素晴らしき人間たちよ25
ヴォルフロードは右手を再び硬質化して剣と成し、マルベリーも突き進んで二人の吸血鬼はぶつかり合って、剣を打ち合った。常人の目では追う事すら出来ない速い打ち込みが、マルベリーを翻弄する。
「どうした、こっちは一本だぞ、防ぐのがやっとではないか!」
ヴォルフロードの左の拳がマルベリーの腹にめり込む、剣二本で相手の右腕の攻撃を防いでいたので、左腕の攻撃を防ぐ術はなかった。マルベリーは弓なりに弾き飛ばされ、空中で血を吐きながら墜落した。ヴォルフロードはすかさず跳躍し、腹を押さえて苦しむマルベリーの近くに立つと、今度は少女のしなやかな腕を掴んで、少女の体ごと思い切り振り上げる。
「そりゃーーーっ!!」
ヴォルフロードは、マルベリーを地面に叩きつけると同時に腕を離した。マルベリーは華奢なその身で瓦礫を吹き飛ばしながら転げまわり、家を支える支柱にぶつかって跳ね返り、背中を向けて倒れる。
「う……くうう…………」
もはや満身創痍、それでもヴォルフロードは容赦などしない。ゆっくりマルベリーに近づくと、常人の何倍もある巨大な足でマルベリーの背中を踏みつけた。
「うわああああぁっ!!!」
マルベリーの体が地面にめり込み、背中を砕かれて、崩壊した屋敷の中に悲鳴が響き渡った。マルベリーは何度も踏みつけられ、力尽きて右手に残っていた剣を手放した。ヴォルフロードはそれを拾い上げて言った。
「終わりだ、最後はこの剣で、心臓を貫いてやろう」
ヴォルフロードが剣を逆手に持って振り上げる。同時に彼は妙な気配を察知した。周りをよく見ると、闇の中に細い糸のようなものが無数にあった。彼があっと思ったのと同時に、糸が強靭な体を雁字搦めにした。
「これは!? さっきの人間が使っていた術だと!!?」
ヴォルフロードはマルベリーの剣を落とし、よろめいた。そして闇の中で見た人間の姿に、真紅の双眸を見開いた。マルベリーの近くに小百合が立っていたのだ。
「有り得ん、人間がわたしの攻撃を受けて、生きているなど!!?」
それだけではない、小百合は傷ついてはいたが、あの強烈な攻撃をまともに受けたにしては軽傷だった。
――気と霊力を練り合わせた障壁で体を包み込んでいたからこの程度で済んだ、とは言っても今まで気を失っていたのだけれど……。
小百合が見たマルベリーの惨状は、目を覆いたくなる程だった。その近くには宮子の姿もあった。小百合はこの状況でどうするのが最善か考えた。
――マルベリーはとても戦える状態じゃない、なら二人を連れて逃げるしかないわね、夜明けまではまだまだ時間がある、霊糸もそんなには持たないだろうし、どこまでやれるかは分からないけれど、この状況ではそれが最善……。
小百合が苦慮していると、力尽きていたマルベリーの手が動き、近くに転がっていた銀の剣を掴む。そして、吸血鬼の少女は残った力を振り絞って立ち上がった。
「マルベリー……」
全身が血に塗れ、ぼろ雑巾のようになっているマルベリーを見て、小百合が悲愴な目をして言った。
「小百合……作戦その三だ……」
マルベリーは霊糸から逃れようともがいているヴォルフロードから目を離さずに言った。小百合は更に瞳に悲愴の色を濃くした。
「馬鹿を言わないで、そんな状態で陽光に晒されたら、あなた死ぬわよ」
マルベリーは小百合に微笑して見せた。
「宮子はこの命に代えても守り抜く、わたしを信用しろ、小百合」
「……わかったわ、やるわよ」
小百合は懐から赤い霊符を大量に出してそれを空中にまき散らした。小百合が目の前に掌を出し、水晶玉を軽く持つように五指を曲げると、空中にあった赤い札が小百合の掌に収束していく。
「ぬおおおおおおおっ!!!」
ヴォルフロードが猛獣のように吠えて霊糸を断ち切った瞬間、小百合は収束して赤い鞠のようになった札の塊を上に投げ上げた。すると赤い鞠が眩い光を放ち、同時に吸血鬼二人の苦悶の声が上がった。輝きを放つ札の塊は、まさに小さな太陽だった。
「ういががが、ぐば、ぬぎゃああぁっ!!! 陽光だと!!? 人間如きにこんな芸当ができるとわがあぁっ!!?」
ヴォルフロードは頭を抱えて全身から煙を吹きながら叫び、片足をついて動けなくなった。その状態で、凶悪な吸血鬼はさらに恐ろしいものを目撃した。彼以上に全身から煙を噴きあげる少女が、右手に剣を持ち、蝙蝠の翼を大きく開いているのだ。
「最後の時だ、ヴォルフロード」
マルベリーは身を焼かれながら静かに言った。
「馬鹿な!!? 何故だ!!? この光は我らには贖えぬもののはずだ、どうして動ける!!?」
光の中で、マルベリーは剣をヴォルフロードに向けた。その時になって、ヴォルフロードはマルベリーが自分に戦いを挑む理由を思い出した。
「母の仇だからか!!?」
「否、友を救う為だ!!!」
翼を羽ばたかせ、全身から煙を引きながら、ヴォルフロードに向かって飛翔した。
「ぐぎぎがあああああぁぁっ!!!」
もはや逃れようのない裁きを前にして、ヴォルフロードは絶叫した。マルベリーの剣はその心臓を貫いて背中まで突き通し、そのままさらに突進してヴォルフロードの体ごと屋敷の壁に激突して粉砕して闇夜に飛び出す。そして、庭にあった大木にヴォルフロードを叩きつけ、剣ごと巨体を幹に縫い付けて、マルベリーは止まった。お互いに全身から煙を上げて、荒い息を吐いていた。マルベリーが離れると、ヴォルフロードは大量に血を吐いてたちまち足元を赤く染め上げた。
「何が、お前に力を与えた……」
「貴様には、永遠の時をかけても理解することは出来ないだろう」
死の間際になって、ヴォルフロードは邪悪な笑みを浮べた。
「まあいい、こうなったのは、お前たちの方が優れた力をもっていたという事だ、より強き者に倒されると言うのなら……悔いは……………ない…………」
ヴォルフロードの体から力が失われると、途端に灰化が始まった。四肢の先から始まり、瞬く間に体まで進行していく。全てが灰になるまでに三分と掛からなかった。
「終わったわね」
「ああ、帰ろう、小百合」
マルベリーは気を失っている宮子を抱いて明神大社に帰った。それから宮子を寝かせて古都音に後を頼むと、マルベリーは糸の切れた人形のように力尽きて倒れた。




