詩 理科室に行く
「理科室について来て」
彼女が深刻そうに言うので、俺はなるべく刺激しないように柔らかく言う。
「どうした?」
「それが、その…」
彼女はもじもじした後、意を決して言ってくる。
「忘れ物をしてしまって。それを取りに行きたいの」
「忘れ物? 何を忘れたんだ?」
「黄色いマーカー。人に貸してそのまま忘れちゃったのよ」
「誰だ、そいつ。文句を言ってやる」
俺が椅子から立ち上がると、彼女は慌てて止める。
「大丈夫。取りに行けばいいだけの話だし」
まるで獰猛な動物をなだめる飼育員みたいに諭され、俺は「ちっ」と舌打ちする。
男同士の喧嘩なら負ける気はしなかった。
彼女は俺の腕に触れ、ぽんぽんと優しく叩いてくれる。
それから恥ずかしそうに言ってくる。
「理科室って、何か怖くて。ほら、ホルマリン漬けとか人体模型とかあるでしょう? 何か出てきそうで嫌なのよ」
「そうなのか?」
俺は笑わず、真剣に聞く。
彼女はゆっくりうなずくので、腕に伸びた手を優しくとり、繋ぐ。
「よっしゃ。一緒に行ってやるか」
「ありがとう」
彼女はうさきが飛び跳ねるみたいに、身体を反応させる。
俺はそれを見て、守ってやらなくてはと決意する。
2人で教室を出ると、生徒達がすれ違っていく。
今はランチタイムの時なので、時間には余裕があった。
「誰かに取られたらどうしよう」
「大丈夫。必ずあるさ」
手を繋ぎながら顔を覗くと、彼女は心配そうに爪を噛む。癖のようだった。
どうかありますように。
密かに願うと、理科室に到着した。
しんとしており、心なしかひんやりしたように感じる。
彼女がぶるりと身体を震わせたので、安心させるように髪を撫でてやる。
「どこの席だ?」
「えっとね…あそこ」
彼女は俺を引っ張るように連れて行くと、机の上を見てみる。
しかしマーカーらしいものはなかった。
「嘘…!! どうしよう!!」
「諦めるな。机の下かもしれないぞ」
「机の下…」
彼女が屈むと、ショーツが見えそうだった。
これは際どいなとドキドキし、声をかける。
「俺が探す。お前は立っていろ」
「どうして?」
「いいから」
俺は彼女と手を離すと、机の下を見る。
頭をぶつけながら見回すと、端のほうに黄色いマーカーがあった。
「あったぞ!!」
マーカーを手にし、机の下から出ると、彼女が「キャー」とはしゃいだ声を出す。
俺は手渡してやると、立ち上がる。
「もう失くすなよ?」
「うん!! ありがとう」
そう言うと、彼女はつま先立ちをし、俺の頬にキスをしてくる。
俺はびっくりして目を瞬かせたが、すぐに頬を赤く染める。
「もう。何してるんだよ」
「お礼。駄目かな…?」
くそ、可愛い奴。
俺の負けだと認め、時計を眺める。
「早く戻ろうぜ。先生が来ちゃう」
「そうだね。行こう!!」
2人は自然と手を繋ぐと、理科室を後にしたのだった。




