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夜葬曲  作者: スピカ
13/22

13・紫の花

      13・紫の花


(・・・ハープの音だ)

 目を開けると、そこは夢の続きだった。ボロボロの服を纏った綺麗な人が、途切れることなくハープを奏でている。

(これは・・・何の夢だろう)

 意味を持たない夢。何故かそうは思えなかった。

(・・・まぁ、何でもいいや)

 少なくとも、私にとっては楽しい夢であることに違いないし。


(不思議な感じ)

 彼女の音色を聞いていると、気持ちが落ち着いてくる。目を閉じて聞き入ると、私の心は、一面に広がる黄色い花畑へ運ばれた。強い日差しの下でいい香りに包まれ、時折通り抜けていく風がとても心地いい。

(なんて素敵なんだろう・・・これは、初夏の心地)

 同じ初夏でも、現実とは大きく違う。ずっとここに居るのもいいな。と、私は思い始めた。


 最後の一音が静寂に溶けると、彼女はハープを唇から離した。すかさず私は「今の何て曲?」と尋ねた。すると彼女は「ミモザ」と答えた。

 不思議なことに、声が聞こえない。私の声も、彼女の声も。心に字幕が浮かぶように理解ができる。まるで台詞のない、音だけの映画だ。ここはそんな世界。

 彼女は再び唇にハープを当てた。


「・・・きて。起きてよ、朱音」

 私を呼ぶ声が心に聞こえる。

(もう少し、ここに居たいな)

「お願い、起きて」

 今度は泣きそうな声でそう言われた。

(・・・どうしよう)

 私は困った表情でハープの奏者を見た。すると彼女は、私に向かって手を振った。

(また、会えるよ)

 そう、心に言葉が浮かんだ。

(・・・きっとだよ)

 そう唇を動かし、私は目を閉じた。



「・・・ん?」

「朱音、聞こえる?私だよ、奏だよ?」

「うん・・・聞こえるよ」

「はぁ・・・・よかった」

 私の手を握り締めていた奏は、その場に力なく座り込んだ。

「どうしちゃったの?それに、ここ何処?」

 私は今、知らない天井を見上げている。

「どうした、じゃないでしょうが!」

「・・・?」

「昨日の夜、偶々お店の前を通りかかったら、お店のカーテンが開いたままだったのよ。変だな、と思って中を覗いたら、朱音が血を流して倒れていたんだよ」

「・・・そっか。じゃあここは病院か」

「そっか、じゃないでしょう!」

 奏は力いっぱい私の手を握り締め、布団に顔を埋めた。

「・・・ごめんね、心配かけて」

 奏の姿に、私の涙腺が緩み始めた。

「無事かい?水無月君」

 病室のドアが開くと同時に、設楽さんの声が入ってきた。私はとっさに瞳を拭った。

「平気。今目が覚めたところ」

「ふう、そりゃよかった。昨日の夜、奏君から電話があったんだ。「朱音が死んじゃう、何とかして!」ってね。そりゃあ大きな声でね、思わず耳から受話器を離したよ」

「うるさいな。そんなことより、お店は大丈夫なんでしょうね?」

「問題ないよ。ちゃんと片付けてきた」

「・・・何が、どうなっているの?」


 奏の話によれば、昨日の夜、倒れている私を見つけた後、すぐに設楽さんに連絡をしたらしい。お店には血が落ちていて、私の側に時雨が落ちていたそうだ。何か事件性があると考えた二人は、「刀を所持している」という事実が事を面倒にすると思い、奏は救急車を呼ばないで、自分の母親が勤めている病院へ私を運び、設楽さんにお店の方を任せたそうだ。


「今度は朱音の番。昨日の夜、一体何があったの?」

 私は昨日の夜にあったことを全て話した。鴉と名乗る男が現れたことから、時雨を抜いたことまで、全部話した。

「・・・よく生き残ったねぇ」

「本当に死ぬかと思ったよ。それで、お店の方は?」

「血痕の位置から察して、これは2人の血であると考えた。今聞いた話を混ぜて考えると、一つは君の、もう一つは鴉と名乗った男の血だろう。刀で斬りつけたのは明らかだったし、君が刀を抜いたなら、相手も刃物を持っていたのだろう。君に依頼されたことと大きく関わっていると思ってね、血痕から散乱した物まで全部片付けてきたよ。勿論、時雨もね」

 つまり、隠ぺい工作をしたということか。

「素晴らしい判断。いい仕事したよ、設楽さん」

「まぁ、警察に言っても信じないだろうし、面倒なだけだもんね」

 すっかり安心しきった奏は、設楽さんが持ってきてくれたお見舞い用の果物からリンゴを持ち出し、皮を剥かずそのまま噛り付いた。

「しかし、一体何がどうなっているんだろうか。僕が調べた鳥村と関係があるのか?」

「全くの無関係じゃないと思うよ。水無月である私を狙っていたのだし」

「共通するのはカラスって言葉だけか。カラスに祟られたって話しじゃ終われないな」

「祟られた・・・?」

 設楽さんは言ってみただけなのだろうけど、私は心に引っかかった。

「もっと調べないと。とりあえず、僕は昨日君を襲った奴を調べてみるとしよう」

「朱音は?これからどうするの?」

「私は・・・水無月を調べてみる」

「どうやって?」

「勿論、渡瀞に行ってよ」


 奏のお母さん、恵与(けいよ)先生の診断によると、私が負った傷は浅く、綺麗に急所から外れていたため、数日したら退院してもいいとの事だった。

退院後、私はすぐに旅立つことにした。



船に揺られながら、私は恵与先生が言っていたことを思い出していた。


「この切り傷、見事なものよ。正確に筋肉の走っている方向に切っている。おそらく、完治したら傷一つ残らないでしょうね。・・・それにしても、どれだけ人を切ったらこれだけの技量が身に付くのでしょうね」


先生の言うことが本当なら、私は鴉に生かされたことになる。・・・何の為?

(今の私じゃ、殺すに値しないってこと?)

 目の前に広がる穏やかな海とは違い、私の心中は渦巻いていた。

(分からないことばかりだ。私を無視して、全てが動いている)

 何となく、気持ちが晴れない。現状を考えれば当たり前なのだけど・・・。どこか、遊びに混ざれない子供のような心境だ。

「ねぇねぇ、見てよ朱音」

「・・・ん?」

「さっき買ったお弁当なんだけどさ、ご飯の上にあった梅干が、今見たら漬物の一角に移動していたんだ。これって・・・・イリュージョン?」

 隣にいる奏はそう言って高笑いをし始めた。

(・・・うぜぇ)


「奏・・・何故着いてきたの?」

「何故って、朱音が行くって言ったからでしょ」

「私が、行くから?」

「そう。私から見た朱音ってさ、変わり者で、可愛くて、ほっとけない人だからさ」

「・・・遊びじゃないよ」

「分かってる。だから行くんだ」

「・・・」

「朱音の使命、何も一人で背負う必要はないって思うよ。だから、私も手伝う。友達だからね」

 奏は私に味付きのゆで卵を差し出した。

「私がいないと朱音、ずっとそんな顔しているでしょ?」

「え?」

 奏の言葉を聞いて、私は我に帰った。自分を忘れていたわけじゃないけど、何かを見失っていた。それに気が付いた。

 私はゆで卵を受け取った。

「これ・・・美味しいよね」

「まだあるよ」

 そう言って、ゆで卵の入ったネットを私の目の前でブラブラ揺らした。

 私は思わず笑みを零した。

(・・・そうだった。私はこんな思いがしたいために、生きているんだ)



 港に着いた私達は、一目散に港を抜け出した。

「迎え、来ないの?」

「来ないで、って連絡しといた。目立ちたくないからね」

「そっか、そうだよね」

 時刻は夕暮れ。この港で降りる人も少なく、人波も疎ら。何事もなく、時は流れている。

「変装して来ればよかったのに」

「こんな田舎でそんなことしたら、余計に目立つよ」

「そんなもんかねぇ」

 少しだけ胸がドキドキしている。久しぶりに故郷へ帰ってきたからではなさそうだ。嬉しさとも、怯えとも違う胸の内が、私を足早にさせる。

「お婆ちゃんの家、遠いの?」

「いや、もう着いたよ」

 私は一軒家を指差した。まだ外は明るいのだが、家には黄色い明かりが灯っている。それが私を何とも言えない気持ちにさせてくれる。

「なんかいいね、こういうの」

「どういうの?」

「ここは朱音の帰れる場所なんでしょ?明かりを灯して、誰かを待つ家」

(誰かを待つ家、か)

 改めてお婆ちゃんの家を見ると、ご飯の匂いがした。

「さ、行こうよ」

 奏が私の背中を押してきた。

「分かったってば」

 私は玄関の戸に手を掛け、ガラガラと音を立てて開けた。

「あの、」

 戸を開けると、お婆ちゃんはエプロンで手を拭きながら玄関へ駆けて来た。

「お帰り、朱音ちゃん」

「あ・・・うん」

「そちらは奏ちゃんだね。朱音ちゃんから聞いているよ。さ、早く中に入って」

 トキお婆ちゃんは嬉しそうに手招きをした。

「お帰り、だって」

 肘で私をつつきながら、小声で奏は言った。

「・・・うん」

「ほら、早く入んなさい」

 胸のドキドキは、お婆ちゃんに会った時にどうすればいいのか、という不安だった気がする。


「・・・ただいま」


いつの間にか消えていた胸のドキドキ。消えたのはきっと、ご飯の匂いがした時。



 私を待っていてくれた人と囲む食卓は、とても賑やかで、隙間なく誰かが喋り続けていた。

久しぶりの、和みの時。こんな時間を知ってしまうと、立ち向かうのが怖くなる。なんとしてでも、生きたくなる。この一時を守るには・・・やっぱり、

「お婆ちゃん。そろそろ、聞きたいことがあるんだ」

「・・・ああ、分かっているよ。私が見た夢の話しだね」

 私は申し訳なさそうに頷いた。

「では先ず、紫吹ちゃんについて話さなきゃならないね。お婆ちゃんの事、何も知らないだろう?

「・・・うん」

「仕方ないよ。紫吹ちゃんはね、朱音ちゃんが生まれる少し前に亡くなったんだ。紫吹ちゃんのお兄さんは、それよりも前に亡くなった」

「お兄さん?」

「そう、紫吹ちゃんは双子だったんだ」

(私と、一緒だ)

「お兄さんは(そう)の名人でね、そりゃあ見事な腕前だったよ。今でも憶えている」

 お婆ちゃんはそう言って首を揺らし始めた。

「筝って何ですか?」

「お琴のことさ」

「琴?」

「筝っていうのは、簡単に言うと13弦の琴の事。本来琴というのは、奈良時代に中国から伝わってきた7弦の(きん)を意味しているんだよ」

「詳しいね、朱音ちゃん」

「職業柄、ね」

 私にとって、この手の話しは得意だった。

「昔は3人でよく遊んでいたんだけどね、お兄さんの稽古が忙しくなると、その機会も少なくなったよ」

(稽古・・・そう言えば、お兄ちゃんもそう言っていた)

「でもね・・・年を幾ら重ねても、私達はずっと友達だった。それは今も変わらないよ」

 お婆ちゃんは目を細め、しみじみと話した。

「その、夢に出てきたっていうのは?」

「手紙に書いた通りさ。紫吹ちゃんが私の夢枕に立って「朱音を守ってあげて」って言って、一輪の花を私に渡したんだ。・・・ちょっと待ってね」

 お婆ちゃんは立ち上がると、仏壇の前に足を運んだ。仏壇に手を合わせて拝んだ後、お婆ちゃんは供えてあった一輪の花を手に取った。

「ほら、これだよ。紫吹ちゃんが私に手渡した花」

 私は花を受け取り、それを眺めた。

(この花・・・)

「朱音、何の花か分かる?」

「うん。多分、桐の花だ」

「桐?桐って花が咲くの?」

「桐は5月頃になると紫の花を咲かすんだ」

「5月?今は7月だよ?」

「桐の花・・・琴の材料。・・・家具・・・家具?」

「・・・何か分かったのかい?」

「うん、多分正解」

「で、何、何?」

「正解を知るには、水無月の神社に行かなきゃいけない」

 私はスッと立ち上がった。

「まさか、今から行くのかい?」

「勿論。夜のほうが人目に付かないし、早い方が良いと思う」

「それじゃあ、私も、」

「お婆ちゃんはここで待ってて」

「でもね、」

「お願い」

 これ以上巻き込めない。その一身で私はお婆ちゃんを止めた。

「私はついて行くよ」

「奏もここで、」

「朱音!」

 奏の瞳には、私には消せない感情が灯っている。私はその気迫に押され、口を閉ざした。

「・・・決まりね」



 私の考えが正しければ、神社に全てを知るヒントがあるはず。真愁と訪れた時に見た、あの場所に。

(・・・もっと、急いだ方がいいな)

 時雨のない今、再び鴉と遭遇したら勝ち目はない。

(おそらく鴉は、私の居場所を知ることが出来る)

 鴉と対峙した時、鴉は言っていた。刀に触れた時に宿った闇が見えると。

 水無月への復讐。その一角として、トキお婆ちゃんを狙う可能性だって考えられる。

(急がなきゃ、)

「ま、待ってよ・・・朱音」

 後ろを振り返ると、石段の途中で力尽きようとしている奏の姿が見えた。

「ほら、頑張って」

 私は奏を促しながら、石段を登りきった。

「もう・・・暗いし怖いし、幅は狭いし、登り難いったらありゃしない」

 毒づきながらも足を動かす奏。

「ほら、もう少し」

 私は少しでも恐怖心が和らぐように、明るく大きな声で言った。


 首に薄っすらと浮かぶ汗を拭いながら空を見上げると、いつもより星が輝いて見えた。

(こうやって、星を眺めたりしたのかな)

 遠い記憶を思い、偲ぶ。

「ゴール・・・はぁ、心臓が、破れる」

「ご苦労様。じゃ、行こうか」

「・・・鬼」

 私は神社に向かって歩き出した。奏もそれに続いた。


「ねぇ、中に入るんだよね?」

「そうだけど。やっぱり怖い?」

「そりゃあね。朱音は怖くないの?」

「うん。慣れたって言うか、これ以上の恐怖を知っていると言うか、ね」

「・・・いつの間に、そんなに強くなったのよ?」

「・・・そんなんじゃない」

 私は戸に手を掛け、開いた。

「さ、入ろう」

 私は奏に手を差し伸べた。奏は無言でその手を取った。


 中は以前と変わらない様子だった。静かに眠っている、そんな感じだ。

「・・・ひ、人」

「じゃなくて、ただの観音像。私も前に来た時に同じ事言ったよ」

「・・・そう、気が合うね。それで、何処に手掛かりがあるの?」

 奏の声が震えている。置物だと知っても、やっぱり怖いのだろう。

「多分、そこ」

 私は懐中電灯を取り出して、灯りを点けた。そして観音像を照らした。

「ちょっと!そんな物照らさないでよ!」

「ごめん。でも見て、観音像の下」

 私は観音像の載っている箱に明かりを向けた。

「・・・紫の模様が書いてある」

「この箱は桐で出来ている。紫の模様はね、桐の花の模様なんだよ」

「じゃあ、この中に?」

「多分、ね。持ってて」

 私は懐中電灯を奏に預け、観音像に手を伸ばした。ひんやりとした感覚が伝わってくる。

「罰当たんなきゃいいけどね」

「変な事言わないでよ」

 灯りに動揺が伝わった。と同時に、私は観音像を床に置いた。続いて箱の上蓋を開けた。

「・・・何か入っている」

 手を伸ばし、それを掴んで外に出した。

「何、何?」

 灯りで照らすと、それが本であると分かった。本と言っても、片端を紐で結ってある手作りの本だ。

「何かの書誌かな?」

 私は本を床に置き、捲ってみた。

「・・・?」

「何も書いてないじゃない」

 奏の言うとおり、本には何も書かれていなかった。隅々まで明かりで照らしたが、一文字も書かれていない」

「もしかして、外れ?」

「・・・そうかな?」

 無意味な物を手の込んだ場所に置くとは思えないし、紫の花の意味を考えると、これが正解としか考えられない。

(紫の花・・・私へのメッセージ)


「・・・そうか。そういうことね」

「何か分かった?」

「うん。しばらくの間、ここで待ってて」

「待っててって、何処行くの?」

「この本の中」

 私は本を手に取り、目を閉じた。

「この本は・・・扉」

 私はいつものように、物に宿る記憶を掬い取った。




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