14・宿る命と、悪しき悪戯
14・宿る命と、悪しき戯事
「ここ、は?」
本に宿る記憶の中、なのだろうけど、さっきまでいた場所と変わらない。ただ、夜ではなく、ここは日中だ。
「・・・新しい?」
私が知っている神社とは雰囲気が違う。観音像は輝いているし、床も隅々まで奇麗に掃除されている。なにより悲しい空気がない。
「・・・惨劇の前、かな」
私は外の様子を見ようと、戸に向かって歩き出した。
「朱音なら、来てくれると思ったよ」
戸に手を伸ばした時、後ろから声が聞こえた。
「誰?」
振り返ると、一人の老婆が立っていた。
「・・・もしかして、紫吹お婆ちゃん?」
私がそう言うと、老婆はにっこり微笑んだ。
「お婆ちゃん」
私はお婆ちゃんに駆け寄り、手を取った。
「嬉しいねぇ。会うのは初めてなのに、私のことを分かってくれるなんて」
「分かるよ、それに感じる。私の家族だってこと」
お婆ちゃんは目を細め、私の頬に手を当てた。
「意識だけだけど、朱音に会えるなんてね。トキちゃんに感謝しなきゃね」
私は急に緊張が解け、力が抜けていった。そして甘えるようにお婆ちゃんの胸に顔を埋めた。
「・・・辛いだろうね。こんな宿命を背負う事になったなんて。変わってあげたいのだけど・・・私はもう・・・」
私は強く目を閉じた。泣かない為、声を出さない為、なにより、お婆ちゃんの為に。
「私・・・何も分からない。何がどうなっているの?私は・・・どうすればいいの?」
「そう、それを伝える為に、この書誌を残したんだ」
「でも・・・何も書いてなかった」
「順を追って説明しないといけないね」
お婆ちゃんは私の両肩を優しく掴み、瞳を覗き込んだ。
私は覚悟を目に宿らせ、頷いた。
「朱音には、ものを触るとその心が見える力がある。その力はね、一世代分の隔世遺伝をして継承されてきたものなんだよ。つまり、私にもその力がある」
隔世遺伝とは、世代を隔てて現れる遺伝のこと。一世代ということは、お婆ちゃんがその力を持っているなら、子には継がれず、孫の私に継がれるということ。
「これは・・・何の力?どういう意味があるの?」
「その話をする前に、もう少し水無月について話そう。触れたものの心が分かる力は、月詠という力。その力を持った水無月が子を産むと、必ず女子が生まれる」
「その子供は、月詠は使えない」
「そう。そして生まれた女子が更に子を産むと、必ず男と女の双子が生まれる」
「私も・・・そうだった。お婆ちゃんもそうだよね?」
「そう。そして、生まれた長男には守人としての使命が、長女には月詠の力が継がれ、断罪者としての使命がそれぞれ背負わされる」
「・・・守人と・・・断罪者?」
「断罪者とは、時雨を振るい、悪しき心を断つ者。守人とは、断罪者を守り支える者」
つまり、お婆ちゃんは私の前の断罪者。お婆ちゃんのお兄さんが守人ということ。
お婆ちゃんの子供、つまり、私のお母さんには宿命はなく(力を継ぐ子を産む使命はあるのだろう)、その子供である私が断罪者。そして、兄である真愁が守人。
「ここまではいいね?」
「・・・うん」
「では、先代から受け継いだ水無月の記憶を見せよう。さぁ、目を閉じて」
私は言われたとおり、目を閉じた。
(何だろう、強い光を瞼の向こうに感じる)
思わず身構えてしまうほどの光。両腕を盾にしても光がなだれ込んでくる。
「さぁ、目を開けて」
私は恐る恐る目を開けた。
「・・・ここは?」
目を開けると、私は知らない場所に立っていた。白い布で覆われた陣地のような場所で、春日造りの神社が建っている。
(・・・戦国時代?)
「ここはね、水無月家の宿命が生まれた場所。鴉と水無月が出合った場所とも言えるね」
「・・・鴉」
甦る紅い眼。私を何度も震わせる。
「朱音、神社を」
声の誘いどおり、神社に目を向けると、中から袴を着た男女が出てきた。
「あれが十四代目の有資格者。ゆかり(縁)と、えにし(縁)」
「私の・・・ご先祖様?」
その証である時雨が、ゆかりの手に握られている。
「朱音に問題を出そう」
「・・・問題?」
「刀の刃に向けて鉄砲を撃ったとしよう。さて、刀はどうなる?」
私はこの答えを知っている。勿論、職業柄で。
「刃こぼれ一つしない。当たった弾丸は二つに切れる。でしょ?」
「そう、さすがだね。では、飛んでくる弾丸目掛けて刀を振るい、当てることが出来るかい?」
「それは無理でしょ。人は弾丸ほど速く動けないもの」
漫画や映画じゃあるまいし、現実にそんな事できっこない。
「それじゃあ、正解を見てみようか」
「え?」
私とお婆ちゃんが話している間に、武家の者と思われる人が何人か、この場に現れていた。その内の一人が、時雨を持つゆかりに向けて火縄銃を構えた。
「え・・・ちょっと、」
ゆかりは流れるように刀の柄に手を掛け、ほんの少し鞘から刀を抜いた。
「・・・」
ゆかりが頷くと、銃を持った人は改めて標準を合わせた。
(・・・まさか、出来るの?)
私が固唾を飲んだその時だ。辺りに轟音が鳴り響いた。それとほぼ同時に、金属同士の鋭い衝突音が私の耳を切り裂いた。
「凄い・・・撃つより先に刀を抜いた」
私は耳を塞ぎ、大きく仰け反ってそう言った。
露になった刀の美しい曲線は、現在と同じ輝きを放っている。
「朱音が言ったように、人は弾丸より速く動くことはできない。だけどね、撃つ瞬間が分かれば対応できなくもない。これが月詠の使い方さ。相手に触れず、空を読む。そして撃つ瞬間を読み取り、刀を振るう」
お婆ちゃんは簡単に言ったけど、私には到底できそうもない芸当だった。
(同じものを持っているのに、こうも差が出るなんてね)
自信を失くしそうになったのを感じたのか、お婆ちゃんは私の肩を優しく擦った。
「心配しないで、時雨が教えてくれるから。何もかもね」
「何も、かも?」
私はゆかりに見とれながら呟いた。自分の目に、意識に焼き付けるように。
「今のはただの儀式。本当に見せたいのはこれからだよ」
「・・・儀式?」
「そう、集中力を高める作法」
「何の為?」
「水無月の断罪者はね、月詠を使い、人の悪しき心の在り処を知ることができる。そして、その心を時雨で切り捨てる」
「・・・殺すってこと?」
「いや、身は斬らず、心だけを斬るんだ」
「心だけを・・・斬る」
「闇払い。それが水無月の業」
お婆ちゃんがそう言った時だ。白い布を掻き分けて5人の武士がこの場に現れた。その武士達は、縄で縛られた一人の男を従えていた。縛られた男は身窄らしい格好で、目と額を隠すようにボロ切れを巻かれている。
「来たね」
「・・・何が?」
「あの縛られた男はね、この時代の匪賊。あらゆる罪を犯し、数え切れない程の屍を築き上た者」
「・・・」
身窄らしい男は乱暴に引っ張られ、ゆかりとえにしの前に差し出された。そして力ずくで頭を押さえられ、その場に跪かせられた。
「朱音、よく見ていなさい。これから闇払いが行われる」
ゆかりは匪賊に向けて手を翳し、目を閉じた。それを合図に、えにしは琴を弾き始めた。
(・・・?)
匪賊は暴れることなく、じっと琴の音色に聞き入っている。私にはそう見えた。
(この音色・・・どこかで聞いたことがあるような気がする)
「お婆ちゃん、この曲は?」
「月詠歌・夜想の調べ。古くから水無月に伝わる曲だよ」
おそらく、守人が奏でる仕来りなのだろう。これが闇払いに必要なものだとしたら、私はどうすればいいのだろう・・・。
(・・・!)
ゆかりが活目すると、一瞬にして辺りの空気が変わった。鋭い雰囲気が私の不安を射抜き、瞳を奪った。
(始まる)
刀の柄を握ると同時に抜刀。一筋の閃が走った。
「・・・!」
まるで時が止まったようだった。言葉通り、目にも留まらぬ神速。時が動き出した今、既に時雨は鞘に収められていた。
「ちゃんと見たかい?」
「見た。見たけど・・・見えなかった」
今になって全身に鳥肌が立ってきた。躍動する心音が、けたたましく鳴り出す。
「全く反応できなかった」
まるで雷のようだ。音速を抜き去る閃光と、遅れて伝わる音。
硬く握られた手を開くと、じわりと汗が滲んでいた。
「まだ終わっていないよ。さぁ、よく見て」
私はキュッと拳を握り、斬られた匪賊に目を向けた。
「・・・?」
匪賊の体に走った閃から、黒い霧が溢れ出してきた。
(何だろう・・・。とても禍々しい感じがする。それだけじゃない、心の全てを飲み込もうとする威圧感がある)
「本来、この闇払いを受けた者は、このような黒い霧が噴出して終わる。けどね、今回だけは違った」
黒い霧はまるで意思があるように宙を漂い、一ヶ所に集まり始めた。
異質な事態に驚いたのか、守人は琴の演奏を止めた。
「・・・あれは、」
集まった黒い霧は、左目の紅い鴉と、右目の紅い鴉の二羽に姿を変え、空を舞い始めた。そして、まるで獲物を定めるように、空から紅い眼でこの場を見下ろしている。
全員が上を見上げ、不安に駆られている。一人の侍が刀を抜こうとして鴉から目を逸らした時だ。その隙を見逃さず、一羽の鴉がその侍に飛び掛った。
鴉と侍が衝突すると、鴉は再び霧に戻り、侍の体に纏わりついた。侍は悲鳴をあげ、抵抗するように体を痙攣させているが、全くの無意味。黒い霧は徐々に侍の体に染み込んでいく。
「体を・・・乗っ取るつもり?」
霧が完全に染み込むと、侍の痙攣が治まった。そして、俯いたまま動かなくなった。
「・・・」
他の侍達は、もう一羽の鴉を警戒しつつ、動かなくなった侍の様子を窺っている。
えにしは琴から離れ、かばうようにゆかりの前に出て、脇差に手を掛けた。
張り詰めた空気に耐えられなくなったのか、それとも虫の知らせが働いたのか、一人の侍が刀を抜き、黒い霧が染み込んだ侍に向かって踏み込んだ。すると、さっきまで俯いていた侍が顔を上げた。その侍の右目は赤く染まっている。
「右目が、」
私が言いかけた瞬間、右目を染めた侍は刀を抜き、踏み込んできた侍の喉を真一文字に貫いた。
悲鳴を上げることなく崩れる侍。その向こうには、返り血で身を赤く染めた鴉が高らかに笑っていた。
「・・・こんなの、」
血よりも紅い右目が、一瞬にしてこの場を支配した。
覚悟を決めた一人の侍が刀を抜いて斬りかかったが、鴉は軽くそれを往なし、素早く刀を振り上げた。切り落された手首が刀ごと宙を舞う。
上を見ながら悲鳴を上げる侍。それに苛ついたのか、鴉はその侍の首を切り落した。
「・・・酷い」
今見ているのは剣劇ではなく、命の摘み合い。・・・いや、一方的な蹂躙だ。その証拠に、残った侍達の戦意は消え、恐怖に支配されている。
鴉は血を払うように鋭く刀を振り伸ばした。そしてその切っ先をゆっくりと動かし、ゆかりと、えにしへ向けた。
「・・・」
先に踏み込んだのは鴉だった。えにしはゆかりを肩で後ろへ押し、迎え撃った。
鴉はえにしの右肩目掛けて両手で刀を振り下ろすが、脇差でそれを弾く。その反動で、今度は右手だけで左肩を狙って振り落とした。が、えにしは両手でそれを楽に弾く。
両手の利が出たえにしの目が活目され、素早く次の動作に移った。が、刀を打ち込む前に、えにしの顔が歪みだした。鴉が左拳でえにしの肝臓を打ち抜いたからだ。
時が止まったようにえにしは動かない。その隙を見逃さず、鴉はえにしの首を目掛けて刀を横に払った。
(!)
ゆかりが二人に割り込み、時雨の鞘で鴉の刀を止めた。続けて時雨を振り上げたが、鴉は後ろへ飛び、紙一重でかわした。
間合いを取り、仕切り直す3人。
「・・・ふぅ」
ほんの数秒の光景。ただ見ていただけなのに、私の顔には汗が浮かんでいた。精神は疲れ、今にも集中力が切れそうだ。
「・・・朱音」
お婆ちゃんの声に顔を上げると、刀を抜いた侍一人、この場に増えていた。
「・・・あれも、鴉」
侍の左目は赤く染まっていた。側には侍の死体が一つ転がっている。いや、それだけじゃない。この場にいた武家の者全員が息絶えている。
(立っているのは四人。つまり二対二)
挟まれた二人。背中を合わせるかと思ったが違った。ゆかりとえにしは同時に右目の鴉に飛び掛った。
右目の鴉はえにしの刀を、体を横にしてかわし、そのまま肩で押し返した。次にゆかりの時雨を刀で押さえ、鍔競り合いとなった。ゆかりは腰を下ろし、左手に持った鞘を競り合う刀に打ち込んだ。刀身と鞘で十字を描き、鴉を押すが、力では利がない様子。その間にも左目の鴉が後ろから駆け寄ってくる。
ゆかりは尻目に駆け寄る鴉を見ていたが、力を緩めるわけにはいかない。
「あ・・・あっ」
後ろから駆け寄る鴉が刀を構えた時だ。起き上がったえにしが、競り合っている鴉の左手を切り落した。その瞬間、力の均衡は解け、ゆかりが押し勝った。が、すぐ後ろにはもう一人の鴉が迫っている。
えにしは体勢の崩れた鴉の首を目掛けて刀を振るった。と同時に、ゆかりを押しのけた。そして後ろから迫る鴉に向けて、返す刀を全力で突き出した。
(・・・どう、なった?)
えにしが大地に膝を付いた。突き出した刀は左の鴉を捕らえなかった。逆に鴉の刀はえにしの右の肺を貫いていた。
ゆかりは二人の鴉から間合いを取ると、真っ先にえにしを見つめた。大地にひれ伏すえにしに気が付くと、澄んだ目に動揺が現れた。
えにしは気力を振り絞り、吐血しながらも地面から膝を離したが、それは一瞬だった。風に晒され、零れ落ちる砂のように、その身を大地に崩した。
「・・・っ」
えにしの姿が兄と重なって見える。大事なものを失った時の虚無感。空っぽの心。冷たく悲しい風が私の中に吹いている。
「・・・許せない」
湧き上がる火焔が、貪るように心を焼き、焦がし始める。
「朱音!見なさい。まだ、終わりじゃない」
荒れ狂う心を抑え、私は顔を上げた。
(・・・ゆか、り?)
私と同じ心境だったのか、ゆかりの表情には鬱積した怒りが滲み出ていた。
(あっ、)
感情に任せたゆかりの、獅子を噛むような咆哮が辺りに響き渡った。その叫びは私の怒りを消し去り、気圧し、貫いた。
(これは・・・怒りだけの心)
ゆかりの咆哮に物怖じない鴉達は、再び戦の態勢に入った。左目の鴉はえにしに刺さった刀を抜き取り、構えた。右目の鴉は残った右手で首を押さえている。押さえた手から血が溢れているのが見える。仕留める事はできなかったものの、致命傷にはなったようだ。
ゆかりは左目の鴉目掛けて力任せに刀を振るった。しかし鴉は刀で受けず、身をかわした。それに構わず刀を降り続けるゆかり。空を切る刀が、逆にゆかりの体を振り回している。
(分かるけど・・・それじゃ、)
左目の鴉は隙だらけのゆかりに刀を突き出した。
(勝てないよ)
いち早く反応したものの、ゆかりはかわしきれなかった。鴉の突き出した刀はゆかりの左肩を貫き、その刀身に赤い血を滴らせた。
傷口を広げるように、刀を持つ手をねじる鴉。苦痛に歪むゆかりの顔。耐えるように唇を噛む。
鴉は更に刀をねじった。ゆかりの左手から鞘が零れ落ちる。肩から流れた血が、力なく広がった指先まで伝い落ちてきた。
苦痛に耐えながら、ゆかりはえにしに目を向けた。おそらく、再び心を燃やすため。
(・・・怒りだけじゃ・・・勝てない)
ゆかりは左の指先に力を込めた。そして自ら肩を動かし、更に深くまで刀を刺した。そうやって間合いを詰め、左手で鴉の手首を掴んだ。そして右手に持った時雨を振り上げ、鴉の右手を肘の辺りから斬り落とした。続けて時雨を振り下ろして追撃に掛かった。時雨は鴉を捕らえたものの、鴉が後ろに仰け反ったため、切り口は浅く、致命傷には至らなかった。
(もう・・・やめて)
皆が傷を負い、血を流し、命が揺らいでいる。
鴉達は目配せをした後、その場から逃げ出した。ゆかりは追おうと足を一歩踏み出したが、崩れる体を支えるのが精一杯の様子で、その次が踏み出せなかった。
「これが宿命の始まり。ゆかりは一命を取り留めたけど、この失態を責められ、この地を去ることとなった」
「そして・・・渡瀞に?」
「そう。そしていつの日か、鴉を討ち取るためにと力を継承し続け、今に至る」
「私が・・・その十四代目」
「・・・そうだね」
「まだ分からないことがある。何故、水無月は闇払いができるの?」
「それは分からない。煉獄から逃げ出した不浄の魂を追って、天女がこの世に舞い降りたという話を聞いたことがあるけど・・・どうだろうね」
(じゃあ・・・あの匪賊が鴉を生んだわけじゃないってこと?もっと昔に、何かが)
「さぁ、もう帰ろう」
お婆ちゃんがそう言うと、ここに来た時と同様に光に包まれた。
光が消え、ゆっくり目を開けると、私は元居た水無月の神社に立っていた。とは言え、私にはさっきまでの光景が残光のように残っている。
「・・・これから・・・どうすれば」
「時雨と共に、立ち向かいなさい。そうする他ない」
「でも、私は一人。守人もいない。刀なんか振るったことないし、習ったこともない。赤ん坊に包丁を持たせるようなものよ。・・・勝てるわけない」
「なら・・・逃げなさい。時雨を置いて、名を捨てて、何処までも。私は咎めないよ」
「・・・それは、」
「鴉達はこれからも残刻を繰り返すだろうね。そうだとしても、私は朱音に生きて欲しい。多くの命を犠牲にしても、私は朱音に生き残って欲しい。そう願うよ」
(・・・全てを犠牲に・・・)
奏、設楽さん、トキお婆ちゃん。鴉は私をおびき寄せるために皆を犠牲にするかもしれない。もしそうなった時・・・私は知らん顔できる?のうのうと自分一人だけ生きることが出来る?
「・・・きっと、できない」
それは死ぬより辛い。自分が散華される方がよっぽどマシだ。
「・・・そうだろうね。それが人ってもんだよ。迷い、戸惑い、理屈に合わないことをする。人の温かさは、そうやって生まれるのかもしれないね」
それが人の弱さであり、希望でもある。
(答えは・・・出ているのでしょう?)
「朱音自身が選びなさい。これからのこと、全て。何を選んでも、私は朱音の味方だ」
私は臆しながらも、お婆ちゃんに向かって頷いた。
「私は・・・抗う」
お婆ちゃんはニッコリ笑うと、私の頬を両手で包んだ。
「いい目だよ。怯えていても、明かりが灯っている」
「・・・」
「もし・・・立ち向かう勇気が欲しいのなら、時雨で自分の恐怖心を斬るといい」
(そういう使い方も・・・。でも、)
「それも・・・自分で決めるよ」
お婆ちゃんは嬉しそうに頷いた。
「さて、もう時間だ。行かなくちゃね」
私は目を閉じて、頬を包むお婆ちゃんの手を触った。
「見ていて、これからの私を」
「・・・あぁ、いつまでもね」
私はゆっくり目を開けた。するとそこは、真夜中の神社だった。私の手には一冊の、白紙の本が握られている。
「・・・」
「・・・朱音?」
不安そうに私を覗き込む奏。
「全部分かったよ」
「・・・そっか」
奏の手には数枚の紙が握られている。
「・・・?」
「ん?これ?」
奏は手にしていた紙を私に見せた。
「何、それ?」
「その本と一緒に、桐の箱に入っていたんだ。暇だから読んでた」
「・・・?」
私には全く読めなかった。何故なら、全て漢字だけで書かれていたからだ。
仁・智・礼・義・信・文・武
翡・蘭・商・斗・為・巾
という漢字だけで書かれた文面。
「はて、どっかで・・・」
記憶を辿ってみたが、巧く探ることができない。
「・・・まぁいいや。疲れたし」




