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夜葬曲  作者: スピカ
18/22

18・傷に咲く華

     18・傷に咲く華


 私は疲れ果てた魂を抱え、浅い眠りの中にいる。考えることを止め、真夏の暑さすら無視してひたすらに寝転んでいる。

(・・・まただ)

 夢の中で何度も繰り返される鴉との対峙。まるで自分が出演している映画を見ているみたいだ。

(・・眠れない)

 深い眠りに落ちる前に、私は必ずこの夢で目を覚ます。

(・・・眠れない)

 何度寝返りを打っても、この夢に背を向けられない。

(もう・・・考えたくないのに)

 薄目を開け、夢から今に戻る。眩しい夕焼けが私の目を刺してくる。

「ん・・・に~~~」

 癇癪を起こしたように髪を掻き毟ってみる。何かが変わると信じて。

「朱音~時間だよ~」

 お店から奏の声が聞こえた。

「・・・何の?」

 私は上半身を起こして、ポツリと呟いた。

「・・・もう!」

 ドスドスと音を立てて階段を駆け上がってくる奏。それに気が付いた私は、不貞腐れたように寝転がった。

「ほら、起きなさいって」

 私は奏に背を向けた。

「この前約束したでしょ!打ち上げ花火見に行くってさ」

(・・・そうだっけ)

「ほら、起きなさい。・・・3・2・1」

 奏のカウントダウンが始まった。何が起こるのかは知らないけど。

「ねぇ・・・起きてよ。ここでこうしているよりはいいと思うよ」

 奏は私の体を引き寄せた。

「どうしたの?その顔」

「・・・眠れないんだ」

「・・・そっか」

 奏は溜め息を吐きながら、私の側に座り込んだ。今気が付いた。奏は浴衣を着ている。

「だったら尚更行こうよ。気が紛れるかもしれないよ」

「・・・」

 それでも、解決にはならない。

「鬱憤を乗せてさ、奇麗な花火を打ち上げてようよ」

「・・・んん」

 私は鼻から溜め息を吐いて喉を鳴らした。

「じゃあ決まり!ほら起きて・・・ん?」

 奏は私を掴む腕を伸ばして仰け反った。

「あんた・・・臭いよ」

 言われてみれば、あれからお風呂入ってない。

「シャワー浴びてきなよ、準備しとくから。浴衣持ってたよね?何処にしまったの?」



「相変わらず、奇麗な髪だよね」

 奏は私の髪をブラシで梳きながら言った。

「・・・まだ、行く気にならない?」

「・・・そんなことないよ。第一、強引に浴衣を着せて言うこと?」

 奏は高笑いをした。

「それは言わない約束でしょ」

「そんなのいつした?」

 奏らしい。私をよく釣り上げる。

「はれ?前髪どうしたの?」

「ああ・・・斬られちゃった」

「何それ、酷い奴だな」

 髪を梳くブラシに力が入る。

「うん・・・それより痛い、頭の皮が剥けそう」

 再び高笑い。

「よし、いい女になった。それじゃあ行こうか」

 奏は素早く立ち上がり、私の腕を引き上げた。

「そうそう、この巾着、どっち持ってくの?浴衣と一緒にしまってあったけど」

 奏は二つの巾着を私の前に差し出した。金魚の形をした赤い巾着と、出目金の形をした黒い巾着だ。

「ん~どっちでもいいかな。そうだ、一つあげるよ」

「本当!じゃあ私は出目金ね」

 奏は物凄い勢いで中身を入れ替え始めた。それにしても、お洒落なブランド物の巾着より出目金の方がいいなんて・・・芸術家の美的感覚はよく解らない。

「さあ、行こうか」

 奏は私の手を取り、駆け出した。


「でも良かった、来てくれて」

「うん・・・ごめんね、愚図っちゃって」

「朱音はそれでいいの」

 どうして?と聞こうとしたが、私は声を人の波の前で飲み込んだ。そんな私を奏は強引に引き寄せた。

「今回の花火は今までとは一味違うよ。なんせ私が後援と演出を担当しているからね」

「・・・奏が?何で?」

「私はこの町の有名人だからね。前から町の繁栄に協力してくれって頼まれていたのよ」

「なるほどね」

「それで急だったんだけど、閃いたことがあってね、花火大会の演出の内容を変えてもらったんだ」

「へぇ、どんな風に?」

「それは、始まってからのお楽しみ♪」


「ねえ、設楽さんは?」

「場所取りしてもらっている。さっき電話したんだけどさ、出ないんだよね。あいつきっと飲んでるぜ」

 奏は気分が高揚しているようだ。自分の感情には素直に従うこと。それが奏の掟。

 私も、見習うべきだろう。

「あ、いたいた」

 設楽さんは縁日の出店で買い物をしていた。両手には抱えきれないほどの食料を持っている。

「いい所に来てくれた。済まないが手を貸してくれないか?」

「それより場所は取れたの?」

「肯定だ。河川の前にシートを敷いて、クーラーボックスを置いてきた」

「ご苦労。じゃあ先に行ってるね」

 と言って私を引っ張って歩き出す奏。

「あ、ちょ、」

 奏は人ごみの中をスイスイ進んで行き、瞬く間に私達の場所へと辿り着いた。


「ちょっと悪くない?両手いっぱい荷物を持っていたよ」

「いいの、荷物運びは男の仕事なんだから。それに意外と動ける奴だから問題ないって」

「その悪態、僕はどうかと思うね」

 いつの間に?・・・奏の言うとおりだ。

「何買って来たの?」

 ・・・無視?

「一通り。始まってから並ぶのは冴えないからね」

 ・・・順応?

「さすが、いい仕事するね」

「お待たせ致しました。これより、第十二回、夏空の花火大会を、開催致します」

 設置されたスピーカーから、始まりを告げるナレーションが聞こえた。

「春に訪れ、秋に去る夏鳥。初夏に咲き乱れる、ミモザの花」

(・・・ミモザ?)

「夏草の中を駆け巡る、少年少女。そして、夏空に咲く花火。夏の風物詩は、今宵の星の数ほどあります。その風物詩を、夏の名曲に合わせて始めたいと思います」


「第一章・風凪のメモワール」


「この曲って、」

「そう、私の曲。今年は私の音楽に合わせて花火を打ち上げるんだよ」

 この花火大会は毎年音楽を流し、それにナレーションを入れ、花火を打ち上げるのが特長。

「この曲を創った奏さんは、子供の頃、一緒にピアノを弾いて遊んだ友達に、この曲のヒントを貰ったそうです」


「奏、その友達って」

「そう、私が捜している人」

 奏はちょっと切なそうに遠くを見た。あまり見せない表情に、私の胸が少し痛んだ。

「この曲を何処か世界の片隅で耳にして、私が音楽の世界にいると知ってくれればいいな。それと、私のことを少しでも思い出してくれれば・・・言うことないね」


「その時の季節も夏だったそうです。是非皆様も、夏の思い出を胸に浮かべて、見上げて下さい」


 ナレーションが終わると、奏の音楽が鳴り始めた。音楽に合わせて打ち上げられる花火。私は花火の太い音を体で受け止めながら、空を見上げた。


(夏の・・・思い出、か)

 光が矢筋を残して舞い上がる。

(私は・・・何を想えばいい?)

 空に光が飛び散る。数多の彩色を闇に施し、一瞬の儚さを描く。


「何を・・・見てるの?」

「ん?・・・遠く」


 あの涼しい声。もう、想うことしかできない。どんなに聞きたくても、心が奏でるだけ。私の側に・・・その声はない。


 連続して打ち上がる花火。大地から空へ尾を引く光はまるで、

(天に昇る魂)

 そう思った瞬間、花火は大きな音を立てて美しい華を夜の星空に咲かせた。

しかし、それは短い命。光は消え去り、最後は空を濁し、風に攫われた。


(駄目・・・もう隠せない)

 私は膝を抱え、その場に俯いてしまった。




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