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夜葬曲  作者: スピカ
16/22

16・巡り逢う二人

   16・巡り逢う二人











断罪。

 罪に対する判決。











贖罪。

 罪の償い。罪滅ぼし。











人が人に罰を与えるなんて・・・。

おこがましい限りだ。











しかし、私は断たねばならない。

命を摘み続ける者を。


 闇夜に響く、訪れの音。


 私はゆっくりと目を開け、正座の状態から立ち上がった。


「以前とは違うな。・・・覚悟を決めたようだな」

「今宵で、終わりにしましょう。水無月の宿命も、あなたの狂気も」

 私は時雨を左手で持ち、右手の手の平を柄の先に当てた。

「・・・終わるのか?」

 鴉は手にしていた物を覆っていた布を取り払った。


「・・・神篝」

 闇夜に現れた名刀、神の篝火。

「・・・やっぱり、鴉の仕業だったんだ」

 鴉は鞘を抜き捨て、刀身を露にした。不気味に蠢く月光が、私を照らす。

鴉は妖艶な動きで刀の切っ先を私に向けた。


(この前とは鴉の容姿が違う。また体を取り替えたのか)

 以前よりも鴉が大きく見える。

(私の心がそう映しているのかな?)

「ほう・・・前より怯えなくなったな。いつの間に、強くなった?」

 余裕の口ぶり。全てを見通すような紅い眼が、私を斬りつけてくる。

(向かい合っているだけなのに・・・こんなに疲労を感じるなんて)

 汗ばむ体。熱い吐息。まるで地震が起きているように揺れる体。



 水面に雫が落ちた音が聞こえた。心に広がる波紋。

(・・・時雨)

 整う心音。涼の音が熱くなり過ぎた体に静けさを戻す。

 呼吸と共に抜けていく熱。しかし、心の火は消えない。小さくも、力強く燃え盛る炎。

(鴉が揺るがす大地なら、私は・・・月を射る心火)

 重なる心。繋がれる手。

(さぁ・・・行きましょう)


「・・・瞬!」

 先に仕掛けたのは私だった。足の親指に力を溜め、解き放つ。瞬時に間合いを詰め、鳩尾を狙って鞘を突き出した。

(・・・入った!)

 分厚い感触が鞘を通して伝わってくる。仰け反る鴉に、戸惑う私。

「っ、」

 私は鞘から刀を抜き、力いっぱい突き出した。しかし、時雨は鴉を捕らえず、空を貫いた。時雨に引っ張られ、私は大きく身を崩した。

「・・・見事な踏み込みだったが、その後は何だ?」

 背後から聞こえる鴉の声。私は慌てて向き直った。

 既に間合いを取り、余裕の表情を浮かべている鴉。

(・・・心がずれた!)

 私は透かさず集中し直した。鴉はそんな私を見て、自分の頬を指先で軽く叩いた。

「・・・?」

 何かの意図を感じた私は、鞘を握った左手の甲で自分の頬を撫でた。

「・・・!」

 撫でた甲に血が付いている。傷口は非常に浅いようで、血が垂れて来る様子はない。

(いつの間に、)

 心が乱れた私を見て、鴉は鼻で小さく笑った。そして、私に向かって何かを投げつけた。足元に落ちたそれは、このお店の名刺だった。角には薄っすらと私の血が付いている。

「今のお前に、刀は必要ないな」

 私は血の付いた甲を右手の甲で拭った。

「なら刀を捨てたらどう?」

 減らず口を叩きながら、動揺する自分を鎮めた。再び心に広がる波紋。


 私は時雨を鞘に収めた。

(やっぱり・・・私の先行では駄目だ)

 私は身を託すように、全身の力を抜いた。そして時雨に右手を掛ける。

(時雨、先代の記憶の下で、私を使って)

 これは私が思い付いた秘策だった。私に刀を振るう技術はない。なら、数多の先代を知っている時雨に、私を使わせるという考えだ。

「・・・そう」

 時雨の記憶が私を動かす。

抜かれた刀を、私の前で軽く鞘に重ねる。足の位置、膝の曲げ具合、身の屈め方、力の配分、全て時雨が教えてくれる。

(やっぱり、こういう意味だったんだ)


「・・・構え、下弦の月」

 私は浮かび上がった記憶を読み上げた。

「・・・先の言葉、取り消そう」

 鴉は刀を構え直した。



(・・・来る!)

 構えを解き、踏み出す鴉。無形の型で私に迫ってくる。右に持った刀に左手を添え、私の脳天目掛けて振り下ろした。

 私は左に持った鞘で刃を受け流した。力では勝てない。時雨はそれを知っている。力の向きを変え、生じた隙を突く。が、

(近すぎる、この間合いでは刀が振れない)

 私の目の前には紅の眼が。

(臆するな。心に静寂と涼を保て)

 私は身を横にして左足を踏み出した。畳を踏みつけると、左足の親指に力が生まれた。その力は膝を通り、腰を通り、右の肩へ。上乗せされた力は肘を通り、刀を握る拳へ。そして僅か数センチ先にいる鴉に柄の先をぶつけた。

(急所から外れた。いや、外された)

 僅かに身をよじり、鴉は私の狙いを外した。

(けど、こちらが有利)

 私は逆手に持った鞘を素早く胸元に運び、そのまま横に払った。鴉はそれを紙一重でかわす。

(この間合いだ)

 先の要領で今度は時雨の切っ先を突き出した。間合いがある分、先ほどよりも鋭い一撃となった。

「受けてみろ!」

 耳を貫く鋭い金属の衝突音が響いた。白い閃光が脳裏に輝く。

(・・・やった!)

 私は神篝を弾き飛ばした。

「終わりよ」

 振り下ろされる時雨。が、自分でも分かる。体が力み過ぎている。鴉は手の平で時雨を私と同じように受け流した。

「なら、」

 続けて私は鞘を振り上げようとしたが、

「遅いな」

 その前に私は左の二の腕を摑まれた。

「!」

 鴉は右手で私の胸倉を掴むと、背を向け、私を引き寄せながら身を屈めた。



 気が付くと、私は仰向けで天上を眺めていた。

「・・・はっ」

 慌てて四つん這いになると、鴉は悠々と神篝を拾い上げていた。

「そう急くな、隙だらけだ」

「・・・くっ」

 私は起き上がり、側に落ちていた時雨と鞘を拾い上げた。

(鴉の言うとおりだ。私の心が先走った。水無月の記憶は通用する・・・私が心を乱さなければ)


「だがしかし、よくぞここまで」

 鴉は構えを解き、全身から力を抜いた。楽な仕草と十分な間合い、それと賞賛の言葉に釣られ、私は緊張を緩めた。

「・・・」

「守人もなしに、たった一人で挑むとは」

「守、人・・・」

 鴉が私の心を引っ掻く。

「守人か・・・思えば、お前の守人は勇敢だったな。死を恐れず、使命を全うしたのだからな」

「お前に・・・水無月の何が解る!」

「解るさ、伊達に長生きはしていない。守人とは、時雨を振るう者を守る為に生まれた命なのだろう?」

「そんな言い方、」

「だが事実だ」

 これは鴉の挑発。前回対峙した時と同様に私を乱し、熱を持たせようとしている。

「・・・そうね、認めるよ。兄、真愁は、私の為に命を散らした」

 だからこそ、今ある命を無下にするわけにはいかない。

 私は揺れかけた心を自ら調律し直した。

「兄だけじゃない。私の為にたくさんの命が犠牲になった。だけど、次は自分の番だとか、この命に換えて鴉を討つとか、そんなことはもう思わない!」

 整う心理。闇を払う光を、私は自ら生み出した。

生み出したのだけど・・・。


鴉は紅い眼を細め、高らかに私を笑った。私の光に臆することなく。

「何が可笑しいの?」

「思い違いをしているようだな」

「何が」

「先の話し、お前の守人だが。本当にお前を守ったと思っているのか?」


 心に風が吹いた。


「・・・そうよ、だから今ここにいる」

「違うな、守人が守ったのはお前じゃない。水無月の使命と掟だ」


 鴉の羽ばたきに、揺れる心火。


「その為だけに生まれた命」


 心が・・・定まらない。何故?どうして?と心が濁る。


「・・・そんなの、」

「真実が解らないのか?気にするな、結果は一緒だ」


 鴉が私を侮辱する。私の信じていたものを踏み躙る。これはただの戯言・・・でも、許せない。


「もう一度言おう。守人が守ったのは、お前ではなく、守人の使命と掟だ」

「うるさい!」

 私は繋がれた手を離し、燃え盛る心に身を委ね、闇を砕こうと足を踏み出したその刹那。

(!・・・)

 足元から大振りの一音が聞こえた。全身に纏わり付く揺れはまるで、何かの崩落を表現しているようだ。

 再び揺さぶるような一音が鳴り響いた。駆け巡る振動が共振を余儀なくする。

(・・・そうか、売れ残ったピアノか。ならこれはフォルテフォルティッシモ)

「これは、何のつもりだ?」

(そうよ、何の真似?・・・奏)

 私の問い掛けに、奏は答え始めた。

 速く、小さなアルペジオで始まるイントロ。時折混じるffの低い一音。

「この曲・・・知ってる」

「厄介だな」

「これは・・・月詠歌」

 守人が琴で奏でていた曲だ。ピアノでアレンジしているものの、曲の輪郭がくっきりと残っている。


「朱音の使命、何も一人で背負う必要はないって思うよ。だから、私も手伝う。友達だからね」


「私がいないと朱音、ずっとそんな顔しているでしょ?」


 旋律が奏の心を物語る。



「そうだ・・・私は・・・一人じゃない」

 自暴自棄になっていた私を誡める、奏の心。古の楽曲が語る、水無月と時雨。

(・・・ごめんね)

 私は時雨にそう伝えた。

(もう一度、一緒に行こう)

 私を支える者の語りの下で、再びこの手は繋がれた。


「姦しい」

「あなたには心がないの?」

 旋律に合わせ、時雨を払う。難なくかわされるものの、素早く間合いを詰め、攻め手を緩めない。

 かわされる度に生まれる遠心力をステップで往なし、次の一手に繋げる。

(体が軽い。速く、もっと速く!)

 自ら生み出す力の流れに逆わらず、望みのままに操る。

(これはまるで、円舞のような剣の舞)

 三拍子に体が乗ると、不思議と強弱弱の加減が腕に生まれた。


「すっかりその気か」

 鴉は低く身を屈め、時雨の横払いをかわした。左手を畳に付けると、バネのように体を押し上げ、刀を振り上げた。

(残念、詠めているよ)

 旋律にこの身を任せると、鴉の刀は私の目の前を紙一重ですり抜けて行った。巻き起こる風が私の髪を揺らす。

(あ!私の前髪が、)

 数本の髪が舞い落ちた。

(・・・っこの、)

 お返しに時雨を振り落とすと、体勢の整っていない鴉は刀を素早く引き戻し、受け止めた。

 鴉が片腕で受け止めたため、私は押し返されなかった。それどころか、体勢の差が手を貸して、私は鴉をそのまま押さえ込んだ。拮抗する力が互いの刃を震わす。


(ならこれで、)

 現状を打ち破ろうと、私は左手に持った鞘を打ち下ろした。しかし、それに素早く反応した鴉が刀に左手を添える。

 閃光を散らすような音が響いた。


 力の拮抗は続いている。私が体重を掛けると、鴉は片足を後ろへ動かし、膝を曲げて力を流した。


(何の為に・・・あなたは生まれたの?)


(同じ問いを、お前は答えられるのか?)


 鴉は体重を膝に乗せ、片足を浮かせた。そして蹴りを突き出した。

 私は身を横にし、肩でそれを受け止めた。拮抗は破れ、間合いが開く。

 二人とも刀を構え直した。向かい合う大地と月。




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