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夜葬曲  作者: スピカ
8/22

8・そして始まりへ

      8・そして始まりへ


(ここが・・・私の世界?)

 精神世界の始まりは、自分の部屋だった。

(一番落ち着く場所だから?)

 私は少し戸惑いながらも、白い雰囲気が漂う部屋を見渡した。

(ここに手掛かりはない。でも、どうすればいいの?)

 勝手が分からないまま、とりあえず私は部屋のドアを開けた。すると、ドアの向こうは、

(えぇ?)

 星空に繋がっていた。

(何が何だか・・・)

 360度全てが宇宙。ドアに掴まりながら、恐る恐る片足を伸ばすと、足元に波紋が広がった。

(・・・)

 続いて体重を乗せてみる。底が抜けたり、沈んでいくような感じはしない。

(歩ける、かな)

 私はドアをくぐり、亜空間を歩き出した。


 しばらく進むと、空間にドアが浮かんでいた。アンティークショップの入り口と同じドアだ。

少しだけドアを開いて覗いてみると、お店の模様変えをしている私が見えた。

(これは・・・旅に出る直前の記憶だ)

 開いたドアから目を離し、亜空間の奥を見ると、様々な扉が浮かんでいるのに気が付いた。

(古い記憶ほど、奥にあるのかな?)

 私はドアを閉め、奥に向かって歩き出した。


 ドアや扉の向こうは、その記憶の司る場所に繋がっているらしい。例を言うと、友達の家のドアを開けると、その友達との記憶が見られる。

 私は忘れた記憶の扉を探し始めた。


 精神世界に存在する扉は、分かり易いものばかりではない。本の表紙や、車のドア。大きな鏡や、テレビ、水溜りなど。何を象徴しているのか分からないものもたくさんあった。

 どれも覗けるのだろうけど、今は目的がある。私は目移りをやめ、目的の扉を探すために精神世界を歩き続けた。


 しばらく進むと、それらしい扉が私の正面に姿を現した。

(間違いない、これだ)

 わたしはそう確信した。何故なら、その扉はパズルピースのようにバラバラになっていて、扉の(ふち)だけが立っていたからだ。

(壊れた記憶・・・直せるのかな)

 私は辺りに漂っているドアの破片を手に取り、縁へと運んだ。

正しい位置に持っていくと、欠片は音もなく融合する。

一つ、また一つとはめていく度に、私の不安は募っていく。この感じは忘れられない、もう二度と忘れられない。

(そう・・・あの時の感じだ。こんな破片からも伝わってくるなんて・・・)


 私は最後の欠片、ドアノブのついた欠片を手に取り、静かにはめ込んだ。

 ゆっくりとドアノブを回すと、カチャ、と音を立てた。

 私は固唾を飲んだ後、古の扉を開けた。



 扉の向こうに石段が見える。位置からして、鳥居をくぐった所だ。と言うか、鳥居が扉なのだろう。

 私は扉をくぐり、この記憶の中へ入った。完全に扉をくぐると、扉は音もなく消え去った。

「帰れるのかな・・・」

 不安に駆られながらも、私は石段を登り始めた。辺りにはあの時と同じ、不穏な空気が漂っている。

 そう・・・ここには続きがある。

「私は・・・知りたい」

 気持ちを声に出し、私は石段を登り続けた。真実を確かめる為に。失くした記憶の結末を知る為に。


 石段を登りきり、神社の裏へ回る。そして玄関の前に立った時、中から声が聞こえてきた。

「逃げろ、朱音!」


 やっぱり間違いない。

(この後・・・何があったの?)

 緊張しながら玄関の前で立ち尽くしていると、中からバタバタと音が聞こえてきた。その音に驚いて身構えると、勢いよく開けられた玄関の戸から、幼い頃の私が泣きながら飛び出してきた。


「あ、待って」

 私の声が聞こえるはずがなく、幼い私は全速力で石段へと駆けて行く。

 私は見失わないように後を追った。石段を降り、港を過ぎ去り、景色は商店街へと変わっていく。

 幼い私は商店街へ入ると、大きな声で喚きだした。すると、お店に明かりが灯り始め、あっという間に人だかりができた。

「どうした?」

「何かあったの?」

「・・・朱音ちゃんかい?」

 幼い私は大人に囲まれると、今度は安堵感の涙を零し始めた。

「神社に・・・知らない人が・・・お父さんが・・・お母さんも・・・お兄ちゃんも」

 幼い私がぐちゃぐちゃの片言で話すと、町の人達の顔が青ざめていった。

「まさか・・・本当に?」

「港の騒ぎと関係が?」

「こんな片田舎で?」

「神社には刀が・・・」

「・・・一大事になるかも」

 次々ときりなく飛び交う言葉に耳を傾けていると、目の前の光景が歪み始めた。それに合わせ、意識が遠のいていくが分かる。そして突然、停電が起きたように目の前が真っ暗になった。


 しばらくすると、意識に明かりが灯り始めた。付けられたテレビのように、目の前に光景が広がる。

(ここは・・・?)

 私は見知らぬ部屋に居た。

(・・・そうか。さっき私は気を失ったんだ。だから意識が飛んで・・・)

 今見えている光景は、町人の何人かが集まって会議をしている様子。全員畳の上に座っていて、雑談が飛び交っている。皆が何を話しているか分からないが、緊迫した空気に包まれている。

 幼い私は部屋の隅で丸くなっていた。泣き疲れた様子で、顔に全く覇気が無い。

 私は、私の隣に座り、ただ呆然と部屋を眺めている。

(意識がハッキリしない。この時の私がそうだからか)


 しばらくすると、一人の男性がこの部屋を訪れた。全員が静まり、男に視線が集まる。

 男は安堵の表情で、

「死んだよ、さっき警官が撃ち殺した」

 と言った。察するに、死んだのはこの事件の元凶である、鴉という奴だろう。

 男の言葉に、辺りは再び雑談が飛び交い始めた。

「終わったな」

「しかし何でこんなことが?」

「生き残ったのは娘一人なんだろ?」

「こんなことが起こるなんて」


「静かに」

 部屋を埋め尽くすほどの大きな声が聞こえると、部屋中の大人が一斉に口を閉ざした。

「・・・よろしい」

 先ほどの声の主が不適な笑みでそう言うと、大人達は一斉に萎縮し始めた。

 物言いや態度、周りの反応から察すると、この人はよほどの権力者らしい。

「平和そのものだったこの町で、こんな事件が起こるとは思わなかったな。一夜にして死者が4人、いや、犯人を含めると5人か」

 事の重大さを伝えると、全員が固唾を呑んだ。

「まず、今回の事件について整理してみようか」

 私は悲劇の全貌が明らかになると思い、前のめりになって耳を澄ました。

「始まりは、私の家にかかってきた電話だ。かけたのは・・・」

「俺だ。港にある公衆電話からかけた」

「皆に内容を」

「俺は弟と港にいたんだ。船の最終便が港に着いて、船から一人だけ乗客が降りてきたんだ。そいつは見たことのない男で、どこか、変わった雰囲気をしていた。俺は関わりたくないと思ったんだが、弟がそいつに声を掛けたんだ」


「こんな夜中に観光かい?」

「・・・水無月という名を探している。この町にいるのだろう?」

「ああ、それなら、港を出てあっちに行くと、鳥居が見えてくる。その側にある石段を登ると神社があって、そこに住んでいるよ」

「・・・そうか」

「水無月さんの知り合い、」


「弟がそう言い掛けると、よそ者は弟の首を折ったんだ。弟はまるで・・・糸が切れた人形のように、」

「もういい、分かった。私はその経緯を聞いた後、町内で連絡を回すように促した」


 そうだ・・・私の家にも電話がかかってきたみたいだった。


「その異常者は、水無月を探して神社に向かった。そこで刀を手にし、一家を惨殺した。そして、あの娘だけが生き残った」

 そう言って幼い私を顎で指した。全ての視線が幼い私に向けられた。

 寒気を感じずにはいられない。

「異常者は発狂していて、手が付けられない状態だった。止むを得ず、警官が発砲。そうだな?」

「はい。全てその通りです」

「刀は今何処に?」

「分かりません。異常者は持っていませんでした」

 これが事件の全貌。でも分からない、何故私の家にあの男が押し入ったのか。お互い、知っているような素振りだったし。

「この悲劇は、水無月の者が居なければ起きなかった。そうは思わないか?」

 権力者は全てが納得したように、そう力説した。この場にいる人々の全てがこの言葉に流され、浅ましい了見に支配されていった。

 同調する意見が飛び交い、声を荒げながら水無月の名を汚す集団は、まるで宗教のようだ。

「水無月だけじゃない。あの刀だって妖しい物ですよ」

 襖を少し開き、その隙間から誰かがそう言った。

「お前、休んでいろと言ったじゃないか」

「こんな時に休んではいられませんよ。私もこの町の住人。あなたと一緒に町の安全を考える義務があります」

 着物を着た女性は冷たい目と口調でそう言うと、この部屋に入り、忌々しい権力者の隣に腰を下ろした。どうやら夫婦のようだ。

「大体、刀を祀っていること自体が不吉ですよ」

「確かに。私もそう思う」

 この場の支配者が二人に増えた。

「何人も人を殺めておいて、責の念を感じるどころか、発狂するなんて・・・。あの刀には人を狂わす妖しい力があるとしか考えられません」

 細い線のような声。どこか聞き覚えがある。

「言われてみればそうかもしれん。やはり、その刀を保持していた水無月家に元凶があると見て間違いなさそうだ」

(何を・・・私の家族は関係ない。・・・ただの被害者よ)

 幼い私に集まる視線が次第に鋭くなっていく。

 幼い私は何も理解できず、目を泳がせて震えている。

「この子はどうするのです?」

「この子は水無月家の生き残り。そして町の疫病神」

 この声・・・思い出した。私が泊まった宿の女将だ。

(妖花のような人。・・・何を胸に抱けば、こんな声が出せるの?)

「あなた、厄払いをしましょう」

 そう言うと、着物の袖から紙袋を取り出した。

「そうだな。そうするしかあるまい」

 権力者は紙袋を受け取ると、袋を空け、中から毒々しい草を取り出した。

「誰か、この草をすり潰してくれ」

「・・・それは?」

「蝮草と言ってな、体に巣食う厄や災いを焼き尽くす草だ。この娘に塗れば厄払いになろう」

「私がやりましょう。それと、筆を持ってきます」

「・・・では頼む。触れないように気を付けよ」


 背中が・・・疼く。


「ちょっと待った。納得がいかないよ」

 たった一人、この場の支配者に逆らおうとする人がいた。

「聞けばその異常者は、これまでに13人も人を殺めた奴だって聞いたよ。元々頭のおかしな奴だったんだ。水無月家に厄なんかありゃしないよ」

 それは、トキお婆ちゃんだった。

「水無月さんはね、私らが生まれる前からこの町で仏に遣えていたんだ。由緒ある家系なんだよ。それを元凶だなんて、甚だしい話しだよ」

「トキさん、何かあってからでは遅いんだ」

「何もありゃしないよ。これ以上朱音ちゃんを苦しめたら、私が許さないよ!」

 お婆ちゃん・・・私を助けようとしてくれたんだね。

「誰か、トキさんを外に追い出せ。それから、その娘をここへ」

 権力者の声に、この場が大きく動き出した。幼い私に、無数の手が伸びてくる。

「あっ・・・あっ・・・いやぁっ」

 叫び声も抵抗も全くの虚無。何の意味も持たない。力ずくで全身を摑まれ、幼い私は権力者の前に差し出された。まるで生け贄のように。

「止めな、あんた達みんな狂っているよ」

 お婆ちゃんは腕を摑まれながらも必死に呼びかけた。

「みんな、狂ってる。朱音ちゃん、逃げて」

 遠のくお婆ちゃんの声。私は髪を掻き毟りながらこの場に蹲った。全てを否定するように。

「私には・・・何も聞こえない。何も見えない」

 そう言い聞かせる。が、幼い私の意識が心になだれ込んでくる。

(こんなの・・・こんな、)

目を閉じても私の中に映り続ける。

大人達に囲まれ、服を剥ぎ取られる。全裸の私をうつ伏せにさせ、この世のものとは思えない、憎悪のこもった力で押さえつける。


「あああああああああ」


 今にも弦が切れそうな高い声で泣き叫ぶ幼い私。それと同時に、私の背中にも激痛が走った。煉獄の炎に焼かれるような、激しい痛み。

「もう・・・やめ、て」

 悲しみの宿った二人の声。しかしその声に全く躊躇うことなく、筆は文字を描き続けた。









 虚空の意識の中で、町人の声が聞こえてくる。


「これで・・・もう・・・大丈夫」


「二度と・・・悲劇は・・・起きない」


「長い・・・夜・・・だったな」


「この子は・・・どうする?」


「厄が抜けるまで・・・神社に」


「いっそのこと・・・神社に火を」




 気が付くと、私は光の足りない暗い場所に居た。隣ですすり泣く声が聞こえる。勿論、もう一人の私の声だ。

 私はまだ・・・記憶から覚めない。


「お兄ちゃん・・・」

 幼い私の微かな声を聞いて、私達は自分の部屋に居ることに気が付いた。

 辺りを見渡すと、私達以外に蹲る影があった。

「・・・兄、さん?」

 畳を血で黒く染め、全く温もりを感じない。その小さな体は、もう二度と動くことはない。


 兄の体には時雨が深々と刺さっており、刀を抜かせまいとしたのか、両手でしっかりと刀身を握っている。

 自分の命を投げ捨てて、私を守ってくれた兄。その深い愛を感じ、私は・・私達は一緒になって泣き続けた。



「・・・ちゃん。・・・・あかねちゃん」

 誰かが、私を呼んでいる。

「朱音ちゃん」

 トキ・・・お婆ちゃん?」

「起きて、朱音ちゃん」

 お婆ちゃんは放心状態になっている幼い私の体を、無理やり起こした。

「さあ、服を着て。ここから出るんだ」

 お婆ちゃんは幼い私に服を手渡した。服を受け取ると、体が覚えている習慣だけで服を着始めた。

 その間、お婆ちゃんは兄に手を合わせて拝み続けた。

「立派なお兄ちゃんだったよ。・・・安心しな、朱音ちゃんは私が守るよ」


「どこ・・・行くの?」

 着替え終わった幼い私がおばあちゃんに尋ねた。

「港だよ。さ、行くよ」

 お婆ちゃんは幼い私を抱きかかえると、足早に神社を後にした。勿論、私も二人に続いた。


 外は夜が明けたばかりで、朝霧が立ち込めている。周りに誰もいないことを確認しながら石段を降って行く。

 朝霧でぼやけて見える海は美しく、本当なら喜ぶはずなのだけど・・・今の私はとても笑えそうにない。


 石段を降りきり、鳥居をくぐり、私達は誰とも会わずに港に着くことができた。船着場まで行くと、お婆ちゃんは幼い私を背中から下ろした。

「いいかい朱音ちゃん、よく聞くんだよ」

「・・・・・・」

「ほら、しっかりしな」

 押し殺した声を出し、幼い私を揺さぶるお婆ちゃん。

「・・・うん」

「よし・・・いい子だよ。いいかい、もうすぐここから朝一番の船が出る。ほら、この切符を持って」

 お婆ちゃんは幼い私のポケットに乗船券を入れた。

「その船に乗って、何処か遠くの町に行くんだ。町に着いたら、誰かに助けを求めるんだよ?いいね?」

「・・・分かった」

「それから、ここであったことは全部忘れるんだ。いいね?」

「・・・お婆ちゃんは?一緒に来てくれないの?」

「私はここに残って、町の人に正気を取り戻させなきゃいけない。朱音ちゃんにしたことは、絶対に許されることじゃないからね」

「一人でなんて・・・無理だよぉ」

 消え入りそうな声を出す幼い私を、お婆ちゃんは強く抱きしめた。

「朱音ちゃんはね、一人じゃないんだよ。お父さんも、お母さんも、妹思いのお兄ちゃんも、みんな心にいるからね」

 そう言うと、お婆ちゃんは幼い私の胸に手を当てた。

「私の心も、一緒に」

 お婆ちゃんは目を閉じた。


「朱音ちゃんは強い子だよ。紫吹ちゃんに良く似ている」

「しすい?」

「朱音ちゃんのお婆ちゃんの名前だよ。昔からの馴染みでね、私にいい思い出をたくさんくれたんだよ」

「私のお婆ちゃん?」

「そうさ。きっと、導いてくれるよ」

 お婆ちゃんは一粒の涙を零した。涙は曲線を描き、私の胸に染み込んだ。

「もう時間だ。さあ、船に乗って」

 私達はお婆ちゃんに見送られながら船に乗った。

 私達はお婆ちゃんが見えなくなるまで手を振り続けた。

(トキお婆ちゃんが・・・私をこの町から逃がしてくれたんだね。ずっと・・・守ってくれたんだね)


 船内には誰もいない。一人きりと言うか、二人きりと言うか。

 こうして私はこの町を出て行った。

 その後、私達はいくつもの港を通過した。そして、見覚えのある町へ船が着いた。と言っても、幼い私はこの町を知らない。でも幼い私は、まるで何かに導かれるようにこの港で船を降りた。

 その後の記憶はとても曖昧で、霞んでいる。誰に助けを求めていいのか分からず、幼い私は町の中を彷徨い続けた。歩き疲れ、途方に暮れていると、一見のお店に目が向いた。

そのお店の外には、お屋敷のお庭に置いてあるような立派なテーブルが飾ってあり、そのテーブルの上には可愛らしいティーカップが置いてある。テーブルの正面には豪華な椅子があり、誰かに座ってもらうのを心待ちにしている。

幼い私は、心に従うように、その椅子に腰を下ろした。

意識がまどろみ、心が洗われるような感じに、幼い私は淡い吐息を漏らした。



「これはこれは、可愛らしいお姫様だ。お姫様のお名前は?」

「・・・朱音。水無月、朱音」



(お爺ちゃん。・・・私を・・・お願いね)

 こうして、幼い私・・・。記憶の中の私は、お爺ちゃんと巡り逢った。

 それを見届けると、静かに記憶の扉が閉められた。




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