表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜葬曲  作者: スピカ
4/22

4・鍵を持つ人

4・鍵を持つ人


 私は慌てて声の主を捜した。流れる群集の中、私は一人の老婆と目が合った。その瞬間、二人の時が止まった。



再び時が動き出すと、老婆は唇を強く閉じ、慌てて私から目を逸らした。そして私の中で、疑惑が確信へと変わった。

(この町の住人は私を知っている。忌わしく思い、私自身を戒めている)

 ここを去って終わりにするか、追い求めて不可思議の正体を知るか。自分の意思で未来を動かす時だ。


(私は・・・真実が知りたい)

 そそくさとこの場を去ろうとする老婆を追いかける為、私は走り出した。

「待って、お婆ちゃん」

 人ごみを掻き分けていると、ふと心が問いかけた。

(後悔しない?)

(・・・しない。衝動に駆られていても、これは私の意志。私は、自分の選択を信じる)

 答えを返すと同時に、私は老婆の手を掴んだ。

「お婆ちゃん、どうして私を知っているの?お婆ちゃんだけじゃない、町の人みんなが私を知っている。どうして?何でこの町は私のことを嫌っているの?」

「ご、御免なさい、人違いでした」

 私の気迫に気圧されたのか、驚いた様子で老婆は答えた。

「そんなはずない。お婆ちゃん、さっき私の名前を呼んだでしょ?」

 次第に頭が熱くなっていくのが分かる。行き着く所を知らない感情は、私の中全てを駆け巡り、やがては結晶へと姿を変え、体の外へと流れ出した。

「教えて・・・どうして、何でみんなが私を知っているの?」どうして・・・みんなが、私を嫌うの?

 最後の方は言葉に成りきらなかった。私は体を支えることが出来なくなり、その場に泣き崩れてしまった。

「朱音ちゃん・・・辛い目にあったんだね。ほら、泣くんじゃないよ。さ、立って」

 お婆ちゃんは私の肩を揺らした後、ぎゅっと支えた。そして力強く私を立ち上がらせた。と言うより、持ち上げた、かな。

「・・・っ・・・っ」

 それでも涙は止まらない。施錠の外れた心が私を支配し続けている。大粒の涙が滞ることなく溢れてくる。私は瞳を両手で覆い、涙を受け止めることしか出来なかった。それはまるで、幼い子供のよう。

「よしよし、もう泣かない。ね?」

 お婆ちゃんは私を覆うように包んでくれた。それが私の心の施錠をもう一つ外し、今度は甘えたい気持ちが暴れ出した。

あの、暖かさを求める幼い頃の感覚・・・。


 私は側にあったベンチでしばらくの間泣き続けた。すっかり空が茜色に染まった頃、涙は枯れ、心は満たされた。

 泣き止んでからしばらく無言でいると、私にようやく恥ずかしいという感情が戻ってきた。それが余計気まずく、口を微かに開いては言葉を呑み、唇を噛む。どれだけそれを繰り返したか分からない。・・・後どれ位続くのだろう。

 最初に、静寂を破るのは・・・何の音?


 くー。


 それは私の、お腹の虫の音。


 聞いた途端、お婆ちゃんは大きな声で笑い出した。その声は、次第に私の顔を赤く染めていく。そして空の色が、それをそっと隠してくれた。

「そんなに笑わなくてもいいでしょ」

「いやいや、ごめんね、安心したんだよ。お腹空いたのかい?」

「ん、ちょっと。あいや、結構、かな?昨日の夜から何も食べてないから」

 思い返すと、丸一日何も食べていないことに気が付いた。

「朝早く、旅館を追い出されたんだ。それからどのお店に行っても嫌がられてさ、結局何も食べられなかった」

 学校から帰ってきて、今日あった事を愚痴る小学生のように私は話した。

「帰りの切符は?もう買ったのかい?」

「まだ。それどころか、船に乗って帰れるのか調べてない」

「多分・・・帰れるよ」

「え?」

「・・・いや。何でもないよ。それより、私の家に来るかい?」

 少し戸惑い、躊躇いながらもお婆ちゃんは私を優しく誘った。どこか、覚悟を感じさせる表情をしている。

「・・・いいの?」

「ああ。・・・それじゃあ、行こうかね」

 お婆ちゃんはベンチから立ち上がると、私の手を引いて歩き出した。私は躓きながら、お婆ちゃんの隣に急いだ。

 私はこの時、お婆ちゃんの心を覗けなかった。覗こうとしなかった。代わりに、柔らかく暖かな手は、幼い頃の記憶を映し出し、私の心をふんわりと包む。心が羽を得たようだ。


「・・・トキ」

 港のすぐ側の一軒家。その家の表札にそう書かれている。

「お婆ちゃんの名前?」

「そう。カタカナで、トキ」

「じゃあ、隣に書いてある、ルル、は?」

「一緒に住んでいる猫の名だよ」

 そう答えながら戸を開けると、一匹の猫が行儀良く私を迎えた。

「ああっ」

「どうしたんだい?」

 私を迎えた猫には見覚えがあった。そう、間違いない。

「私を港まで案内してくれた猫だ」

「じゃあ、ルルに首輪を付けたのは朱音ちゃんかい?」

 首輪とはビーズアクセサリーのことだ。

「そうそう、案内してくれたお礼にと思ってね」

 私はルルを抱き上げた。ルルは抵抗することなく私に身を任せた。

「・・・あれ?左目、良くなったんだ」

 会った時、左目だけが赤くなっていたのを、私は鮮明に記憶していた。

「何だか雰囲気が違うねぇ。本当に私を案内した猫?」

 そう独り言を言うと、猫は欠伸をしながら前足で首輪を掻いた。

「・・・だよね」

 予想外の再会を果たした私は、姿の無い予感を感じた。これは運命?それとも・・・。

「さぁ、突っ立ってないで入んなさい」

「あ・・うん」

 私はまだ、何も知らない。きっとこれから知ることになるのだろう。但し、私がそう望めば、だ。

(・・・本当に知りたいの?)

「ご飯作っている間に、お風呂に入っちゃいな」

 最初は遠慮しようと思ったのだけれど、肌触りの悪いシャツがそれを許さなかった。私をそそのかすように張り付き、無言で訴えてくる。

「・・・助かります」

「遠慮はいらないよ」

 気のいい声に、私は手を合わせて感謝した。



(色んな道があっても、最後は自分の意思で選ぶんだ。そして自分の意思を信じる。そうすれば、例え選んだ選択が間違っていたとしても、後悔までは至らない。朱音にはそうやって生きて欲しい。・・・心のままに、生きて欲しい。分かるね?)


 湯船に浸かりながら、私はお爺ちゃんがくれた言葉を思い出した。

「分かっている。今私は、自分の意思でここにいるよ」

 私は白く染まった湯船に浮かぶ香草を手に取った。葉に付いた水滴を振り払い、茎から葉脈を辿り、先端まで目で追う。

「いい香り」

 立ち昇る湯気が香草を撫でると、先端に水滴が出来上がった。大きくなった水滴は、ゆっくりと葉脈を降り始めた。やがて水滴は茎を伝い、私の手を伝い、生まれた場所である湯船へと還った。

「・・・在るべき所へ、か」

 これも予感の一つなのだろうか?辿っている運命の一部なのだろうか?

「・・・お腹空いた」



「随分と長湯だったね」

「おかげでサッパリしました」

「さ、いっぱい食べて」

 私は酔っ払ったようにフラフラと畳の上を歩き、お婆ちゃんの向かい側に腰を下ろした。丸いテーブルの上には沢山の手料理が所狭しと並んでいる。どれも美味しそう・・・だけど、

「こんなに食べられないよ」

「そうかい?あんまり大きなお腹の音だったからね、つい」

「むぅ・・・」

 お婆ちゃんの笑い声が、私の恥ずかしい気持ちを蘇らせた。

「頂きます」


 予想通り、全てを平らげることは出来なかった。残しては申し訳ないと思い、限界以上には食べたのだけど・・・。

ルルも食べ過ぎたのか、横になって動く気配が全く無い。

「ご馳走様」

「無理しなくてもよかったのに」

「大丈夫」

 ・・・だと思う。


 食後のお茶を入れているお婆ちゃんに、私は尋ねることにした。

「お婆ちゃん。私、どうしても知りたい。何故、この町の人が私を知っているのか。それから、どうして私を拒むのかを」

 下を向いたまましばらく黙っていたお婆ちゃんが、ゆっくりと口を開いた。

「世の中、知らなくていいこともある」

 やっぱり、おばあちゃんは何かを知っている。

「それでも、私は知りたい。信じたいの、知りたいって私の気持ちをね。だからお願い、知っていることを教えて。

 急須に注がれたお湯が煎じられ、湯飲みへと注がれていく。徐々に湯飲みを満たしていく音が、やけに鮮明に聞こえる。

「朱音ちゃんはね、この町に住んでいたことがあるんだよ」

 衝撃の言葉を述べながら、お婆ちゃんは私に湯飲みを差し出した。

「私が・・・ここに住んでいた?」

「本当に小さい頃にね。多分・・・4歳までかな。港のすぐ側に鳥居があってね、」

「知ってる。今日行ってきたから」

「・・・そうかい。石段は登ったのかい?」

「途中まで。登りきらないで引き返したの」

「そうかい・・・。石段を登りきると、神社があるんだ。朱音ちゃんはその神社で生まれ、育ったんだよ」

「知らない・・・そんなの知らない」

 いくら思い返しても、そんな記憶は見当たらない。一欠けらも捜し出せない。

「きっと忘れてしまったんだよ。とても辛いことがあったから」

「辛いこと?」

 それがきっと、町の人が私を拒む理由なのだろう。

「昔・・・この町で何があったの?」

「・・・・・・」

「お婆ちゃん?」

「・・・・・・」

 お婆ちゃんは下を向いたまま、沈黙を続けている。顔を上げるどころか、少しずつ前のめりになっていく。

 そんな姿を見た私は、何も言えなくなった。湯飲みの中で揺れている水面を、黙ってみているしかなかった。


「・・・ごめんね、朱音ちゃん」

 お婆ちゃんは土下座をするような姿勢に蹲ると、掠れた声で泣き出した。

「ごめんね、やっぱり言えないよ。もう、これ以上は・・・許しておくれ」

 許しを請うお婆ちゃんの姿を見た私は、苦しいほどに胸が締め付けられた。

 本当に痛い。お婆ちゃんの苦しみが伝わってきて、息が出来ないほどに痛い。

「いいよ、お婆ちゃん。お願いだから泣かないで。もう何も、言わなくてもいいから。もう・・・いいから・・・だから・・・」

 お婆ちゃんの心を両手で掬い取ると、瞬く間に指の隙間から零れ落ちた。私には抱えることの出来ない心。

 私とお婆ちゃんは一緒になって泣き続けた。ルルも、一緒に泣き出した。

「誤らないで・・・お婆ちゃんが泣くことなんてないよ」

 私の言葉に、お婆ちゃんがより強く泣き始めた。私もそれに続き、ルルも私たちに釣られた。



悲しい心が乾くまで泣き続けた後、私は後悔しなかった。

 みんなが泣き止んだ後、私はお婆ちゃんが敷いてくれた布団で並んで眠った。月明かりだけの薄暗い部屋で目を閉じると、頭の中がすぐに真っ白になった。きっと泣きすぎたせいだろう。

(あの日のようにまた、自分が分からなくなるところだったな)

 ふと、心に浮かぶ声。

(あの日・・・って、いつよ?)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ