54.紳士的なヘタレ
突然だけど、処女に拘る男達のことをご存じだろうか。
俺の出入りしていたネット界隈では『処女厨』などと呼ばれていた連中だ。
彼らに言わせるとヒロインというのは処女でなくてはいけないらしく、主人公と結ばれる以前に元カレがいることですらNTRと見なすんだそうだ。
俺には到底理解できない考え方だが、とにかく処女を重視する層がいるのは間違いない。
確かに処女性は神性にも関わるし、邪神に捧げるのは処女の生き血がいいし、ユニコーンが背中に乗せるのも処女だし。
まだ誰のものにもなったことがないということは、万人のアイドル……偶像になれる資格があるということでもある。
だから処女厨たちのことを差別的に扱うつもりはない。
だが、その上で言わせてもらう。
処女なんて面倒くさいだけだ、と。
痛がるし。
高く売りつけてくるし。
恩着せがましく言い寄ってくるし。
挙句、責任を取れだのと……とにかくうるさい。
その点、性格クズのビッチはいいぞ。
連中の股座は確かに緩いが開けやすい。
あれやこれやの面倒を省ける。
一夜限りの関係で捨てても心が痛まない。
童貞のうちは処女に浪漫を求めてもいいだろう。
だけど、ニコポなりナデポなりで願望を満たしたいなら、死んでも救えないような性格ブスの極悪非道クズビッチ美人の人格を書き換えるといい。
これならむしろ世のため人のため、泣かされる男も減って万々歳。善行と言っていいだろう。
石動祐也のような性欲満点ハーレムチートマンたちにも積極的にビッチハントをお勧めしたいのだが、どうにも俺の意見は少数派らしい。なかなか世の中ままならないもんだ。
ところで不思議なことにクズビッチどもは、俺のようなクズ男に惹かれやすい性質を持つ。
事実、俺を操れると思い込んだ女を何人も手玉に取って貢がせてきた。
赤坂でビッチハンターと呼ばれていた俺の手管は異世界でも何かと役に立っている。
逆に、嫁にするならクズビッチは論外だ。
嫁を選定する基準は、俺がそいつに対して優しくなれるかどうか。これが一番重要である。
その鉄則を無視して好みのクズビッチを何人も嫁にしてるけど、一部を除いて長続きしてない。
大抵がハーレムルール違反を犯して異世界リリースの刑に遭っている。
でもクズビッチだから、そいつらが野垂れ死んでも俺の心は全く痛まないけどね!
さて、なんでこんな長い前置きをしたのかというと。
「う、うううっ……」
俺との夜間用プロレスで目を泣きはらしている、この女。
白海蓮実は処女でした。
考えてみれば心がクズビッチでも体はゲーム用に再構築されてるんだから、当然だったね。
何人もの攻略対象の男に涙をのませてきた胸ヤケのヒロイン、白海蓮実。
アレ王子たちがゲームシステムに縛られ、フラグに管理され、ついぞ手出しすることができなかった女を、俺はいともたやすくえげつなく毒牙にかけた。
セリーナ嬢を生け贄に捧げてまで、たかがゲームの隠しキャラを攻略しようとする……そんな自分勝手で非人道的な行為の代償を、白海蓮実はその身で支払ったというわけだ。
「アンタねぇ……」
「あ?」
蓮実が恨みがましく俺を見上げてきた。
「あたしにこんなことして……ただで済むと思ってるの?」
……うんうん、いいねいいねぇー!
処女を失ったのにそんなセリフが出てくる時点でキミの中身は紛れもなくクズビッチだよ、蓮実ちゃん!
その目を見れば俺にはわかるんだぜ?
お前が自分の利益ためなら他人が首を吊って死のうが構わないと思ってる人種だってことぐらい。
「ただで済むとは?」
まあ、ここはうすらとぼけておいてやろう。
「アンタにひどい事されたって、アレンに言いつけてやる!」
「へーえ?」
いやあ、思ったとおり。
実に俺好みの悪女だよ、お前は……。
姫さんのときは彩奈ちゃんやシアンヌの手前、延命チートするわけにもいかなかったけど……本当言うと、お前らのような女は嫌いじゃないどころか大好物なんだ。
喰うつもりで喰われたときのお前らの顔っていうのは本当に傑作だからな。
面倒なマナーをたくさん守らなきゃいけない処女なんかじゃ、俺の蝕欲は満たせない。
傾国級美人のクズビッチは例えるなら、フェアチキプレミアム並みに脂の乗った最高級ジャンクフード。
そいつを欲望のままに食い散らかすからこそ満腹になれるってもんだ。
「じゃあ、ここで起こったことを全部暴露されてもいいってことだな?」
俺の脅迫に、怒りの炎を灯していた蓮実の目が一挙に絶望の闇で染まる。
「言い忘れていたけど、この部屋には監視カメラを設置してある。もちろん、見えにくいようにね。それとキミとの会話は録音させてもらってるから。合意の上だって証拠も残ってる」
「う、嘘……騙そうったって、そうはいかな――」
無言でICレコーダーを再生する。
『なあ、俺のこと誘ってるんだろ?』
『ん、強引なんだから。じゃ、いいよ……逆萩君にだったら』
音声が流れると、蓮実はみるみる青ざめた。
「みんな、なんて思うだろうな? キズモノにされて可哀想? いやいや、それはないな。貴族でもないのに王族に気に入られて生意気な女狐が正体を現した、かな? それとも、これを聞いてもお前の周りにいた男どもが今までと変わらず受け入れてくれると思うのか?」
ねちっこく追い詰めると、いよいよ蓮実が髪を振り乱して叫びだした。
「ひ、ひどすぎる……こんな鬱シナリオ……もう、いや!!」
蓮実が、そうはっきりと告げた瞬間。
俺の足元に召喚陣が出現した。
「なるほどな。誓約者はお前だったか」
そう意外でもない展開なので冷静に呟く。
さしずめ願いは『隠しキャラを攻略したい』か?
だからこそゲーム内にいなかった隠しキャラの代わりに俺が『隠しキャラとして』召喚されちまったと、そういうわけだ。
このタイミングで召喚陣が出たってことは、蓮実が誓約を破棄したのだろう。
まあ、こんな形で望みを踏みにじられたんじゃ当然だろうな。
「でも、俺はまだお前を解放する気はないんだよ……白海蓮実」
まだセリーナ嬢が何故死ぬのかが不明だ。
こんな中途半端な形で終わるのは御免蒙る。
「な、なにを言って……」
蓮実が四の五の言い始める前に催眠魔法をかけた。
寮長やイツナにかけたものより、数段強力なやつだ。
最優先で蓮実の脳内から俺にされたことの記憶を消し去る。
すると足下の召喚陣が消失した。
俺の誓約は破棄なら結び直せる。つまり、誓約を破棄した誓約者の記憶さえ消してしまえば、取り戻された願望によって全く同じ内容で再誓約が可能というわけだ。
まあ、誓約者が死んでたらできない裏技だけどな。
気絶している蓮実の服と体をあるチートで元通りにした。
後は壁ドンの後に俺が引き下がったという記憶を与えて女子寮に返しておけば大丈夫だろう。
「まあ、俺も調子に乗り過ぎたな」
最適解を選ぶなら、蓮実にはせいぜいフラグが立ったと思わせて帰らせるべきだった。
蓮実の態度から見え隠れするビッチっぷりに、ちょっと辛抱たまらなくなってしまったのは猛省すべき点である。
というか蓮実も最初のうちはちょっと乗り気だったし、まさか初めてと思わなかった。「優しくして」という言葉に取り合わずフルパワーで寝技をかけたので、こんなことになってしまったのだ。
しかし案の定、セリーナ嬢は誓約者じゃなかったな。
セリーナ嬢が前世を思い出したのは俺が召喚された後。
だけど婚約破棄が保留されてセリーナ嬢の死が確定したのは、さらにその後なんだよね。
つまり、俺が召喚された段階だとセリーナ嬢は『死の運命から救ってほしい』なんて願えるわけがないのだ。記憶が戻ってないんだから。
彩奈ちゃんの説にあった矛盾点はコレである。
とりあえず、蓮実ちゃんには催眠魔法で帰ってもらいましょ。
俺を攻略したくなったら、またおいで。
たーっぷりと相手してあげるから。
なんて思ってたんだけど。
「おい、お前。ハスミに何をした」
隠しカメラの点検をしに行った途中の廊下で、蓮実達の取り巻きどもに囲まれた。
アレ王子以外の攻略対象が勢ぞろいといった風情である。
「何って? 何のことだ」
「とぼけるな! 俺は用務員室から蓮実が出ていくのを見たんだ! ぼうっとして……話しかけても全く無反応だった!」
あー、寮に帰るまでは催眠魔法にかかってる状態だからなー。
やはり低レベルの魅了や洗脳は、傍目から異常がわかるのがネックだ。
とはいえポリシーを曲げてまでナデポ人形化はさすがに嫌だし。
まあいいや、コイツらの相手ぐらいで済んだんだから。
「仮に俺が蓮実と何かあったとして、それがお前らに関係あるのか?」
「な、なんだと!」
「こいつ!」
胸倉を掴まれながらも、俺は挑発的な笑みを浮かべてみせる。
「一度でも、蓮実はお前らのことを好きだと明言したのかよ」
「貴様ァ!」
ここまで煽っても殴りかかってこないか。
おそらく、ゲームシステムの根っこにある暴力規制レーティングのせいだ。
ゲーム本編に該当する時間軸では、必要なイベント以外でこの男どもが誰かに対して直接的危害を加えることはないのだろう。
「放せよ」
「ぐ、ああっ!」
だけど、そんなの俺には関係ない。
俺の胸倉を掴んでいた手を捻り上げ、男を地面に転がす。
連中は信じられないと言わんばかりに俺を睨んで来た。
お預け食らってたコイツらは蓮実の思わせぶりな態度で勘違いさせられている。
ゲームシステム……フラグによって行動を管理され、自分からは決して手を出せない紳士的ヘタレども。
「お前らの枷、俺が解いてやるよ」
コンソールコマンドでキャラクター管理IDとイベントIDを呼び出す。
コイツらが抱く蓮実への好感度をマックスに、全員のフラグをエンディングクリア後まで進めた。
すると――。
「ハスミは俺と愛を誓い合った!」
「何を言ってるんだ、ハスミと結婚するのは僕とだよ!」
「ハスミは俺の母になってくれるかもしれない女性だ!」
「いいやハスミのメロディーを完成させるのは、俺様だ!」
まるで俺が見えなくなったかのように、お互いに喧嘩を始めた。
それでも男同士で殴り合えないっていうのは、逆に憐れみを誘うモンだな。
男どもを放置して歩き出しながら大きく伸びをする。
「いやー。いい感じに面白くなってきた! 悪役令嬢の異世界って、こんなに壊し甲斐があったんだなー」
この手の異世界に恋愛に関する機微など最初から必要なかったのだ。
苦手意識があっただけ。すべて俺の錯覚だった。
もっと早くに知っていれば、今までの周回も大いに楽しめたものを。
「卒業式まであと4日。せいぜい、俺を楽しませてくれや」
完全に自分のペースを取り戻した俺は、誰に向けてでもなく傲然と言い放つのだった。




