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素晴らしき人間たちよ27

 それからのマルベリーは、全てを宮子との勉強に傾けた。冬休みが終わってからも二人はいつも一緒に勉強をし、マルベリーが寝ている昼間は小百合が代わりになった。一月、二月と月を重ねるごとに、宮子の成績は爆発的に伸びていった。

 二月の終わり頃に、数学の教師が気になって、二人にどこを勉強しているのかと聞いた。二人とも数学の教科書を開いてはいたが、マルベリーは授業とは全く違う範囲を宮子に教えていた。マルベリーはその時に言った。

「今授業を行っている範囲などとっくに終わっている、今は二年の数学を勉強しているのだ、邪魔をしないでほしい」

 それを聞いた教師だけではなく、周りの生徒も驚いて宮子に視線が集まった。その時の宮子は、恥ずかしくなって顔を伏せていた。この頃になると、もう宮子を虐めたり馬鹿にしたりする生徒はいなくなっていた。

 どこまでも真摯に、決して手を抜かないマルベリーと、それに答えようと一生懸命に頑張る宮子、この二人の歯車が合ったときから、全ては変わっていったのだ。

 そして三学期の終わり、季節が春めいてきたこの時、難関の全国模試の成績優秀者のみ発表があった。

 最初に数人の生徒の名前が呼ばれた、難関なので成績上位は当然少ない、全日制の進学科でも全科目五十点以上を取るのが難しい程だ。

その時、宮子は何気なく、呼ばれる生徒の名前を聞いていた。

「え~、最後は定時制高等部だけでなくて、聖清学院全体で最上位という快挙を成し遂げた人がいる」

 眼鏡をかけた担任が咳払いをしてから斜めを発表した。

「幸野宮子、何と難関の全国模試で、全国九位! すごいねぇ!」

「え? え? わたし?」

 宮子が聞き違いかと思っておどおどしていると、隣のマルベリーが苛立たしげに言った。

「何をしている、早く出ろ」

 宮子は担任から成績順位表を受け取ると、クラスメイトが見ている前で、跳び上がって大喜びした。

「やった~、すごい、すごいよ!」

 それから宮子は、いきなりマルベリーに抱きついて感動に涙した。

「おい、宮子!?」

「ありがとう! 全部マルベリーちゃんのおかげだよ!」

 マルベリーは母親が小さな子供にするように、宮子の頭を撫でた。

「お前が頑張ったからだ、ついにこの学校で女王になったな、これでこのマルベリーと少しはつり合いが取れるというものだ」

 マルベリーは偉そうなことも言っていたが、宮子にとっては掛け替えのない言葉となった。


 そして春休みに入って一日目の夜、マルベリーは小百合と宮子に話があると言った。

 マルベリーは夜に鳥居の前で二人を待った、この日は満月で、月光が境内を柔い光で包み込んでいた。やがて小百合と宮子がやってきた。

「マルベリーちゃん、こんな所に呼び出してどうしたの?」

「古都音は寝たのか?」

「うん、さっきねかせたよ」

「そうか、安心した、古都音には衝撃が大きすぎるからな」

 宮子はマルベリーが変な事を言うので首を傾げた。

「宮子、小百合、別れの時だ。お前たちとは今夜限り、もう会う事はないだろう」

 いきなりマルベリーが切り出した事が、あまりにも唐突すぎて宮子には幻聴のように思えた。

「え、お別れって、どういうこと……?」

 宮子は急に怖くなって、マルベリーの赤い瞳を見つめて問うた。

「ここは、わたしの住むべき世界ではない、だから故郷に帰るのだ、そこで成さねばならない事もある」

「なにそれ、どうして急にそんな事いい出すの? マルベリーちゃんとお別れなんて、嫌だよ!!」

 宮子の瞳に涙が溜まっていく。小百合は何となく察していたようで、黙ってマルベリーの言う事に耳を傾けた。

「宮子、お前にだけは嘘は付きたくない、だからわたしの正体を明かす。これを見れば、わたしの言っている事の意味が分かるだろう」

 マルベリーが二人に背を向けた、その次の瞬間に、背中から蝙蝠の翼が現れて大きく開いた。

 ――これでいい、わたしが人間でないと知れば、宮子のわたしに対する未練はなくなるだろう、宮子はわたしを恐れるか、嫌悪するか、何にせよこれで宮子とわたしの関係は断たれる。

 マルベリーは目頭が熱くなった、これが悲しいと言う気持ちだとは、彼女には分からなかった。

「……知ってたよ」

 宮子が言うと、マルベリーは思わず振り返り、真紅の瞳を大きく見開いた。何と言ったら良いのか、言葉が浮かんでこなかった。

「光の中で、わたしはマルベリーちゃんの後姿を見てた、わたしの事を友達って言ってくれた、わたしの事を命がけで守ってくれた」

「あの時、気が付いていたのか、宮子」

 宮子は深く頷いた。

「朦朧としていたけど、マルベリーちゃんの姿も、声も、はっきり覚えてるよ」

「お前は、わたしが吸血鬼だと知っていて、今までずっと……」

 それ以上は言葉にならなかった。宮子はヴォルフロードの一件以降も、それまでの何も変わらない態度でマルベリーと接していた、その時にはマルベリーが吸血鬼だと知っていたのだ。

「マルベリーちゃんが人間とか、人間じゃないとか、そんなのどうだっていいよ!! わたしはマルベリーちゃんが好き!! ずっとずっと、お友達だよっ!!」

「宮子」

 マルベリーは宮子を抱きしめていた。

「マルベリーちゃん、行かないで、ずっと一緒にいたいよ……」

 宮子は泣いて咽びあげ、マルベリーも赤い瞳から光る物が流れた。

「宮子のおかげで、人間の良い所をまた一つ知る事が出来た。種を越えて分かり合える人間の、なんと素晴らしき事か」

 マルベリーは宮子を放すと、まっすぐに黒い瞳を見つめて言った。

「お前は必ず幸せになれ。その為にも、わたしと別れた後も勉強を怠るなよ」

「いやだっ!! お別れ何て絶対いや!!」

 泣きながら言う宮子の肩に、小百合が優しく手を置いた。

「気持ちは分かるけれど、マルベリーを困らせては駄目よ、彼女は吸血鬼、わたしたちとは住んでいる世界が違うの、この別れを避ける事はできないのよ」

 宮子はぐっと我慢して、言葉を押し殺した。宮子自身も、マルベリーが人間でないと知った時から、いつかこんな事があるのではないかと予感はしていた。

「小百合、お前には何と礼をいったものか、世話になりっぱなしだった」

「吸血鬼と一緒に暮らすというのも、なかなか面白かったわ」

 それからマルベリーは、改めて二人に向かって言った。

「宮子、小百合、お前たちは親友ではない」

 マルベリーが言うと、涙目の宮子が心配そうな顔をした。

「今日からわたしたちは姉妹だ。種が違おうとも、住む世界が違おうとも、心は共にある、永遠に!」

 そして、マルベリーは小指を出した。

「人間は大切な約束をする時に、小指を使うんだったな。これが姉妹の契りだ」

 マルベリーは宮子と小百合、それぞれと固く小指を結んでから、鳥居の下まで歩いていき、もう一度二人を振り返った。

「宮子、小百合、お前たちがいなければ、わたしは人間の良さを知る事も、お母様の死の真相を知る事も出来なかっただろう、感謝している」

 そしてマルベリーは、翼を大きく開いて上昇し、人間の少女たちに向かって最後に別れの言葉を送った。

「さらばだ、宮子! さらばだ、小百合! さらば、素晴らしき人間たちよ!!」

 そしてマルベリーは、満月に向かって飛んで行った。

「さようなら、さようなら、マルベリーちゃん! 今まで本当に、ありがとーーーっ!!」

 宮子は涙を零しながら、マルベリーの姿が満月の光の中に消えていくまで、いつまでもいつまでも手を振り続けていた。


素晴らしき人間たちよ…終わり


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