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112.終わりのある終わり

 ぱちぱちぱち、と。

 場違いな拍手が談話室に鳴り響いた。


「すごーい! ディテクティブが謎を解く前に真実に辿り着くなんて!」

「……イリスさん?」


 ゴスロリ幼女……イリスが心底嬉しそうに手を叩いているのを見て、アンナちゃんが怪訝そうに眉をしかめる。

 どうやら拍手は俺に向けられたものらしい。


「そいつはどーも」

「いつもはだいたい疑心暗鬼に陥った魔術師同士の殺し合いで終わるのにねー。今回はなかなか楽しめたよ。お礼を言わせてもらうね、お兄ちゃん」


 立て続けに不穏当なワードを垂れ流したかと思うと、スカートの両裾をつまんで優雅に一礼するイリス。


「今回は、だと。どういう意味だ! よもや貴様が……!」

「あ、勘違いしないでね。実はあたしが賢者でした! なんてオチじゃないから」


 激高するロリババアを制すると、イリスが人差し指をくるくる回しながら得意げに語り始める。


「あたしもちゃんと候補者だよー。といっても、もう遺産を探す気はないから元候補者だね。実を言うと屋敷に来たのはあなた達よりずっとずっと昔なの。お兄ちゃんの言うとおり、森の中は特異点になっててね……いろんな時代から魔術師たちがやってくるんだ。とはいえスパンはあって、だいたい森の中では一週間くらいごとに候補者たちがやってきては謎の死を遂げていくのね。だから、異世界から謎解きの専門家のディテクティブを使い魔として召喚して、調べてもらったの!」


 英国ダンディ……ディテクティブは虚ろな目をしたまま、口を開かない。

 主人がはしゃいで種明かしするのを、ただ黙って見つめていた。


「こいつ凄いのよ! 今回みたいに遺産の謎を解いて、真実を知った者も森から出ようとしたら殺されるって教えてくれたんだ。おかげであたしは生き延びて、候補者の中でも最古参ってわけ。それからはディテクティブの記憶を何度もリセットして屋敷で起こる殺人を毎回推理してもらったわ。おかげで凄く楽しかったし……それに今回の大番狂わせは、とーっても面白かった!」


 本当に楽しそうな口調のまま、イリスの魔力が膨れ上がる。

 と、同時に。俺は目眩を覚えてふらつく体を支えられず、倒れ込んだ。

 視線の先ではロリババアとアンナちゃんも倒れている。


「だからねー、悪いけど遺産の秘密のことは忘れてもらわなくっちゃいけないの。次のゲームが待ってるからね! 記憶を書き換える間、しばらく眠っててもらえる? ああ、大丈夫よ。別に殺しはしないから。まあ、事件の記憶を失ったあなた達は遺産を探そうとするでしょうけどねー」


 どんな最期を迎えるのか楽しみだと、イリスは嗤っていた。

 悪趣味なゴスロリ女を床に伏したまま眼球だけで追う。


「なるほどな。あのときのヒントってのは、そういうことだったか。最初っから全部知ってたってわけだな」

「……うわ。あたしの魔術を受けてもまだ意識を保ってられるなんて、凄いわね?」

「こちらこそ恐れ入ったぜ。無詠唱無動作でこれほど強力な睡眠魔法を発動できるなんてな。いや、この世界では魔術なんだっけか? 俺に言わせれば同じようなもんだが……まあ、とにかく大したもんだ」

「えへへー。でも時間の問題だよ、お兄ちゃん。魔術抵抗レジストに失敗してるから遅かれ早かれ眠りに墜ちる。指一本動かせないはずだよ?」

「確かに。目と口を動かすのがやっとだ」

 

 さっきから試してるが、体が全く動かない。眠りに墜ちそうになるのを気合いで耐えてる状態だ。


「参ったぜ。完全に油断してた。一本取られたよ。だからそうだな、お前さんにいいことを教えてやるよ」

「あら、なーに?」


 イリスが興味深そうに目を細めた。

 その瞳には絶対的優位を確信した余裕の光が浮かんでいる。


「俺にはいくつか神眼と魔眼のコレクションがあってな。その中に『量子眼』っていうのがあるんだ。観測されていない不確定要素、つまり未来を視られるって魔眼だよ」

「魔眼? 未来? お兄ちゃん、よっぽど強く頭打った? そんなの聞いたこともないよ」

「こいつがもたらすのは、ただの未来視じゃない」


 イリスをガン無視して話を続ける。


「俺にも細かい理屈はわからんけど、嫁が言うには仮想宇宙を構築して未来世界を体験してこられるって魔眼らしくてな。通常の未来視による分岐並行世界の派生が起きないからツケを増やすようなことなく未来が視られるっつー、俺のためにあるような魔眼なのさ」

「何それ。というより本当に未来が視られるっていう力があるんなら、どうしてこの事態を避けなかったの?」


 俺の頭をヒールでぐりぐりと踏みつけながら、イリスが愉快そうに嗤っている。


「まさしく。そこが問題だ。未来視ができるのに、俺はどうしてこんな不幸な目に遭っていると思う?」

「そんなの、この話がデタラメだからに決まってるでしょ」

「ブブー。残念。正解は『視ている真っ最中だから』さ。今。ここで。俺が。お前と話している時間こそが、俺の視ている未来なんだ。お前がこうして俺を見下ろしてるのも魔眼の中の仮想宇宙で構築されたシミュレーションに過ぎないんだよ」

「はああ~? なーに言ってるのか、ぜーんぜんわかんないんですけどー」

「やっぱりな……お前のオツムは隣の名探偵の足元にも及ばない」


 俺の見え見えの挑発に、それでもイリスは不機嫌そうに顔をゆがめた。


「這い蹲ってるアンタに言われたくないね! それに、こいつだって所詮、あたしの操り人形じゃない! もういい、話つまんない。さっさと記憶を消してやる」

「記憶ね……ああ、そうだ、いいこと思いついた。特別に、お前も『現実の過去』に連れて行ってやるよ。もちろん仮想宇宙ここでの記憶込みでな。さて、ここでもうひとつ問題だ。『無敵の逆萩亮二がお前如きクソガキの魔術をレジストできなかったのは何故でしょう?』」

「……よほど死にたいらしいね。いいよ、望みどおりにしてあげる!」


 イリスが放った無数の真空波が俺の体をバラバラに切り裂いた。

 あのデブと同じように体のパーツを切り分けられ、床に散乱する。

 

「あっさり死んだし。まったく、なんだったの。ね、ディテクティブ?」

「実に荒唐無稽で、理解のしようのない話だった、な」


 それまで無言を貫いていたディテクティブが口を開いた。召喚主に話しかけられるまで喋れなかったようだ。

 イリスが大きく伸びをする。


「さーて。早いところ他のふたりの記憶を消さないと。あー、死んだこいつの存在も頭の中からなかったことにしておかないとね。面倒だなぁ……こうなるから殺すのは遺産に任せてるって言うのに。あ、もちろんアンタの記憶も弄るからね。わかってるでしょうけど」

「構わないとも。私はキミに逆らえないのだから。しかし……喜ぶのは少し早いのではないか、ね?」

「へ? なに言って」

「いやぁ、痛え痛え。おかげで目が覚めたぜ」


 イリスの頭がぐるんとこちらを振り向いた。

 その表情に驚愕が浮かぶ。


「な、なんで!?」

「首だけになって生きていられるのか、かい? そりゃあもちろん、不死身だからさ」


 イリスにニヤニヤと笑いかけながら、種明かしを始める。


「量子眼には弱点があってね。フルスペックの俺の仮想体を再現しきれないのさ。仮想宇宙にはクソ神からもらった強制装備の『召喚と誓約』と『不老不死』を持っていくだけでギリギリなんだ。しかもチートと無関係の基礎能力、もちろん魔法抵抗力なんかも一般人並みに落ちる。はっきり言って戦闘では使い物にならんし、観測中に誓約満たした場合は解除されるから、次に召喚される異世界を予習してくるなんて使い方もできない。あ、これがさっきの問題の正解な」


 ちなみに生首だけで呼吸できて喋れるのも不老不死チートに含まれているので、その手の常識を傘に着た突っ込みは無意味だ。


「でもまあ、今回みたいなミステリーっぽいシチュエーションのときなら無力な人間の気分を味わいながらノーリスクで事件を楽しめるんで使ってみたんだけどな。思ってた以上に面白いモンが視られた。お前が真犯人みたくペラペラ喋ってくれたおかげで不明点も洗い出せたし。言うことなしだ」

「わかんないわかんないわかんない! アンタ、一体何者なの!?」

「通りすがりの異世界トリッパーだ。覚えておけ」


 俺がそう名乗った瞬間、世界が崩れた。




「っと」


 目を開けると、そこには凄惨な光景が広がっている。

 デブのバラバラ遺体が発見された現場だ。


「何があった!?」


 部屋に走って駆けつけてきたのは談話室にいた巨漢だ。

 その少し後ろに魔女、イリス、英国ダンディ。優雅に歩いてくるのがイケメン魔術師。だいぶ遅れて息絶え絶えのロリババア。

 色白魔術師の姿は見えない。おそらく今頃は地下室だろう。


「さっきのデブが殺されてるぜ。見るか?」


 到着した面子にも仮想宇宙のときと同じように部屋を確認してもらう。


「これは……」


 巨漢が眉間にしわを寄せて難しい顔をした。


「あら、すごいわね」


 呑気なリアクションをしたのは魔女。

 このあたりはシミュレーションとほとんど変わらない。


「こ、ここで一体何が起きたのだ……」

「え、なに? なんなの?」


 ロリババアに加えて、イリスも唖然としていた。

 もっとも、ふたりの理由はまったく異なるが。


「ここに来ていないのは、ミスター・ルアフォイスとミスター・カロン。ミスター・カロンは談話室に残っていたから、あそこで死んでいるのは屋敷の関係者やホムンクルスでなければ、ミスター・ルアフォイスかその従者ということになる、な」

「なんだと!? あのルアフォイスが……死んだというのか……?」


 英国ダンディの話を聞いたロリババアが愕然としている。

 その光景を、イリスも魂が抜かれたような顔で眺めていた。


「皆様、どうかされましたか?」


 全員の背後に現れるホムンクルスメイド、ティーネ。


「どうかされましたも何もあるか! ルアフォイスが死んでいるんだぞ!」

「左様でございますか。皆様には大変不快な思いをさせてしまいました。申し訳ありません。亡くなられた方にはお悔やみ申し上げます」


 ロリババアの抗議に、まったく感情のない定型句を返すティーネ。

 そこで遂に。


「なになになに! どうなってるのよ、これは!」


 イリスが脇目もふらず叫び、全員の注目を集めた。


「なんで! なんでアンタ達が生きてるの! 全員死んだはずなのに! アンタも、アンタも、アンタも! みんな死んでた! なのにどうして生き返ってるのよ!」

「こっちこそが現実だからさ」


 パチン、と俺が指を鳴らすと周囲の時間が停止する。

 その中で、俺とイリスだけが動いていた。


「言ったろ? あの場所、あの時間は俺が今視ている未来だと。お前自身も俺が観測したシミュレーションに過ぎないってな」

「嘘よ……こんなの夢だわ!」

「いやぁ、自分以外に仮想宇宙の記憶をプレゼントするってのは初めてだったんだが、なかなか面白い反応だな」

「お前は!」


 錯乱するイリスが再び睡眠魔法を放ってきた。

 だが、当然そんなものが俺の魔法抵抗力を抜けるわけもなく。


「そんな……」


 弾けた自分の魔力に瞠目するイリス。

 さらに懲りずに発動した真空波の魔法も弾かれると、ぺたんと尻餅をついた。


「これが現実ってやつだ。俺とやり合うなら最低でも空間と時間と因果律ぐらいは操ってもらわないとな」


 ちょっとしたジョークで慰めながら、時間停止した連中の間を抜けてイリスを見下ろす位置まで近づく。


「……あたしを、殺す気なの?」

「そりゃ、殺されたんだしな。当然の権利だろ」

「待って! あたし子供よ! 子供を殺せるって言うの?」

「この屋敷に登場する魔術師は全員18歳以上だから問題ない、なぁんてな」


 イリスにかかっていた魔術を解呪すると、みるみるうちに皺だらけの婆さんになった。


「あ……あああああッ!! あたしの若さがああああッ!!」

「ほれ見たことか。騙されねぇっての」

「待って待って待って! あたしと手を組みましょう!? ふたりなら賢者の森から脱出することだって!」

「森から出られなくなった絶望を殺人ゲームの観察で必死に誤魔化そうとしてたような小物とか? まっぴら御免だね。それに何より……」


 英国ダンディに視線を移した。

 続ける声が自然と冷えていく。


「お前は『俺たち』を奴隷にするっていう、俺がもっとも嫌うタブーを犯し、人としての尊厳を踏みにじりやがった。情状酌量の余地なんてこれっぽっちもないね。ああ、でもそうだな……お前みたいな外道に相応しい死に方がたくさん思い浮かぶことだし、ひとつに絞るのはもったいないか」

「だ、だったら!」

「どうせなら全部やろう」


 一縷の希望に縋ろうとするイリスの頭を乱暴に掴み、賢者の遺産に関する記憶を消去する。

 さらに量子眼を発動して賢者の森に限定した仮想宇宙を構築し、そちらのイリスにこちらのイリスの魂を放り込んだ。

 そこは賢者の遺産を探し続けては死んで巻き戻り、逃げようとしては死んで巻き戻りを繰り返す虚構世界。死ぬたびに賢者の遺産が罠だって記憶だけは消去されるのに、自分が死ぬときの記憶と恐怖だけは決して消えない無限ループ。

 いずれイリスは狂気に陥り、魂をすり減らし、真なる死を迎えるだろう。

 エヴァの永劫ヤンデレループに比べれば、何倍も救いがある。

 俺はなんて慈悲深い男なんだろう。


「さて、と」


 英国ダンディにも仮想宇宙での記憶を譲渡してから、時間停止を解除する。


「トーリス君、これは」


 英国ダンディが白目を向いて倒れている老婆をちらりと見やる。


「こいつがどうなったのか推理するかい?」

「いや、やめておこう。おそらく人の理を超越しているだろうから、ね」


 イリスの体は傍目からは気絶しているようにしか見えないが、もう中身のない、ただの抜け殻だ。

 それを英国ダンディは理解すべきではないと理解したようだ。


「何はともあれ、私は解放されたようだし、礼は言うべきだろう、ね」

「それには及ばないさ」

「さて、トーリス君。わかっていると思うが、先程の推理では真相に辿り着けているとはいえない」

「……ああ、やっぱり。だからわざわざブービートラップなんて言って割り込んできたんだな」


 実際、アレはあのとき俺が披露しようとしていた推理とは異なるものだった。


「そこの少女……もとい老婆には、表向きの真相としてそういう話を吹き込んでおいたから、ね。ああ言えばキミ達の前で馬脚を現してくれると思ったのだよ」

「さすが、抜け目ないぜ。って、あれ。記憶操作されてたんじゃないの?」

「それこそが、自らの魔術を過信した彼女の初歩的なミスだ」


 英国ダンディが懐から手帳を取り出した。


「彼女の目を盗んで、記憶を消される前のことをすべて書き残しているのだよ。喋るなと命令はされていたが、書くなとは言われていなかったのでね」

「なるほどね! でも、俺からしてみればアンタが手帳なんてものを持ってることが意外だったよ」

「普段はすべて頭の中に叩き込んでおくのだが、ね。そういうわけにもいかなかった。さて――」


 英国ダンディがパイプを取り出しながら、改めて視線を送ってくる。


「キミはもう、真実に辿り着いているのだね?」

「ああ、大丈夫だ。ちゃんとわかってる。かなり突拍子もない真相ではあるし、トリックもクソもない。ミステリーファンが聞いたら殺意が沸くようなオチだとは思うけど」


 俺が頭を掻くと、英国ダンディがフッと笑った。


「覚えておきたまえ。あらゆる不可能を除外して残ったものが如何に奇妙であろうとも、それが真実なのだよ」

「……確かに。というか、アンタはこれからどうするんだ?」

「どうするもこうするもない。あるべき姿へ帰るだけだとも。私を縛り付けていた誓約はなくなったのだから、ね」


 ディテクティブの体が輝き始めた。

 そんなことはお構いなしに探偵はパイプを咥える。


「もしも私の力が必要なときがあったら、喚んでくれたまえ。力になろう」


 輝きが一際増したかと思うと、ディテクティブの姿が消えた。

 彼がいた場所には一枚のカードが落ちている。彼そっくりのイラストが描かれたそれを拾い上げた。


「SSRレアリティ? なるほど、今回の旦那はソシャゲ出身だったか」


 なにしろ、もともと実在しない人物である。

 どこかの創世神ファン創世コピペした地球型世界から召喚された実在する本人の可能性もあったが。正真正銘、架空の仮想世界ゲームから召喚されてたわけね。


「さて、と。後始末といきますか」


 カードを丁重にしまい、ロリババアとアンナちゃん以外の全員を封印珠に入れてから、俺は再び時を動かし始めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カルデ○スっぽい [一言] 量子だ〜ぃぶ!
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