アイスティー
最初から最後まで何も分からなかった。
それを恋と呼んでもいいのなら、私は彼に恋をしていた。でも、もう失ってしまったの。
思い悩むと悲しみの湖に沈んでしまう。
その湖の水は凍えるほど冷たく、表面には厚い氷が張っているの。
沈み込んだら最後、二度と浮かび上がることはできない。
私は人のぬくもりを求めて秋の雑踏に繰り出したの。
けれども、すれ違う人々が私の悲しみを知るわけもなく、笑顔で私を追い越してゆく。
彼らには人生という進む道がある。日常という帰る場所がある。
私には?私には何もない。以前はあったの。あなたという現在が。
どのくらい歩き続けたのだろう?足が震える。
これは疲れから?それともこれから続くこととなる孤独への恐怖から?
分からない。どちらでもいいわ。だって私はくたくただもの。
薄暗いこの喫茶店は何故か落ち着くの。
コーヒーはぬるくて、ケーキも美味しくないのだけれど、BGMに流れるゴシックロックが私の好み。…ああ、それは彼の好みだったわ。
ここは彼との待ち合わせの場所。
意味のないお喋りに何時間を費やしたかしら?彼の瞳をどれだけ見つめたかしら?
あの時の私は心地よい痛みを伴う甘く不思議な彼との時が永遠に続くものと思い疑っていなかった。おそらく彼も。
ねえ、あなたは私を忘れる?
交わした約束。破れた約束。嘘に真実。沢山のすれ違い…もうそんなものどうだっていいわ。思い出は嘘となったの。
確かな記憶。それは鏡のよう。一時しか姿を映せない。
時とともに薄れ、塗り替えられて、もう、それが本当に起こったかどうかなんて誰にも分からない。
ねえ、私たちは友達だった?
私自身で打ち砕いた友情というガラスの置物。その破片でさえも拾い上げることができなかった。
破片に両手を朱に染め、私は叫ぶ。「私を赦して!」と。
塞がれた声の通り道。届かぬ叫び。届かぬ想い。
アイスティーにいつもは入れないシロップを入れたの。
透明なそれは琥珀色の私の心に溶け込んで、静かなきらめく彼との思い出の日々を垂れる。
青いストローで勢いよくかき混ぜると、思い出は多くの記憶に紛れてもう見分けが付かない。
私はそれを飲み干すと、席を立って店を出た。
コップに残された氷の塊が名残惜しそうにカラン、と音を立てたのを聞いたのは、私の気のせいかもしれない。