12・歩み寄る真実
12・歩み寄る真実
「この刀、もしかして神篝かい?」
「何?それ?」
「神篝とは歴史的名刀の名だよ。新聞に載っていただろ?最近博物館から盗まれたって。何の痕跡も残っていないから、内部の犯行だろうという見解だそうだが」
「そうなの?朱音」
「その記事は私も読んだよ。でもこの刀は神篝じゃない、時雨っていう水無月家の刀」
突然すぎて、何をどうすればいいのか分からない。
「まず、隠した方がいいのでは?」
「それだ、さすが探偵。ほら、朱音」
「そうだね」
私は刀を拾い上げると、カウンターの下にそそくさと隠した。
「発送場所は・・・渡瀞。トキって人からだな。何か聞いているかい?」
私は設楽さんの言葉を聞くと、素早く刀を包装していた筒を奪い取った。
刀は間違いなく、トキお婆ちゃんの住所から発送された物だった。
「一体どうして・・・?」
筒を覗いてみると、中に手紙が入っているのに気が付いた。私は手を入れ、筒に合わせて半円を描いている手紙を抜き取った。
「何?何だって?」
「問題かい?」
「もう、静かにしてよ」
私が一括すると二人は大人しくなり、私の肩から手紙を覗き込んだ。
朱音ちゃん。突然こんな物を送って済まないね。ここ最近、時雨の様子がおかしかったので、先ずはそれを伝えます。
いつものように、水無月家の供養をしに神社へ訪れた時です。刀を祀ってある社から、霧が出ていました。もう正午なのに、おかしいな、と思い、社を開けてみました。すると、中には霧が充満していて、時雨からはたくさんの雫が滴り落ちていました。
何故だろうと考えてはみたものの、ハッキリと言えるものは何も分かりませんでした。しかし、その時雨の姿が頭から離れず、ずっと心に引っかかり続けました。
そしてその日の晩のこと。私の夢枕に、紫吹ちゃんが現れたのです。紫吹ちゃんは泣きながら、「トキちゃん、私の代わりに孫の朱音を守ってあげて。こんなこと頼めるのは、トキちゃんだけなの」と言いました。「勿論、任せて」と私が言うと、紫吹ちゃんは紫色の花を一輪、私に手渡して、「朱音に伝えて。宿命の時が迫っている。時雨と共に、過去を断ち切って」と言って、スーっと消えてしまいました。
今にして思えば、時雨から零れていた雫は、紫吹ちゃんの涙だったのではないかと思えます。私には何も分からないけど、これは紫吹ちゃんの頼み。それに朱音ちゃんの為。そう思い、筆を取りました。
「宿命?・・・過去を?」
何のことだかさっぱり分からない。謎が謎を呼ぶとは正にこのこと。
「直接会って話した方がいいんじゃない?」
「・・・うん」
(時雨が・・・涙を零した?今回は、自愛の涙じゃない?)
私は隠した時雨を取り出し、両手でしっかりと持った。
(・・・あの時感じた邪気はもうない。あなたは一体・・・水無月家の何なの?宿命の時って何のこと?)
時雨は何も答えない。
(・・・眠っている。今はまだ、その時じゃないってこと?)
「それにしてもさ、カッコいいよね。刀が似合う女って」
「同感だ」
「・・・そう?」
分からないことを考えるのが面倒になった私は二人の話に乗り、見まねで刀を構えた。
「いいねぇ、凛々しく見えるよ」
調子に乗った私は、左の親指で鍔を弾き、わずかに時雨の刀身を露にした。
「・・・美しい。惚れちゃいそう」
「いや、もうまずい。そろそろ隠した方がいいだろう」
「だね」
私は時雨をさっきの場所に戻し、何食わぬ顔でレモンティーを飲み干した。
私に・・・知らない過去があるのだろうか。全てを思い出した今、まだ知らない真実が何処かにあるのだろうか。
私の心は何も語らない。何も教えてくれない。
(宿命・・・って言われてもなぁ)
私は自分の右手を広げ、手相をなぞるように目で追った。
「・・・今日は満月、か」
教えてくれたのはそれだけ。
「今日はもう終わり」
閉店にはまだ早いが、人の歩みが全く感じられない今宵、これ以上お店を空けていても無駄だ。
そう思った私は、「CLOSE」と書かれた看板を手に取り、そのままお店の外へ。
夜空には満月がくっきりと浮かんでいた。雲を一切纏わぬその姿は勇ましく、どこか視線を集める魅力を持っている。
「私の瞳を盗むとは・・・やるね」
誰もいないから言えること。
「・・・お団子」
しばらく月を眺めた後、私はポツリと呟きながら看板をドアにぶら下げた。
中に戻り、照明を消そうとスイッチに手を掛けた時だ。ふと、時雨が私の目に映った。
「・・・」
昼間と同じく、時雨は静けさを保っている。
「・・・宿命」
再び蘇る口伝。
(私と・・・時雨と・・・宿命。役者は揃った?)
誰も、何も答えない。
「あ、鍵掛けてないや」
私は照明を消した後、月明かりを頼りにカウンターの下に置いてある鍵に手を伸ばした。
「・・・ひっ」
突然、私の体を冷たい感覚が突き抜けた。凍れる雰囲気が私の肌を震わせる。
(何か・・・来る)
震える右手がそれを教えてくれた。
(何だろう・・・これ)
光を飲み込みながら迫る闇。そんなイメージが頭に映り出した。
(やだ・・・怖い)
私は荒れる呼吸を口で諌めながら、護身用にと思い、側にある時雨に手を掛けた。そして、迫る闇が過ぎ去ることを祈った。
壊れた記憶を見た時の、押入れの中に隠れている私。その時と同じような感じが私に纏わり付く。
徐々に近づいてくる黒い闇が、歩みを止めた。
(お店の前・・・すぐそこにいる)
震える手でカタカタと時雨を揺らしながら、闇が再び歩き出すのを強く念じた。
黒い影はドアに手を掛け、少し押してカーテンコールを鳴らした。その瞬間、私の血液が物凄い勢いで流れ出した。食い破るような圧力がお腹に圧し掛かり、私は堪らず手を当てた。
「もう・・・店終いですけど?」
何が何だか分からない私は、習慣でそう答えた。
「邪魔はいない。・・・好都合だ」
そう答え、黒い影はお店の中に足を踏み入れた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、」
時雨を握る手に力が入る。
「何よ、強盗?」
「強盗?略奪者のことか?なら、そう言えなくもないな」
「お、お金ならあげるから、さっさと出てってよ」
「欲しいのは紙ではない」
(一体・・・何なの)
何が起こっているのかも、これからどうなるのかも分からない。これ以上の恐怖はない。
「そう怯えるな、水無月の者」
全身の毛が逆立つような感覚が体を駆け巡った。
(その物言い、)
「誰よ・・・あんた」
「・・・鴉。そう言えば分かるだろう?」
(・・・鴉?)
「この目に見覚えはないか?」
影はそう言うと、今まで閉じていたと思われる左目をゆっくり開けた。
「・・・ひっ」
私は息を呑んだ。
黒い影に浮かぶ、深紅の眼。私を見定める、深紅の眼。
一瞬で蘇る記憶。関連する全ての記憶の欠片が次々と頭に重なっていく。
「・・・何で・・・どうして」
「何も知らないのか。なら困惑するのも無理はない」
その声が、私を更に混乱させる。ほんの一時の間に連なる現実が、私の心を乱し、理性を狂わせる。
「興を殺ぐその目、気に入らないな。水無月とは名ばかりか」
(これが・・・宿命?)
不鮮明な思考の中、ふと過ぎった宿命という言葉に反応し、私は握り締めていた時雨を取り出して身構えた。
「ほう、時雨を手にしていたのか」
少しは動じるかと思ったが、甘かった。刀に怯む様子は全くなく、むしろ深紅の眼に鋭さが増した。
(この感じ・・・間違いなく鴉だ)
「そんなに震えて挑めるのか?お前の守人とは大違いだな」
「守人?」
(・・・真愁の、こと?)
亡き兄を想うと、心から何かが湧き上がって来た。小さな衝動が私の胸を叩く。
「思い出したか?お前を守ろうとして何人死んだ?」
「うるさい!」
私が吼えると、涙が頬を伝い始めた。これは・・・どんな意味の涙?
「そうだ、怒れ。恐怖を飲み込むほどの憤怒を生め」
鴉の言葉に乱され、血が沸きあがる。黒い衝動が暴れ出し、心を食い散らかす。
「あんたが憎くい。憎くて堪らない」
あの時と同じだ。時雨を浄化しようと手に取った時、私は今と同じ感情に蝕まれた。
「我にはずっと見えていた。お前に宿るその闇が。その闇は、刀に触れた時に宿った我の闇。心を染め、お前の強くする」
こうなるのを待っていた。そして、この時を待っていた。そんな言い方だった。
(そんな事はどうでもいい。今、ここで刺し違えてやる)
(駄目だ、朱音)
澄んだ声が心に響いた。
「え?」
(笑えよ。今は光の中に居るんだからさ)
闇を払い、光で満たしてくれた、あの時と同じ言葉。
(これからは、自分の力で振り払うんだ。約束してくれ)
「・・・約束」
私を咎める優しい記憶が、波紋のように心に広がっていく。
「・・・・・・」
心を覆っている暗闇の雲が晴れ、光が差し込む。それはまるで、雨上がりの天使のよう。
「宿命は・・・復讐じゃない」
(・・・さすがは俺の妹だ)
私は目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。そして、済んだ鏡に映る自分の素顔を想像した。兄が、一番喜びそうな顔を。
(・・・こんな感じ?)
私は目を開けた。
「何が・・・お前をそうさせる?」
少し歪んだ深紅の眼で、鴉はそう言った。
「教えてあげない」
私は口を緩めてそう言った。すると、時雨の鞘から一粒の雫が落ちた。
(ほんの少し・・・心が解け合ったね)
「・・・まあいい」
鴉は少し身を屈め、何かを取り出して手の上で躍らせた。
(・・・ナイフ!)
不気味に輝くその正体に気が付くと、私の心が再び揺れ動いた。が、私をかばうように時雨の意識が流れ込んできた。
(え?何?)
私は時雨に心を傾けた。
「・・・夜想の調べ?」
私と時雨。結ばれた手が呼応する。無拍子だった体が、情意の下で誓い合う。
「礼・文・翡・商・翡・文・蘭」
語る私を静かに見据えていた鴉の目が、次第に細く鋭くなっていく。躍らせていたナイフを手中に収める。そして刃をゆっくりと私に向けた。
「武・信・翡・・・?続き、何だっけ?」
「眠れ、永遠に!」
鴉は柔軟な動きで体を少し屈め、一歩を踏み出した。その途端、機敏な身のこなしで、私目掛けて跳び出した。
「・・・武・文・礼!」
重なり合う二つの意思。静寂を断つ気高い時雨の音。目覚めた刀身に、月明かりが宿る。




