年下らしい娘がいるではないか。

 眼鏡をかけて、髪の毛を結んだ彼女は、いかにも運動など出来そうにもない。

 そんな娘が精一杯に声を張り上げて言うのだ。


「弟子にして下さいッ!!」

「弟子とか受け付けてないから」

「じゃあここで死にます!」

「なんで!?」


 思い込んだ女子の勢いと言うものは凄まじい。

 本当にここで死んでしまいそうな鬼気迫る勢いすら感じる。

 桔梗は一瞬考えて、


「とりあえず、メアド交換しましょう」


 そう言う事になった。

 少女の名は、因幡純と言った。


「探偵です」


 桔梗は混乱した。

 そして日樫少年はポカンとしてそれを見ていた。

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