21・譚詩
21・譚詩
やり切れない夜。魂の鎮魂を込めて灯篭を流した夜も、それは変わらない。永遠と続く気さえする。
「・・・」
夢と現実の狭間にいる私は、浅い眠りに、恨めしそうに眉間にしわを寄せてみた。すると体が勝手に寝返りを打った。
(予定・・・調和)
薄目を開けてみると、辺りはまだ深い夜。
「・・・ふぅ」
溜め息を吐きながら、私は再び目を閉じた。
(ね、また会えたでしょ)
(へ?)
心に響く声に、私は目を開けた。すると目の前には、この前の夢の続きがあった。
相変わらず、裸足の女性はハープを吹き続けている。
(そう言えば確かに、また会えるって言ってたっけ)
長い夜。夢はないよりはいい。
(相変わらず、心地いい音色だね)
彼女はにっこりして演奏を続けた。
(・・・夢を見ている時、人は浅い眠りなんだって。そう誰かが言っていたよ)
私は心の中でそう語った。彼女は何も言葉にせず、シャープの付いたメロディで答えた。
(・・・どうせ眠れないなら、目を閉じている間はここにいたいな)
彼女は何も答えない。ただただ、演奏を続けている。
ふと風が止むように、彼女は丹花の唇からハープを離した。
私は訪れた凪を拍手で迎えた。誰もいない裏路地に、歓喜の音が響き渡った。
長い拍手が終わっても、彼女はハープを唇に当てなかった。
(・・・あの、どうして裸足なの?)
私は何となく、彼女がこの場から去っていきそうな気がした。それが寂しく感じ、何でもいいから質問をした。
(靴は裸足の子にあげた)
(新しいの、買わないの?)
(お金もあげちゃった)
(・・・そう、なんだ)
風変わりな彼女に戸惑いながらも、私は次の質問を考えた。すると彼女は、
(大地の恩恵を感じるから、裸足のままでいい)
と言った。
(大地の・・・恩恵?何のこと?)
(素晴らしき世界の仕組み)
(・・・素晴らしき、世界?)
その言葉を聞いた途端、私の顔は少しずつ俯いていった。
今まで見てきた残酷な世界。それが私の胸に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
その世界の果てに見たのは、私が刈り取った、鴉の魂。
(暗闇の世界を知っている人はね、素晴らしい世界が、より美しく見える)
(それは・・・)
(今まで何気なく見ていたものが、とても愛しく感じたり、当たり前なことが、とても大事に思える)
(・・・そうだよね)
以前、私が鴉に語った言葉と同じ意味。だけど、私は忘れていた。
彼女の言葉に動かされ、私は思い出を振り返ってみた。それも、至極当たり前のことを。
いつもの朝食とか、いつも会う友達とか、いつも聴く音楽とか。
退屈なお昼時のお店とか、紅茶の香りとか、
カーテンコールの音とか。
春の野と、暖かい風。
夏の日差しに、打ち上げ花火。
秋の月夜に、窓を打つ木枯らし。
冬空から舞い降りる牡丹雪に、
(・・・こたつに、ミカン)
なんだか・・・切ない。
(もう、その美しさを見続けていいんだよ。その素晴らしさを感じ続けていいんだよ。だって、鴉はもういないのだから)
(え?・・・何で、)
私は驚きのあまり、膝を付いて起き上がった。
(右目の紅い鴉はもういない。もう二度と目覚めることはないよ、きっと)
(どうして・・・いや、それ本当?)
(本当。だからね、もう安心して深い眠りに付いていいんだよ。素晴らしい世界を、心のままに生きていいんだよ)
彼女はそう私に語りかけた。
不思議と安らぎを感じる。今の言葉が真実であると、私の心が言っている。
(あなたの言葉は・・・信じられる。だって、私の心がそう言うんだもん)
彼女はハープを口元に運んだ。
(子守唄、聞かせてあげる)
柔らかな風に撫でられるように、女神の音色が私を包み込んだ。
(万物を照らす・・・太陽が見える)
私は眩しい世界に目を閉じた。
(恵みの雨が生命を育み、草木は動物を育て、莟みは綻びて安らぎを与え、花となって虫を育てる)
私は腕を枕にして寝転んだ。
(尽きた生命は土へと還り、大地を育てる。大地は全てを支え、世界を象る)
何だか・・・泣けてくる。
(生きとし生けるものは様々な恩恵を受けて生きている。そして、やがてはその恩恵の源へと還る)
私もまた・・・森羅万象の一つ。
(・・・おやすみ)




