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夜葬曲  作者: スピカ
17/22

17・曇りない鏡と澄んだ水

   17・曇りない鏡と澄んだ水


「悲しい存在ね・・・」

「お前に何が解る」

 ほんの少し、鴉の怒りが見えた。その現れが神篝に宿り、私を狙う。

 ぶつかり合う名刀。互いに宿る月明かりが飛び散る。

(力じゃ勝てない。だけどね、心じゃ負けない)

 私の眼力に押されるように、鴉は後ろに退いた。私は切り返さず、その場で時雨を構え直した。

「構え、落月」

 刀身を鞘に収め、時雨の鞘と柄を持ち、目の前に水平に差し出す構え。攻め気を内に収めた鉄壁の陣。

「・・・切り崩す!」

 前傾姿勢で踏み込み、力の乗った一撃を放ったものの、私は難なくそれを弾き流した。その時生じた隙を、私はあえて攻めなかった。

「・・・貴様」

 鴉は二度三度と続けて刀を振るったが、私はハンドルを切るように時雨を操り、それを全て払い除けた。

付かず離れず、旋律に合わせて間合いを保つ。

鴉は刀を構えながら、肩の力を抜いた。その瞬間、私は神篝を狙って素早く時雨を抜刀した。鞭のようにしなる柔の一撃は正確に神篝を捉え、鋭い音を立てた。そして弾かれた反動で時雨を鞘に戻す。

「・・・あざけりのつもりか?」

(・・・正解)

 私の挑発は逆鱗に触れたらしく、鴉は荒れ狂うように刀を振り翳し始めた。その姿はまるで嵐の濁流。対する私は静寂の清流。

(確かに・・・あなたは強い。だけどね、大河であるほど濁流の勢いは強くなるの)

 絶え間なく続く攻防の中、私は鴉の心を詠み始めた。


(何が・・・あなたをそうさせるの?)

(黒い感情・・・それが鴉)


(それは誰に向けた感情?)

(醜い霊長・・・人間)


(醜い?あなたは醜さが解るの?)

(解るさ・・・妬み合い、奪い合い、殺し合う愚かな心。それはいつの時代も変わらない、未来永劫繰り返される)


(・・・人の心は、それだけじゃない)

(・・・知らないな)


(醜さが解るなら、美しさも解るでしょ?)

(・・・何故?)


(醜いものがあるから、人は美しいものに気が付ける)

(そんなものはない!)


(・・・哀しい心魂ね。闇が強すぎて、光が見えないなんて)

(黙れ!)


 鴉の全力で放った一撃が私を押し退けた。広がる間合い。向かい合う光と闇。

「あなたは・・・煉獄から逃れた者じゃなくて、厭離者(えんりしゃ)なの?それとも、その両方?」

「・・・さぁ。遠い記憶など憶えていない。知りたくもない」

 どうあれ、これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。鴉を止める。その為には、魂を断つこと意外に手段はない。

「ここは閻浮(えんぶ)。あなたが居ていい場所じゃないの」

 時雨が月明かりにその身を染めた。

「構え、新月」

 

「そうだ・・・それでいい」


 奏のピアノが月詠歌の終章に入った。それに合わせ、私は踏み出した。迷いのない一撃が、鴉を捕らえる。

 今までで一番鋭い音が響き渡った。無月の終わりを告げるように、その音は部屋中を駆け巡った。

「血が沸く!」

 私を射抜くように突き出す刀。私はかわしながら次の動作に移る。

 今までにない激しい打ち合いが始まった。それに負けぬように、ピアノの音が大きくなった。

 刃がぶつかる度に飛び散る月光。旋律に合わせ、徐々に速まる攻防。研ぎ澄まされた集中が、無我の境地へと誘う。


いつしか私達は、無規律のカデンツァの中にいた。瞬く間に変わる刀の閃。もはや心を読む月詠は意味を持たない。体の全てが反応し合う、刹那の世界。

艶麗すら感じる互いの技巧。しかし、その全ては命を絶つ為のもの。その姿は正に、この世界の姿。「醜くも、美しい世界」。


 渾身の力でぶつかり合う私達は、互いに弾かれ、体勢を崩した。退き、素早く構えを整えると、二人の間に大きな間合いが生まれた。


(これで、)

(終わりにしましょう)


 私達は同時に駆け出した。



鴉の心を目掛けて、振り下ろされる時雨。

私の命を目掛けて、振り上げられる神篝。



大振りの一音が鳴り響くと同時に、私と鴉は互いをすり抜けた。最後の一音の木霊が消えると、辺りは静寂な月夜に変わった。


(我は今、時の牢獄に居る。魂は彷徨い、廻り続ける)


(終わらない時)


(それを断てるのは・・・水無月の者のみ)


 私の手から、時雨と鞘が滑り落ちた。全身から溢れ出るように力が抜けていく。

崩れそうになる膝を踏み止まらせると、涙が零れ落ちた。


私の心を表現するように、哀しげなピアノが鳴り始めた。


その音は私の心を撫で、落涙を煽る。


私が後ろに向き直ると、鴉は鋭い目を解き、私を見ていた。足元には神の篝火が落ちていて、その灯りは切なさを残して燃え尽きていた。

「こんな・・・」

 鴉の体から黒い霧が静かに噴き出してきた。

「こんな哀しいことをさせる為に・・・」

 霧が全て体から噴き出ると、鴉に使われていた体は崩れるようにその場に倒れ込んだ。

「私を・・・選んだなんて・・・」

 噴き出した黒い霧は一つに集まり、一羽の鴉へと姿を変えた。左目に、再び深紅が宿る。


 私は時雨を拾い上げた。

「・・・あなたを・・・葬ります」

 涙に濡れた声が、ピアノと重なる。

 無韻の詩の語り。

言葉に変えられない心。

「構え・・・上弦の月」

 時雨に月明かり宿る。振るわれた時雨が、鴉に閃を刻む。




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