133.QED
「さっきと発射地点が変わった。なるほど、次元転移で狙撃ポイントを変えているな? クールタイムで丸わかりだぞ。そして弾丸を過去に送り込むのは発射直後で固定してるのか。通路のときみたいに標的のすぐ傍で撃ち込まないのは……三崎より自分のスピードが遅くて対応できないからか? 三崎が自分を攻撃できる可能性を警戒しているということは、少なくとも無敵の潜伏能力ではないと自分自身で理解している……そして、三崎の能力の中に対抗策があるかないかを判断できていない……鑑定系の能力を持っていないからこその慎重さだな」
「「「「「リョウジ! 何ブツブツ言ってんの! こっちは死ぬ! もう無理! 僕、死んじゃうよ!」」」」」
パァン、と。
またひとつ三崎の分身が破裂する。
俺がゆっくりと仮面チビの分析をしている間、三崎は無数の分身を作り出して列石の間を駆け回っていた。
「死ね死ね、がんばれー」
「「「「史上稀にみる酷い応援を聞いた!」」」」
パァン、パァン、パァン。
「ちょっとー! 僕の分身は作るのに体力を消耗するんだよ! なんか回復とかしてくれないの!?」
「体力回復薬ぐらい自前のがあるだろ。使え」
「共闘とはいったい……うごごごご!」
まったく、戦闘中だというのにうるさい殺人鬼だ。
時空操作チートで戦闘経過を早送りして、さっさと5分を経過させる。
さて、本来ならとっくに仮面チビは姿を見せていてしかるべきなのだが。
「やっぱりいないか」
俺たちは停まった時間の中で戦っているわけではない。
奴が5分先の未来に移動してから攻撃してきているとしても、奴が移動した先の時間にはいずれ追いつく。
5分が経過すれば、未来へ移動したばかりの仮面チビが過去の三崎を狙撃しているところが普通に見えるはずなのだ。
それどころか、この部屋で待ち伏せしていたのだとしたら、もっと前から姿が見えていても不思議じゃない。
弾丸の時間残渣も少しぐらいズレがあったっていいはず。
1分前とか2分前とか、異なる未来時間から攻撃すれば失敗をフォローしたり、それどころか異なる角度から同時に狙撃したりできる。
なにせ奴がしているのは間接的な事象改変なのだから。
だというのに奴は常にぴったり5分先から弾丸を撃ってくる。
飛来する弾丸に付着している時間残渣が不自然なまでに一定なのだ。
「これで、ようやくひとつわかったぜ。奴は常に5分先にいる。俺たちと一定の距離を保ち続けていやがるんだ!」
奴の持つ『未来歩行チート』の正体は……5分先の未来に行く能力ではなかった。
5分後の未来世界を常に歩き続ける能力!
しかも誰にも辿り着くことのできない独立した未来時間の中をだ!
「能力の概要は解けた。次は使い方、着眼点と工夫部分か……!」
「ねえ、ちょっと! まだなの!? もう5分経ってるんだけど!」
「まだだ」
「いつまで続ければいいのさ、こんなこと!」
「言っただろ。お前が死ぬまでだ」
三崎の「鬼ー!」という叫びが聞こえた気がするが、雑音は無視する。
能力を使っている仮面チビの姿を認識できれば結界の中だし、コピーチートでもって俺も『未来歩行』を使うことができるんだが。
いや、待てよ……俺の時空操作チートはそもそもほぼすべての時間操作系能力を包括する能力のはず。
俺も未来歩行の概念を理解した状態なら使うことができるかもしれない。
「物は試しだ。時空操作で未来歩行!」
チート能力の使用にはイメージと認識が大切だ。
あくまで能力に定められた源理が及ぶ範囲ではあるが、できると思ったことができるし、できないと思ったことは絶対にできない。
だから自らを鼓舞すべく、普段はしないような叫び声をあげた。
能力を行使した瞬間、周囲からすべての雑音が消える。
戦闘の形跡どころか、誰もいなくなったのだ。
なるほど、確かに。
ここは俺だけが存在する5分先の未来世界。
現在時刻+5分の、俺だけの未来世界……ってわけか。
「それにしても、『ここ』にまでいないとはな……」
そんな気はしていたが、この5分後の世界にも仮面チビはいない。
過去視の魔眼で5分前を視ると、逃げ回っている三崎と結界を叩いている3人が確認できた。
当然だが音は一切ないままだ。
聴覚も過去にチャンネルを合わせれば聞こえるだろうが、仮面チビにそういった能力はなかった。
おそらく奴自身が聞いているのは、自分が引き金を引くライフルの銃声だけだろう。
「まだだ、まだ何か……俺の中に発想が足りてない!」
未来歩行を解除して現在へと帰還する。
「リョウジー! 無理無理、本当に限界!!」
「わかった。選手交代だ。俺の目を見ろ」
「なんで? やっぱり嫌な予感が――」
無事に三崎が石化した。
封印珠に入れる。
銃撃が、止んだ――。
「さて、お前からはどう視えてる? 三崎がいきなり消えたって感じか?」
同時に、ここで奴が俺の姿を過去視することを許可する。
頭の中の履歴に、これまでブロックされてきた能力の対象となったことを示す表記が浮かぶ。
さらに俺に対する時空干渉を観測したティンダロスの番犬どもが周囲のあらゆる鋭角から湧き出てこようとするが……手を挙げて「待て」を命じる。
「声もないし、気配もない。だけどなんとなくわかるぜ……お前が感じている驚愕、そして恐怖をな」
俺の側頭部に向けて正確に無音の弾丸が飛来するが、問答無用で掴み取った。
発射の光も音もない狙撃だが……速度を上昇させているわけでもない音速を超えたぐらいの鉛弾は脅威にならない。
「弾丸の時間残渣は5分。そして発射地点、観測っと。さて、仮説を試してみるとするか」
このダンジョンゲームのソース解析は既に完了している。
つまり、ゲーム環境そのものを改造できるコンソールコマンドが使用可能になった。
「ID:OB394289048024を指定。《消去》」
破壊不可オブジェクトである岩の柱……仮面チビの足場が俺のコンソールコマンドによって一瞬で消滅する。
「お前がいるのは未来世界だから『現在』が変われば当然そっちも影響を受ける。お前も知っているであろう弱点だ……違うか?」
足場が消えて無様に落下したか、あるいは落下速度を落とすアイテムぐらいは持っているか。
飛行したか、次元転移したか、それとも直前に回避したか。
まあ、どれであろうと同じこと。
「やっぱり撃ってこなくなったか」
今頃は撤退しようとして、できないことに気づいて……潜伏し、やり過ごそうとするあたりだろうか。
「でも、もう詰んだんだよ。お前は俺に一発撃った」
時空操作で時間を巻き戻す。
俺が撃たれる前の時間に。
消えていた岩の柱が元通りになる。
「未来歩行は常に現在の5分後。当然、お前の時間もいっしょに巻き戻る」
俺は仮面チビを真名確認するときに、なんとなく御遣いを殺した。
そのあと再び時間を巻き戻したが、仮面チビはそれを明らかに認識していない様子だった。
あれがフリだとしたら大したもんだが……奴は時間の巻き戻しに高確率で対応できない。
「そして、今度は事前に狙撃地点の5分先を未来視させてもらう。まあ、当然視えないわけだが――」
俺自身が未来歩行をしたときに感じた能力の使用感と、これまで経験から……ひとつの解が導き出されようとしていた。
あとは実証あるのみ。
『……ッッ!!』
何故だろうか。
聞こえもしないのに、息を呑むような気配を感じた。
俺がそっちを向いているから、見られている気がしたか?
直後、弾丸が飛んでくる。
先ほどと同じ角度、同じ速度で正確に。
もちろん弾丸が辿る運命も変わらない。
『T.F.』のイニシャルが刻まれた熱を帯びたライフル弾が俺の手中にあった。
だが、唯一。
先ほどまでと明らかに異なる痕跡があった。
たったひとつだけ。
「時間残渣は……10分!」
仮説が証明された瞬間、脳にアドレナリンが満ち溢れた。
筆舌に尽くしがたい爽快感に身を任せて魔力波動を解き放つと同時、部屋の中に凄まじい爆音が響き渡る。
「ハハハ……ハハハハハハハハハハッ!!! 完っ全に捉えたぜっ……!! お前が歩いている未来世界がどこなのかをなっ!!!」




