20・光の川
20・光の川
川を流れる灯篭を眼で追う。ぼんやりと灯った明かりは月夜に良く似合う。
「・・・綺麗」
そよ風に揺れる数多の光は、何処へ辿り着き、何を照らすのだろうか?
「お待たせ致しました。これより、最終章・追憶の正射影。をお贈りします。流れ行く灯篭を眺めながら、お聴き下さい」
「はて?こんな曲あったかい?」
「未発表曲、と言うか新曲」
急遽予定を変更したと言っていたけど、このことだろうか?
「これはね、朱音の曲」
「へ?」
どういうこと?と聞く前に音楽が聞こえ出し、その答えが解った。
「これって・・・」
「そう。朱音と鴉が対峙している時に、私がクラスペディアで弾いた曲」
つまり・・・月詠歌・夜想の調べ。
「どうしてこの曲知っているの?だって、私しか聞けなかったはずなのに」
「桐の箱に楽譜が入っていたの。ほら、漢字で書かれたやつ」
「漢字で・・・」
憶えている。お婆ちゃんの記憶から戻ったとき、奏が読んでいた漢字だけで書かれた書誌。
「あれ、楽譜だったの?」
「そう、琴の楽譜。あいや、13弦だから、筝の楽譜か」
そうか、そういうことか。
「楽器の事は知っていても、楽譜のことは知らなかったでしょ?」
奏は口元を緩め、ニヤニヤしながら言った。
「そっちだって、筝と琴の違い分かんなかったくせに」
私は言い返した。
「まあまあ。しかし、この原曲が琴、いや、筝とは誰も思わないだろうね」
「楽器が変われば表現も変わる。人が変われば尚更でしょ」
「でも・・・これは夜想の調べだよ」
その証拠に、目を閉じると水無月の歴史が走馬灯のように流れて見える。
「・・・追憶、か」
暗い記憶も、明るい記憶も、全ては過去のもの。
「この曲ね、創っていて何度も不思議な感じに包まれたよ。ずっと遠い昔のことを思い出す感じ、って言えばいいのかな?」
(遠い・・・昔?)
「今まで忘れていた事をたくさん思い出したよ。友達とか、遠足とか、裸足で歩いた海とか、オルガンの音とか」
「・・・」
「会ったこともない父親の顔とかもね。変だよね、知らないことまで思い出すって」
知らないことまで思い出す。その矛盾が、私には何となく理解できた。
「変じゃないよ。だって、心があるんだもん。きっと胸に残っているんだよ、生まれる前に授かった、父親の優しい想いが」
「・・・そうかもね。いいね、ロマンがあって」
私はちょっとだけ・・・切なくなった。離れた友達とか家族とか、自分の宿命を背負うまで、時々でも思い出すことがなかったから。
「それでね、会いたくなった。私にピアノを教えてくれた友達とさ。今までよりも強く、そう想うようになった」
「・・・そうだよね」
「だからこの曲を発表したら、しばらく活動を休止することにした。それで・・・逢いに行く。世界中捜して、必ず巡り逢う」
「・・・そっか」
「一緒に行かない?もう宿命は終わらせたんでしょ?今は、きっと何かを始める時だよ」
過去の記憶はあっても、未来の記憶は無い。未来は自分が望むように創るものだから。確かに、何かを始める時なのかもしれない。
・・・だけど。
「・・・ごめん」
「・・・行きたくないの?」
「そうじゃないよ。楽しそうだし、奏と一緒なら」
・・・だけど、鴉はもう一羽残っている。
「じゃあ待ってる。朱音がその気になるまで、ずっと待ってる」
「・・・奏、」
「決めた。そう決めた。決めたったら決めた。ずっと待ってるって決めた」
「・・・奏」
揺るぎない奏の世界。その世界が、私を望んでいる。
「分かった、待ってて。必ず一緒に行くからさ」
誓い。未来の誓い。私が、生きる為に。
「橋の向こうから灯篭を貰ってきたよ。二つしか残っていなかったけどね」
話に夢中で気が付かなかった。設楽さんがいなかったことに。
「あれ?ここにいなかったの?」
言わなくてもいい事を・・・。
設楽さんは首を傾げ、辛そうに瞬きをした。
「貰った時に聞いたのだけど、この灯篭には亡くなった人の魂が灯っているそうだ」
「らしいね。盆時期にこの花火大会をやるのは、そういう意味があるからだってさ」
私は何も知らなかった。
「川を流れる灯篭は、やがて安息の地に流れ着く。だから最終章は音楽だけ流して花火は打ち上げないのよ」
「・・・そうなんだ」
「そうだよ。だから追憶の正射影を選んだんだよ」
奏はそう言いながら、設楽さんから灯篭を受け取った。
「二つとも、朱音が流しなよ。この曲に乗せてね」
私は明かりの灯った灯篭を受け取った。
「早く。終わっちゃうよ」
「・・・うん」
私は川辺へと移動し、膝を曲げた。そして灯篭を一つ、水面に浮かべた。静かに波紋が広がる。
「・・・!」
私の腕から滲み出る光が、灯篭に移って行く。
(・・・真愁)
この手を離せば、きっともう会えない。
(お別れだ・・・もう大丈夫だろ?)
私は後ろで見守る二人に目を向けた。
(うん・・・私は一人じゃないから)
私の手から灯篭が離れた。
(今まで・・・ありがとう)
様々な想いを乗せ、灯篭は流れて行く。夜想の語りを聞きながら、光の川を流れて行く。
その輝きを胸に刻み、私は目を閉じた。
私はもう一つの灯篭を手に取った。
(これは・・・鴉の分)
そう胸の中で語り、私は灯篭を川に浮かべた。
(あなたのこと、酷く憎んだ。今もそれは変わらない。だけど・・・あなたの抱えていた苦悩は・・・ほんの少しだけ、分かる気がする。だから、一人だけ寂しい場所には行かないよう・・・祈ってあげる)
私の手を離れ、流れ出す魂。その魂は他の灯りと同じく、安息の地へ向けて流れて行った。
「・・・バイバイ」




