18・傷に咲く華
18・傷に咲く華
私は疲れ果てた魂を抱え、浅い眠りの中にいる。考えることを止め、真夏の暑さすら無視してひたすらに寝転んでいる。
(・・・まただ)
夢の中で何度も繰り返される鴉との対峙。まるで自分が出演している映画を見ているみたいだ。
(・・眠れない)
深い眠りに落ちる前に、私は必ずこの夢で目を覚ます。
(・・・眠れない)
何度寝返りを打っても、この夢に背を向けられない。
(もう・・・考えたくないのに)
薄目を開け、夢から今に戻る。眩しい夕焼けが私の目を刺してくる。
「ん・・・に~~~」
癇癪を起こしたように髪を掻き毟ってみる。何かが変わると信じて。
「朱音~時間だよ~」
お店から奏の声が聞こえた。
「・・・何の?」
私は上半身を起こして、ポツリと呟いた。
「・・・もう!」
ドスドスと音を立てて階段を駆け上がってくる奏。それに気が付いた私は、不貞腐れたように寝転がった。
「ほら、起きなさいって」
私は奏に背を向けた。
「この前約束したでしょ!打ち上げ花火見に行くってさ」
(・・・そうだっけ)
「ほら、起きなさい。・・・3・2・1」
奏のカウントダウンが始まった。何が起こるのかは知らないけど。
「ねぇ・・・起きてよ。ここでこうしているよりはいいと思うよ」
奏は私の体を引き寄せた。
「どうしたの?その顔」
「・・・眠れないんだ」
「・・・そっか」
奏は溜め息を吐きながら、私の側に座り込んだ。今気が付いた。奏は浴衣を着ている。
「だったら尚更行こうよ。気が紛れるかもしれないよ」
「・・・」
それでも、解決にはならない。
「鬱憤を乗せてさ、奇麗な花火を打ち上げてようよ」
「・・・んん」
私は鼻から溜め息を吐いて喉を鳴らした。
「じゃあ決まり!ほら起きて・・・ん?」
奏は私を掴む腕を伸ばして仰け反った。
「あんた・・・臭いよ」
言われてみれば、あれからお風呂入ってない。
「シャワー浴びてきなよ、準備しとくから。浴衣持ってたよね?何処にしまったの?」
「相変わらず、奇麗な髪だよね」
奏は私の髪をブラシで梳きながら言った。
「・・・まだ、行く気にならない?」
「・・・そんなことないよ。第一、強引に浴衣を着せて言うこと?」
奏は高笑いをした。
「それは言わない約束でしょ」
「そんなのいつした?」
奏らしい。私をよく釣り上げる。
「はれ?前髪どうしたの?」
「ああ・・・斬られちゃった」
「何それ、酷い奴だな」
髪を梳くブラシに力が入る。
「うん・・・それより痛い、頭の皮が剥けそう」
再び高笑い。
「よし、いい女になった。それじゃあ行こうか」
奏は素早く立ち上がり、私の腕を引き上げた。
「そうそう、この巾着、どっち持ってくの?浴衣と一緒にしまってあったけど」
奏は二つの巾着を私の前に差し出した。金魚の形をした赤い巾着と、出目金の形をした黒い巾着だ。
「ん~どっちでもいいかな。そうだ、一つあげるよ」
「本当!じゃあ私は出目金ね」
奏は物凄い勢いで中身を入れ替え始めた。それにしても、お洒落なブランド物の巾着より出目金の方がいいなんて・・・芸術家の美的感覚はよく解らない。
「さあ、行こうか」
奏は私の手を取り、駆け出した。
「でも良かった、来てくれて」
「うん・・・ごめんね、愚図っちゃって」
「朱音はそれでいいの」
どうして?と聞こうとしたが、私は声を人の波の前で飲み込んだ。そんな私を奏は強引に引き寄せた。
「今回の花火は今までとは一味違うよ。なんせ私が後援と演出を担当しているからね」
「・・・奏が?何で?」
「私はこの町の有名人だからね。前から町の繁栄に協力してくれって頼まれていたのよ」
「なるほどね」
「それで急だったんだけど、閃いたことがあってね、花火大会の演出の内容を変えてもらったんだ」
「へぇ、どんな風に?」
「それは、始まってからのお楽しみ♪」
「ねえ、設楽さんは?」
「場所取りしてもらっている。さっき電話したんだけどさ、出ないんだよね。あいつきっと飲んでるぜ」
奏は気分が高揚しているようだ。自分の感情には素直に従うこと。それが奏の掟。
私も、見習うべきだろう。
「あ、いたいた」
設楽さんは縁日の出店で買い物をしていた。両手には抱えきれないほどの食料を持っている。
「いい所に来てくれた。済まないが手を貸してくれないか?」
「それより場所は取れたの?」
「肯定だ。河川の前にシートを敷いて、クーラーボックスを置いてきた」
「ご苦労。じゃあ先に行ってるね」
と言って私を引っ張って歩き出す奏。
「あ、ちょ、」
奏は人ごみの中をスイスイ進んで行き、瞬く間に私達の場所へと辿り着いた。
「ちょっと悪くない?両手いっぱい荷物を持っていたよ」
「いいの、荷物運びは男の仕事なんだから。それに意外と動ける奴だから問題ないって」
「その悪態、僕はどうかと思うね」
いつの間に?・・・奏の言うとおりだ。
「何買って来たの?」
・・・無視?
「一通り。始まってから並ぶのは冴えないからね」
・・・順応?
「さすが、いい仕事するね」
「お待たせ致しました。これより、第十二回、夏空の花火大会を、開催致します」
設置されたスピーカーから、始まりを告げるナレーションが聞こえた。
「春に訪れ、秋に去る夏鳥。初夏に咲き乱れる、ミモザの花」
(・・・ミモザ?)
「夏草の中を駆け巡る、少年少女。そして、夏空に咲く花火。夏の風物詩は、今宵の星の数ほどあります。その風物詩を、夏の名曲に合わせて始めたいと思います」
「第一章・風凪のメモワール」
「この曲って、」
「そう、私の曲。今年は私の音楽に合わせて花火を打ち上げるんだよ」
この花火大会は毎年音楽を流し、それにナレーションを入れ、花火を打ち上げるのが特長。
「この曲を創った奏さんは、子供の頃、一緒にピアノを弾いて遊んだ友達に、この曲のヒントを貰ったそうです」
「奏、その友達って」
「そう、私が捜している人」
奏はちょっと切なそうに遠くを見た。あまり見せない表情に、私の胸が少し痛んだ。
「この曲を何処か世界の片隅で耳にして、私が音楽の世界にいると知ってくれればいいな。それと、私のことを少しでも思い出してくれれば・・・言うことないね」
「その時の季節も夏だったそうです。是非皆様も、夏の思い出を胸に浮かべて、見上げて下さい」
ナレーションが終わると、奏の音楽が鳴り始めた。音楽に合わせて打ち上げられる花火。私は花火の太い音を体で受け止めながら、空を見上げた。
(夏の・・・思い出、か)
光が矢筋を残して舞い上がる。
(私は・・・何を想えばいい?)
空に光が飛び散る。数多の彩色を闇に施し、一瞬の儚さを描く。
「何を・・・見てるの?」
「ん?・・・遠く」
あの涼しい声。もう、想うことしかできない。どんなに聞きたくても、心が奏でるだけ。私の側に・・・その声はない。
連続して打ち上がる花火。大地から空へ尾を引く光はまるで、
(天に昇る魂)
そう思った瞬間、花火は大きな音を立てて美しい華を夜の星空に咲かせた。
しかし、それは短い命。光は消え去り、最後は空を濁し、風に攫われた。
(駄目・・・もう隠せない)
私は膝を抱え、その場に俯いてしまった。




