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幼少期
穏やかな田舎町の川のほとりにその少女はいた。過疎化が進み子どもが十数名しかいないこの村の夏は大抵みんなで川に来て水浴びをして過ごしている。しかしその少女は他の子どもたちが水で遊んでいるのを穏やかに微笑んで見守りながら、川原に立てたパラソルの下でゆったりと本を読んで過ごしていた。
「みなさん。そろそろ休憩にしませんか?そろそろ良い時間なのでアイス食べに行きましょう」
「わーい!アイス食べるー!!」
「おーい!みんなー!藍ちゃんがアイス食べに行こうってー!」
側にいた幼馴染たちがはしゃぎ出す。藍ちゃんこと少女、藍川こころは元気な子どもたちの姿を見て笑みを深めた。
少女、藍川こころには前世の記憶がある。大切な家族ができて、おばあちゃんになって幸せな一生を終えた記憶である。その記憶はこころが自我をもち始めた頃から徐々に彼女の中に溶け込み、よみがえってきた。辛かったこと、苦しかったことそしてそれ以上に楽しかったことと、愛しいあの人のこと。少し涙が出ることもあったが、今は新たに踏み出したこの人生を満喫することを楽しんでいる。
前世では病弱であったためあまり関われなかった孫たちのことを思いながら田舎町で出会う子どもたちを可愛がって過ごす毎日はとても充実している。子どもの少ないこの地域の子どもたちは皆が兄弟のように助け合いながら育っていく。今は小学6年生だから問題ないがこの村には小学校しかないため中学に上がるとちょっと離れた市まで通わなければならない。今は夏休みなので高校生も帰ってきているのでとても賑やかだ。
店でバニラアイスを買い、商店の軒先のベンチに並んで座った。
「とっても楽しいですね」
「えー?でも藍ちゃん全然水の中に入ってないじゃん。見てるだけで楽しいの?」
「だって日焼けしたら痛くなるじゃないですか。私はみんなが遊んでるのを見るだけで満足ですよ」
「じゃあアイス食べたら藍ちゃんと一緒にパラソルで遊んでもいい?」
「その後は宿題しますよ。みなさん終わってないでしょう」
その言葉にアイスを選んでいた高校生たちの肩がはねた。会話がとまったその空間で、周りの小学生の視線が高校生たちの背中に突き刺さった。
「……さやかは後は絵日記だけだよ」
「……オレは算数のドリルがちょっと残ってるだけだし。今夜には終わる予定だよ」
「……もう20日だよ。藍ちゃんが7月に毎朝開いてくれてた勉強会のお陰で余裕だよ」
「真面目にやった分その努力は自分に帰ってくるんですよ。みなさんよく頑張りましたね」
誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。熱い視線に背中が暑くなり汗がぽたりと落ちた。
「ところで、勉強会に参加してなかった方もいらっしゃいましたが宿題は終わっているのかしら」
「忘れてました」
「ごめんなさい」
高校生たちの顔は現実を思い出し青ざめていた。小学生たちが思いっきり遊んでいるのにつられてすっかり忘れていたらしい。
「別に私に謝らなくていいんですよ。大変なのはみなさんですし」
「て、手伝ってください!お願いします」
「あらあら」
「えー!だめに決まってんじゃん!!藍ちゃんはさやかたちと遊ぶんだもん!」
「兄ちゃんたちがしてなかったのがいけないんじゃん」
「そういうの、自業自得って言うんだよ!」
「「「ううっ…………」」」
普通なら小学生に助けを乞うことが変なのだが、高校受験の時に助けてもらった彼らにそんな疑問は浮かばないようだ。今にも土下座しそうな勢いである。
「仕方ないですね。ちょっとだけですよ。宿題は自分でやらないと意味ないですからね」
「やった!」
「むー!!今日だけだからね!明日からは自分でやってよね!」
声を合わせて大きな返事が聞こえ笑みがこぼれた。
アイスを食べ終えたので一旦解散して、各々宿題を持ってこころの家に集まることになった。