153.魔女ノ罠メス★ルール
光速移動や無時間移動を繰り返しながら、互いの間に火花を散らす。
一撃ごとに本来なら大規模破壊を引き起こす衝突。
エネルギーを相手に集中させるから普通に戦っているようにしか見えない、そんな攻防が数千数万と続く。
実時間にして刹那の出来事だ。
「そーら、どうしたどうした旦那ァ!」
「クッ……!」
口惜しいことに、若干押されているのは俺の方である。
結論から言うと女性源理は、予想以上に厄介だった。
魔法少女や女魔性が相手なら元値が1とか2。
数倍したところで誤差にもならなかった。
だがサリファは違う。
ただでさえ高い戦闘力が、さらに跳ね上がっているとなると、もはや厄介という単語では括れない。
加えて、俺自身も戦意を削がれている。
雑魚相手ならいくらでも誤魔化せるが、サリファが相手だと致命的な雑念だ。
そして案の定、サリファを対象とした魔法は女性源理で無効化されるみたいだ。
こっそり無詠唱無動作の麻痺魔法をかけてみようとしたが、魔法抵抗どころか発動すらしなかった。
自己強化系の魔法は普通に発動したから、どうやら女を対象に取るか範囲に巻き込む敵対的魔法だけが消されるらしい。
女性源理そのものは『創世神がアレンジを加えた世界独自の物理法則じゃない』から、セキュリティホールがない。
まじりっけなしの源理をそのまんま世界の源理に採用しているから、法則変更チートでの上書きはもちろん、法則無視チートで無効化もできない。
つまり、この状態異常に付き合いながら戦うしかないのだ。
もっとも、創世神に俺個人を不利にしてやろうという腹積もりはないと思う。
この世界を『戦う女の子』が活躍する舞台にしたいだけだ。
おそらく、この宇宙に女性源理を採用した創世作家は男神だ。
自分や傘下の神々も例外なく不利になるような無差別対象の源理でないといろんなことの説明がつかない。
女性源理を強化する紅月の中なら、本来なら戦う気にすらなれず女に膝をつくぐらいの強制力だ。
よっぽどこの宇宙の創世作家は『戦う女の子』が好きとみえる!
あるいはこの世界に誘い込むことがメガミクラン十三禍神が1柱、隻謀のオーディンの計略だったりするのかもしれない。
深智のマルコシアスの入れ知恵って可能性もありそうか。
「ひゃっはァ! なんか知らないけど、今日は調子がいいねェ!」
少なくともサリファは女性源理に気づいていないようだ。
惜しいよなぁ……サリファはオツムが残念じゃなければ、マジで敵なしなんだが。
「さーて、と。今回も受け止めてもらうぜェ……あたいのとっておきをよォ……!」
サリファが距離を取って腰を深く落とし、ミョルニルを巨大化させて肩にかついだ。
ミョルニルを投げる気だ。
雷神トールの伝承を紐解けばわかりとおり、最大限に警戒すべきはミョルニルの投擲である。
クソ神が管理する以前の旧宇宙で信仰されていた神々を始原神と呼ぶのだが……サリファは始原神の1柱だった雷神トールの記録継承者である。
前世の記憶を思い出す転生者とは違う。
サリファが受け継いでいるのは全宇宙の記録が保存されてる仮想書庫の記録だ。
記録継承者とは本人の転生体ではなく、同じ力をふるうことができるだけの別人とでも呼ぶべきシロモノである。
逆に言うと、戦闘力だけは始原雷神トールに相違ないということだが。
位格であらわすならば始原神トールは中位神。
かつて俺が倒した上位邪神ハザード=ディストリウスよりも下位ということになる。
だが、サリファは権能と装備をすべて自己強化に注ぎ込んでいる。
雷神トールが装備していた手袋や力帯はサリファも所持しており、その膂力を何倍にも引き上げているのだ。
ぶっちゃけミョルニルから発生する神雷は威力及び速度をブーストする際に漏れる副産物に過ぎない。
ミョルニルの投擲準備は隙っちゃ隙だが、今攻撃しても光翼疾走で回避されるだけだな。
実のところ『光殺剣』を使えばいいんだけど、はっきりいって強力すぎる。
下手するとサリファの魂ごと消し去りかねない。
なんでこう俺の奥の手は手加減するのが難しいのばっかりなんだ?
俺のせいか! ちくしょう!
「避けてもいいんだぜェ……? 大丈夫さ、マルコの開発した新型結界……紅月は結界内の物体をどれだけ破壊しても現実世界の方には一切影響を与えねェ……もちろん結界自体を破壊しちまったら駄目だろうがよォ!」
やっぱり紅月はマルコの仕事だったか!
女性源理を強化する新型結界……つまり、クランの魔女を強化するための結界ってわけだ。
たしかにサリファみたいな魔法少女を圧殺できる元嫁たちなら、敵側が恩恵を受けたところで関係ないもんな。
実のところ、結界破壊はさっきから試しているんだが紅月は破壊と同時にすぐに再展開されてしまう。
3日前に遭った魔女とサリファとでは、結界主としての格が違うってことなんだろう。
というか、あの代行分体の魔女も俺の元嫁ってことになるんだな。
いったい誰だったんだろう?
「さあ、いくぜェ……!」
サリファの魔力波動が膨れ上がる。
自慢じゃないが、もしサリファのミョルニルによる攻撃に権能が含まれていたら、俺の結界には傷ひとつつけることができない。
だが、ミョルニルの投擲は純粋な物理攻撃だ。
威力レベルを極限まで上げて、相手の物理無効系の能力を貫通しつつ、ケタ外れの物理で殴る。
それがサリファの戦闘スタイルである。
俺の結界は最薄でも月の落下ぐらいならビクともしない。
それでもさすがに惑星質量を圧縮した上に神雷で超加速し、物理操作チートで攻撃力を一点集中されたら……さすがにヒビのひとつも入るというもの。
女性源理でサリファの地力が乗算されたら破壊されるのも納得だ。
位格補正のおかげで神雷は演出効果扱いできる。
しかし、ミョルニルの方はなんの対策もなく直撃したら肉体の破裂は免れない。
そして、今の俺は敢えて直撃を食らって負けてしまおうか……などというクソくだらない誘惑と現在進行形で戦い続けている。
この状態で俺は果たして防御対策をした上でミョルニルを受け止めることができるだろうか?
俺の勘でも確信が持てない。
つまりヤバイってことだ。
かくなる上は――
「ちょ、ちょーっとタンマだ、サリファ!」
「あァん? らしくねェな旦那……どうせ死なないンだから男らしくビシッと受けてみなよォ。それとも別れた女どもを全員召喚してほしいのかねェ?」
うげえ、ここで元嫁に『男らしく』とか言われるのはまずいって!
紅月で凶暴化した女性源理が隙あらば『女に負ける男がかっこいい』とかいう価値観を刷り込んでこようとするんだよ!
「いや! お前との決着はつける! つけるが……先に魔法少女たちをきちんと保護させてくれないか。俺の結界の中に保護してるとはいえ、万が一があるだろ?」
俺とサリファの周囲には26個の球形結界が浮いている。
俺と契約した23人の魔法少女と、エッグメイカーと契約している姦し娘の3人だ。
全員が瀕死の重傷を受けている。
幸い、彼女たちはミョルニルの直撃を受けたのではなく爆発に巻き込まれただけだった。
そのおかげで『ゴキブリチート』が仕事をし、死なずに済んでいる。
今のところ死ぬことはないが……万が一ミョルニルが直撃してしまったら、今度こそ肉体が破裂して魂は神雷に焼き払われる。
そうなってはガフ亡き後でも蘇生は不可能になるだろう。
さて、俺の言葉がどう受け止められるかだが……サリファは不機嫌そうに眉をはね上げていた。
「そいつらがいなくなれば気負いなく戦えるのかい?」
あ、やばい。
これは『だったら全員殺しちまえばいいよねェ!』の流れだ!
「いやあ、実を言うとその中の誰かが誓約者でさぁ! 殺されるとマジで困るんだよな!」
「……むゥ」
俺が慌てたように弁明してみせると、サリファが少し困ったように押し黙った。
俺とメガミクランの間には、いくつかの盟約がある。
その中のひとつに『俺の誓約達成を邪魔しない』ってのがあるのだ。
メガミクランの中には復縁を望む元嫁が何人かいるので、俺をガチギレさせてしまうような事のほとんどは禁じられている。
俺に一言文句を言いたいだけとか。
あの深夜プロレスが忘れられないとか。
今度こそルールを守るからチャンスをちょうだいとか。
そんな感じにクランの魔女たちの要求は異なるものの、リリースされた元嫁だからといって俺の敵になるとは限らない。
サリファの場合は、まあ見ての通りだけど。
「チッ、仕方ねェな。逃げンなよ」
ふぅ。
どうやら俺の願いは聞き届けられたらしい。
――これでようやく『勝ち筋』が見えた。
「もちろんだ」
26個の封印珠をアイテムボックスから各結界の中に次元転移させ、魔法少女全員を保護。
結界を解いてから念動力で手元に集めた。
そのうち姦し娘の3個だけをアイテムボックスに収納する。
俺と契約した魔法少女たちの入った封印珠23個は念動力で周囲に浮かせておく。
封印珠は、それぞれの色が別のものに変化していた。
さらにアルファとかベータとか、ヘブライ語の数字が刻まれている。
「なんだい? とっととしまっちまいなよ」
「……いや、いいんだ。全部今からお前との戦いで使うから」
「なんだってェ?」
サリファが怪訝そうに眉寝を寄せる。
「その魔法少女たちを回復させてあたいにぶつけようってェのかい? そいつはいくらなンでも無謀ってもンじゃァないかねェ?」
準備にはもう少し時間がかかる。
サリファは待っちゃくれないだろう。
だけど、時間稼ぎのアテなら既にある。
「ははっ、それこそまさかだぜ」
だから、敢えて余裕をみせつけるようにサリファに向かって肩をすくめてみせた。
「いやさ、お前が言ったんだぜ? 『紅月は結界内の物体をどれだけ破壊しても現実世界の方には一切影響を与えない』ってお前が言ったんだ。そのときに思ったんだよ。『ああ、これはあいつの成長を無にしないで元に戻してやるチャンスかも』ってな」
「なンだァ? なにを言ってる」
「幸いにして『お前との相性は抜群に良さそう』だし、本当にちょうどいい。ちょっとばかし『後輩』のリハビリに付き合ってやってくれや」
そう言って、俺はアイテムボックスからもうひとつの封印珠を取り出し、封印解除する。
中から現れたのは――
「誰だい、その小娘はァ? 魔法少女かい?」
きょとんとするサリファに俺は首を横に振ってみせた。
「いいや、魔法少女にはこれからなる」
名前はとっくの昔に交換済みだからな。
「チキン……チキンは……ダメ……なの……」
うわごとのように呟く嫁に囁きかけた。
「そういうわけで俺と契約して魔法少女になってもらうぜ。鳴神イツナ」
「チキン! チキンは……イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」
けたたましい絶叫とともにイツナの周囲がまばゆいプラズマに包まれる。
瞬く間に変身を完了したイツナはかわいらしいフリフリのドレスを纏い、雷光を放つ魔法少女となっていた。
「チキン、チキンはイヤ……」
「な、なンだいそいつは」
唖然とするサリファを尻目にイツナに語り掛ける。
「イツナ。俺がわかるか?」
「サカハギ、サン……?」
「お前にいいことを教えてやろう。『あそこに立ってる女』を倒せばチキンはなくなる」
「チ、キン……? チキン!!」
「ようし、いい子だ」
一連の流れを見つめていたサリファがぽつりと呟いた。
「なンだか全然わからないけど旦那ァ……その子にとんでもなくおぞましい真似をしちゃいないかい!?」
「いやあ、実はとある異世界で暴走が止まらなくなっちまってな。俺の娘曰く『雷神モードになった母さんは一度は大暴れしないと元に戻らない』らしい。そういうわけで――」
肩をすくめてみせてから、俺はイツナにゴーサインを出す。
「先輩として、ちょっとばかし後輩のリハビリに付き合ってやってくれ」
「チキィィィィンッッッ!!」
叫びと同時にイツナが放った雷光は、港と言わず港湾区画すべてを包み込んだ。




