123.ナロン・コンベンション
こちらからは全三章からなる「箱庭世界編」……俗にいうデスゲームのある異世界です!
「みなさぁん、ようこそお集まりくださいましたぁ!」
召喚された途端、きゃぴきゃぴとした明るい女の子の声が俺の耳に飛び込んできた。
「……あぁん?」
いささかいつもと違う雰囲気に眉をひそめながらも、すぐさま周囲の状況を観察する。
ひたすらにだだっ広いだけの真っ白な空間の中に、ぽつりぽつりと人影らしきものが見える。
ひいふうみい、なるほど12人か。俺を含めると13人。
「え、何。ちょっとこれ、どういうことよ」
「マジで? マジで?」
これは13人のうちスカートの短い女子高生と、電気街帰りのヲタクっぽいふたりの反応だ。
他の奴らのリアクションも似たり寄ったりだけど、数名の人物が慌てることなく冷静に集団の中心に浮かんでいる白い衣を纏った少女を注視していた。
どうやら、先ほどの声はこの子のようだが……ん?
「チッ、そういうことかよ」
その外観から概ね事態を察してしまった。
「はい、ちゅーもくでーす」
そんなことを言われなくても、皆が皆、一様に彼女のことを見てしまう。
「きっとみなさんいろいろと言いたいことはあるでしょうがー、まずはわたしの話を聞いてからでも遅くないと思いまぁす」
間延びした何とも頭の悪そうな喋り方をする少女の背中からは一対の白い翼が生え、頭上には光り輝く輪っかが浮かんでいた。
「て、天使さま!?」
「す、すごい。本当に飛んでる。本物?」
女子高生とヲタク、正解。
あの少女はエンジェルフリートのように名を冠しただけの機械ではないし、ましてやコスプレでもない。
鑑定眼を使うまでもないだろう。不遜な輝きを放つ魔力波動の臭いは正真正銘、天使に相違ない。
もっとも、俺は天使艦隊と混同しないよう『御遣い』と呼び分けちゃいるが、そんなことはどうでもいい。
……さて。どうする、殺るか?
目の前にいるのがクソ神と同系列の御遣いだとわかった時点で、生かしておいても百害あって一利なし。
もちろん召喚のシチュエーションから鑑みるに誓約者である可能性は高い。
だからこそ考えるべきは願いがわからないまま殺してしまって構わないかどうかだけ。
俺の出した結論は。
「えーと、それでですねー……あ、え?」
とりあえず試しに殺してみる、だった。
光翼疾走で御遣いの目の前に移動してから神滅刀を一閃。何食わぬ顔で元の位置に戻る。
己の身に何が起きたのかわからないまま、御遣いの首は浮力を失った矮躯とともにゴトリと落ちた。
「「!?」」
2人ほどが驚愕に息を漏らす。
惚けた表情をしたままの御遣いの頭部は真っ白な地面をしばらくの間ゴロゴロと転がったかと思うと、体の方と同時に完全消滅した。
「え、なに? 何が起こったの?」
「おっかしいな。今さ、あの天使の首が取れてたみたいに見えたんだけど、錯覚だよな?」
「なんなんだよ! なんなんだよこれは!」
「マーくん! あたし怖いよ……!」
「ワケがわからねぇ……」
一瞬の出来事に女子高生とヲタクがきょとんとしたまま呟く。
サラリーマン風の男性が「ゆ、夢だ。これは夢なんだ」と絶望の表情で首を横に振っている。
渋谷系カップルはパニくってるし、ガテン系の体格のいい男は呆けていた。
他の面々も、だいたい似たような反応。
「あはは。錯覚じゃないよ。間違いなく死んじゃってるねえ」
しかしその中でガスマスクのような……訂正、実際にガスマスクを被ったひょろ長い奴が愉快そうに肩を揺らしながら、わずかにこちらを盗み見た。
さらに全身ローブにフードを被り仮面をつけた性別不詳のチビも……視線こそわからないものの、明らかにこちらを警戒している。
御遣いの首を落としたときに息を漏らしていたふたりだ。光の速度に追随できるか、あるいは少なくとも知覚できる使い手ということになる。
一応、鑑定眼で12人全員を確認しておいた。
ふむふむ、やっぱり全員地球人だよな、そうだよなぁ。
さすがに顔見知りはいないけど、類似パターンで異世界人が混ざってたってパターンはあんまり見たことがないし。
彼らは俺と同じく、ここに召喚されたのだろう。
きっと今回もどこかの神格か御遣いあたりが主催した殺し合いの遊戯に違いない。
適当にチート能力者同士に殺し合いゲームをやらせて悦に入るっていう、いつものバトルロイヤルだ。
場合によっては勝ち残れば願いがひとつ叶う的な願望器を餌にしていることもあるアレである。
召喚魔法陣の術式から読み解くに、今回の主催者サイド側は条件に合う不特定多数のトリッパーを本人の承諾を得ることなく召喚している。
すなわちゲーム参加者を集めることを目的としていたわけだ。
つまり、俺が召喚された理由……すなわち願いも「ゲーム参加者になること」のはず。
しかし、挨拶代わりの斬首の後に念じた代理誓約「誰が参加するかよwwwプギャーwwww」はあっさり弾かれていた。
ひょっとすると誓約者は召喚された誰かだろうか? あるいは全員か。そうなると『召喚と誓約』の特性上、集団の願いは平均化されるが、まだ判断材料が足りない。
周囲を見回してみると、12人がお互いにグループを作りあってどうしたものかと話し合い始めていた。
御遣いを殺めても主催者サイドから一向にリアクションがないし……これは失敗だったか。
一応、常駐のチート能力の履歴を頭の中に呼び出す。
どうやら御遣い殺害時に発動した能力は不死殺しチートだけのようだ。
御遣いを殺すことは本来できないので、不死殺しが発動するのは当然。
各種防御を無効化するような能力は発揮されてないようだから、神滅刀の効力だけで御遣いの命を刈り取ることができたのだろう。
神を滅せる刀なら神の御遣いも滅せる。当たり前だよなぁ?
一方、この異世界に召喚されてから現在も効果を発揮し続けているのは各種防御系と無効化系、および法則無視などの能力。
この異世界独自の法則や、さまざまな規制を俺に押しつけようとしてできなかった、という敗残記録だ。
この辺もまあ、折り込み済み。
あの手の御遣いは殺そうとした時点でこちらに何らかのペナルティが課せられるのがセオリーだ。
履歴だけじゃ、さすがに何が起こるかまでは判断できないけど。
「ねえねえ」
突然かけられた声に思考を中断する。
なんだよと思って振り向いたらガスマスクの奴だった。
体格や声色からして割と若いみたいだけど。
「さっきのどうやったの?」
さっきのというのは言うまでもなく、御遣いをぬっころした件だろう。
「いや、気づいてないことにしたほうが有利かもしれないと思ったんだけどさ。キミ、僕らが気づいたことに気づいてるっぽかったから。気になるし、どうせなら訊いちゃおうかなぁって」
「その口ぶりだと、本当はこの後に何があるのか知ってたのか?」
「もちろん。僕らはリピーターだからね」
そう言って、ガスマスクは背後を親指で示した。
自分のことだと気づいた仮面フードがぷいっとそっぽを向く。
「リピーターねぇ……」
つまり、遊戯に参加するのは初めてじゃない、と。
これで繰り返し参加者を入れ替えて開催していることがはっきりした。
「お前も言ってたけど。そういうのは隠す方がよかったんじゃないのか?」
「そういうキミは初めてでしょ。でなきゃキャピエルを殺そうなんて発想しないだろうし、そもそも本当だったら殺せないってことを知ってるはずなんだから。いや、でもキミの場合はできちゃったんだよね? 何をどうやったのかな? 教えてよ~」
おしゃべりな奴だな。
別に隠すほどのことでもないし話してしまおう。
「簡単だよ。身体を光にする魔法と神を殺せる刀を使ったんだ」
「へえ、それはすごいね。僕も欲しいなあ、そういうの」
「そういうお前もいくらか持ってるだろ? 殺人鬼」
「うわ、ひどいなあ! 初対面の相手をいきなり殺人鬼呼ばわりなんて」
怒ってみせつつも、ガスマスクは本当に愉しそうに笑い声をあげる。
殺人鬼というのは比喩ではなく、そのままの意味。
こいつからは血と死の臭いがプンプンするのだ。
「なんかキミとは初めて会った気がしないや。僕の名前は三崎洸。三崎でいいよ。キミは?」
「俺か。俺は通りすがりの異世界トリッパー、逆萩亮二だ」
「よろしくね、リョウジ!」
ナチュラルに下の名前で呼んできやがった。
一応お互い握手を交わした後、ガスマスク改め三崎が盛大にため息を吐く。
「それにしても残念だなぁ。今回こそ優勝しようと思ってたのに。このまま中止なのかな」
確かに、このままじゃ話が進まなさそうだな。
まあ……別に参加するんでもいいか。
適当にブチ壊しにしてやれば楽しそうだし。
「三崎。嘆くのはまだ早いぜ」
「へ? それ、どういう――」
「すぐわかる」
俺が三崎の肩に手を置いた直後。
景色がぐにゃり、と歪んだ。
「みなさぁん、ようこそお集まりくださいましたぁ!」
きゃぴきゃぴとした媚びた御遣いの声が聞こえてくる。
「……へ?」
次いで、三崎の間の抜けた声。
「え、何。ちょっとこれ、どういうことよ」
「マジで? マジで?」
「え? え? なに、なんなの?」
女子高生とヲタクっぽい男、そして三崎が見事にキョドっている。
「はい、ちゅーもくでーす」
御遣いの言葉に全員の視線が一点に集まった。
そこで有り得ないものを見た三崎がぎょっとする。
「きっとみなさんいろいろと言いたいことはあるでしょうがー、まずはわたしの話を聞いてからでも遅くないと思いまぁす」
「いや、言いたいことはいっぱいあるよ! なんで生きてんの!? 死んだじゃん! あれ? やっぱり復活したの? んー?」
「とりあえず落ち着け、三崎」
笑みを浮かべつつ、ポンポンと三崎の肩を叩く。
「錯乱されているようですねぇ。それも無理はないと思いまーす。だって、みなさんは別の世界から召喚されたんですから!」
きゃぴるん☆ と、かわいさアピールのウインクをする御遣い。
ああ、こいつ、すごくうぜぇ。もっかい殺していいかな?
いいよね。
そういうわけで今度はその体を17くらいに分割してから、能力を再発動。
三度、同じようなやりとりが行われた後に。
「リョウジ、これってひょっとして時間巻き戻ってる?」
ひそひそと耳打ちしてくる三崎に、俺は頷いた。
「ああ。俺はその世界に召喚された時点までなら時間を巻き戻せる。つまり、さっきの御遣い殺しをなかったことにしたのさ」
今回の場合、触れていた三崎も一緒にタイムリープしたのだ。
時空操作チートのちょっとした応用である。
「うわあ、初めて体験したよ。本当にあるんだなぁ……。というか、それって敗けもなかったことにできるってことじゃん! これはもう、今回の優勝は諦めたほうがよさそうかなぁー」
なんて言う割には嬉しそうな三崎がガスマスクをシュコーと鳴らした。
「さて、これでもうひとつ裏が取れたな……」
ピンピンしている御遣いを見て、先ほどの履歴と状況から類推していた部分に確信が持てた。
時間を巻き戻したんだから生き返って当然に見えるかもしれないが、実は違う。
俺の巻き戻しが対象にできるのは最大でも『今いる世界』まで。
これは俺の力が足りないのではなく『召喚と誓約』のせいで俺の力が世界の外に及ばないためである。
クソ神の多次元宇宙において魂エネルギーは世界の外側にあるガフの部屋に回収され、霊体を記憶ごと解体された後、純粋なエネルギーとして再利用される。
御遣いはもちろん、神とて例外じゃない。
つまり、俺がこの世界だけの時間を巻き戻しても、一度ガフに回収された魂は元に戻らないのだ。
一応、生き返っているよう見せることも不可能ではないが……事前に鑑定眼で読み取った個人の霊体の記憶バックアップを取ったり、スワンプ勇者のときみたいに面倒くさいプロセスを踏む必要がある。
しかし今回はそういった面倒事を挟むことなく御遣いが復活している。
ここに至る合理的な答えはひとつしかない。
この異世界は神の遊戯のために用意された隔絶された舞台。
御遣いを含めて俺たち参加者は死んだとしてもガフの部屋に魂を送られることなく、この世界に留まる。
例にもれず、チートホルダー同士の殺し合いが繰り広げられるクソ神推奨の特例異世界ってわけだ。
「こいつは久しぶりに遊べそうだな」
まあ、主催者サイドに俺を楽しませる意図はなかっただろうけどな。
「そのとおりー! そこのあなた、鋭いですねぇ!」
自分が何度も死んだとは露ほども思っていない御遣いが我が意得たりと俺を指差した。
「ここは遊び場、つまりみなさんにゲームを楽しんでいただくための世界なのですー!」
「どういうこと?」
「ゲームなら得意だ!」
女子高生とヲタクのふたりが期待どおりの反応をしたことにさらに気を良くした御遣いが高らかに宣言した。
「そう。みなさんは選ばれたのです! 神の遊戯『ナロン・コンベンション』の参加者に!」
あー……代理を立てられなかったときから嫌な予感はしてたが、やっぱりクソ神主催の遊戯なのか。
確かにあいつなら俺の『召喚と誓約』のルールを多少いじって代理誓約を立てられないよう細工することもできる。
おそらくは、この世界ごと破壊しても、先には行けないだろう。
じゃあ仕方ない。ボイコットできない以上は頭を切り替えて動くとしようか。
仕事じゃなくて、趣味で。
遊び半分じゃなくて、全部遊びで。
どこかで見ているであろうクソ神どもをあっと驚かせてやろう。
いやあ、何がどうなるのか実に楽しみだ。




