128.箱庭世界の法則
鼻歌交じりにスキップしながら俺を先導する三崎。
ついていくこと約30分。
「おい三崎」
「なにかなー、リョウジ?」
何故かゴキゲンな笑顔を向けてくる三崎に、俺は冷たく言い放つ。
「方向音痴なら最初からそう言えよ」
「ぼ、僕が道に迷っているとでも!?」
声がうわずってんぞ、オイ。
「ここはさっき通ったし、同じところをグルグル歩いてるばっかりじゃねーか。大方、ウロウロしてれば誰かに会えるだろうって目的もなく歩いてるだろ」
「証拠もないのにテキトーに上辺だけ見て人のことをわかったように言うの、よくないと思うな! それにリョウジだって、部屋を調べたりしてるけど何の成果も得られてないじゃん! このままじゃみんなに先越されちゃうよ?」
むぐぐ。それに関しちゃ悔しいけど、そのとおりなんだよなぁ。
なんか謎解きっぽい文言とか仕掛けとかあるみたいなんだけど、さっぱりわからん。
宝箱の中には武器やガラクタがいろいろ入ってるけど、俺はいらんし。
六角クランクとか何に使うのさって感じだ。
モンスターを倒したら鍵ゲットとか、そういうのが見つかれば楽なんだけどなー。
あ、ディテクティブの旦那をカード召喚すればパパッと脱出できるかも。
でも、なんかそれもそれで負けを認めたみたいで悔しいし。
旦那に「まさか、この程度の謎も解けないとは、ね」ってドヤされるだろうしなぁ。
それに元となったゲームソフトもちゃんとしたものらしく、ソースコード解析も案外うまくいってない。
レベルとか一部の法則だけをゲームから引っ張ってくる模倣型異世界と違って、プログラムがしっかりしているというか。
現時点でもダンジョン内にいる参加者全員を問答無用で殺したり消したりするのは造作もないけど、それをやってどうするんだって話でもある。
1回それでゲームを終わらせちゃう手はあるかなぁ。
俺の勝利で誓約終了……いや、ないだろうな。いろんな意味でない。
……ん、ちょっと待てよ?
これってひょっとしたら、今回は世界を破壊してもクリアできるんじゃなかろうか?
よし、俺が世界を破壊した場合どうなるか、簡単におさらいしてみよう。
まず世界を破壊するだろ。
そうすると『召喚と誓約チート』が「願いを叶えることも代理誓約を達成することも不可能」と判定する。
これがうまくいけば『誓約の自動破棄』が成立するんだよな。
そしたら次の異世界へと召喚される……と思うじゃん?
残念ながら召喚されるのは次の異世界じゃなくて『世界が滅びなかった可能性』から派生した異なる歴史を歩んだ世界。
つまり、俺が召喚されなかったことで滅びを免れた『並行世界=並行宇宙』なんだよなー。
ご存じの通り、俺は『歴史の分岐点』による並行世界の発生を防ぐことができない。
『召喚と誓約』に縛られる俺は世界同士の壁を超えることができないからだ。
そんでもって世界の破壊を何度も繰り返したり、時空操作チートを用いて歴史改竄をやり過ぎた場合……そのツケは俺自身に回ってくる。
例えば数年前、俺はすべての並行世界に同時偏在しており一度に殺さないと倒せないという邪神と戦った。
邪神自体はステラちゃんの手伝いもあって難なく倒せたんだけども。
『世界創世に関わっていた邪神が最初から存在しない宇宙の歴史』が再構築された結果、無限に等しい並行世界が生まれてしまった。
その結果、俺は特大の召喚ラッシュに巻き込まれて異世界のおはようからおやすみまで付き合わされる羽目に陥ったのだ。
クソ神の提案を受け入れていなかったら、きっと今でも俺は極悪ノルマをこなしていたはずだ……いやはや恐ろしい。
しかし、俺が世界を破壊したとしても並行世界が派生しない例外はいくつか存在する。
まず既に滅びることが確定していて『歴史の分岐点』が発生しようのない世界。
俺がステラちゃんを引き取った世界なんかがそうだ。
そしてもうひとつが神の遊戯の舞台となる箱庭世界。
可能性が分岐せず、そのため時間が巻き戻っても時間軸のもつれが発生しようのない特例時空。
つまり、ここだ。
箱庭世界はトリッパー同士の殺し合いをさせるための、いわゆる蟲毒の壺である。
最終的に箱庭世界内で増幅した全エネルギーを総取りするのが目的の世界だ。
だからガフの部屋から隔離されてるし、可能性分岐によるエネルギーロスを防ぐために歴史の分岐が発生しない。
俺が時空操作チートでやりたい放題できているのはそのためだ。
箱庭世界を破壊することなんて俺にとっては造作もない。やろうと思えばいつだってできるだろう。
問題があるとすれば、箱庭世界の破壊だけだと誓約者の故郷に再召喚される可能性がある……ってところか。
仮に参加者のひとりが誓約者だったとしよう。
箱庭世界はそいつの故郷ではない。だから、誓約者の願いが叶えられていない状態で誓約者が地球に帰還したら、俺はそっちに召喚されることになるのだ。
この再召喚を防ぐとしたら、誓約者を箱庭世界を破壊する前に殺害しておく必要がある。
しかも俺視点で不可逆でなければならないため、時空操作チートなどでやり直しができる余地がないよう誓約者の魂を破壊しなくてはならない。
はっきりいって俺と似たような立場の参加者たちを完膚なきまでに殺害する、というのは気分のいいものではない。
どんなに面倒でも誓約をこなした方がマシだ。
いや、でも……そうか。
逆に言えば、それならいっそのこと――
『はいはーい、ここでキャピちゃんから参加者のみなさんにお知らせでーす!』
と、ここで。
俺の思考を中断する極めて不快な音声がダンジョン内に響き渡った。
『ななななななんと! ゲーム開始から30分たらずですが、なんと一気に2人も脱出しちゃいましたー!』
……ほほう。
『さーて、生き残れるのはあと3人だけですよぉ? のんびりしててダイジョーブなんですかぁ? というわけで、他のみなさんもせいぜい頑張ってくださいねー!』
アナウンス終了とともに、三崎が何故か勝ち誇ったように俺を指差した。
「ほらぁ!」
「なんでお前がドヤッってんだよ……でも脱出者が出てるってことはムリゲーさせられてるってわけじゃないわけか」
実はそういう可能性も考えていた。
出口なんてなくて結局は殺し合うしかないとかいうオチだ。
「それはさすがにないよ。それだとキャピエルが嘘を吐いてることになっちゃうしね」
あ、そりゃそうか。
あいつは聞かれたことには正直に答えなきゃいけないから、できるだけふわっとしたことしか説明しない。
それによって聞かれたくない、具体的な質問を封じようとしているのだ。
逆に言うと最初のルール説明そのものに虚偽はない。
「ささ、僕らも負けてらんないよ!」
ぺしぺしと自分の両頬を叩いて気合を入れ直す三崎。
「……ま、俺ももう少しぐらい付き合ってもいいか」
ゲームに参加するの自体が息抜きみたいなもんだし。
別に全部ぶっ壊すのは最後でもいいもんな。




