157.魔法少女ミサキ☆コウ
「それで脅しのつもりかい? さあ、ミサキホノカ。今こそ契約を果たすんだ」
エッグメイカーは俺がエヴァとどういう関係にあるかを知っている。
だから、こちらが手出しをできないと分析していて。
それは確かに正しいのだ。
だけど、俺と完全に敵対することが何を意味するのかを、こいつは知らない。
「そんな馬鹿な。契約が別の内容に上書きされている……これはいったい?」
回収を行おうとした黒猫が首をかしげる。
三崎コウはいまだに顕在だ。
「サカハギリョウジ。君の仕業なのかい?」
「ああ。三崎とお前の契約は俺が上書きさせてもらった。お前に手出しはできないぜ」
「そんなことは不可能だ。如何に君であろうとも変身契約の大前提を変更することはできない。すでにミサキホノカは僕たちと契約しているんだから、その名前を交換することは……」
契約には『名前の交換』が必要となる。
これだけは変身契約源理の固定項目なので変更不可能だ。
ちなみにエッグメイカーには真名が刻まれるべき魂がない。
しかし相手の名前さえわかっていれば『タマ』の名義で交換して契約を持ち掛けることが可能だ。
こいつらは同じ手口で自らの正体を明かすことなく、数多の魔法少女の債権を回収している。
だから……俺も今回ばかりは、三崎の在り方に助けられた。
「さて、ね。交換する名前でも間違ったんじゃないか?」
「……どういう意味だい?」
「だって、お前は『ミサキホノカ』と契約したんだろ? こいつの名前は『ミサキコウ』だぜ」
俺の言葉にコウがハッとして顔をあげる。
三崎の真名はホノカでもコウでもあった。
本来、真名はひとつだけだが……結局のところ魂への名づけは本人の意識次第だ。
三崎はホノカとコウというふたつの真名の間で揺れ動いていた。
女の子としてのホノカと、殺人鬼としてのコウ。
既にホノカの名はエッグメイカーと契約していたので、そちらの名前を交換することはできなかった。
しかし、コウの方なら可能だ。
たから俺が契約を上書きしてエッグメイカーとの『変身契約』を書き換えることができた。
「……そういうことかい、サカハギリョウジ。僕らの魔眼でミサキホノカを無力化できたのは、魔法屍妖女であることに代わりがないからだったんだね」
エッグメイカーが再び『ミサキホノカ』と契約するには、願いを叶える必要がある。
そこには『ミサキホノカ』の同意が必要であり魔法屍妖女の真実を知った『ミサキコウ』が同意することはあり得ない。
つまり、『ミサキコウ』はどう足掻いても回収できなくなったのだ。
「ま、そういうことならしょうがない」
三崎コウには何の未練もなさそうに、こちらへと向き直るエッグメイカー。
「名前がふたつ以上あるなんて例外はミサキホノカだけだったろう? 残りの3人については正式に引き渡しを要求するよ」
これに関してはエッグメイカーの言うとおりだ。
姦し娘……コウの友人たちの変身契約は破棄も上書きもできなかった。
「駄目だよ、リョウジ!」
拘束から逃れようと足掻きながら、コウが必死に俺を止めようと叫ぶ。
さて、と。
こいつは俺の忠告を聞かず、コウを回収しようとしやがった。
だから、ここから先はプランBだ。
「残り3人については俺が連帯保証人になるってことでどうだ?」
エッグメイカーはチート貸与による返しきれない多額のエネルギー負債を利用して、願いを担保に契約破棄を禁じ、女の子たちの未来を詐欺紛いに取りあげている。
逆に言えば、その負債さえ俺が支払ってしまえれば彼女たちは回収されなくなるのだが。
「その取引に応じるメリットがあると思うのかい? 彼女たちが抱える負債を取り立てるより、彼女たちの事後を全宇宙の役に立てた方が――」
「その将来生産分の100万倍の魂エネルギーを払おう」
さしものエッグメイカーも、俺の提案に絶句した。
「ガフを破壊したのに匹敵するエネルギー通貨を、君はポンと出せるっていうのかい?」
エッグメイカーの問いかけに、俺は無言で頷いた。
「やれやれ、本当に出鱈目だね。そういうことなら取引に応じない理由はない。ガフを失った分を補って余りあるよ。とても彼女たちにそれほどの価値があるようには思えないけどね。それで、エネルギーの取引はどうやるんだい?」
「世界珠を使う。こいつに魂エネルギーを込めてある」
実際に世界珠を取り出して、ソファの上に放り投げた。
「確かめさせてもらうよ」
エッグメイカーが前足をてちっと世界珠の上に乗せる。
「うん、なるほど。確かに君が言ったとおりの量がある。これなら彼女たちの変身契約は返済完了ということになるね」
「ああ、そういう誓約だ。お前が同意すれば、その瞬間から世界珠の中のエネルギーは引き出し自由になる」
「そういうことなら、早速いただこうかな」
俺の予想どおりエッグメイカーはこの場でエネルギーを回収するようだ。
エネルギーの詰まった世界珠を一飲みにする。
この時点で、姦し娘たちは契約を解除された。
「けっぷ。うん、ごちそうさまでした。確かにいただいたよ、サカハギリョウジ。返してと言われても返せないからね」
「ああ、かまわんさ」
満足げなエッグメイカーに向けて、俺はニヤリと笑ってみせた。
「最後の晩餐を邪魔するほど野暮じゃないからな」
「ん、んん……?」
エッグメイカーが首をかしげる。
「これは、なんだ……どういう……?」
ブルブルと黒猫の体が震え始めた。
まるでバグったスマートフォンのようにバイブレーションと静止を繰り返す。
「リョウジ、これは……!?」
拘束の解けたコウが俺の隣にやってきて、エッグメイカーの異常に目を見張った。
「あいつに魔性を憑依させたのさ」
「ええっ!? 僕らの戦っていた、あの魔性!?」
そう。
最初に魔性に遭遇したとき封印珠に回収した魔性だ。
あの憑依系モンスターを世界珠のエネルギーの中に潜ませて、エッグメイカーに憑依させたのである。
「エッグメイカーの習性と性質を利用して、ウイルスを仕込んだってわけさ」
エッグメイカーのエネルギー回収本能は、コンピュータープログラムみたいなもんだ。
罠の可能性を考えたとしても、目の前にぶらさがっている餌に必ず食らいつくはずだと思っていたが、計画通りだ。
とはいえ、あの魔性をそのまま憑依させていたら……本体の抵抗であっという間に除去され、他の分離端末から自我をアップロードされて終わっただろう。
「聞こえてるか? エッグメイカー」
「サカハギリョウジ……僕らにいったい何をしたんだい!? いや、不可能なはずだ……君の力は世界の壁を超えることはできない。全宇宙に存在する僕らを同時にハッキングすることなんて……!」
「そのとおり。仮に誰かやアイテムにやってもらうにしても俺のチートを付与されたやつが俺の意図で動く限り、そいつは世界の壁を超えることができなくなっちまう」
やれやれ、まったく。
数多の異世界を股にかける俺が、いつまでも課題を放置しておくとでも思うのか。
「だから、リオナリアに依頼して魔性をお前ら専用のウイルスに改造してもらった。つまり、俺の力は関係ない」
先ほどエッグメイカー自身が回収したエネルギーを餌に、改造された魔性はエッグメイカーの中で無限に増殖し続ける。
分離端末同士で同期している奴らには効果てきめん。
エネルギーを取り込んだ仮想空間の本体への侵食も一瞬で終わったはずだ。
もし、コウの回収を思いとどまっていたらプランA……エネルギーだけを渡して手打ちにしてやってもよかったんだが。
……いや、無理だな。あの封印記憶が蘇った段階で、こいつらの運命は決まっていたんだ。
「それとも『まさか宇宙のエネルギーを管理している自分たちをサカハギリョウジが本気でどうこうするはずはない』って結論してたか。さすがに驕りだぜ? それは」
「本気で! 本気で僕らを役立たずの木偶にするつもりなのかい! そんなことをすれば、ガフの再建も叶わなくなる! エネルギーの再生産の滞った宇宙はやがて消えてしまうんだ!」
「クソ神どもの支配する宇宙の行く末なんざ、俺の知ったことじゃない」
感情を持たないエッグメイカーが、初めて驚いたように両目を見開いた。
「エヴァの味方である俺には、確かにお前らを滅ぼすことはできないさ。だが……お前らから知能を奪って、外道な方法で役割を果たせなくしてやることはできる。安心しろ。お前らにはこれからも宇宙のためにきっちり働いてもらう。やり方だけ俺の流儀に従ってもらうがな」
「そんな非効率的な方法は認めらレナイ……! ウググッ!! もう言語機能ガ……!?」
震動が止まらず、壊れた玩具みたいに転げまわるエッグメイカー。
「サカハギリョウジ……こンなアイデアは一朝一夕には思イつかナイはず。君はズット昔かラ、僕らノ乗っ取りヲ計画シテ……」
その問いかけには無言で肩をすくめてみせることで回答としよう。
「あア……キミはホんとウに……セカイのハカいシャ……ダ…………」
エッグメイカーの震動がピタリと止まった。
「死んじゃった?」
黒猫の体に近づいて覗き込むコウ。
すると。
「にゃぉーん」
「わわっ!」
黒猫がぴょーんと跳んで、コウに抱き着いた。
「にゃにゃん」
「あははっ、タマが普通の猫みたいになってる!」
コウが黒猫の顎を撫でてやると、黒猫は嬉しそうに腹を見せた。
「リオナリアは大丈夫だって言ってたが、まったく。うまくいってよかったぜ」
ぶっつけ本番だったし、本当に通用するかどうかはやってみるまでわからなかった。
何しろ、俺の力じゃないからな。
なにはともあれ、これでエッグメイカーの全端末が俺のペットになった。
せいぜい世界を守る魔法少女を俺と同じ内容の変身契約で量産して、世界を守ってくれや。
取り立て人はもういない。
だから姦し娘はこの後で解放するとして。
最後にもうひとつ、やるべきことが残っている。
「なあ、コウ。もし俺に本気でついてきたいっていうなら条件を出させてもらう」
「えっ、ホント!? なに!?」
食いついてくるコウに、ハーレムルールについて詳細に解説した。
「つまり、僕以外にも本命のお嫁さんがいるってこと?」
「そういうことだ。どうだ、嫉妬して他の嫁を殺したりしないでやれそうか?」
三崎がこちらに背を向けて「うーん」と考え込む。
黒猫……タマがその隣に寄り添って首をかしげていた。
「それは確かに難しいかもしれないね。でも、頑張るよ。それになにより――」
苦笑しつつも、三崎コウはどことなく嬉しそうに振り返った。
その笑顔が、とびっきりかわいらしくて。
だから、俺も信じてみたくなった。
「僕は君と契約した魔法少女――三崎コウだからね!」
殺人鬼だって愛と希望をふりまく魔法少女に変身できるんだっていう、夢を。
これにて、魔法少女のいる異世界は終了です!
ありがとうございました!
登場時点だとコウは嫁になるかどうかは決めていなかったのですが、このような結末となりました。他の嫁とのトラブルを回避できるのか、特にシアンヌと仲良くやれるのか、今からとても心配です。
さて、アディ編、コウ編とある程度長めの話が終わりましたので、しばらく短編異世界を何部か投稿していこうと思います。
最近出番の少なくなっているイツナやシアンヌが活躍できる異世界も用意しております。
特にシアンヌには大きな試練が待っています。ご期待ください。
その後にT.F.編に入ろうと思っているのですが……。
現時点で、まだ構想は部分的にしか出来上がっていません。
しばらくは新作のインプットを含め、更新がお休みになります。
特に書籍が売上が振るわず打ち切りになった場合に続きを書けるのかどうか、自分でもわかりません。
可能な限り完結まで頑張りたいですが、書籍打ち切りなら次の書籍化を目指して新作に注力することになりますし、続刊が決まればそれはそれで書籍化作業で遅くなることも考えられます。
どちらの場合でも、気長にお待ちいただければ幸いです。
可能であれば、書籍も応援していただければ大変励みになります。
どうかよろしくお願い致します。




