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夜葬曲  作者: スピカ
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1・私を待つ、あの場所へ

      「夜葬曲」


    1・私を待つ、あの場所へ


 



 コンコン、と窓をノックする音が夢の中に響いた。

「・・・・・・」

 コンコン、ともう一度窓をノックする音が鳴った。

「ん・・・」

 瞼に感じる強い日差し。私は瞼を強く閉じた後、ゆっくりと目を開き始めた。なだれ込む光が私の意識を「今」へと変えてゆく。

「・・・」

 私は左手で髪をかき上げた。そしてそのままうなじへ手を回し、窓の外へ目を向けた。少しだけ開けられた窓の隙間に、海鳥が器用に足を乗せて立っていた。

窓をノックしたのはこの海鳥のようだ。私がそう思うと、海鳥は「正解」と言わんばかりにくちばしで窓をノックした。

「・・・もう起きたよ」

 そう答えながら、私は窓辺に肘を付いた。そして海鳥の瞳を覗き込んだ。

海鳥は「く~」という感じの声を上げると、翼を広げ、バスの屋根の方へと飛び立った。それを合図にするように、バスがゆっくりと動き出した。


(ここは・・・何処?)

 私は自分が今何処にいるのか全く知らない。何故なら気の向くままにこのバスに乗ったからだ。ついでに言うと、何処へ行けばいいのかも分からない。

 でも一つだけ分かっていることがある。それは、私には行きたい場所がある、ということ。その場所が何処にあるのか、どうやって行けばいいのか分からない。ただそれだけのこと。その場所を捜して、今日も風に吹かれるままに生きている。

 私の行きたい場所。それは夢で見る場所。子供の頃から、何度も見ている夢。音がなく、ただおぼろげな風景が流れていく、長い夢。

不思議なことに、目が覚めるとその夢は私の記憶に残るのを拒むようにスーっと薄れていく。だから何度見ても憶えられない。唯一記憶に残っているのは、

港町。昔からあるような商店街。一車線の道路。海が見える場所で、鳥居に寄り掛かって夕日を見ている私。

これだけ。それすらもおぼろげなのだ。でも私は、その場所を捜し出したくて無計画な旅に出た。手がかりである、海が見える港町、を頼りに海岸を沿っての旅は、もう2ヶ月位になる。

旅というよりは、放浪に近いかも・・・。


こんなにも無計画な旅には、それなりの訳があった。それは、私の最愛のお爺ちゃんの死。

私の家ではお爺ちゃんがアンティークショップを経営していた。両親も兄弟もいない私は、物心ついた時からそのお店でお爺ちゃんと二人で暮らしていた。お爺ちゃんは私にとって、親であり、良き理解者だった。親友のような感覚もあった。そんな私の一番大切な人が亡くなった晩、気の済むまで泣き続けた後、私は「あの夢」を見た。

目が覚める直前、お爺ちゃんが「行ってきなさい」と私の肩を押すように語り掛けた気がしたのだ・・・。

私はお店を休業にして、アンティークショップを飛び出した。これが旅の始まり。全てが「何となく」とか「気がする」といった曖昧な感覚だけど、今のところ後悔はしていない。


バスに揺られながらボーっと景色を眺めていると、決まってお爺ちゃんとの思い出に包まれる。それは様々な彩りだけど、一番よく思い出すのは、お店の外に飾ってある豪華な椅子に腰掛けている私に、お爺ちゃんが話し掛ける。というもの。


「これはこれは、可愛らしいお姫様だ。お姫様のお名前は?」

「・・・朱音。水無月、朱音(みなつき あかね)

 こんな会話のやり取り。きっとお姫様ごっこでもしていたのだろう。何故か分からないけど、いつまで経って忘れない思い出。と言うより、思い出はいつもここから始まる。

「ご利用ありがとうございます。・・・町です」

 バスの中にアナウンスの声が響くと、続いて炭酸飲料のキャップを捻ったときの音がしてドアが開いた。乗っていた少ない乗客は皆、この町でバスを降りた。新たに乗ってくる人もいなく、乗客は私一人となった。

「・・・貸し切りみたい」

 私は窓をもう少し開けた。深く息を吸い込むと、ほんのりと潮の香りに包まれた。旅の初めの頃はそれだけで子供の様にはしゃいでいたけど、さすがに2ヶ月も子供心は続かない。薄くなった感情が、無理をしていただけだということを明るみにし、自分が大人であることを自覚させる。

「出発致します」

 再び、あの音が鳴った。


 窓を完全に開け、頬杖を付き、横目で外の景色を眺める。窓の外は崖になっていて、ガードレールの奥にはずっと見続けてきた海が広がっている。でも、キラキラと輝く水平線は、もう私の心を満たしてはくれない。夢の場所を捜すはずなのに、気持ちはそこに傾ききっていない。もう飽きたとか、一人でこうしているのが不安とか、そういう気持ちじゃない。ただ・・・こうしている自分が本当に正しいのか、分からなくなっただけ。

 旅に出たのは、本当は無意識の口実で、私はただ、お爺ちゃんの居ないアンティークショップにいるのが辛いだけじゃないかって、そんな気が混じり始めた。


 ・・・考え込んでもしょうがない。

(こんな時・・・お爺ちゃんなら・・・)

 私はふと、お爺ちゃんに教わったことを思い描いた。


「色んな道があっても、最後は自分の意思で選ぶんだ。そして自分の意思を信じる。そうすれば、例え選んだ選択が間違っていたとしても、後悔までは至らない。朱音にはそうやって生きて欲しい。・・・心のままに、生きて欲しい。分かるね?」


「・・・分かるよ。お爺ちゃん」

 お爺ちゃんが私にくれた言葉。今も胸に響いている。

(そうだよね。これは自分で決めたことなんだから)

 理由はどうあれ、私は自分の意志でここにいる。それだけは確か。なら、それでいいんじゃない?

 再び窓の外へ目を向けると、海鳥がバスに並ぶように飛んでいた。私は不思議と海鳥と目が合った。

「・・・港、近いの?」

 声を掛けると、海鳥は「く~」と鳴いて返事をした。

「そう。じゃあ次のバス停で降りようかな」

 海鳥は再び鳴いた後、羽を休め、崖の下へと降りていった。

「ん、ん~・・・あぁ」

 私は大きく背伸びをした後、窓を閉め、カバンを握り締め、次のバス停を待った。

 ふと、窓に映る自分の顔がにんまりしているのに気が付いた。

「よし・・・大丈夫、だね」

 私は運転手に聞こえないように、小声で窓に話し掛けた。


「ご利用ありがとうございます。渡瀞です。」

「どうも」

「ありがとうございました。良い旅を」

「あ、はい」

 私は思いがけないお釣りを貰った後、バスを降りた。

何よりまずは深呼吸。それから第六感を働かせる。・・・私にそんなのがあるのか知らないけど。

「右?それとも左?」

 今日も気の向くままに、私は流れる。



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