表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜葬曲  作者: スピカ
3/22

3・始まりの歯車

      3・始まりの歯車


「ここは・・・何処」

 私はいつの間にか、知らない場所を歩いていた。

とても・・・不思議な町並み。変わった建物ばかりが並んでいて、それでいて調和がある。まるで町そのものが、大きな建築物のような気さえする。

「これは・・・夢か」

 私は今、目を瞑った自分の意識の中にいる。それは何となく分かった。

「それで?どうすればいい?」

 階段を上り、建物同士を繋ぐアーチ状の通路の下を潜り、今度は階段を降りる。迷路のような町を闇雲に歩き続ける私。

「・・・何か聞こえる」

 遠くで音・・・いや、音楽が聞こえる。この音は・・・ハープ?

 耳を澄ましながら、音のする方へ体を向けたときだ。突然、頭上に轟音が響いた。


「さ、起きて下さい」

 女将さんの声だ。女将さんは襖を力任せに開け放ち、私に大きな声を浴びせた。


「起きろ、と言っているのが聞こえないのですか?」

 昨日とは違う声色。冷たい感情が宿った声。

「あ・・・っと。朝食ですか?」

 夢の中から引きずり出された私は、まだ馴染んでいない体を巧く動かせないまま答えた。

「今・・・起きます」

 フラフラと立ち上がると、鋭い目をした女将さんが私を見据えていた。

「すみません、えっと、あの」

 起き上がったものの、言葉が続かない。口をモゴモゴさせていると、痺れを切らせた女将さんが冷たく話し掛けた。

「さあ、もうお帰りになって下さいな」

「?・・??」

「聞こえましたか?もう帰ってくれと言ったんです」

「・・・へ?」

 まだはっきりしない思考回路は、この現状を把握できないでいる。

「あの、今何時ですか?」

宿泊は一日。きっとチェックアウトの時間が迫っていて、これ以上いるならもう一日分の料金が発生してしまう。だから起こされたのだろう。

「・・・朝の8時です」

 ・・・どうやら違うようだ。

「さ、早く荷物をまとめて」

 一体・・・何なのよ!


「・・・っ」

 行動に移さない私に苛立ったのか、女将さんは私の荷物を持って部屋を出ようとした。

「ちょ、何するんですか」

「早く出ていって下さい」

「何だって言うの?私が何かしましたか?」

 さすがに頭にきた私は、女将さんに強く問いかけた。しかし女将さんは動じることなく、目を細め、冷たく私に、

「答える必要はありません」

 と言った。

「・・・じゃあせめて着替えだけでも」

 そう言うと、女将さんは鋭い舌打ちをした。

「・・・この疫病神」

 そう言い残すと、女将さんは私の荷物を置き、再び襖を力任せに閉めた。

次第に足音が遠のいていく。

「・・・もう何なのよ~」


 結局私は訳を知ることなく、旅館を追い出された。しばらく佇んで考えてはみたものの、答えが出るはずがない。仕方なく私は、昨日夕日を見た場所まで行くことにした。

 ・・・と、その前に、食べ損ねた朝食を取ろうと思い、お店を探すことにした。

「まだ早いけど、お店やってるかなぁ」

 溜め息交じりで吐き出した言葉。最悪な一日の始まり方だ。


 少し進むとのれんを出している蕎麦屋が目に留まった。

「ラッキー♪」

 そのお店に駆け寄る私。しかし、私と目が合ったお店の主人は、慌てた素振りで「準備中」の札を入り口に掲げ、そそくさと中へ入っていった。

「やっぱりまだ早いか・・・」

 その時は、そうとしか考えなかった。でもその考えは、徐々に違和感へと姿を変えていた。

 ワザとらしく、水を撒いたり、塩を撒いたり、なかには「本日休業」と張り紙をされたりなど、お店を見つける度にそんな悪態をつかれた。

 それだけではない。

「・・・見られている?」

 確かに視線を感じる。それも冷たく、刺さるような鋭い視線だ。通り過ぎる人の殆どが私を見ていく。私が視線を向けると、睨み返してくる。中には怯えて駆け出す人もいる。誰もいない場所を歩いていても、どこからともなく視線を感じる。



私は今、町全体から見られている。



私は立ち止まり、荷物を持つ手に力を込めた。とても苛立たしい。そしてそれ以上に悲しかった。更にそれを越える、止め処ない恐怖心。荒くなる呼吸が、涙を誘う。

私は締め付ける心を振り解くように走り出した。視線を感じ続けながら、あの場所を目指した。あの場所に行ったら、すぐに帰ろう。そしてもう二度とここへは来ない。そう心に念じながら、私は走り続けた。


鳥居に手を掛け、滴り落ちる汗が土に吸い込まれていく様を見ながら、私は呼吸が整うのを待った。

が、振り切った心の乱れが私に追い着き、また呼吸を乱し始める。

私は海が見える方へ向き直り、昨日と同じように鳥居に寄り掛かった。そして力なくその場にしゃがみ込んだ。

(忘れよう。どうせこの町とはさよならするんだから・・・)



 ようやく落ち着いた私は、石段へ目を向けた。茂る木に囲まれたその場所は、何処か冷たい印象を感じさせる。

 辺りに誰もいないことを確認すると、私は汗を拭い、重い体を動かした。

「・・・一体、何段あるんだろう」

 石段を見上げると、上の方は霞んでぼやけている。この暑さのせいだろうか?

「・・・ふぅ」

 私は荷物を置き、石段を登り始めた。と同時に、涼しい風が私を駆け抜け、木々を揺らしながら頂上へ登って行った。

「・・・早く来いって?」

 勿論、何となく、ね。


 石段は間隔が狭く、普通に登るとつま先がぶつかってしまう程だ。その度にバランスを崩される。だから私は下を向いて、小刻みに足を運び続けた。しかし、その動きが異様に疲れる。

「っふぅ・・・」

私は膝に両手を付け、何度も深く息を吸い込んだ。それから上を見上げると、石段の終わりを示すように、赤い鳥居が立っていた。

「まだ・・・半分もある」

 長い石段に嫌気が差し、私は頂上から目を逸らした。すると木々の間から、キラキラ輝く海と水平線が目に飛び込んできた。

「はぁ・・・奇麗」

 しばらく眺めていると、無性に頂上からの景色が見たくなってきた。

「頑張る価値はあるかな、」

 私はもう一度登る気になり、足元に視線を向けた。

「ここは立ち入り禁止だ。帰った方がいい」

 突然の声に驚き、私は背筋を伸ばした。

「あっ」

 と声を上げると、私の体はバランスを失った。全身を駆け巡る寒い感覚が、辺りを静寂へ変える。

(・・・落ちる?)

「ほら」

 大きな手が私の腕を掴み、私の支えとなった。

「あ、ありがとう。・・・ごめんなさい」

 前を見ると、一人の男性が涼しそうに立っていた。

「無事か?」

 そう聞こえると、辺りの静寂は覚め、夏の音が木霊し始めた。全身の冷たい空気も消え、また体が火照りだした。

「手、離すよ」

 涼しい声。

「あ、はい。助かりました」

「気をつけた方がいい。この高さから落ちたら怪我じゃ済まない」

 こうなった原因の男性は私を見ずに、遠くを眺めながらそう言った。

「何を・・・見ているの?」

「ん?・・・遠く」

 釣られるように目線を追うと、澄んだ青空と、薄い雲。それから燃え盛る太陽が目に映った。

 また暑さで頭がボーっとしてきた。

「風が出てきたな。少し座って休んだらどうだ?」

 その優しい声の主に目線を戻すと、彼はまだ遠くを眺めていた。風に吹かれ、乾いた髪がサラサラと揺れている。

「そうしようかな」

 私は言われたとおり、石段に座ってみた。ひんやりとした石段と、駆け抜ける風が私の微熱を攫っていく。虫の声も静かになり、木の揺れる音だけが、私の耳に届いている。

(不思議な感じ・・・)

 私は急に、夏が恋しくなった。


「ねぇ、あなたの名前は?」

「知りたい?」

「知りたい」

「・・・どうして?」

「呼んでみたいから」

 私から始まった会話。誰が聞いても変なやり取りだろうな。

「・・・真愁(しんしゅう)

「真愁さん?変わった名だね。年齢は?」

「知りたい?」

「知りたい」

「・・・どうして?」

「・・・さぁ?」

「君の年齢は?」

 そう言われて初めて、自分が名乗っていないことに気が付いた。失礼しました。

「私は、水無月 朱音。24歳」

「・・・朱音・・・」

 真愁の口元が少し緩んだ。私には、そう見えた。

「・・・どうかした?」

「いや・・・。なら俺も24だな」

「なら俺もって、自分の年齢でしょ?」

 私は思わず吹き出してしまった。彼が私の中で、不思議な人、から、変な人、に変わった瞬間だった。

 チラリと真愁の瞳を覗くと、彼はまだ遠くを見ていた。

「・・・・・・」

 少し、嬉しかった。真愁だけは私を変な目で見ない。たったそれだけの事なのに、嬉しかった。それだけ私は怖かったのだろう。この町の人から向けられる視線が。


「ずっとこの町に住んでいるの?」

「生まれた頃からずっとな。ここから出たことがない」

「この町・・・好き?」

 私は遠まわしに聞いてみた。

「どうかな・・・何も感じないな」

「・・・そう」


(私は・・・怖いよ。この町が)


「この先は、立ち入り禁止?」

「そう。誰かがそう決めたわけじゃないけどな」

「どういうこと?」

「町の人は絶対にここには来ない」

「どうして?」

「・・・さぁ、ね。登っても何も無い。疲れるだけだ。朱音みたいにね」

 ドキッとした。久しぶりに、本当に久しぶりに名前を呼んでもらえたからだ。

「そっか。じゃあ、ここまででいいや。いい景色も見られたし」

 その言葉どおり、この先に対する興味はなくなっていた。名前を呼んでもらえたことでお腹いっぱいになったのだろう。


「朱音は、どうしてここに来た?」

「ん?」

 真愁が少し俯いて言った。

「ここへ来たのは、ただの偶然。子供の頃から見続けている夢の場所を捜して、流れ着いただけ」

 私はその夢を詳しく真愁に説明した。


「私って、子供の頃のことって全然覚えてないんだけどね。思い出そうとすると、肩がこるって言うか、面倒になるって言うか。あんまり考えたくなくなるんだよね。だからどうしてこの場所を夢で見るのか、自分でも分からないんだよね」

「子供の頃に・・・見た場所だから?」

「多分ね。何故かは分からない。だけど、そんな気がしてならないの。私が覚えている一番古い記憶は、お爺ちゃんに遊んでもらっている夢。だからこの場所を見たのは、それよりも前ってことになるよね。それが全、然、思い出せない」

「・・・別にいいだろ。思い出さなくても」

「ま、そうだろうね」


「今は、何処に住んでいるんだ?」

 今度は少し嬉しそうに私に問いかけた。

「ここからずっと遠い場所。私を育ててくれたお爺ちゃんの家で、アンティークショップを経営してる」

「アンティーク・・・?」

「知らないの?歴史のある物ばかりを扱うお店のこと」

「知らないな。聞かせて欲しい」

「例えばね、」

 私は手振り身振りを加えながら、無我夢中で話し続けた。真愁は、まるで我が子の話を聞くように優しく頷きながら、ずっと私の話を聞き続けた。

 何だか不思議な気持ち。ずっと昔にも、こんな事があったような気がする。遠い昔、今みたいに、私の話を、私の隣で、優しい人が。

「・・・・・・」

 お爺ちゃんの顔しか浮かばない。と言うより、他の人を知らない。

「どうした?」

「・・・いえ、何でも」

 私は頭を掻きながら、唇を噛んだ。

「それで、どうやって値段を決めるんだ?古い物ばかりなんだろ?」

「古い物ばかりって訳じゃないけどね。私は買いたい人を見て値段を決めるんだ」

「つまり?」

「どんな物にも思い出はあるの。私はその思い出に触れて、価値を決める」

「・・・思い出に触れる、か」

「私ね、手で触ると分かるんだ。その物が持っている感情とか、記憶とか。分かると言うか、伝わると言うか。例えばね、古ぼけた椅子があるとするでしょ。その椅子に触れると、どんな人が座っていたとか、どんな場所にあったとか、どれだけ季節を過ごしてきたとか、座った場所から見える景色とか、そういうのが見えるの」

 これは、あまり話したことのない私の秘密。何の躊躇いもなく、流れるように話したのはこれが初めてだった。

「それは、凄い力だな」

 真愁は遠くを見ながら言った。どこか、切なそうに見える。

「疑わないんだね。普通、信じないよ?」

「疑わないよ。だって、」

 真愁は私を見ると言葉を詰まらせ、息を呑んだ。何だと言うのだろう?

「・・・便利そうだ」

 そして再び、遠くを見た。

「便利、かぁ・・・。それがそうでもないんだよね」

 私も遠くを眺めた。

「誰かに触れると、その人の心の在り処が分かっちゃうんだ。嘘も飾りも無い心は、奇麗とは限らない」

「・・・そう」

 真愁の寂しく微かな声は、風に攫われる様に消えた。

「ま、当たっているかは分からないんだけどね。そんな気がする、って感じ」

 私は背伸びをしながら、脳天気を演じた。と言うか、元々そんな性格の私。

「あ、思い出した」

「何を?」

「私、お腹空いてたんだ。朝も昼も食べてないから、今にもお腹の虫が鳴りそう」

 さすがの真愁も笑わずにはいられなかった。

「・・・いいな、朱音は。心のままで」

 ほんの少し、空が朱色に染まってきた。黄昏の時。

「もうすぐ日が暮れる。そろそろ帰った方がいい」

「・・・そうね」

 私はふらふらと揺れながら腰を上げた。

「楽しかったよ。ありがとう、真愁」

「ああ。気を付けて帰れよ、アンティークショップに」

「ん。また逢おうね」

 私はまた視線を落とし、ゆっくりと石段を降り始めた。

「そう・・・だな」

 消え入りそうな声に振り返ると、そこに真愁の姿はなかった。



 石段を降りきり、長いこと置きっぱなしにしていた荷物を持つと、私は港に向かって歩み始めた。

 相変わらず、鋭い視線が私を捉えてくる。沸々と嫌な気持ちが湧き上がってくるのが分かる。足は途端に重くなり、胸の内が次第に激しく揺れていく。

(一体・・・何なのよ)

 ヒソヒソと話す声が、私の中で罵声に変わる。

(折角いい思い出ができたのに、)

 全ての音が、私に向けられた憎しみに聞こえる。纏わり付く町の声に、私は耳を塞いで港へ走った。

 港へ駆け込み、帰りの切符を買おうとカバンに手を伸ばした時だ。

「・・・朱音、ちゃん?」

「え?」

 鬨を貫く、私の名を呼ぶ声。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ