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素晴らしき人間たちよ10

「お前たち、何の意味があって、そんな事をしているのだ?」

 いきなり突拍子もなく声をかけられて、宮子を苛めていた四人は驚かされ、声のした方に視線が集中した。床に押し付けられていた宮子は、その姿を見る事はできなかったが、声を聞いただけで誰なのか分かっていた。

 後ろの方で椅子に座って足を組み、じっと四人を見ている者があった。教室の後ろの方は電気が消えていたので、薄暗がりになっていて、姿がはっきりと見えない。

「誰よ!?」

 美香が叫ぶと、暗がりの中にいた彼女は立ち上がり、苛めグループに近づいてきた。その姿が光の元にさらされると、美香の連れのひとりがあっと声をあげた。彼女は宮子と同じクラスにいて、美香に告げ口していた女生徒だった。当然、マルベリーの事も知っている。その彼女が美香に耳打ちした。すると美香は、マルベリーを下から上まで見ていって、その恐ろしい程の美しさと、異様な雰囲気に打たれながら言った。

「あなた、いつからそこにいたの……?」

「さっきから、ずっと見ていた」

 マルベリーは、宮子を押さえつけている二人を睨んだ。

「貴様ら見苦しいぞ、宮子を放せ」

 マルベリーの眼光を喰らった二人は、いきなり背骨が凍りついたような激しい悪寒に襲われ、一人は立ち上がって宮子から離れ、一人は立ち上がれずに尻もちをついたまま宮子から離れた。その二人の異常な様子を美香は訝しんだ。

「な、何なのよ……」

「さっきの質問に答えろ、何の意味があって徒党を組んでまで宮子を攻めるのか」

「何って、気に入らないからよ! 文句あるの!」

 美香が強気を保って言うと、マルベリーは首をかしげた。

「お前たちのやっている事は、全く訳がわからない」

 マルベリーは顎に手を置いて考え込んだ。その姿から、心の底から訳の分からないという気持ちが表れていた。マルベリーが、床に座り込んでいる宮子を見て言った。

「強者を倒すのに弱者が徒党を組むというのなら話は分かるが、お前たち一人一人は、宮子よりも強い力を持っている。普通なら自分より弱い者など気にもしないものだが、お前たちはわざわざ徒党を組んでまで弱者を攻めている。人間とは異様な事をするな……」

 マルベリーは顎から手を引くと、美香の前に立った。

「気に入らないでは良く分からないな、もっと理論的な理由があるはずだ、はっきり説明しろ」

「あなた、わたしを馬鹿にしているの!?」

「馬鹿にしているだと? なぜわたしが、お前たちごときを気にかけなければならない、お前たちのように(ごみ)のような存在を」

 マルベリーが言うと、場の空気が異様な重さを持った。美香はマルベリーのあまりに唐突で強烈な言葉を理解するのに数秒を要した。

「な、何ですって!?」

「何を驚いている? まさか、自分が塵であることを理解していないと言うのか? もしかして、人間にとってはこういうのが当たり前なのか? いや、いくら何でもそれはあるまい……」

 マルベリーは一人問答していたが、彼女のそんな態度が、美香たちには自分等が馬鹿にされているようにしか映らなかった。

「あんた、ふざるんじゃないわよ!?」

「……本当に理解していないようだな。言うのも馬鹿らしいことだが教えてやる。自分よりも弱い存在を攻めるなど、自分の存在を卑下し、自らの誇りを投げ捨てる行為だ。ましてや、それを徒党を組んで行うとは、それはもはや種の尊厳を卑しめる行為でしかない。貴様らは自らの行為で、人間とは愚かで誇りの欠片もない生き物だと証明しているのだ。これを塵と言わずして何と言う。いや、貴様らなどと比べられたら塵にも失礼だな、言い直そう、貴様らは塵以下だ」

 マルベリーの態度にも言葉にも、わかりきった知識を語るような当然さがあり、まるで白いものを白、黒いものを黒と言うような確実性が、異様な衝撃となって美香達を襲った。美香以外の三人は、怒るよりもマルベリーが恐ろしくなり、さらに自身の矜持を知らされた惨めさに力が抜けた。

 美香だけは怒りを燃やし、目の前のマルベリーに対して手を上げた。

「言ったわね!! お嬢様だか何だかしらないけど、許さないわ!!」

「ほう、手を上げたか」

 平手が一番上まで上がったところで、美香とマルベリーの目が合った。美香は、その赤い瞳に見詰められた途端に、まるで腕が何かに押さえつけられたように動かなくなった。

「どうした、わたしを打つのではないのか? わたしとしては、その手を振り降ろしてもらった方が面白いのだが」

 美香は気持ではマルベリーを殴りたかったが、心と体が別々にでもなったように、腕が動かなかい。その奇妙な現象のお陰で、本能が示す警笛に気付き始める。

「もしその手を振り降ろす事が出来たら、塵以下でない事を認めてやろう。その代り、ただで済むと思うな、良く覚悟を決めてからやるがいい」

 マルベリーが少しばかり敵意を持ったその途端に、美香は引付を起こしたように息を吸い込み、上げている平手の力を抜くと、腕を徐々に降ろしていった。美香はごく自然に、マルベリーに対して最大限に気を使っていた。腕をさっさと降ろさなかったのは、そうするとマルベリーに対して障りがありそうで怖かったからだ。その本質は、草食動物が肉食動物に対して無条件に恐怖するのと同じようなものだった。

 美香は腕を降ろすと、弾かれるようにマルベリーから離れ、青ざめた顔で仲間を置いて教室から走って出ていく。残された者たちも、慌ててその後を追った。彼女等はマルベリーの威圧の支配の前に敗走し、後には宮子だけが残った。

 宮子は泣きはらした顔を上げて言った。

「助けてくれてありがとう、マルベリーちゃん」

「助けたつもりはない。奴らの行動が非常に興味深かったので、少し観察させてもらっていただけだ」

 それからマルベリーは、宮子の姿を見つめると、有無を言わさぬ調子で言った。

「立て、宮子」

 宮子がのろのろと立ち上がると、その敗残者然とした姿に、マルベリーは顔をしかめた。

「何だ、そのだらしのない恰好は! もっとしゃんとしろ!」

 いきなり怒られた宮子は目を白黒させた。助けに来てくれたマルベリーに怒鳴られるとは思ってもみない事だった。

 マルベリーは苛々しながら宮子に歩み寄ると、その乱れた制服を正しながら言った。

「お前は、わたしが付き合わなければならない人間なのだぞ、こんなみすぼらしい姿でどうする! 力で敵わないのは仕方ないが、あんな塵共の前で泣くな! もっと誇りを持って悠然と挑め! 力及ばずとも己の命を懸けて戦え!」

 マルベリーの言っている事は、かなり無茶なところもあったが、宮子はマルベリーが励ましてくれていると思い、嬉しくて仕方がなかった。宮子はべそをかきながらも、晴れたような笑みを浮べていた。

 マルベリーは宮子の制服を満足がいくように整えると、落ちていた英語の教科書を拾ってざっと中身を見る。

「これではもう使い物にならんな」

 マルベリーは言うと、躊躇なく見開きの中央から引き裂いて、二つになった英語の教科書を、近くゴミ箱に放り投げた。それを見た宮子は、ショックを受けて、悲しそうな顔になって言った。

「ひ、酷いよぅ……」

「何を言っている? 使い物にならないのなら、廃棄するしかないだろう」

「だって、わたしの教科書なのに……」

「役に立たなくなった物を未練がるとは、おかしなものだな……」

 ここでもマルベリーは人間の不可思議な部分を垣間見て、困ったような顔をした。しかし、落ちていた教科書は、拾っては容赦なく破り捨てた。宮子は再び虐められているような気分になり、教科書が捨てられる毎に表情が沈んでいった。マルベリーが平然と自分の教科書を破り捨てているという状況が、彼女には相当に堪えた。

 マルベリーは使い物にならない教科書を全て廃棄すると、さっき虐められていた時よりも悲しそうな顔をしている宮子を見て、余りの不思議さに溜息を吐いた。

「何がそんなに気に入らないのかは分からないが、代わりにわたしの教科書をやるから、そんな顔をするな」

「え!? でも、それじゃ、マルベリーちゃんの教科書がなくなっちゃうよ」

「問題ない、わたしには必要ない物だからな」

「うん、ありがとう」

 そう言う宮子の表情は、ぱっと明るくなっていた。

「お前は、ころころ表情が変わるな、見ていて面白いぞ」

「え? そうかなぁ、普通だと思うけど」

 マルベリーの人間の基準は小百合になっていたので、そのように見えた。小百合は人間としては、非常に感情も表情も希薄なのだが、この時のマルベリーには分からなかった。

「授業が始まってからだいぶ経つな」

「そうだね、急がなきゃ!」

 教室から出る時に、今更のようにマルベリーが言った。

「宮子、頭が真っ白だ」

「あう、さっき黒板消しで叩かれたからぁ」

 宮子は頭を払いながら、マルベリーと共に暗い廊下に出ていった。その後、宮子がマルベリーから教科書をもらって大喜びした事は言うまでもない。宮子は一生の宝物にするとまで言って、マルベリーの人間に対する不可解さをより一層深くさせた。

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