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夜葬曲  作者: スピカ
15/22

15・危うきもの

      15・危うきもの


 あれから3日。私の周りでは何も起こっていない。平穏そのものなのだけど、私の心中は穏やかではなかった。

 私は家に戻った後、お店にある物の殆どを売り払った。そして、何もなくなった二階の倉庫の畳の上で、時雨を抱いたまま浅い眠りを繰り返していた。

意識がハッキリしている時、私は死刑が執行されるのを待つ囚人のような心境になり、何もする気が起きず、忍び寄る恐怖心と悲しみにふと気が付いては、逃げるように目を閉じる。

目を閉じた時、脳裏に浮かぶのは過去の記憶ばかり。過去を整理し、楽しいことばかりを選んではリプレイしている。中には一度も思い出したことがない思い出もあった。

(これは・・・いつ頃の思い出だっけ?)

 自分の足跡は思っていたよりも長く続いていて、私は時折迷子になって立ち止まる。現実に背を向けたいが為に、その記憶に留まり思い出し続ける。色褪せた記憶にもう一度彩色を施し、欠けた部分を作家のように創り、埋める。


 思い出の足跡はいつの間にか、今へと辿り着いていた。


 お爺ちゃんの死から始まる、旅立ちの記憶。


 真愁との出会いから始まる、古の記憶。


 時雨から始まる、水無月の記憶。


 思い出したくない事がいっぱいあるけど、他に思い出は残されていない。

(・・・もう駄目か)

 思い出は必ず今に繋がっている。足跡の終わりは、目を開けた時の今で途切れている。

この時が来ると分かっていた。この時とは、対峙の時。打ち破らなければならない、宿命の時。

(もう・・・心は引き返せない)


 思い出される、ゆかりとえにし。憧れすら抱いてしまう二人の立ち振る舞い。しかしその二人ですら、二羽の鴉を退けることしか出来なかった。

(私に・・・出来るのかな・・・)

 命の摘み合い。流れる血。凍てつく空気。私の心は、砕けずにいられるのだろうか?

刹那の判断。拮抗させる力。討ち取る技量。私の体に、それだけの力があるのだろうか?


(・・・駄目だ)


 どんなに都合よくイメージしても、私が勝ちを得る想像ができない。心に浮かぶ絵は、瞬きの間に散る、私の命。永遠の眠りについた私の周りに撒かれる、蓮の花。それしかなかった。

(守人はいない。月詠歌はない。あるのは、私と時雨だけ・・・)

 私は寝返りを打ち、時雨を抱き直した。

(私のこと・・・憶えていてね)

 そう心の中で呟いた。私以外、もう誰も記憶を探れないというのに・・・。

 突然、私の心に知らない思い出が浮かび上がった。


(・・・?)


 幼い二人が、剣術の稽古をしている。母親の指導の元で木刀を振るい、汗を流している。

(・・・そっか。これは時雨の記憶ね)

 だとすれば、これは先代の記憶である。私は何も思わず、ただこの場を見続けた。見ただけで巧くなるわけがない。そうだとしても、見続けた。


 素振りを終えた幼い二人は、休まず次の稽古に移った。お互いに向き合い、木刀の切っ先を向け合っている。

 最初に動いたのは男の子だった。

(・・・?)

男の子は女の子に向けて、物凄くゆっくり木刀を振り始めた。数秒かけて振り落とされる木刀。女の子は難なくそれを受け止めた。

(数秒なんて、打ち合いでは気の遠くなるような時間なのに)

 今度は女の子が木刀を振るい始めた。同じく、長い時間をかけて。

(まるでお遊戯ね。でも二人の歳を考えれば相応かも)

 その後も、二人は交互に木刀を振るい、受け止め続けた。何度も何度もそれを繰り返した。


 もう随分時間が経ったが、二人の稽古は終わらない。ひたすらに攻防を続けている。そしてそれを見続けていて、気が付いた。

(これ・・・お遊戯なんかじゃない。一つ一つの動作の確認をしているんだ。流れを体に染み込ませて、素早く反応させるための訓練なんだ)

 その証拠に、二人の打ち合いが段々早くなっている。


(この二人にすら・・・私は敵わない。どうして時雨はこんな記憶を?)

 その後も、時雨は私に記憶を見せ続けた。記憶と言うより、水無月の歴史そのものだ。

移り変わる時雨の使い手。受け継がれる宿命。磨き、研ぎ澄まされた術。

(時雨が教えてくれるって、お婆ちゃんが言っていたけど・・・このこと?)

 しかし、それを身に染めるまで鴉は待ってくれないだろう。時雨に詰まった先代の記憶。それから学ぶには時間がない。なら、いっそのこと・・・。

(・・・そうだ。そうすればいい。いや、きっとそういうことなんだ)

 私は記憶から覚め、汗ばんだ体を起こした。

「・・・後は、心の問題」

 今、は夜になっていた。暗闇は私の恐怖そのものを表している。

 私は少しだけ、時雨を鞘から抜いた。白い刀身に月明かりが宿る。

「恐怖心を斬る、かぁ」

 時雨に私の顔が映っている。

(私は・・・何が怖いのだろう)

 単純に考えると、それは「死」だろう。けど、死んだ後どうなるかなんて、私は知らない。

(私は、知らないものが怖いの?)

 いや・・・そうじゃない。私はきっと、全てを失くすのが怖いんだ。奏や設楽さんと話せなくなることや、トキお婆ちゃんに会えなくなること。紫吹お婆ちゃんや、兄のことを想えなくなること。それが怖いんだ。

「・・・」

 恐怖心を斬り捨てたら、私はどうなるのだろう?恐れを知らぬ私は、これからどうするのだろう?

「・・・・・・」

 きっと、宿命を果たす事だけを優先する人になるだろう。


(うるさい!)


(あんたが憎くい。憎くて堪らない)


(そんな事はどうでもいい。今、ここで刺し違えてやる)


 恐れを塗り潰した怒り。あの時のように、命を使ってでも使命を果たそうとするだろう。

 私の死。それは兄も紫吹お婆ちゃんも望んでいない。勿論、奏や設楽さんや、トキお婆ちゃんだって。

 命を失うことは、悲しみしか生まない。それはお爺ちゃんが最後に教えてくれたこと。

「私は・・・生きたい」

 私は時雨を鞘に収めた。

「宿命の為だけに、この命を使うわけにはいかない」


 私は自分の心を斬らないことを選んだ。

恐れを知らない心はただの慢心。その心はこの身を滅ぼすことになる。それよりも、生への希望を持つべきだ。

「・・・うん」

 その心の方が強い。そして、美しい。

(・・・さすがは俺の妹だ)

「!」

 兄の声が聞こえた。そんな・・・気がした。


「・・・!」

 遠くから闇が迫って来ている。この前と同じように、光を飲み込みながらここに近づいて来る。

 私は右手をキュッと閉じた。

「私の光は・・・飲み込めやしない」

 左手に握られた時雨が、私の意志に呼応した。




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