154.魔法少女イツナ☆ライトニング
イツナによる大破壊の後。
港湾部に一気に海水が流れ込んでくる。
だが、俺もイツナもサリファも飛行能力を持っている。
上空に退避すれば問題はない。
プラズマに巻き込まれた俺もサリファも当然無傷。
むしろサリファに至っては、嬉しそうに口端をゆがめていた。
「この子……いきなり無茶苦茶しやがるねェ!」
「今のイツナは環境破壊への配慮とか、そういうのないからな」
「雷神のあたいに雷で挑もうっていうンだねェ! いい度胸だァ!!」
「イヤアアアァァァァl!!」
紅月の不吉な月光の下で、ふたりの雷使いがぶつかり合う。
神雷脚によるサリファの突撃から繰り出されるミョルニルの一撃。
それをなんとイツナはミョルニルから延びる神雷を『ただの雷』に変換して操れるようにしてから電流の上に飛び乗り、波をサーフィンするかのようにして攻撃から逃れた。
「なんだってェ!?」
サリファが驚くのも無理はない。
本来ならイツナの電流操作でサリファの神雷を操るのは不可能だ。
だが、今のイツナは雷神モードで最下位神。
魔法少女化で下位神。
尚且つ女性源理の強化により中位雷神相当にまで成長している。
よって、サリファとは同格。
ならば神の権能による雷だろうと、操れぬ道理はない。
ならばサリファも上位神になりそうに思えるが、そこはサリファが記録継承者であることが仇となる。
宇宙構成源理により、神は源理で位格を上下できないと定められているのだ。
本物の神の性能を持っている。
であればこそ、サリファは女性源理による位格補正を受けられないのだ。
「チキンイヤアアアァァァァッ!」
「ぬわああああああっ!??」
ミョルニルの神雷をそっくりそのままサリファにぶつけるイツナ。
「なんであたいが自分の雷でダメージを受けないといけないんだいっ!?」
圧倒的な力で敵をねじ伏せてきただけのサリファにはわかるまい。
敵の分析を面倒だと怠り、考えることをやめ、強い者と戦いたいと言いながらゴリ押しかしないサリファには。
俺のもとを去ってから、頭の方はこれっぽっちも成長していないじゃないか。
とはいえ、やられっぱなしでは終わらない。
ダメージもごく僅かだ。
すぐさまミョルニルによる怒涛の反撃がイツナを襲う。
「ええい、ウロチョロとォ!」
パワー型であるサリファに対し、イツナはスピード型。
イツナが普段使っている雷足もサリファの神雷脚の速度をはるかに上回っている。
だから、ミョルニルがサリファの権能で神雷を纏っている間はイツナに攻撃が当たることは決してない。
神雷による牽制がすべて跳ね返される以上、ミョルニルによる純粋な物理攻撃に切り替えるしかないのだが。
サリファには、それができない。
仮にも神の記録を継承している者が、人間の小娘如きに権能が通用しないなどとは認められないのだ。
「チィッ、こんな娘に撃つのは癪だがねェ……!」
イツナが攻撃圏外へと離脱した一瞬で、サリファはミョルニルの投擲姿勢に入った。
「トォォォォル――」
「チキンはダメ……サカハギさんから、チキンをとっちゃ……」
イツナは項垂れたまま、意味不明のうわ言を繰り返している。
っていうか、俺の名前出てなかった?
気のせいだよな……。
「ハンマァァァァァァァァァッ!!」
サリファの手からミョルニルが放たれた。
超速回転するハンマーが魔法少女イツナに迫る。
ミョルニルの投擲は必中だ。
伝承では必中だったからとか、そんなあやふやな理由じゃない。
ミョルニル投擲は、サリファの持つ『物理操作チート』を応用した自動追尾攻撃なのだ。
サリファは位置エネルギーや運動エネルギーの方向性を操って、破壊力を1点に集めることができる。
その応用で標的に全エネルギーが集中するようにターゲッティングしつつ、投擲後のあらゆる物理演算をチート能力に代行させ、慣性の法則や相対性理論といった通常の物理法則を無視し、強引にミョルニルを自動追尾させることができるのだ。
ゆえに、これを止めるにはビッグバンの威力を力づくで受け止めるか、チート能力による防御を行なうしかない。
先ほどのサリファはアスファルトの地面に狙いをつけていたから、魔法少女に犠牲者が出ずに済んだ。
ミョルニルもビッグサイズだったから爆発力はあったものの俺の結界で威力が減衰したので、魔法少女たちを消し飛ばすには至らなかった。
だが、今回のミョルニルは対人サイズに質量と密度を圧縮したまま、イツナに全エネルギーベクトルを集中している。
ミョルニルが纏う神雷に沿って避けることもできないし、このままではイツナの完全消滅は免れない。
だというのに、俺はイツナを守る必要を微塵も感じていなかった。
それがイツナに対する信頼からくるものなのか、あるいは女性源理による意識介入によるものなのかはわからない。
「同じ電位に雷は落ちない……サカハギさんの教え……」
イツナの消え入りそうなつぶやきが聞こえたとき、俺の頬からひとすじの涙が伝い落ちた。
実践しようというのか。
剣星流道場での教えを、理性を失っても尚。
だけど、それだけじゃ足りないぞ。
相手は雷じゃない。雷を纏った物理攻撃だ。
どうするイツナ、さあどうする――!
「なんだってェ!?」
その結末に、サリファが驚嘆する。
イツナの目前でミョルニルがグニャリと軌道を変えたのだ。
しかし、ミョルニルのオートコントロールが解けたわけではないらしく、ミョルニルが慣性の法則を無視してイツナの方へ戻ろうとする。
しかし、そのたびに軌道を変えられ……やがてミョルニルはイツナの周りを凄まじい速度で球を描くように周回し始めた。
だが、その速度もだんだんと遅くなっていく。
「いったい、何が起きたっていうんだい!」
「磁場だよ、サリファ……イツナが磁力場を操っているんだ……」
フレミングの法則を引き合いに出すまでもない。
電気を操れるということは、磁場も操れるということ。
そしてミョルニルは金属である。
「そんなはずはないんだよォ! 神器がただの磁場なんかに影響されるかい! それに法則無視だって使ってんだよォ!」
「……ハァ。前に教えただろ。源理優先の法則。法則無視チートで無視できんのは『源理から派生した後付けされた法則』だけだって」
本来なら磁場を貫通してイツナにダメージを与えていたであろう衝撃波の類も、サリファ自身が物理法則を無視しているから発生していないのだ。
俺は続けて言う。
「だから、まじりっけなしのチート能力……『地球の電気を再現する電流操作』を無視することはできない。ま、イツナがお前と同格にまで成長して神雷を乗っ取ったりしてなきゃ、ありえない光景ではあるけどな。そして普通の磁場に影響されない神器であろうとも、始源の理たる源理に抗うことはできない」
紅月と女性源理がなければ、俺がサリファに勝って終わっていた。
雷神モードのイツナがサリファと戦うこともなかったので、この対戦カードは女性源理ありきである。
ならば、これは必然だ。
とはいえ、俺がイツナと同じ条件で戦わされたら……電流操作チート単体でこんな出鱈目な真似をするのは無理だな。
出力上昇と出力安定に役立ちそうなチート能力を魔法少女契約のときに貸与したのもよかったんだろうけど。
「それでもチキンだけはぁぁぁぁ……」
ついにミョルニルがイツナの頭上で静止した。
サリファの物理操作がイツナの電流操作に屈したのだ。
グググッと、ミョルニルの先端がサリファの方を向く。
「嘘だーッ! そいつが、アンタに使えるわけがないんだよォ!!」
「イヤアアアァァァァァァァッ!」
イツナの悲痛な叫びとともに、ミョルニルがミサイルのように発射された。
サリファがそれを両手で受け止める。
「ぐっ、うぐぐぐぐぐぐぐぐううううううっ!!!」
無回転とはいえレールガンと同じ要領で発射された惑星質量だ。
吹き飛ばされないようにサリファは力場の足場を作って踏ん張り、鬼のような形相で歯を食いしばる。
触れた箇所から再び物理操作をおこない、電流操作を上書きしていく。
イツナがそうしてみせたようにミョルニルのコントロールを取り戻そうというのだ。
サリファが全身から神雷を放射する。
空間をつんざくような轟音とまばゆい閃光があたりを支配した。




