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冷たい保冷剤と、温かいお茶

しばらくして、家の前に着いた。


玄関のドアを開ける。


「ただいま」


返事はなかった。


どうやら、葵たちはどこかに出かけているらしい。


家の中は静かだった。


俺は靴を脱ぎながら言う。


「とりあえず座れ」


凛は小さく頷き、ソファに腰を下ろす。


俺はキッチンに向かい、冷凍庫から保冷剤を取り出した。


タオルで包み、凛のところへ戻る。


「手」


凛が少しだけ迷ってから、腕を差し出した。


その手首に、そっと保冷剤を当てる。


「……冷たい」


「我慢」


短く言う。


凛は何も言わず、視線を落とした。


静かな時間が流れる。


ふと、俺は口を開いた。


「あの男は?」


凛の目がわずかに揺れる。


「別に」


少し間を置いてから、


「ただのバイト先の人よ」


そう言った。


でも、その言い方はどこか無理をしているようだった。


そのとき気づく。


凛の手が、わずかに震えている。


俺は少しだけ眉をひそめた。


「……ちょっと待ってろ」


そう言って立ち上がり、キッチンへ向かう。


棚からカップを取り出し、温かいお茶を入れる。


それを持って戻り、凛の前のテーブルに置いた。


「ほら」


凛はカップを見る。


「……なにこれ」


「いいから飲め」


凛は少しだけ迷ってから、カップを両手で持った。


湯気がゆっくりと上がる。


俺はソファの背にもたれながら言った。


「別に無理に聞くつもりもない」


凛は黙ったまま、お茶を一口飲む。


少ししてから、俺は静かに続けた。


「この家にはさ、お前の力になってくれるやつがいるだろ」


凛が少しだけ顔を上げる。


「俺も、その一人になりたい……」


凛の視線が、ほんの少し揺れた。


「だから……頼りたくなったら、頼れ」


「無理に一人で抱える必要ない」


それだけ言って、俺は立ち上がった。


「少し冷やしとけ」


そう言い残して、自分の部屋に戻る。


リビングには、また静けさが戻った。


凛はしばらくカップを見つめていた。


それから、小さく呟く。


「……ばか」


でも、その声はさっきより少しだけ柔らかかった。

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