別れの時
さぁさぁ、ようこそいらっしゃいました。私は『道化師』と申します。
さて、お客様のご要望をお聞きしてもよろしいでしょうか。
私は万屋。なんでもいたしましょう。
物の運搬にSP、そして情報収集から暗殺まで・・・。
依頼主によって仕事を受理するかを決断することになりますが、それはご了承ください。
それでは・・・こちらの扉からどうぞ?
「・・・って何よ、これ?」
「凄いでしょ、レン。私、ホームページ作ったんだよ!!」
エッヘンと胸を張って、褒めて褒めてと言いたげに頭を差し出してくる
ミウに、苦笑交じりで頭を撫でてやる。
でも、腑に落ちないことがある。
「何でミウが暗殺の仕事なんかするのさ。」
「・・・さぁ?」
コテンと首を傾げて曖昧な返事をする彼女に、あぁ、これはもう答える気は
ないなと、頭の中で理解する。
確かにもうミウ自身が決めたことだし、今更あたしが口出しするのもどう
なんだ、と思い直す。
でも、三年間一緒に暮らしていたんだから、心配くらいして当然だと思うのは
あたしだけだろうか。
でもミウの考えは尊重したい。
それにそんなに簡単に死ぬほど、ミウを適当に鍛えたわけじゃない。
彼女が一人立ちしても大丈夫なように、厳しく鍛え上げたつもりだ。
下手をすれば、あたしより強くなったんじゃないだろうか。
そう考えれば、何も心配する必要はないのかもしれない。
もう、ミウも十五歳になったわけだし。
「まぁ、そろそろ一人立ちしても良い頃かもね」
それで?能力は考えたのかい、と尋ねるとミウは「うん」と頷いて、
見ててね、というと右腕につけているブレスレットをあたしに見せる。
そしてスルリとブレスレットを撫でると、水晶で出来たそれは一つ一つ違う色に淡く光った。
「この身を蝕み、わが敵を斬る刃となれ。
我が血を呑みて、この身を守りし盾となれ。
召喚を命じる、我が半身『ジオ』!!」
ブワッと黄緑の風がミウを包み込む。
だがそれは一瞬にして消え失せ、その中からミウと先ほどまでいなかった一人の青年が
姿を現した。
黄緑色の髪を後ろで一つに括り、目元が少し隠れてしまうほどに長い前髪の間からは金色に輝く瞳が
チラリと除いている。
そしてその瞳はミウを見つめていたが、ゆっくりとレンの姿を映した。
「ミウ・・・あいつは?」
「コラ!私の師匠なんだからあいつって言っちゃダメ!!」
「・・・すまない。そうとは知らず。・・・初めまして、ジオという。」
貴女の名を尋ねても良いか?と言うジオに、レンは自身の名を名乗り感心したような面持ちでジオと
ミウを交互に見つめる。
「凄いねミウ。どんな能力なんだい?」
「えっとね、まずこの腕についてるブレスレットの水晶によって出てくる人が違うんだけど、今はこの
20個の水晶の内の12個しか決めてないんだよね。それで、その人たちと合体?合成?シンクロ?するのが
私の能力。」
「つまり、そいつらはそれぞれ得意な何かがあって、その力をミウが使えるようになるって事?」
「うん。」
「へぇ~、多重人格みたいだね。」
「そうだよ。私の性格を分裂させたのがジオたちってこと。」
「・・・分裂?」
「そう。私の中には色んな性格があって、それを具現化させた様なかんじなんだ。
それでブレスレットの色に合わせて、性格と名前を考えて能力も皆バラバラに
したんだよ。」
「・・・便利だね。」
「やっぱり?内心自分でも満足してます。えっへん!」
「コラ、自慢しない。」
こつんとミウの頭を小突く。
だが確かにこの能力であれば便利だし、敵に見られても応用が利くので使いやすいだろうが、いくつか
問題がある。
まず一つ目は、ジオたちはミウとシンクロしなくても戦えるのか。
二つ目は、もしシンクロしなくても戦えるなら、ミウはジオたちを何人同時に呼び出せるのか。
そして三つ目は、シンクロした状態で怪我をしたらどちらも怪我を負うのか、それともミウだけなのか。
この問いの答えによっては少し、いやかなりミウに危険がおよぶかもしれない。
そう考えているとミウは気付いたのか苦笑を浮かべていた。
「大丈夫、シンクロしてても他の人たち出せるし、三人か四人くらいなら五、六時間そのまま戦える。
それにジオたちを呼び出してから私が気絶しても彼らは消えないし、もし呼び出す前に
私が気絶して敵に襲われてももジオたちは勝手に出てこれるんだ。便利でしょ~!!」
「・・・分かったから、じゃあシンクロした時に怪我を負ったらどっちが怪我するの?」
「両方だよ?でも酷過ぎたときはトワって子が勝手に治してくれるから問題ないの!」
「そっか。それならよかった。」
ホッと安心したように息を吐くレンに、ミウも微笑を浮かべるが一瞬で曇る。
その事に気づいてどうしたのかと聞こうとした時、スッと頭をよぎる一つの疑問。
ミウはあたしの考えが分かったのか、気まずそうに顔を俯かせる。
「あのね・・・この家から出て行こうと思って。」
「・・・そっか。」
「理由、聞かないの?」
「・・・・・聞かれたいのかい?」
「そうじゃ、ないんだけど・・・。」
眉尻を下げるミウにレンは苦笑し、彼女の頭に手をおく。
別に言いたくないのなら言わなくてもいいんだ。
あんたの好きなようにやりな、と伝わるように。
確かにミウがいなくなるのは寂しい。
なんたって本当の妹や娘のように可愛がってきたのだから。
しかし、いやだからこそ彼女の旅立ちをちゃんと見守りたい。
あたしの唯一無二の愛しい存在である彼女を、笑顔で見送りたい。
そして、自分のこの気持ちを整理してからもう一度、ミウに会いたい。
「行っておいで、それからいつでも好きな時に帰ってきな。あたしはあんたの味方だから。」
「うん。」
「たまには連絡入れて。これ、あんたにプレゼント。」
そう言って、ミウの手に携帯電話を渡す。
すると、嬉しそうに「ありがとう、大切にする。」と胸元に携帯を抱く彼女を弱い力で抱き寄せる。
・・・なんて、小さい体だろう。
本当にあたしの鬼畜といえそうな修行を受けていたのか、と思ってしまいそうなほど華奢で小さな体は、
あたしが少し力を込めれば折れてしまいそうだ。
「本当に大丈夫かい?ご飯はしっかり食べるんだよ、あと修行もサボっちゃ駄目だからね。」
「うん、分かってる。」
「掃除も忘れないで、仕事もし過ぎないように。」
「うん。」
「寝不足にならないようにちゃんと寝なよ。体調管理はしっかりね。」
「うん。」
「・・・それから・・・・・・・。」
次々と口から出ていく言葉。
でも、しゃべり続けていないと今にも泣きだしそうだった。
本当は、ミウに行ってほしくない。
出来るなら一緒について行きたい。
それが無理なら、もういっその事、ずっと此処で...。
そこまで考えたとき、ミウがあたしの服をぎゅっと握りしめるのを感じた。
まるで、本当は行きたくない。
このまま一緒にいたい、という風に。
...あたしの錯覚かもしれない。妄想かもしれない。
それでも、ミウもあたしと同じ気持ちであればいいと思ってしまった。
「レン、今まで、ありがとう。」
小さな声で呟く彼女の声は、酷く震えている。
やっぱり、ミウも離れがたく思ってくれているのだろうか。
期待してもいいのだろうか。
「泣いてんの?」
「・・・泣いてない。」
「そうか、じゃああたしも泣かない。・・・ありがとう、ミウに会えて、よかったよ。」
「私も!!」
二人で笑みを浮かべる。
ミウの目尻に残っている涙を親指で拭ってやる。
そう、折角の門出なんだからどうせなら笑顔で別れたい。
またいつか、会えると思うから・・・。
「「またね。」」
バイバイなんて言わない。
これが最後の別れなんて、嫌だから。
きっと、また会えると信じて。
「いってらっしゃい、ミウ。」
「いってきます、お姉ちゃん!」
大きく手を振って出ていくミウ。
その後に、ジオが頭を下げてパタッと玄関の扉が閉まった。
ミウとジオはもう見えない。
「あぁ、行っちゃったね。」
一人になった部屋はとても広い。
「こんなに広かったかな、この家。」
もっと狭かったと思ったのに、と周りを見渡す。
もともと生活感のなかった家が、今ではミウと撮った写真や、彼女のタンス。
食器やイス、ベッドなど色々増え生活感のあふれる家になっていた。
「・・・引っ越せないな。」
ミウとの思い出が一杯詰まったこの家。
捨てられるか?捨てられるわけがないだろう。
「あぁ、本当は分かってたんだよ。」
あんたがこの家から出て行くって事。
だから携帯電話も一か月前から買っておいた。
だからミウに新しい服をいっぱい買ってあげた。
だから彼女に沢山お金をあげていた。
分かっていた、頭の奥底では。
でも、気付きたくなかったんだ。
気付いてしまったらきっとあの子の前で、笑えなかったから。
そんなの嫌だ。
ミウを悲しませるようなことをしたくなかった。
ミウを困らせるようなことをしたくはなかった。
彼女の邪魔にだけはなりたくなかった。
ここまで、あの子のことを思っている。
妹として、家族として。
そう、思い続けたかった。
だけど、気付いた。
気づいてしまった。
「あの子がこんなにも大切だなんて・・・。」
この感情の正体はもっと前から知っていた筈なのに、結局伝えられなかった。
「・・・愛してるんだ。親としてでも姉としてでもなくて、一人の・・・。」
『女』として。
「・・・気持ち悪い。女のあたしが女のミウにこんな感情を抱くなんて。」
自分を嘲る。
なんて愚かなのだろう、と。
こんな感情、気付いちゃ駄目だった筈なのに。
気付いてしまった自分はなんと滑稽なのだろうか。
それでも・・・。
「この気持ちに、偽りはないから。」
次に会うときまでには、この気持ちに蓋をしておこう。
ミウに迷惑は、かけたくないから。
「・・・ありがとう、ミウ。」
あんたに会えて、幸せだった。
でも・・・。
「『いってきます、お姉ちゃん。』、か」
その言葉にズキリと胸が軋む。
だけど、本当に楽しい毎日だったよ。
「例えあんたが・・・。」
あたしのことを家族としか思っていないとしても。
「あたしには、それで十分だ。」
そうして、この気持ちを胸の奥底にしまいこんだ。
心にできた亀裂に、気付かないフリをして・・・。




