11・訪れの時
11・訪れの時
広げた右手が、空を詠む。
雑踏に紛れ、親しい人の軽快な音色が聞こえる。何か楽しいことがあったのかな?と思えるような感じだ。
もう少しでお店の前。私は頬杖を付いている左手の人差し指でカウントを取った。
(3・2・1・)
次のタイミングで、お店のカーテンコールが鳴った。
「いらっしゃいませ」
私はそう言って友人を迎え、広げていた右手をキュッと閉じ、拳を作った。
「や、こんちわ」
予想通りの歓喜の表情を浮かべ、友人はここを訪れた。
「例の物、入荷したんでしょ?」
「勿論。すぐに見せられるよ」
私がそう言うと、彼女は高笑いをした。
「最高!さすが!仕事が早いねぇ」
「褒めるのは物を見てからにしてよ」
私は席を立ち、友人を手招きした。
「朱音の仕事だから、物は確かっしょ」
「そのつもりだけど」
私達は2階へ移動した。2階はアンティーク品を納めている倉庫になっている。広さは36畳で、柔道の試合が出来るくらいの広さはある。床はフローリングではなく、畳になっている。品物を傷つけない為の配慮だ。
「あれま、ガラガラだね」
倉庫に入った途端に彼女はそう言った。
「やる気ないの?」
「そうじゃないって。最近いい品が手に入らないだけ」
「不景気ってヤツ?」
「別に。十二分に稼いでいるよ」
私は答えながら、頼まれていた品を引っ張り出した。
「早く、早く!」
急かす言葉を背に受けながら、私は厳重に包まれた箱を開けた。白い手袋を着用し、中から美しい細工が施された台を取り出す。それを側にあったテーブルに置いた。今度はその台に16個のグラスを収めた。
「はぁ・・・美しい」
品を見ると、彼女はウットリとした吐息を漏らした。これだけで仕事は成功と言えよう。
「これは1990年に作られたグラスハープ。名工が作った至高の一品よ。グラスの素材一つ一つも最高級の、」
「ん~~細かいことはいいから。大事なのは音色よ、ね・い・ろ♪」
「説明も仕事なんだけどなぁ」
私は依頼人の要望に答える為、他の箱から水の入ったボトルを取り出した。そしてコルクを抜き、グラスに水を注いだ。
「それ、と」
銀製のボールを側の棚から取り出し、それにも水を注いでテーブルに置いた。
「どうぞ。お試しあれ」
「ではでは」
彼女はボールに指先をつけ、水の注がれたグラスの口をそっと指先で撫でた。
美しい音色が辺りに響き渡る。
「あぁ・・・素晴らしい。これがグラスハープ」
彼女に依頼されていた品はグラスハープと言って、一種の楽器だ。水を注いだグラスの口を撫でることによって音が出る。聞いたのは今が初めてだけど、予想を遥かに上回る美しい音色が奏でられた。因みに、注ぐ水の量を変えると音も変わる。
「気に入った。いくら?」
「2千万でいいよ。今ならその銀製のボールと、天然の軟水を36本と、硬水を36本付けるよ」
「安い、買った!」
「毎度あり」
「小切手でいい?」
「勿論。送り先は?自宅?」
「事務所に送っといて」
彼女の言う事務所とは、所属している音楽事務所のことだ。
彼女の名は「聖 奏」その世界ではかなり有名な音楽家で、あらゆる楽器を使いこなす天才肌。店一番の御得意様で、私の友人でもある。
「下に戻ろう。お茶でも飲んでいってよ」
「頂きます」
あれから2年。私は家に戻り、お爺ちゃんのアンティークショップを経営して一人で生きている。全てを知った今も、ここでの生活は何も変わらない。平和で、少し退屈で、ちょっと物足りない。誰にでもある日常がここにもある。
変化があったことといえば、私の右手の能力が発達したことだ。具体的に言うと、心を閉じて右手を広げれば、辺りの空気が読めるようになった。近くに誰がいるとか、何をしようとしているとか、そんなことが分かるようになった。あまり役に立たないし、やるのは気が引ける。
何故私はこんなことが出来るのだろう?なんて、分かるはずのない事を幾度となく考え続けている。知っているなら、誰か教えて欲しいな。
「・・・ピアノの音」
お店からピアノの音が聞こえてきた。
「さすがね」
そう洩らしながら、レモンを輪切りにしてティーポットに沈める。
「~~♪~~♪」
カップを取り出す指が音色に合わせて踊り出す。
「~~♪~~♪」
「お待たせ」
私がそう言うと、奏は大振りで最後の一音を奏でた。
「いいね、このピアノ」
「でしょ?グラスハープと一緒に入荷したんだ」
「あんま見ない型だね。なんてピアノ?」
「クラスペディア。心の扉を叩くって意味があるそうよ」
「おぉ、カッコいい」
その歓喜を指先に集め、奏は再び演奏を始めた。私は椅子に座り、その演奏を独り占めするように目を閉じた。
(・・・溌剌な音色。奏らしいな)
強気で一直線な雰囲気を漂わす奏だが、子供の頃は病気がちで、満足に外に出られなかったらしい。先天性の小児癌に掛かっていたらしく、女医である母親と共にあちこちの病院を転々としながら、治療法を探していたことがあったそうだ。
その最中、同じ年頃の女の子と友達になり、その子にピアノを教わったと言っていた。
その子とはそれ以来会っていないし、連絡も取れないでいる。いつの日か、ピアノを教えてくれたその子と、音楽の世界で再会を果たすのが奏の夢。
荒ぶる情熱が冷める前に、またしても大振りな一音で幕を下ろす奏。
「・・・どう?今の曲」
「奏らしいよ。なんて曲?」
「クラスペディア、心の扉を叩く」
「ふぅ・・・それじゃ、殴る、でしょ」
奏は高笑いをしながら両手を首の後ろに回し、子供のように足をバタつかせた。
「でもこのピアノ、扱いづらいよ」
「そういう評価のピアノだからね」
「へぇ」
「そのピアノはバレンタインモデルと言って、歴史的ピアノ奏者である、バレンタインが特注で作ったピアノのレプリカなんだよ」
「これが・・・あのピアノ。・・・光栄だ」
奏は感無量の声で呟いた。
「扱いにくいという評価は、鍵盤がとても軽く、軽く触れただけでも音が出るからだそうよ。だからほんの少しの力加減でニュアンスが変わってしまうって話」
「そうなんだよねぇ。ピアニッシモが全然できない」
だから、殴る、に聞こえたのか。
「暴れ馬に乗っているみたいだったよ。ところで、このピアノはいくら?」
「五千万」
「・・・ちょっと高くない?」
「素材は一級品だからね。因みに、バレンタイン本人が使っているピアノなら億の値がつくよ」
「ピアノに・・・億」
「これはレプリカだけど、本物と全く同じ作りなんだよ」
「なのに半額になるの?」
「バレンタイン本人が使ったかどうか、それが値を決めるのよ」
それがアンティークの世界。物だけじゃ、いい値にはならない。そこに想いがなければ、ね。
「そのピアノを自在に操れたなら、1千万にしてあげるよ」
奏は両手を頭の上に掲げた。お手上げ?
「やぁ」
カラン、とカーテンコールを鳴らし、お店に一人の男が訪れた。
「近くまで来たからさ、経過報告をと思ってね」
「久しぶり、迷探偵。少し痩せた?」
「どうかな。聖君は相変わらずだな」
訪れたのは設楽と言う名の探偵さん。奏の紹介で知り合った人だ。少しお肉が余っているような体格だが、その割にはよく動く。
「この香りはレモンティーだね。頂こう」
「はいはい」
私はカップを取りに行く為、席を立った。
私が設楽さんに依頼したのは、22年前に私の家族を殺めた異常者の素性。もう終わったとは言え、まだまだ謎が残っている。それを知りたいと思い、依頼したのだ。
「報告なんだが・・・」
設楽さんはそう言うとチラリと奏を見た。
「奏は全部知っているよ。私の協力者」
「そうそう、誰がこの仕事を紹介したと思ってんの?」
「いや、ならいいんだ」
設楽さんはレモンティーを飲み、仕切り直した。
「まずその異常者の名前だが、鳥村 高貴。当時25歳。見た目は強面だが、周りの人からは真面目と評価されていたようだ」
「普通さぁ、真面目な奴が人を何人も殺したりする?」
奏の言うとおりだ。
「まぁ聞きなよ。その鳥村だが、急に人が変わったと、当時同じ職場だった人から証言を貰った」
「急に?」
「そう。彼はその証言者の目の前で、豹変した」
「どういうことよ?」
「証言者と鳥村が一緒にいる時、急に鳥村が独り言を言い出したそうだ」
「・・・どんな?」
「規定、欲望、得られるもの、失くすもの。かなり昔のことだから断片的な言葉しか覚えていなかったが、そう言っていたそうだよ」
「訳分かんない」
「そうなんだよな」
「それで?その後は?」
「鳥村はしばらく俯いた後、証言者を無視するように歩き出した。名前を呼んでも返事は無いし、彼からいつもと違う雰囲気を感じたそうだ。証言者が鳥村を追いかけて肩に手を掛けた瞬間、殺気と狂気がむき出しになっている形相で睨まれたそうだ。驚きのあまり、凍り付いて硬直していると、鳥村はその場から姿を晦ました」
「そして・・・渡瀞に?」
「・・・そう。ついでに言うと、鳥村は渡瀞に辿り着くまでに13人殺している。渡瀞までの足跡を残すようにね」
話が見えない。分からないことだらけだ。水無月家とは何の関係があるのだろう。
「どうして13人も殺す必要があったの?」
「それは分からない。被害者に共通点はないし、場所も時間も適当、意図があるとは到底思えない」
「さすが、迷探偵」
「そう言うな。強いて共通点を挙げるとすれば、一瞬で殺しているってこと。確実に即死するように急所ばかりを狙っていたようだ」
「話し掛けられて、挨拶代わりに殺したって感じ?」
「案外そうかもしれないな」
だとしたら、そいつは憎悪の塊。私が掬い取った記憶に出てくる鴉と一致する。・・・だけど、水無月と何の関係があると言うのだろう?
それに、刀に残っていた鴉の意識が語っていた時の牢獄とは?
魂は彷徨い、廻り続ける。その言葉の意味は?
「鴉・・・一体何なの・・・」
「カラス?・・・そう言えば、」
設楽さんは急にカバンの中を物色し始めた。
「どうしたの?」
「その言葉を聞いて思い出したよ。証言者が言っていたんだ、カラスがどうって」
設楽さんはカバンから手帳を取り出し、目当てのページを開いた。
「頭の中に、左目が紅いカラスがいる。そう鳥村が言っていたそうだ」
(左目の紅い・・・カラス)
押入れの中を覗き込む深紅の眼。
蘇る記憶が私に身震いを起こさせた。
「・・・っ」
「どうしたの?朱音?」
「・・いや、何でもないよ」
私は平然を装いながら、そっと自分の肩を撫で下ろした。
「すまないな、今報告できるのは以上だ」
「・・・ありがとう、引き続きお願いね」
「任せてくれ」
設楽さんがそう答えると、お店のカーテンコールが鳴り響いた。
「水無月さん、お届け物です」
「あ、はい」
私はカウンターから判子を取り出し、荷物を受け取った。
「何?何を仕入れたの?」
「さぁ・・・何だろう。最近仕入れはしてないはずだけど」
届いた荷物は細長く、筒状に包装されており、厳重にガムテープが巻かれている。
「結構、重い」
そう言いながら筒を振ってみると、先端の包装が破れ、中身が飛び出してきた。そして、カラン、と金属音を立て、布に巻かれた中身が床に落ちた。
「何、何?」
「さぁ?」
私は床に落ちた、中身を包んでいる布をゆっくり剥ぎ取った。
「・・・水無月君、これ本物かい?」
「・・・マジもん?」
届いたのは日本刀だった。私の家に伝わる刀。名は、時雨。




