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二枠目、なかなかに伝わらないもの。

マネージャー、意味は経営者。本来は人を使う側の単語だ。

 のはずだが、野球部のマネージャーの役割は雑務ばかり。

「本当に西洋かぶれってのは」

「どうしたの? ハル君」

「なんでもない。持病みたいなものだから」

 事実、一人でいる事が多い俺にとって最大の暇つぶしは考える事だ。必要な知識は本や辞書で手に入るから、題材は事尽きない。

 元来認められていた日本人の性質がたおやめぶり、いわゆる女性らしさだ。日本男児の一般イメージは存在しない。

西洋かぶれと言ったのも、海外のものを日本人の性質に合っているか、どのような意味なのか考えず無闇に真似をする人間が大抵勘違いするからだ。

 支配者であるマネージャーがボール磨きをするのはおかしい。

「まあ、別にいいけど」

 そもそも、俺は野球部を支配したいわけではなく。少しでもマネージャーの女子たちが力仕事などを楽にしたい、偽善者精神と夏佐の勧誘へのけん制だ。

「ハル君独り言多いよね」

 水道口があるコンクリートの床に俺と四葉は肩を並べ、ボールを拭いている。野球部のマネージャーは俺を含めて五人いるはずなのだが、他はユニフォームの洗濯をしている。

 どちらかと言うとボール磨き三人、洗濯二人の方が効率はいいと思うが。俺はあくまで、マネージャーの作業を楽にするためにいるだけだから、文句はない。

「本当に持病みたいなものだからな、いや悪癖か」

「ハル君ってもっと、取っつきにくい人だと思ったけど……」

 何度も俺と手元のボールに四葉は目線を移す。

「けど?」

「残念な人だよね、優しいけど」

「かはっ」

 俺は見えない吐血をする。

 自覚はあっても、他人に知られていることをわかっていたとしても言われると辛いものだ。

 磨いていたボールを片手に頭を押さえてしまう。

「あ、でも、そのなんていうか、面白いし、一緒にいたくなると言うか」

「大丈夫フォローしなくても」

 焦って顔が赤くなる四葉に笑顔を見せて、大丈夫なことをアピールする。

 四葉は安心することなく、唇を尖らせる。

「どん、かん」

 四葉は高い歌声、ソプラノの響きで悪態を俺についたような気がした。

「あれ? なんか、俺失礼なこと言いました?」

「べーつにー」

 その後は、四葉に拒否され、言葉を交えることなく最後の一球を磨き上げる。

「よし、もう洗濯も終わるところだろ」

「そーだねー」

 棒読みで応える四葉に俺は困り顔を向けるしかない。

 不機嫌な四葉への戸惑いで俺の頬に汗が伝う。その汗を乾かす風は紅の空を連れてくる。

 明日のレクリエーションのために今日は早く終わらせたとのことだ。

 グラウンドのライトを使う許可はないから、暗くなったらボールを使った練習も出来なくなる。結果として、終了時間はランニング分くらいの差しかないが。

「ねえ、どうしてハル君はマネージャーになったの」

 完全に機嫌を直したわけではないが、四葉は俺と話す気になったらしい。

「私は嬉しいけど。男の子のマネージャーって聞いたことないから」

「別に深い理由は無いよ、ただ」

 俺の言葉を四葉は待つ。誤魔化すのは失礼な気がした。

「偽善者でいたいだけだよ」

 俺の言葉を理解できず、四葉は黙ってしまう。

 風切り音に混ざって、乱雑なリズムで走る足音が近づいて来る。

「ハールー。今日こそは入部してもらうぞー」

 音源は他の部員よりいち早く制服に着替えた夏佐だ。

「もうしてるだろ、タワケ」

 手元にあるボールを手首だけで俺は夏佐の顔面にぶん投げる。

「うお、あぶね」

 現役が素直に鼻を折る事はない。余裕をもって右手でボールをつかむ。

 俺がマネージャーとして野球部の一員となった今でも、夏佐は俺を選手にしようと説得してくる。

 内容は無いに等しい。方法は情に訴えようとするか、挑発するか。

 冷静に分析する癖がある俺にとってはどちらも通じない。

「選手としてだ! その才能無駄にする気か」

 言う内容も毎回同じだから、頭が痛くなる。

「手首だけでその速度を出すのは難しいっての」

「狙ったところにきちんといかねーと無意味だろ」

 実際にボールは夏佐の頭を越えようとしていた。

 以前も「俺には才能はない」と夏佐には伝えている。

 何度伝えても意味がないから、手を変える事にする。

「元気だな」

「ああ、お前をチームに取り込むためなら何でもするぜ」

 俺は夏佐には見えないようほくそ笑む。

「まあ、外周を今から十周すれば考えなくもないけど」

「十周だな。覚えとけよ」

 夏佐は鞄を放り出して、一番近い校門へ走り去る。

「あいつ、マジでやる気か」

「ナツサ君だからね」

 早く終了した意味を台無しにするやつと入れ替わりに冬花たちが戻ってくる。

 歩く冬花たちは校門の方を凝視している。

「今のナツ? 何かあったの?」

「さあ、何かあったのですかね?」

 俺の黒い笑顔に、冬花は苦笑い、四葉は詰めた目線を俺に送る。

 からからと笑う声の主が俺の肩に手を乗せる。

「いやー、ホントいい男手だ。体格の割に狡猾で」

「先輩ひどくないすか、それ、いろいろと……」

 俺のため息に一層彼女は笑い声を大きくする。

 俺が「先輩」と呼称するのは彼女自身が名字も名前も呼ばれることを得意としていないからだ。

彼女、男鹿姫。

男勝りな性格である先輩に似つかわしいと、名字の「男鹿」と呼ばれることが多い。相対的にまさしく女の子な名前の「姫」では呼ばれることは珍しい。

 先輩自身は名字の印象に頭を抱えている。

そして、名前で呼ばれることに慣れていない。

「姫先輩、あいつをどうにかしてくださいよ」

「……名前で呼んだからヤダ」

 先輩は顔を赤くして、俺からそっぽを向く。名前で呼ばれて照れた。わかっていたから、わざと呼んだのだけどね。

「ハル先輩も、その、なんというか、強情ですね」

 控えめに俺の肘までしか背がない子が言葉を挟む。

「あ、なんか、ぼ、ぼく悪いこと言いましたか?」

「大丈夫だよ須木さん、事実だから」

 俺は安心させるために笑って見せたのに、マネージャー最年少の須木京果は何度も頭を下げ「ごめんなさい」と繰り返す。

 俺が後輩をいじめているように見えるから、謝らなくていい理由を並べ、制止を試みる。結果、余計に謝られた。

「おいおい、女の子をイジメるなんて男の風上にも置けないな」

「俺は、何もしてないですよ!」

「冗談だよ、落ち着け春佑」

 俺は気さくな態度で近づく一回り体格が大きい男、時雨判に声を上げてしまう。部長である彼は威厳より、その愛嬌でチームをまとめあげている。

混乱のため反論したが、俺自身も冗談と認識できている。

「何しに来たんだよ? 判」

 判の肩にニヤついた顔で姫は肘を乗せる。二人は幼馴染らしいが、それを考慮しても顔の距離が近すぎる。

「ん? あー、マネの仕事終わるか?」

「ちょうど終わったところです」

 姫に代わって俺が返答する、京果との堂々巡りなやりとりをしながら。

「そうか、なら、コンビニに寄らないか?」

「おいおい、明日、レクリエーションだろうが、早く帰って寝ろよ」

「レクリエーションなら、別にいいだろ。てか、抱き付くな!」

 判の日焼けした顔が赤く染まっている。

悪ふざけで、姫は判に完全に抱き着いている。姫は女友達同士でするのと同じかもしれないが、判は彼女の胸に押しつぶされそうだ。姫の胸は比べずとも平均を優に上回ることがわかるほど大きい。

「新作のアイスがおいしいって、聞いてな」

 姫を引きはがした判は改まった様子で話を続ける。顔の赤みは引いてない。

 引きはがされた姫本人は「ちぇー」と言って、口をとがらせている。何が目的かはわからないが、手段を間違えているのはわかる。

 判は俺に指を指す。

「あと、お前の入部歓迎会な」

「随分と簡単な会ですね、まあ、いいですけど」

 俺の皮肉口に判は笑顔で返す。言葉とは裏腹に俺の顔が微笑んでいたのもあるが。

 何故か、京果はすごい速度でメモを取っている。その様子に俺は悪寒を感じる。

「全員着替え終わっているから、お前たちも着替えろよ」

「あいよ、急いで着替えるとしますか」

 洗ったユニフォームもボールも置いて、そそくさと姫は去っていく。

 マネージャーも選手も着替えるのは同じ部室だ。

 体操服に着替えるマネージャーと選手は交互に使っている。

「あ、先輩」

「ま、待ってくださいよ」

 置いてかれた他のマネージャー三人は慌てふためく。

 他のマネージャーと一緒に着替えるわけにはいかなく、出来る限り選手たちとの接点を持ちたくない俺は、制服の上着を脱ぐだけにしている。

「とりあえず、ユニフォームを部室に持って行けよ」

「それもそうだね、じゃあ、後で」

 ユニフォームをもって冬花と京果は部室へ向かう。それを見送ったところで振り返れば、依然動こうとしない四葉と目が合う。

「青空さんも行っていいよ、後は俺でもできるし」

「ん―、そうだね、そうするよ」

 四葉は頬を赤くして満面の笑みで返事をする。可愛いがそこまでする必要はないと思う。

 俺と判は小走りで去っていく四葉を見守る。四葉が先行した二人と合流した時点で俺は気合いの声をあげて、ボールが入った箱を持ち上げた

「結構重いだろ、それ」

「そりゃ、重いですよ」

「そうには見えないけどな」

 質問とは矛盾する発言に反論できなかった。

 百近くのボールを入った箱を俺は予備動作なしで持ち上げている。下手をすれば腰の骨を折るかもしれないのに平然としているから、なおさらだ。

「無駄に体が丈夫なだけですから」

「ナツサじゃないけど思っちまうな。ホントに才能があるんだな」

「才能じゃないですよ、こんなの」

 俺の自虐的な笑みに判は何も言えなくなる。

 それを良しとして、俺は判を背に備品庫へ向かう。


 身体能力の高さは間違いなく俺にあるだろう。

 だから、スポーツができるか?

 答えは否だ。

 スポーツに身体能力は必要であるのは言うまでもない事実だ。それ以上に必要なのは運動神経だ。

 運動神経は正確な言い方ではない。本来は動物の脳が送った動きの情報を筋肉に伝える神経の事だ。

 よく言われる運動神経は物理計算能力のことだ。捕捉するなら、加えてその計算結果を再現する巧緻性、器用さが必要だ。

 俺にはない。だからこの身体能力の高さも意味がないのだ。

 単純作業で利用する程度しかないこの体。何度も邪魔だと思った。


 鞄を二つ持った俺が最後方にマネージャーと何人かの選手は近くのコンビニへ向かう。ほとんどの選手は俺の入部パーティーへの参加は即断った。今いるメンツも別の目的がある、女など。

 夏佐は未だに走り続けている。勝手に合流するだろうから鞄は持って来ている。

「てか、鞄軽すぎだろ」

 紙の質量は意外とある。一日分の教科書にノートを入れたら重くなる。ましてや野球道具が入っているはずだが。

「ナツは授業をまともに受けないから、教科書持って来てないんだよね」

「そういえばナツサ先輩、家では素振りだけって言って部室におきっぱですね」

 冬花が満面の笑顔で後輩くん、戸成歩生が答える。

「あいつ、よく留年しなかったな」

「いや、する方が珍しいよ」

 四葉は俺の真顔で言ったボケに素早く返す。真顔で言うから俺のボケはわかりづらいらしい。こうしてボケに気づいて反応してくれるのは嬉しい。

「てか、ハル先輩、鬼ですか」

「なにが? 戸成君」

「いくら体力バカだからって、走らせる何て」

「先輩にバカはダメだよ、歩生」

 歩生の後頭に京果の手刀が入る。二人の母親は姉妹で、いわゆるいとこ同士の関係だ。そのためか、歩生に対しては先輩でも選手は労わりましょうよ」

「須木さん、油断して東霞のことをバカって言ってるよ」

 京果は両手で口を押えて目を見開く。涙ぐむから余計に俺は困る。

 うろたえる京果の肩に冬花は手を乗せる。

「と、とうかせんぱい」

「大丈夫、京果ちゃん」

 戸惑いがない引き締まった笑顔で冬花は京果を見据える。

「あいつがバカなのは決定事項なんだから」

「もう、当たり前なんだな」

 苦笑いでしか、俺は応えることが出来なかった。姫も判も笑って誤魔化す。

 夏佐の赤点回避は毎回一夜漬けでどうにかしているとか。それはそれですごいが。

 笑い話を連ねるうちに俺たちはコンビニにたどり着く。

「鞄二つも持ってはいるのは嫌だな」

「ナツならもう外周を終わらせてるから、少し待てば来るよ」

 冬花の断定に俺は改めて感心させられる。

ケータイを触るしぐさを冬花は見せなかった。つまり、既知の情報ではなく、夏佐のことをよく知っているからできる断定だ。

「うんじゃあ、先に買ってくるは、行こうぜ。判」

「て、いちいち抱き付くなよ」

 じゃれあう三年の背中を追って、一年生組と冬花はコンビニへ入っていく。

 四葉だけは俺の隣にいる。

「先にアイス買いに行けば?」

「かわいそうだから、一緒に待ってあげる」

 わざとらしく四葉は腰を折って俺を見上げる。この動きが似合うから困る。

「ハールー!」

「本日二度目だ」

 可愛らしい高い舌打ちが聞こえたが、俺は反応を見せないでおく。

 学校の外周を十周したのに東霞は猛スピードで走ってくる。

「これで、入部してくれるよな」

「だから入部はしている」

「選手としては?」

 息を荒げる東霞はまるで餌を待つ犬だ。

 俺は微笑む。

 何も言わないまま、息が整った東霞へ鞄を渡す。

「俺は、考えるとしか言ってないけど?」

「は?」

「選手になるとは言ってないぞ?」

 東霞は俺から受け取った鞄を落とし硬直する。

「俺の頑張りは何だったんだよー!」

「無駄だったんだよ」

 俺の残酷な明言に一層東霞は雄叫びを大きくする。

 四葉が俺を横目で見る。瞳が「こうなる事をわかっていたでしょ」と言っている。

「やっぱり追いついたんだ、ナツ」

 他より早く出てきた冬花の手にコーヒー味の容器が二つに分かれるアイスがある。

「ほーい、おつかれ。無駄なことで」

「言うなよそれを……」

 冬花から渡された片方のアイスを夏佐は受け取る。慣れた手つきから、夏佐が落ち込んだときはこうやって冬花が励ましていることがわかる。

 夏佐がすぐに追いついてくれたことで俺たちは待ちぼうけを食らわずに済んだ。

アイスを買いに行こうと振り向いた俺の目に入ったのは、冬花と夏佐を見つめる四葉だ。

 どこか羨望気持ちが四葉の瞳には宿っている。

 湧き上がった考えに自分のことだが、呆れた俺はため息をついた。

 固まっている四葉を置いて、俺は店内へ入っていく。先輩たちとすれ違ったが、そのことは気にせず迷わずアイスを買って出る。

「青空さん、これ」

 俺の声でようやく我に帰った四葉は俺を見つめる。俺の差し出した手の中には冬花が夏佐に渡したのと同じアイスがあった。

「俺も食いたくなったけど、一人で食うのもなんだし」

 ひねくれて、まともに四葉の顔も見ない。

「何度もありがとう、ハル君」

 いつものわざとらしい笑顔じゃなく、体裁を気にしない、顔をしわくちゃにした笑顔を四葉は見せる。

 その謝辞があまりにも本気なような気がして、俺は恥ずかしくなる。

 感情を隠すためにアイスを口に運ぼうとした。

 俺のアイスは動かなかった。

「ん、安っぽいわよね」

「人の勝手に食っといて何を言ってんじゃ」

 アイスを吸い上げる秋葉がいた。

「まあ、いいじゃない」

「そもそも、何でいんだよ。生徒会が買い食いしていいのかよ」

「べつにいいじゃない、これあげるから静かにしなさい」

 秋葉は俺の口に突っ込む、焼き鳥を。

「なんで、おかず系だよ!」

 熱い肉を頬張る俺に秋葉はいたずらな笑みを浮かべる。

「あー、アイスはもういらないから」

「は?」

「後全部、あげる」

 俺は動くようになったアイスを見つめる。容器の口には秋葉の歯形がついている。

 否応にも意識せずにはいられない。

「元から俺のだよ」

 やけくそに熱を持ち過ぎた俺の体にアイスを投入する。

 それでも俺は全身が焦げそうになる。

 フイっと秋葉は顔を俺から背けてやきとりを頬張る。

 四葉から、声になってない音がしたが気のせいだろう。

 他のメンツもそれぞれ楽しむ中、俺たちにだけおかしな空気が流れていた。

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