6・私の知らない扉
6・私の知らない扉
長いこと使われていなかったのだろう。ドアノブを回すと、金きり音が響き渡った。その音は私を強張らせ、身震いを起こさせた。
「ここが、私の家?」
埃の匂いが充満した部屋は、私を呼び覚ます懐かしい感覚を纏っていない。
「入ろうか」
私達は中へ入り、手掛かりになりそうなものがないか辺りを見渡した。
テーブルを囲むように配置された椅子。埃で灰色に染まったテレビ。本棚に隙間なく並んでいる本。
暗闇にすっかり慣れた目で物色を続けると、壁に掛けられている、ある物に目が留まった。月明かりが反射し、わずかに輝いている物。
「・・・折り紙」
側に寄ると、それは折り紙でできた金メダルだと分かった。
折り紙の中央には、平仮名で「あかね」と書かれている。
「私・・・本当にここに居たんだ」
「大丈夫か?」
「うん・・・」
実感がわずかに浮かんでくる。だけど、しっかりと私の中に納まらない。
「それに触るのか?」
「・・・え?」
「物に宿る記憶、探るんだろ?」
真愁は分かっていた。私がどうやって手掛かりを捜すのかを。
「やってみる」
分かりは壁からメダルを取り、目を閉じた。
幼稚園
運動・・・会?
お弁当には、私の好きな
かけっこで・・・一等賞
お父さん?・・・が、喜んでいる
「・・・何が見えた?」
「純粋な思い出。・・・楽しそうだった」
「よかったな」
(よかった?)
・・・そうかもしれない。いや、そうだ。私は笑っていたし、お父さんも嬉しそうだった。
(でも私・・・まだ信じきれない)
「・・・ここには手掛かりがない気がする。他の場所を捜そう」
私達は客間を後にし、別な場所へ移動することにした。
客間を抜けて少し進むと、正面にガラス戸が見えた。玄関のようだ。位置で言うと、神社の裏側だろう。玄関を中心に、廊下が左右に分かれている。覗いてみると、左は台所とダイニング、右はリビングに続いているのが分かった。
「台所・・・家族の、団欒?」
「行ってみるか」
私は静かに頷いた。
台所には様々な陶器や調理器具並んでいて、蜘蛛の巣があちこちに張っている。勿論、ここに美味しそうな匂いはなく、カビの匂いが充満している。
足を踏み入れると、ミシミシと床の軋む音が響いた。
「気をつけろよ」
「うん。それより、虫がいないか心配。そっちの方が怖いよ」
真愁は鼻で笑うと、私の前に立ち、蜘蛛の巣を払いながら先に進んだ。
「そう言われると、戸棚や引き出しを空けるのが怖くなるな」
(・・・やぶへび)
そう思いながら食器棚を覗くと、曇ったガラスの向こうに子供用の茶碗が見えた。
(私の・・・かな)
ガラス戸を開け、私は茶碗を手に取った。そして、目を閉じた。
「ご馳走様でした」
「朱音、残しちゃ駄目でしょ?」
「あたし・・・お稽古があるから」
「朱音にお稽古はないでしょ。お兄ちゃんの真似しないの」
「だって・・・」
「だって、じゃありません。食べるまで遊んじゃ駄目だからね」
「おか~あさ~ん」
「好き嫌いはいけません。いつも言っているでしょ?」
「・・・朱音?」
「私・・・よくお母さんを困らせていた。好き嫌いが多くてね、いつも何か残していたんだ。最後には・・・泣きながら食べていた」
見えた記憶に混じる追憶。今だから感じる、湿った感情。
(もう好き嫌いしてないよ。もう残したりしないから、心配しないでね・・・お母さん)
「私には、兄がいるみたい。会話に出てきただけで、顔は見えなかったけど」
「・・・そう。・・・他を捜そう」
台所とダイニングを一通り見て回ったが、他にめぼしい物はなかった。私達は来た通路を戻り、再び玄関へ出てきた。
リビングへ向かおうとする私に、真愁が声を掛けてきた。
「朱音、子供の靴があるぞ」
言葉に釣られて玄関を見下ろすと、埃にまみれた小さな靴が横たわっていた。
「赤い靴・・・」
しかし、片方しかない。玄関を見渡しても、もう片方は見つからなかった。
「どうして・・・片方だけ?」
私は赤い靴を手に取り、目を閉じた。
「朱音見っけ」
「お兄ちゃん、見つけるのが早いよ~」
「朱音がいつも同じ場所に隠れるのが悪いんだ」
「そんなことないってば」
「それとな、かくれんぼする時は外に出ちゃ駄目だって言っただろ?」
「ごめんなさい・・・」
「またそうやって泣きそうになる」
「だって・・・お兄ちゃんが怒るんだもん」
「もう怒ってないって」
「・・・本当?」
「本当さ」
「朱音はこの社が好きなのか」
「やしろ?」
「いつも隠れてるこの小さな小屋だよ」
「うん、好き」
「なぁ、この中に何があるか知っているか?」
「知らないよ。お父さんに絶対に開けちゃ駄目だって言われているもん。お兄ちゃんは知っているの?」
「まぁな」
「ずるい、朱音にも教えて」
「内緒だぞ?」
「うん、内緒」
「この中には刀があるんだ」
「かたな?」
「侍が持っているやつだよ。テレビで見たことがあるだろ?」
「分かった。悪い人をやっつけるやつだ」
「そうそう、それそれ」
「・・・刀?」
「どうした?何が見えた?」
「私と兄が、かくれんぼをしていた。私は社の裏に隠れていて・・・兄にすぐ見つけられて・・・兄がその時話してた。この社の中には刀があるって」
私はそこまで話すと身震いをした。真夏だというのに、寒気を感じる。
「他の場所に行ってみよう」
私は靴を元の場所に置き、立ち上がった。そしてリビングの方に目を向けると、玄関の斜め向かいに襖があることに気が付いた。
「ここにも部屋がある」
私はそっと襖を開けた。
「ここは・・・子供部屋?」
中を覗くと、可愛らしいカーテンと、二つ並べられた学習机が目に映った。
「入るのか?」
私は返事をせず、中へ入った。
「ここは・・・私の部屋?」
カーテンが閉まっているせいで月明かりが乏しく、よく見えない。目を凝らし、辺りを見回す。
「・・・?」
畳を見下ろすと、大きな黒い模様が見えた。
(これは、何だろう?)
私はその模様に手を伸ばした。
「朱音!」
突然の大きな声に、私は驚いて手を引っ込めた。
「な、何?大きな声で」
「・・・いや、済まない」
私は深い溜め息をついた。
「で?どうしたの?」
「いや・・・そこの柱、見てみろよ」
「ん?」
真愁の指先を追うと、押入れの端の柱に目が向いた。
「傷、あるよな?」
よく見ると、真愁の言ったとおり、柱に横線の傷が付いていた。
「本当だ」
横線の傷の端には「4さい」と書いてある。私の身長だろうか?
「・・・ん?」
ふと押入れを見た時だ。押入れの戸に細い穴が空いているのに気が付いた。
(何だろう?)
丸みを帯びた三角の穴。位置も何となく不自然。
私は押入れを開けてみた。中は上下に分かれていて、上の段には小さな布団が収められていた。傷のあった下の段には何も入っていない。
私は押入れを閉め、もう一度不自然な穴を凝視した。
「この穴から・・・何か感じる」
私はそっとその穴に触れ、目を閉じた。
「君は二人を連れて、」
「そんな、みんなで逃げましょう」
「すぐそこまで来ている。私が食い止めるから、その内に」
「無茶よ」
「無茶でもいい。資格こそないが、私は家族の・・だ」
「でも・・・でも!」
「闇を祓える二人を頼んだよ。・・・さぁ、早く」
「二人とも、私の手を離さないでね」
「久しいな、水無月の者。と言っても、お前と会うのは初めてか」
「話しは聞いている。お前が・・・か」
「お前に用はない。・・・を出せ」
「まさか・・・」
「早く、この中に入って」
「怖いよ・・・お兄ちゃん」
「大丈夫、俺が守ってやるよ」
「逃げろ、朱音!」
「・・い、おい、しっかりしろ、朱音」
意識が私に戻ると、異常なほどの震えが私を襲った。
「分かった。・・・見えた」
それは戦慄の記憶。見えたのは血。聞こえたのは悲鳴。感じたのは何よりも黒い感情。
「聞いて、真愁」
「もういい、止めろ」
「お願い、聞いて」
私は短く息を何度も吸いながら、真愁の手を取った。
「お願い・・・。一人じゃ抱えきれそうにないの」
今にも闇に飲まれそう。その闇の中で、記憶の中で見た悪鬼が微笑を浮かべて手招いている。そう思うと、気が狂いそうになる。
「・・・お願い」
真愁だけが、私の光。
「・・・分かった、聞こう」
真愁は私の手を包んでそう言った。
「落ち着いて、ゆっくり話すんだ。自分を見失わないように、な」
震える私を見守り、優しい声を掛ける真愁。暗闇の中で感じる真愁の感情は、やがて私の心音を調律し始めた。
自分が戦慄に負けないように・・・。
自分が壊れてしまわないように・・・。
「私が子供の頃、ここに住んでいた頃。夜に何者かがこの神社に訪れたの。誰かは分からないけど。・・・その夜、悲劇は起こった」
私はさっき見た記憶の底を掬い上げ、語り始めた。




