152.魔女雷神サリファ★トール
爆心地から回収した巨大なハンマー……ミョルニルを担ぎ、サリファはいつもの狂暴な笑みを浮かべていた。
「いやァ……ガフがぶっ壊されたっていうから、しばらくお預けかと思ってたンけど……まさかここで旦那に遭えるとはなァ……あたいでなくとも運命を感じちまうねェ」
ややボサボサの赤黒い髪。
褐色の肌にビキニのような布を申し訳程度にはりつけたような露出度抜群の恰好。
しかしその肢体を美しく彩っているのは服でも全身に刻まれた文様でもなく、隆起した筋肉だ。
その姿は、最後に見たときと全く変わっていなかった。
「どうしてお前がここにいる!」
サリファはリリース済みの嫁だ。
おいそれと遭遇する相手じゃない。
「なァに、ちょっとした手伝いだよォ。新入りが苦戦してるっぽかったんで、ちょっとばかしあいつらを捻ってやろうと思っただけさァ……」
「手伝い、だと。ってことは、この世界を侵略してる連中っていうのは!!」
「そうだよ。あたいたち……『メガミクラン』の魔女の一人さァ!」
「マジかよ……」
最悪だ。
最悪中の最悪。
アンス=バアル軍。
エンジェルフリート。
そしてサリファの所属するメガミクラン。
これら三大侵略者の中で、もっとも小規模でありながら段違いに危険で、俺が最も出会いたくない魔女ども。
『エヴァの変』の際にリリースされた十三禍神を中心に、元嫁たちで構成された緩やかなチートホルダー互助会。
別名『逆萩亮二・被害者の会』……それがメガミクランだ。
「いや懐かしいなァ。旦那との主観時間は合わせちゃいるから、もう7年くらいになるのかねェ?」
サリファのことはイツナが加入する3年くらい前にリリースしてるから……確かにそのくらいか。
イツナやシアンヌを嫁にしてから、もう4年も経ってんだな。
実際に出してる時間はもっと短いから、あいつらからすれば1年経ってるかどうかって感じだろうが……。
「いやあ、懐かしいじゃァないか。そうそうミレーネは元気にしてるかい?」
ミレーネ……サリファとほぼ同時期に加入した唯一交流のあった嫁のことだ。
「……ああ。お前をリリースして以来、気まずくて顔を見てないけどな」
「じゃあ、ミレーネはあたいが出ていったことも知らないってェいうのかい!? その答えはさすがに予想外だったねェ……」
実際、まともに嫁に誘ったのもイツナが久しぶりだった。
リリースにせよ卒婚にせよ、普通の嫁は俺の元から離れていく。
俺の旅にずっと付き合ってくれる嫁っていうのは少数派なのだ。
「サリファ……クランを抜けて戻ってくる気はないんだよな?」
「あるわけないだろォ。だって、旦那ンとこにはまだエヴァがいる。あんな冷血女といっしょなんて冗談じゃないねェ。エヴァがそっちから抜けるってんならやぶさかでもないけどよォ……」
サリファのリリース要因はエヴァとの不仲にある。
どうにもふたりの相性が最悪で、まさに水と油みたいな関係だったのだ。
7年前は確かエンジェルフリートへの対応方法で意見が真っ二つに分かれ、それ以上の関係悪化を恐れた俺がエヴァを封印した。
しかし、俺が思っていた以上にサリファはブチギレていたらしい。
メガミクランにスカウトされて俺のもとから自ら去っていったのだ。
明確なハーレムルール違反を犯す前だったのでサリファは嫁に復帰可能なのだが、どうやら説得は無理そうだ。
「それによォ。あたいは自分より強い奴と戦えるっていうから、旦那の嫁になったンだ。なのにどいつもこいつも一撃で吹っ飛ぶような芸のない連中ばっかでよォ……」
「それは俺のせいじゃない。お前が強すぎるんだよ」
「そういうこった。まあ、そりゃクランに入ってからもあんまり変わらないンだがよォ……」
不満そうなサリファの様子を観察しながら、俺は先ほどの結界破壊を思い出していた。
リリース前のサリファは確かに俺の結界にヒビを入れたことはあるが、破壊したことはない。
では、どうして破壊されたのか。
理由は考えるまでもない。
この世界を包む女性源理だ。
この地球は女性優位の世界である。
最初からただ単にそういうものだと女性源理により定められている。
大方、ここの担当神は最初から魔法少女のような女の子を活躍させる気マンマンだったんだろう。
あるいは女の子同士の絡みが好きな百合作家の管理する世界だったのか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
問題は強力な女性源理が適用されたサリファの戦闘力は、今の俺より強いかもしれないってことだ。
第一の封印を解けばさすがに負けはなくなるが、エヴァを出したら最悪の場合……脅威とみなされたサリファが消去される可能性がある。絶対に出すわけにはいかない。
もちろん、この地球を滅ぼして封印を解除するなどもっての外だ。
……それでも、やるしかない。
俺はアイテムボックスから無銘の聖剣と魔剣を取り出して構えた。
「お、やるかい?」
「やる気満々のオーラ出しといて何言ってやがる」
「さっすが旦那だ、話がわかるゥ!」
メガミクランは個人主義の組織だ。
俺の元嫁……クランの魔女たちはお互いを決して縛らない。
適度な情報共有はしているが、全員が女であるせいか……騙し合いも当たり前のように行われている。
逆に言えば、俺を目撃したクランの魔女ひとりにアメを差し出せば、他の元嫁を召喚されるという俺が最も恐れる事態を避けられる。
そういう意味でサリファに差し出す報酬ははっきりしていた。
「じゃ、死合おうぜェ」
サリファの身長の3倍ぐらいだったミョルニルのサイズがグンと小型化し、片手サイズになる。
お得意の『質量操作&密度操作チート』だ。
ミョルニルの惑星並みの重量をそのままにサイズのみを圧縮。
それをさらに『物理操作チート』でエネルギーベクトルを集中させて一点突破力をさらに高め。
筋力限界突破チートによる膂力でもって振るう。
つまり、あのハンマーで殴られれば誰であろうとタダでは済まない。
「来な」
無論、俺にも同じことができる。
重量操作、質量操作、密度操作を組み合わせて聖剣と魔剣をミョルニルと同重量、同質量に変更。
さらに筋力限界突破と摩擦操作も併用し、普通に剣をふるうのと同じ感覚にまでチューニングする。
さらに法則無視チートも用いて、巨大質量を振るうことによるあらゆる不利益を排除する。
これをしないと武器を振るっただけで世界を破壊しちまうからな。
サリファも当然のようにやっていることだ。
もちろん防御系のチート能力も今回ばかりは最初からフル稼働でいく。
わざと喰らうなんて舐めプレイをしたら、それこそサリファがブチキレるしな。
「いっくぜェ、旦那ァ! 神雷脚ゥ!」
雷の権能による神雷を発動させて、それに乗り……文字通り神速で俺の立つクレーンに向かって馳せるサリファ。
一方の俺は迎え撃つべく構えた。
ミョルニルによる打撃と魔剣がぶつかり合う。
ビッグバンに匹敵する威力とは裏腹に、周囲には火花が散るのみ。
傍目には普通に受け止めたようにしか見えないだろう。
実際には俺がミョルニルの運動エネルギーと位置エネルギーを虚数空間に受け流している。
これは物理操作チートではなく異世界魔法と剣技の混合――つまり剣星流でいうところの奥義にあたる。
さすがに即興で名前をつけるほどの余裕はないが。
「光翼剣!」
ミョルニルを魔剣で打ち払い、聖剣をサリファの脇腹めがけて光の速度で叩き込む。
サリファの戦術は確かに強力だが、攻撃に特化しすぎているため防御が脆い。
守りは神の頑強な肉体に頼りきりなのだ。
そして魔に属する存在ではないサリファなら、惑星質量の聖剣を光速で食らっても全身の骨格が粉砕骨折する程度で済むはず。
いつもなら、これで終わるはずだったが――
「光翼疾走ォ!」
「何っ!?」
サリファが予想外の動きを見せた。
俺が得意とする異世界魔法の光翼疾走を使用し、光となって斬撃を透過したのだ。
光翼疾走を使用している間は、肉体の質量がなくなる。
光の速度で排便をすると宇宙が滅びるなんて冗談めいた逸話があるが、そういった悲劇を防ぐために光翼疾走の効果は質量消失がセットとなっているのだ。
ちなみに光翼疾走を応用して剣を光速で振るう光翼剣の方は、法則無視チートと併用しないと縮退現象を起こして宇宙を破壊してしまう。使用には細心の注意が必要だ。
それにしても、いつの間に光翼疾走を覚えやがったんだ……いや、十三禍神の中に教えられる元嫁はいるけどよ!
サリファの奴、素直に勉強するようなタマじゃなかったのに!
「アンタより強くなるためならよォ、なんだってするさァ!」
どうやらサリファは斬撃を透過する一瞬の間だけ使用したらしく、すぐさま物理化してミョルニルを大上段に振り下ろしてきた。
「チィッ……光翼疾走!」
光速移動でクレーンから地上へ退避すると同時に、クレーン設備が風船みたいに破裂した。
破壊エネルギーを圧縮された一撃を受けた結果、そのように見えたのだろう。
ここでようやくサリファの最初の移動により発生した衝撃波が、遅れてきた爆音とともに港湾設備をさらに破壊していく。
「ハッハァ! ようやく動いてくれたねえ! 『サリファ、俺は一歩も動かずにお前を倒せるぜ』って……前はそう言ってたのによォ!」
悠々と着地しながら、サリファが本当に嬉しそうに呵々と笑った。
「そういうお前は移動自体には神雷脚を使うんだな。光翼疾走は下手すると宇宙の彼方に飛んで行っちまう。まだまだ練習中と見たぜ」
挑発に挑発で返してみたが、サリファの奴はまるで意に介しちゃいない。
自身の優位を確信したためだろう。
いつもなら俺の力を推し量れない馬鹿どもの慢心だと笑い飛ばせる場面だが、残念ながら今回ばかりは違う。
……これ、思ってた以上にやりづれえぞっ!
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