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36.異世界フライドチキン

 ゲーム模倣型異世界とは、あらゆる法則がゲームシステムに成り代わった異世界である。


 レベル、クラス、スキル、物理演算ソフト。

 そういったものが世界の在り方を定めているのだ。


 見た目は他の異世界と全く同じに見えるが、あらゆる生命や物体に自動で隠しIDが割り振られ、管理されていたりする。

 異世界人がレベルやスキルを認識しているかどうかは世界の成り立ちによっても変化するけど……まあ、そんなの俺には関係ないね。

 

 さて、俺が先ほどから使っている《自己ステータス確認》《ステータス鑑定》《解析》だが。

 これらはチート能力ではない。

 ゲーム模倣型の異世界だけで通用するコマンドだ。

 独自のデジタル情報が使用されたゲーム模倣型異世界において、俺はこれらのコマンドを使用することができる。


 《自己ステータス確認》や《ステータス鑑定》は、模倣型異世界でのステータスを見るコマンドだ。

 だから普通の異世界では何の役にも立たない。

 他にも《マップ》や《アイテム一覧》なんかがあって、ゲームのステータス画面を開いてできることが可能になるといえばゲーマーには伝わるだろう。


 だけど《解析》は違う。

 正真正銘のチート。

 チート能力ではなく、本来の意味でのチートだ。

 つまり異世界構造を不正改造できるコマンドである。


 いや、本来の意味より何ができるか説明した方がいいか。


 さっき俺は《解析》で異世界のソースコードを完全に解いたわけだが。

 これにより、世界を構築するシステムに対して大胆な改変命令を行うことができるようになった。


 例えばさっきの王様をレベル99にして異世界最強の王様にすることもできるし、俺のお気に入りであるチー坊をレベル1のまま全ステータス9999にカンストさせ、願望を成就させてやることもできる。

 俺のレベルやステータスが全部1になったのも水晶玉をハッキングして結果を操作し、俺の見せたい結果をねつ造したからだ。


 《解析》によって使用できるようになるこれらの改変コマンドをコンソールコマンドといい、俺は略してコンソールと呼んでいる。


 コンソールを使えばどんな誓約だろうとちょちょいのちょい。

 コンソールを使えるようになった俺は、その異世界においてのみ神をも超える全能っぷりを発揮できるのだ。


 だけど、今回ソースコードを解析したのは誓約のためではない。

 ゲーム模倣型異世界でも俺はいつもどおりに力を振るうことができる。

 ぶっちゃけ言うと最近は模倣型かどうかを気にすることさえなかった。


 だけど今は違う!


 模倣型には、ある大きな特徴がある。

 異世界の外から持ち込んだ物や人物であっても、その異世界のIDが自動で割り振られるのだ。

 さて……IDが割り振られているということは、そのIDを対象としたコンソールコマンドを使用できるということに他ならない。


 つまり!


「はははは! 見ろ、フェアチキが山のようだ!」


 割り当てられた部屋にみっちり詰まっているのは、コンソールコマンド《増加》により無限増殖したフェアチキだ!


 かぐわしきハーブとスパイスの香りが鼻孔をくすぐり、俺の脳にアドレナリンとセロトニンを分泌させる。

 では早速、一口ぱくり。


「よし、味も完璧に再現されているな!」


 そう。

 オリジナルのフェアリーチキンが1個あれば、この異世界ではコンソールによって量産し放題なのだ!

 田中さんのフェアマと別れてから、俺はずっと模倣型異世界に来られる日を今か今かと待ち受けていたのである。


 いや素晴らしい。誠に大義である。

 この異世界はフェアリーチキンのためだけに存在したと言っても過言ではない!


 しばらく俺は全裸になって油塗れになるのもいとわず、フェアチキの海を泳ぎまくった。


「ふぅ、堪能したぜ」


 残らずアイテムボックスに回収し、油も清掃魔法で完璧に落としてから服を着る。

 もちろん、さっき使ったチキンはスタッフと言わず俺自らおいしくいただくつもりだ。

 ここまでは前座。本番はこれからである。


 部屋を出て、城の厨房へ向かう。


「たのもう」

「なんの用だ? まだ夕飯は仕込みの最中だぞ」


 厨房に足を踏み入れることなく扉をノックすると野太い声が帰ってきた。

 厨房とは神聖な場所だ。如何に俺が無頼の異世界トリッパーであろうとも、ここでは郷に従わねばならない。

 姫さんの城の厨房でも三度の礼をしてから大破壊魔法をブッパしたぐらいだ。


 胸を張り、息を吸い込んで、大きく頭を下げた。


「勇者たちと一緒に召喚された料理人です! お願いです、俺をここで雇ってください!」




「俺が料理長のビゼットだ」


 カイゼル髭の腕の太い爺さんが名乗る。

 厨房には他にも数人の料理人や見習いがいたが、自己紹介したのは料理長だけだった。

 髪が料理に入らないよう全員がバンダナを巻いている。

 そんな中だとクラフトで作ったコック帽を被っている俺はちょっと浮いてるかもしれない。


「勇者の世界から来た料理人っていうのに、俺も興味があった。だからこうしよう。俺を納得させる料理が作れたら、ここで雇ってやる」

「わかりました」

「だがいいか、すっ転んだり火傷して死んだら容赦なく放り出すからな!」


 是非もなし。

 そういうことなら、まず材料の用意だ。


 血抜きの済んでいる鳥頭魔界貴族の希少部位を封印珠から取り出し、よく洗ったまな板に乗せ、これをこっそり《増加》で増やした分を再び封印珠に放り込んでアイテムボックスに保管する。

 うん、もちろん俺がここで作る料理と言ったらフェアチキだ。

 

 さて、普段ならクラフトで作った調理器と発電機を使うんだが。

 一応、鍋と油があるので、これで作ろうと思えば作れる。

 だけど得体が知れない異世界の金属鍋を使うと味が変わるリスクがあるし、竈の火の熱がどれぐらい伝導するのか知れたものではない。

 温度が足りなければ俺の作りたいチキンは作れないのだ。


「ちょっとこの辺、場所借りますよ」

「何をする気だ?」


 空いていたスペースにチキンの調理器と発電機を取り出すと、ビゼット達が驚愕して声を上げた。


「おいおい、アイテムスペースかよ! こんだけでかいものをどうやって!?」

「企業秘密です」


 俺のアイテムボックスは容量無制限だからな。

 この異世界ではアイテムスペースっていうらしいけど、容量が体力ステ依存とかそんな感じかね?


 調理器に油を浸し、発電機を稼働させて電源を確保。

 油を温めている間にチキンを切って下味をつけ粉をまぶす。

 チキンの命となるハーブとスパイスも忘れない。


 全員分のチキンを用意できたところで、調理器の油にひとつずつ丁寧に落としていく。


「おお……こいつはすごいな」


 ジュワーッっと大量の泡に包まれるチキンにビゼット達が感嘆の声を漏らした。

 

「もうじき出来上がります」

「なんだと!? そんなに早くできるのか!!」


 まあ、王族の料理とかなら仕込みにも時間がかかるだろうしね。

 肉で出汁をとるスープでも長時間、見張ってなくちゃいけなかったりもする。

 ファンタジー異世界における食材の保存は魔法頼りか、氷を使った冷蔵庫を使ったり、肉なら地球でもきんと同じ価値とされた黒胡椒を使う。


 それに比べて売り切れたらすぐに補充できる状態で保存されたフェアリーチキンは、お客に出せる状態になるまでわずか5~6分。

 加熱器の中で常に温かい状態を維持し、いつでも最高の味を提供できるよう工夫されているのだ。


 お手軽にして至高。

 これこそフェアリーチキンだ!


「さあ、仕上げますよ!」


 専用の網具でチキンだけを一度にすくい上げる。

 完成したチキンたちは、まさしく黄金の輝きを放っていた。


「すごい、いい匂いだ」

「やべえ、よだれが……」


 見習いたちも待ち遠しそうに鼻をひくつかせたり、口元をふいたりしている。


「熱いですからね。気を付けて」


 出来上がったチキンを菜箸でひとつずつ皿に盛って、調理テーブルの上に置く。

 この間に、ビゼットを含んだ全員がしっかり手を洗っていた。

 この辺は異世界にしては徹底してる。ちょっと感心した。


「じゃあ、まずは俺が……」


 ビゼットがチキンを手に取り、鼻先に持ってくる。

 ごくり、と生唾を飲む音がはっきり聞こえた。

 満を持して、ひとくち目。

 

「ふはぁぁ~……」


 長い吐息。


「こいつは……いったいなんだ? 俺が知ってる料理とは全く違う!」


 料理人たちがビゼットの反応に目を見張る中、ふたくち目。

 今度は噛みしめるように、ゆっくりゆっくり咀嚼する。


「口の中に肉汁と鶏油けいゆが拡がって……ふはぁ~」


 短い吐息。

 ビゼットが残りを貪るように、一気に、実に贅沢にチキンを食べきった。

 そして深呼吸したあと、カッと目を見開く。


「お前らも食え! 熱いうちに食わねえと、俺と同じ体験は味わえねえぞ!」


 料理人たちが「おお!」と一気に皿に群がり、我先にとチキンを奪い去っていく。

 そんなに慌てなくても、全員分あるのに。


「ふあ、はふ!」

「ふぁはぁ~……」

「あちっ! ああ、でもこれがいい!」


 一同の反応を見て、俺は再びチキンを作り始めた。

 おかわりが必要だと確信したのである。


 異世界人とは何かと分かり合えないことが多いが、それでもやはり人間だ。

 異世界だろうと三大欲求は同じ。食に世界の壁はない。

 ああ、思えば料理ですべての異世界を平和にしようなんて考えてた若い時期もあったっけなぁ~。


 さて、無事におかわりのチキンも食べきった料理人たちがビゼットの指揮で整列した。


「俺を納得させる料理が作れたら、ここで雇うって話だったが。悪いけど、その話はなしだ」


 腕を組み、厳しい顔つきだったビゼットの目から、涙が溢れる。


「俺を……いや、俺たちを。弟子にしてください!」

「「「弟子にしてください!」」」


 ビゼット以下、料理人の全員が一斉に頭を下げた。

 腰から足がぴったり直角の最敬礼。


 さすがにこの反応は予想以上だったけど。

 チキンをおいしいと思ってもらえたことは素直に嬉しい。

 俺も最高の笑顔で返した。


「ええ、よろこんで」


 異世界人よ、待っていろ。

 お前らに本当の食というものを教えてやる。

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