130.未来からの魔弾
死体が転がっているのは何の変哲もない石造りの通路だ。
周囲には部屋もないし、一本道。
さて、辿り着いた。今んところは何も起きない。
「誰だったかなぁ、こいつ」
正直いたっけ? っていうぐらいに印象のないモブ男だ。
人狼に殺されてた片割れだった気もするけど。
頭を銃で撃ち抜かれてるのは間違いないっぽい。
死後10分から15分ってところかな。
「まあいいや。ちょっと失礼しますよっと」
念動力チートでもって頭部から弾丸だけを浮かせて摘出する。
魔法の弾丸とかでなく、ただの鉛弾のようだ。当然ひしゃげている。
「鑑定眼で視ても普通の銃弾だな……ん、でもこれは『時間残渣』か?」
時間残渣があるってことは、この弾は時間を飛び越えたってことだよな。
念のために弾丸の時間だけを巻き戻すと付着していた血液と時間残渣が消えて、発射以前の状態に復元される。
復元された弾丸をよく見ると英語の筆記体で文字が刻まれていた。
この『T.F.』のイニシャルの印字、どこかで……。
「なんかわかった?」
罠の気配がないことを察知してか、いつの間にか三崎が顔をのぞかせてきた。
「見てみ。銃弾にイニシャルが入ってる」
「『T.F.』? メーカーか何かかな?」
三崎はたいして興味を示さなかった。
でも、何か引っかかる……。
三崎には言わなかったが俺の異世界遍歴で間違いなく見たことのある印字だ。
……駄目だ、思い出せない。
とりあえず、弾丸はアイテムボックスにしまっておこう。
「ねぇねぇ、リョウジ。ひょっとして時間を巻き戻せるならさ、犯行の瞬間を抑えたりできるんじゃないの?」
「まあ、できなくはないだろうが……」
こういう箱庭世界なら分岐並行世界の派生はないから、時間遡行を繰り返し過ぎて時間軸がグッチャグチャになる心配もない。
量子眼みたいに無駄な時間を過ごすだけに終わるリスクもないし、やらない理由はない……か?
「やってみようよ! きっと面白いことになるって!」
「お前、そんなこと言って……俺にあの仮面チビを始末させたいだけじゃないのか?」
「なんのことかな~フンフフ~ン♪」
そっぽを向いて下手な歌を歌う三崎。
「まあいい。乗っかってやるよ……ただ、先に『過去視の魔眼』で視てからな」
嫌な予感とは違うが、念には念をだ。
普段はどれだけテキトーでも構わないが、自分の勘だけには従った方がいい。
「ちょっと慎重すぎない?」
何故か残念そうに口を尖らせる三崎。
「やっぱお前、俺とあいつを潰し合わせる気だろ」
「あはは、そんなことないよー」
「ちなみに過去視をするのは左目だけだからな。能力発動中に俺に不意打ちを食らわせようとしても無駄だぞ」
ピクッ、と反応する三崎。
「あははははー」
そっぽを向いて、乾いた笑い声を漏らす。
「……やっぱ殺しとこうかなぁ」
「やだなあ、僕は至って人畜無害な女の子だよ?」
くだらないやりとりの間に過去視の魔眼を発動する。
「とりあえず30分前からだな。何もないシーンは早送りしてっと……お、ここか」
通路を歩いていた犠牲者が撃たれるシーン自体は問題なく視ることができた。
犯行時刻は13分前。つまり、俺たちが合流してから17分後に犯行が行われたことになる。
しかし、これは……なるほどね。だから『時間残渣』が付着してたのか。
ってことは、もうちょっと先に…………あれ?
「どうしたの?」
俺の表情から戦果が芳しくないと思ったか、三崎が声をかけてくる。
「……これはお前にも見せた方が早いな。そのまま幻影魔法で投射するぞ」
魔眼を解除してから無詠唱無動作で幻影魔法を使用し、犯行の瞬間の映像をこの場に再現する。
「おろ、いきなり倒れてる」
三崎が小首を傾げた。
過去視の映像をそのまま出しているから、音声はない。
無音のまま、突然崩れ落ちる犠牲者だけが映し出されている。
「ち、ちょっと。マント君がどこにも映ってないんだけど。リョウジ、なんか失敗とかしてる?」
「落ち着け。先にわかったことから説明する。見ての通り、犯行の瞬間には銃を発射したときの光も、それどころか弾道すらも映っていない。だけど……ここだ。止めるぞ」
「あっ、何もないところからいきなり弾が出てきてる!」
三崎が目を丸くして弾丸を指差した。
浮かない顔で通路を歩いていた犠牲者の額のすぐそばに、1秒前まではなかった弾丸が現れていた。
「で、この0.1秒後に弾丸は犠牲者の頭蓋骨を貫いて脳に到達。中身をグチャグチャにしてるってわけだな」
「ちょっと待ってよ。なんで何もないところから弾だけ出てきてるの? マント君がそのへんで透明化してるとか? それとも弾だけ空間転移?」
「透明化ならすぐわかるし、転移特有の空間の歪みも出てないだろ。どっちでもないぜ。こいつは時間遡行だ。あの弾丸は未来から発射されたんだよ」
俺の解説に三崎の目が点になった。
「ご、ごめん……リョウジの言ってること、さっぱりわからないんだけど」
「そうだな。じゃあ、実演してみせよう」
アイテムボックスから聖銀銃を一丁取り出し、壁に向かって銃口を向ける。
「あ、なにその銃。すごくかっこいい!」
「やらねえぞ……そんな不服そうな顔をしても駄目だからな」
「ケチ!」
どうせ引き金が重くて引けないっての。
とにかく三崎を無視して引き金に指をかける。
「今から10秒後の未来に弾丸を送り込む。3、2、1」
バァン、と銃声がダンジョン内に響き渡る。
しかし、壁には弾痕ができていない。
「……リョウジ?」
「まあ見てろ、来るぞ。3、2、1」
キィン、と壁に火花が散った。
弾痕ができるものの、ゲーム処理によりスーッと消えていく。
「こういうことだ。まあ、これは弾丸を未来に送り込んだわけだが、仮面チビはその逆をやった。そんな難しい話じゃないだろ?」
「いやいやいやいや! 当たり前みたいにやってるけど、普通は絶対できないからね!」
「ちなみに発射された弾丸にこびり付いた時間残渣からして5分後の未来から発射されてる」
「だから時間残渣ってなにさ!」
時間残渣とは時間移動の際にこびりつく不可視の残留物のことだ。
鑑定眼でも判別は難しいし、細かい理屈は俺も知らないので三崎は無視する。
「手口はこうだ。仮面チビは5分後の未来にタイムスリップしてから、さっきの俺みたく過去視の能力を使って5分前の過去を視ながら弾丸を過去に送り込み、犠牲者の頭を撃ち抜いたんだ」
こんな手のこんだ隠密方法は俺だったら使わないけど、確かに面白いな。
時間対策をしていない相手に自身の存在がバレる可能性は限りなく低い。
敢えて難点を述べるなら、同じ場所に居続ける相手には使えないってところかね。
でも、今回のゲーム内容なら他の参加者は絶えず移動を続けているわけだし弱点にはならないか。
「えっと。まだついていけないけど……これが13分前の出来事なんだから、8分前にいるってことでいいのかな?」
「そのはずなんだが……これが、8分前の映像だ」
時間を早送りして止める。
しかし、倒れた死体以外には何も映らない。
「本当に? マント君、どこにもいないよ?」
「そうなんだよ」
8分前には仮面チビの姿はおろか、銃が発射された形跡すらなかった。
「つまり、どういうことなの?」
「実を言うと……どういうことなのか、まったくわからないんだ」
じわり、と俺の頬を汗が伝う。
リリィちゃんやアディ、異世界の守護者パイセンと遭遇したときですら流れなかった冷や汗だ。
同時に脳がフル回転を始める。
「奴の手持ちの能力をどう組み合わせればこんな芸当ができる……?」
あのとき俺は確実に仮面チビの能力のすべてを視た。
『現代兵器チート』に『過去視の魔眼』、そして時間移動系のチート能力……確かに、そういうのを持っていた気がする。
だけどそもそも過去視で俺を視ることはできないように対策してるし、例えば過去の敵を殺して現在の敵を消滅させるなんて真似も因果から独立している俺には通用しない。
それは花嫁源理で守られた俺の嫁達も同様だし、それ以前にあずかり知らぬところで俺に時空干渉した敵はティンダロスの番犬に未来永劫追われることになる。
だからきっと仮面チビを鑑定したときの俺は「この程度なら俺の敵じゃない」と判断したのだろう。
そしていつもどおり、すぐに忘れた。
「ちょっとばかし、気合を入れ直す必要があるかもな」
時間残渣は、あの弾丸が5分の時を遡ったことを示している。
だというのに、5分後の未来に奴はいなかった。
可能性はふたつ。
時間残渣を偽装して、実際はもっと別の時間から発射しているか。
あの仮面チビが俺の知らないチート能力の使い方をしているか、だ。
前者だとしても全部の時間をチェックされれば容易に潜伏している未来時間が判明してしまう。
何かしらの未来視対策までしている仮面チビが、そんな時間稼ぎにしかならない方法を使うだろうか。
はっきり言って後者の方が可能性が高い。
珍しいことではあるが……異世界を旅していると、時々そういう奴に出くわすのだ。
鑑定眼を使えば相手の魔力波動から真名はもちろんのこと、手持ちの能力がだいたいわかる。
だけど、そいつの経験や戦法……そして俺の知らない能力の使い方まで読み取ることはできない。
鑑定眼で視えるのはあくまで魔力波動やら、一見何を意味するかわからないオーラやらだ。
実際の内容は、これまで培ってきた経験から推理し、解読するしかない。
そんな使い勝手が難しい鑑定眼を俺が愛用しているのは、相手の本質を見抜く潜在能力が非常に高いことに加え、異世界遍歴の経験値がそのまま武器となる点を大いに気に入っているからである。
チートホルダー同士の戦いにおいて情報は命だ。
手札の読み切れない敵は極めて危険であり、予想外の事態に素早く対処するには事前の想定をしておくことが大切である。
それは俺がほぼ無敵の存在となった今でも変わらない。
俺が不死身だから殺されることがない、なんてのは何の慰めにもならない……敵が死なないなら死なないですぐに対抗手段を行使してくるのが歴戦のチートホルダーというものだ。
油断をすれば足元を掬われることになる。
「ふーん、リョウジもそんな顔するんだね」
「ああ、てっきり今回もクソゲーで終わると思ってたんだけどよ……」
三崎が愉快そうに笑って……否、嗤っている。
それはいつものようなヘラヘラした作り笑顔じゃなくて、心の底から愉しいと思っていそうな……殺しを娯楽の一種と捉えることのできる享楽者の笑みだ。
そして――
「この狩りは結構、面白くなりそうだ」
俺の顔にも同じような笑みが浮かんでいたに違いない。




