プロローグ:とある村の病院にて
夏も終わりに近づき、草むらから秋の虫たちの歌声が子守唄のように流れてくる。窓の外から流れてくる草の匂いは弱っていた体にも優しく溶け込んだ。夏休みに合わせて帰ってきていた娘夫婦と孫たちが一緒の部屋にいるのに、いつもの賑やかさはなく静かな緊張感が漂っている。
医者に一年程前から心の準備をしておく様には言われていた。「大きな病院にいけばもう少し長く生きられるだろう」とも。ただ、たくさんの思い出が詰まったこの村を離れて生きたくなかった。そして先に旅立った愛しいあの人と最後まで一緒に居たい一心でここに留まった。あの人もこの病院で最後を迎えた。次は私の番だ。
「由紀子ちゃん…ありがとうね」
「お母さん」
「先に…あの人のところに、行って、待ってますから」
その言葉を聞くと必死に保っていた娘の笑顔が崩れた。それでも泣き顔は見せまいと私のお腹の上に顔を伏せる。そんな娘の肩を娘婿が抱き、孫たちが心配そうに覗き込んでくる。
「崇文さん、由紀子ちゃんのことよろしく、お願いしますね」
「……っ!…はい。お義母さんも、あちらでもお元気で」
「ありがとう」
「おばあちゃんだいじょうぶ?」
「おかあさんもおとうさんもないてるの?どうしたの?」
優しい双子の孫たちが不安そうに声をかける。
「果歩ちゃんと隼人君もいっぱい食べていっぱいおおきくなるんですよ」
「おばあちゃん?」
「おばあちゃんはとっても幸せでした。あなたたちもたくさん幸せになってくださいね」
最後に心残りがあるとすれば……
「……由紀子ちゃん」
「……なあに?」
「…………奏ちゃんのこと、よろしくね」
「!!………………うん」
少し間が空いたが頷いた娘を見て、ここには居ない息子を思う。少し気難しいあの子は早々にこの田舎町を飛び出していった。電話をかけてもなかなか出ることはないが元気でやっているのならそれでいい。住所は知っているので息子への手紙は私に何かあったときは先生に出してもらうよう頼んでいる。
「そろそろ、眠くなってきました。おやすみなさい」
「おやすみ、お母さん」
最後に涙にぬれた笑顔で挨拶をし、眠りについた。
私の人生は幸せだった。