96.ユスペリア五大神
正体を現したロウエスが空いている右手を広げる。いわゆる支配者のポーズだ。
重力を無視して宙に浮かび上がり、その背中からわざとらしい後光がさす。
信者ならば、かの者の神々しさの前に五体投地するところだろう。
「ふーん。最下位……いや、下位神ってところか。まあ従属神としちゃ妥当なレベルだな」
もちろん俺がクソ神の眷属どもなんぞに敬意をはらうはずもない。
神としてどの程度の位格なのか。代行分体に割いた魂はどの程度のものなのか。
そのあたりを秤にかけながら、かの神をのんびり観察していた。
「跪き、頭を垂れるが良い。罪人よ」
そんな俺の態度を無礼と取ったのか、少しばかり不機嫌そうに眉を吊り上げたロウエスが口を開く。
発したセリフはただの脅しではない。無形の強制力によって対象を問答無用で平伏させるであろう『神の御言葉』ってやつだ。
こんなものは権能ですらなく、神々に付随する種族特性とでもいうべきものである。
「やだね」
言うまでもなく、俺の脅威とはならない。
はっきりと拒否の意志を示し、無形の力を弾く。
「なんだと……? バカな、人の身でありながら何故!」
御言葉による平伏が通じなかったことで、ロウエスの表情にはっきりと焦りの色が見えた。
神々の位格にもよるが、いわゆる魂の階梯が充分なら俺でなくとも御言葉に逆らうことは可能である。
とはいえ相手が半神でも最下位神でもなく下位神ともなれば代行分体とはいえ、それこそ最上級英霊かチートホルダーでもない限り、抗うことは困難だ。
もっとも、ロウエスの反応を見る限り人間に御言葉をレジストされた経験自体ないように見える。そういった人外に遭遇したことはなかったんだろう。
「そのぐらい自分で考えろよ。辺境神」
「不敬な。我はユスペリアの法そのものとも言える存在。それを――」
「あー。おーけーおーけー。だいたいわかった、お前がどういう立ち位置なのかは」
怒りに震える代行分体のセリフを遮り、ハエでも追い払うかのように手を振る。
かの神は傲慢で視野が狭く神である自身の絶対性をこれっぽっちも疑わない、典型的且つ普遍的な異世界神のようだ。
交渉相手にするなら、まだ人間臭くて親しみの湧く駄目神の方がマシだろう。
「一応確認するぜ。今回のことはアンタの独断なんだな?」
「独断? 何を言う。我は最高神より下手人の裁きのすべてを委ねられている」
「はぁ、左様で」
裁判もなしに俺を殺しにかかってる癖に法の神が聞いて呆れる。
「真実は法と正義、つまり我が名のもと、必ず白日にさらされるのだ。お前の罪も例外ではない」
「罪ねぇ……」
さっきから耳障りのいい言葉ばっかり並べてくるけどさぁ。
自分の信じたいことを真実ということにしてきた連中を見てきた身としちゃ、どうにもね。
『真実は法と正義の建前のもと、我が名によって捏造される』ってセリフのほうがよっぽど説得力があるし、俺の共感を呼ぶぞ。
「さっきから法、法って言うけど。それって力を持つ者が力なき者を管理するルールのことじゃん。なんで俺を縛れると思うわけ?」
「我は汝よりも強い」
「あっそ」
駄目だこりゃ。現実見えないんじゃなくて、見ない系の方だ。
「全然お話にならないな。しょうがないから、次の神を待つことにするよ。アンタはとりあえず、うーん、どうするか」
この手の輩は腹が立つというより、どうでもいい相手だ。
殺すと創世神との落とし所が見えなくなるし、適度に無力化すればいいか。
「調子に乗るな。もはや汝に言葉という慈悲は与えぬ。さあ、神雷よ! 我が意に従い、罪人を焼き尽くせ!!」
「まあ、封印が妥当なとこかな」
天秤の杖を振り上げ俺に神雷を落としたロウエスを無視しつつ、石化の魔眼を発動する。
「ぬ、おおお! 人間ごときに! こんなことが!」
代行分体とはいえ神のはしくれだし石化耐性と耐性突破無効化ぐらいは標準装備していたんだろうが、その程度の対策なんか俺相手じゃ紙屑同然。
足元からピシピシと音を立てながら、ロウエスが石化していく。
「ぬぅおおおおおおッ!!!」
ロウエスが咆哮する。
それとともに「法」の権能を行使して、自身の肉体を石化させようとする作用そのものを書き換えようとしてきた。
しかし、神の権能如きでは万物の源理たるチート能力を書き換えることはできない。
「いいこと教えてやる。アンタの罪は……法の神の癖に弱かったことだ」
屈辱に目を見開いて血の涙を流すロウエスの彫像に向け、もう聞こえないであろう真理を告げた。
ロウエスを封印珠にぶち込んでアイテムボックスに収納した俺は、その縮地で王都に向かった。
肝心の交渉内容が法の雑魚に握りつぶされていたことがわかった以上、さっさと大神殿に赴くべきだと判断したのだ。
先程の戦いも敢えて防諜用の結界を展開しないでおいたし、創世神あたりが過去視なり未来視なりで俺の存在を認識してくれていれば話が早くなるのだけど。
「ここか」
野を越え山を越え、ついでに王都を囲む石壁も飛び越えて大神殿へ静かに着地した俺は、大神殿の中を見回って軽く下調べをした。
「ふーん。最高神の名前はリ・アーズ。裏が取れたか」
大神殿はその名の通りとっても大きく、この世界――ロウエスも言ってたけどユスペリアとかいうらしい――の五大神のすべてが祀られていた。
普段の俺ならまったく用のない場所だし近づきもしないが、今回は飛び込み営業ということで最低限のTPOを弁え、最高神の巨像の前で厳かに祈る。
「法と真実の神ロウエスの代行分体は俺が預かった。返してほしくば、速やかに顕現されたし。さもなくば汝らからすべてを奪う。繰り返す――」
ぱんぱん、と手を合わせてから、寄付代わりの金貨を巨像の足元に放り投げる。
すると。
「それのどこが祈りなのじゃ、不遜なる者よ」
「おっ?」
厳かな老人の声に振り返ると、そこには綺羅びやかな服を着た4人の男女が立っていた。
俺の姿は普通の人間には見えないように透明化してある。
そんな俺に声をかけてきたということは――。
「やれやれ。ついてくるが良い」
髭の長いご老人が肩を竦めて踵を返すと、表情ひとつ変えずに3人の男女が続く。
「少しは話が通じるのかな?」
老人達についていくと、大神殿の通路を抜けた先で視界が開ける。
そこは中央に噴水が設置された大きな庭園だった。
神殿の人々が思い思いの場所で寛いでいる。
俺たちは老人の先導で大理石でできた祠のような場所に腰掛けた。
「だいたいの話は理解しておるつもりじゃが、念のためにこれだけは確認しておこうかの」
老人が自己紹介もせずに口を開く。
俺もわかっているので、わざわざ聞いたりはしない。
「汝は……あの逆萩亮二に間違いないのだな?」
……お、これは。
「たぶん、その逆萩亮二だぜ」
「そうか」
老人が深く嘆息し、目眩でもするのか皺々の指で眉間を抑えた。
「であれば、頼む。この世界を破壊しないでくれ」
よし、この反応なら爺さんは上位神確定。
創世神なら宇宙創世が可能な位格だ。
「そいつはアンタら次第だぜ」
「ううむ……では、汝の要求を聞こう」
「お待ちを!」
俺が返答すべく口を開きかけたところに、若く逞しい男が割り込んできた。
「そろそろ教えていただけませんか? この……逆萩亮二という人間は一体何者なのです?」
ふーむ。
どうやら他の連中は爺さんから何も聞いてなかったようだ。
もうひとり、でっぷりとした中年男性も俺のことを訝しげに見てる。
露出の少ない衣に身を包んだ美女に至っては親の仇のように睨んできていた。
「世界の……否、宇宙の破壊者。かの者は願いによって召喚され、気まぐれに世界を滅ぼす破壊者なのじゃ」
「ほうほう、この人間がそうだというのですか?」
老人の言葉に中年男性が信じられないといわんばかりに腹を叩く。
「そうじゃ。我々のようないくつかの星を任されている程度の神々では太刀打ちできん」
「確かに、ただの人間でないことはわかりますが」
若者が俺の瞳をまっすぐに見据えていたが、やがて首を振る。
俺のことを鑑定しようとして失敗しているのだろう。
「と、いうわけだ。ロウエスが先走ったようだが、我々は汝と事を構えるつもりはない」
さーて、どうなんだろうな。
本当に状況を把握できていなかったのか、俺の正体を探るためにロウエスを尖兵として差し向けてきたのか。
どっちも有り得るけど、戦意がないのは本当っぽい。
「お願いよ! あのひとの分身を返して!」
鬼気迫る勢いで立ち上がったのは美女だ。
この反応からすると、夫婦神だったってところかな?
「俺の要求が全部通れば検討してやるよ」
「おのれ人間風情が!」
「よすのだ、ラーヴェ! こらえよ!」
何らかの権能を行使しようとした美女を、老人が同じく権能でもって阻止する。
美女が力なく崩れ落ちるように腰を落とした。
「すまんな」
「別にいいさ」
老人が居住まいを正しながら謝罪してきたので、気軽に返す。
他のふたりも俺の態度を気に入らないといった気配を漂わせていたが、老人の意を汲んで何も言わない。
「して、汝の要求とは何じゃ?」
「簡単だよ」
この世界――ユスペリアの譲渡。
星を持ち歩くための宇宙の創世。
それらを一言に凝縮したセリフを愉快極まりない……最高の気分で言い放った。
「至高神ナロンと手を切れ」




