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27.チート転生野郎

「こ、これはいったい」


 大会を明日に控えた朝。

 予想通り、エイゼムは早くに起きてきた。


「おー、エイゼム。直しておいたぞ」

「直して!?」


 道場を見回し唖然とするエイゼム。


 昨晩までメッタメタに破壊されて見る影もなかった道場が。

 なんということでしょう。

 和のテイストに拘った匠の遊び心により、ファンタジーにあるまじき日本風の剣術道場に。


 もちろんクラフトチートによるリフォームだ。

 エイゼムが唖然としながら呟く。


「むしろ、前より立派になっているような気がするんだが……」

「そうか? まあ、気に入ってくれたならよかった」


 さすがに「剣星」と習字で書いた掛け軸はやり過ぎかなと思ったんだけど。


「やはり、魔法が使えるとこうも違うものか」


 あ、やべ。

 エイゼムの劣等感をえぐっちまった。


「い、一応、魔法じゃないんだけどな」

「同じようなものだ。オレにはできない」


 ああ、どよーんとしとる。

 ううーん、俺に魔法を教えられればいいんだけど。

 とはいえ「嫁じゃない異世界人にチートを与えたら絶対回収しろ」ってアイツに言われてるから、チキン食べさせてもぬか喜びさせるだけし……。

 あ、そうだ。


「だったら、剣で勝負しないか?」

「剣? しかし、オレは怪我が……」

「いいからいいから」


 備え付けの木剣で無事なものを適当に見繕う。

 未だに戸惑っているエイゼムに1本を投げ渡した。


「俺もアンタと同じ条件でやるよ。左腕は使わないし、右目も閉じる」

「そういうことであれば……」


 位置についたエイゼムが木剣を構える。


「それが剣星流の構えなのか?」

「ああ、片手持ちの下段はこうだ」


 ふーん……なるほどね。

 どうも普段名前すら覚えない誓約者のことがやけに気にかかると思ったんだけど、そういうことだったか。


「じゃあ、俺も――」


 構えをとろうとした、その瞬間。

 道場の扉が唐突且つ、乱暴に開かれた。


「なっ!?」


 扉の方に向き直るエイゼム。

 ノックも挨拶もなく、ずかずかと踏み込んで来た無礼者は3人。

 男がひとりに、取り巻きの女が2人。

 いずれも豪奢なローブを羽織っている。


 エイゼムが双眸を見開き、男に向かって叫んだ。


「ヒュラム!!」


 へー、ほー、ふーん。

 なるほど、この男がね。

 顔だけ見れば美形だ。

 しかし、人を見下したような目と、口元の笑みのせいで台無し。

 俺が想像していたとおりの下品そうな男である。


 鑑定眼を起動。

 案の定、転生者だった。真名が日本人名だしね。

 ただ、日本人特有の黄金の魔力波動は一切出ていない。

 取り巻きの連中も魔力波動が見えなかった。


 となると、こいつらは……。 


「ほう、剣星流に道場破りがあったと思ったが」


 ヒュラムが傲慢な口調でわざとらしく、挑発するように見回し。

 エイゼムをまっすぐに見据えた。


「随分と様変わりしたじゃないか」

「いったい何の用だ、ヒュラム!」


 おいおい、落ち着けエイゼム。

 ここでこじらせたら、こいつらの思う壺だぞー。


「おいおい、わざわざ心配して来てやったんだ。この僕がだぞ? 天を仰いで感謝すべきだ」


 エイゼムがギリッと歯ぎしりして、ヒュラムの方に向かっていこうとしたので木剣で制止する。

 少し驚かれたが、俺の心中を察してか頷いてくれた。

 そうそう、ベスト・オブ・マイワールドの手合いは言うだけ言わせておけばいいんだよ。


「お前は……」


 ここで初めて、ヒュラムが俺に視線を移した。

 青い瞳が驚愕に揺れる。


「逆萩亮二だ。よろしくなー」


 にこやかに手を振ってやった。

 アイツには俺が普通の日本人……つまり、前世の世界にいた人間だとわかるはず。

 もし知識があるなら、俺が異世界トリッパーだと気づくだろう。


「ふん、道場が変わったのは……そういうことか」


 あ、やっぱり。

 得心したヒュラムが傲岸不遜な笑みを浮かべる。


「同郷のよしみで忠告してやる。この道場とは関わらない方がいい」


 あ、はい、そーですか。


「いいか、ここは僕の世界だ。お前のじゃない……大人しくしているなら、目こぼししてやるよ」


 あ、そうなんですか。

 すごいですねー。


「帰るぞ。アマリア、レリス」

「はい、ヒュラム様」

「うん、お兄ちゃん」


 おろ。

 もう一悶着あるかと思いきや、ヒュラム達はあっけなく帰っていった。

 鑑定眼は使いっぱなしだけど、特に何か仕掛けたわけでもなさそうだ。

 俺に魔法やチートを見られるのを警戒したのかな?


「すまない」

「え、何が?」


 エイゼムが頭を下げてくる。

 本当になんで謝られたかわからない。


「いつもなら、あんな安い挑発に乗らないんだが……」

「ああ、アレね。別にいいよ。アイツがかけた魔法のせいだし」

「なんだって!?」


 まあ、ごく弱い魔法だけどな。

 目線を合わせて相手を怒らせる程度の簡単なもの。

 俺が木剣で視界を遮っただけで解けたし。

 アイツが俺に視線を向けてから、エイゼムは魔法にかからなかった。


「オレに魔法を……いつの間に」

「無詠唱、無動作。まあ、チート魔法使いのお約束だ」


 エイゼムが再び驚愕に叫んだ。


「馬鹿な! そんなの聞いたことがない!」

「ふーん。じゃあアイツ、その辺は隠してるんだろうな。自分の優位性を他人に知られないようにするために」


 前世の記憶を持つチート転生者が自分の力を隠すのは、よくあることだ。

 承認欲求の塊みたいなヒュラム君も、ちゃんと心得ているらしい。


「そうか、俺を怒らせるつもりで……それがわかっていたから、アンタもヤツの言葉にも耳を貸さなかったのか」

「まあな」


 エイゼムの指摘に肩を竦めてみせる。


「魔戦大会の創立者ってことは、それなりに権限があるわけだろ? 出場停止にでもされたら、アンタとの誓約を果たせないからな」

「ああ、確かにそのとおりだ」


 それにさ。

 ゴミカスチート野郎の喋る言語って、翻訳チート使ってもワケわかんねーじゃん?


 手を出すな? ああ、いいぜ。

 ここがお前の世界だって主張するのも別にいいよ、好きにするといい。

 異世界がチート転生者に蹂躙されたって、俺の知ったことじゃないし。


 口の利き方がなってないのも許そう。

 俺の見た目はいいとこ大学生ぐらいだし、前世と足せば自分のほうが人生の先輩だと勘違いしても無理はない。


 だけど、俺の前に立ち塞がるっていうなら話は別だ。


 道場に関わるなだと?

 できない相談だ。


 邪魔ならどけるし、敵なら殺す。

 それが日本人の魂を持つ転生者であろうと関係ない。

 力の差もわからないようなら、ガフに送り届けてやるだけだ。


 アイツを殺さないのはVIPが死んで魔戦大会が延期、あるいは中止されたら困るから。

 それ以上の理由はない。


「なぁに、安心しろエイゼム。俺が必ず、剣星流を優勝させるよ」


 ……それに、誓約以外にもうひとつ戦う理由を見つけちまったしな。




 明日から本番ということで俺の立ち合いの下、最後の練習試合が行われている。

 途中でエイゼムが買い出しに出かけようとしたけど、ヒュラムが手ぐすね引いて罠を仕掛けてくる予感がしたので止めた。

 道場の周囲に結界を張ったからヤツらが何をしようとビクともせん。


 イツナとシアンヌの間に言葉はない。

 無駄口を叩く暇があるなら戦えと、俺が指示したからだ。

 ふたりの試合は壮絶を極めたが、結界の保護のおかげで道場の方は全くの無傷だ。


 あれからシアンヌはイツナに一度も勝てていない。

 だけど、これは仕方ないことだ。


 まずシアンヌが防御に使う暗黒球体は魔力や物質を吸収する性質がある。

 だけど、魔法でも物質でもないイツナの雷霆らいていを防ぐことはできない。


 次にシアンヌ自慢のスピードも、イツナには全く通用しなかった。

 イツナったら足に電気の靴みたいなのを出して、超スピードで動き回るの。しかも小回りもシアンヌより上。

 スピード自慢のシアンヌには、これが一番ショックだったようだ。


 最後に次元転移だが、これも通用しなかった。

 どうやらイツナのおさげはネタでもなんでもなくガチで索敵アンテナの役目を果たしているらしく、背後に回りこまれても的確に雷を落とせている。

 イツナが鼻をピクピク動かしたりしてるので犬並みの嗅覚も手伝っているのだろうけど。ひょっとしてイオン臭とかも嗅ぎ分けられてるのか?

 

 もはやシアンヌに傷つくようなプライドなど残っておらず、汗だくの美貌から伝わってくるのは必死さだけ。

 それでもシアンヌは確実に強くなってきている。


 技術や勘、立ち回りといったチートによらない強さが伸びているのだ。

 もともと眠っていた強さが猛特訓で起きそうになっている。

 もっとも、強くなったと実感するのは本選からだろうな。


 一方、イツナも肩で息をしていた。

 ほんの少しではあるが、イツナの雷霆も体力を消耗する。

 効果のほどを考えたら燃費は最高にいいが、それでも無制限使用はできない。


「そこまでだ」


 明日の大会に差し障る。

 ここらが止め時だ。 


「ふたりとも、決着は大会でつけろ」 


 その言葉を聞いたからか。

 ふたりとも、互いに示し合わせたようにゆっくりと倒れた。

 疲労で寝てしまったのだろう。


 母屋に寝かせて戻ろうとすると、エイゼムが庭で夜空を眺めているのを見つけた。

 今にも落ちてきそうな満天の星空。

 なにか懐かしいな。


「よう」

「ああ」


 声をかけても返事だけで、エイゼムは天を仰いだままだ。

 星空に魅了されているのだろうと思いきや、違った。


「あの子たちの試合を見て、俺達のやってきた剣星流がチャンバラ遊びに過ぎなかったって思い知ったよ」


 ひどく落胆しているように見える。

 自信を失ってしまったんだろうか。


「そうか」


 そう思ったというなら、そうなんだろう。

 下手な慰めは無意味だ。


「天の星を斬るつもりで剣を振れ。剣星トーリスの教えだ」


 あー……。


「俺の親父はトーリスに師事して剣を習い、剣星流を打ち立てた。道場がここまで大きくなって王国兵士の指南役にまでなった」

「すごいな」

「でも親父は死に、俺の代でヒュラムが台頭して、剣星流の時代は終わった。でも、それも仕方ないのかもしれない」


 エイゼムがため息をつき、肩を大きく落とした。


「お前たちやヒュラムは次元が違う。とても剣なんかじゃ太刀打ちできないんだ」


 違う。

 そうじゃない。

 そんなんじゃ常識的な強さしか手に入らない。

 チート能力の非常識な強さに対抗するなら、負け犬の発想じゃ駄目だ。


「強くなりたいか?」


 だから問う。


 先に進むつもりはあるかと。

 踏み込む気はあるかと。

 今の世界観を捨てられるかと。


「……なりたい。今よりも強く、ヒュラムにも負けない力が欲しい」

「それならいい」


 どの程度の気概で言ってるかはわからない。

 ちょっと齧ってすぐやめてしまうかもしれない。

 だけど、それでも構わないのだ。

 そういう領域の話だから。


「天の星を斬るつもりで剣を振れ……なんて気休め、トーリスは言ってなかったと思うぜ」

「え?」


 エイゼムの隣に立ち、空を見上げる。

 

「剣星がお前の親父に伝えきれなかったものが何か、お前に教えてやる」

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