帰り道のトラブル
「何してんだよ」
俺は小さくため息をつきながら、二人の間に割って入った。
男の手が止まる。
凛が少しだけ目を見開いた。
「……あんた」
「たまたま通りかかっただけ」
俺は肩をすくめる。
男は不機嫌そうに眉をひそめた。
「誰?」
「通行人」
適当に答えると、男は鼻で笑った。
「関係ないなら口出さないでもらえる?」
「関係ない?」
俺は凛を見る。
凛は一瞬だけ視線を逸らしてから、小さく息をついた。
「……知り合い」
ぼそっとそう言った。
男の表情が変わる。
「は?知り合い?」
「同じ家に住んでる人」
その言葉に、男の顔が露骨に歪んだ。
「はぁ?同居?」
ニヤニヤと凛を見る。
「へぇー、そういう関係?」
「違う」
凛は即答した。
だが男は聞く気もないらしい。
「まぁいいや」
そう言って、いきなり凛の腕を掴んだ。
「ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃん」
「離して」
凛が腕を引く。
だが男は力を緩めない。
「痛っ……」
凛の顔がわずかに歪んだ。
その瞬間、俺は男の手首を掴んだ。
「離せよ」
低い声が出る。
男が舌打ちした。
「……うざ」
だが俺が睨んだまま離さないと分かると、男は仕方なさそうに手を離した。
「マジで空気読めよ」
吐き捨てるように言う。
そして凛を見て、
「今日はいいや」
と肩をすくめた。
「でもさ、俺まだ諦めてないから」
それだけ言って、男は歩き去っていった。
しばらく沈黙が流れる。
俺は凛を見る。
「……大丈夫か?」
「別に」
凛は短く答え、歩き出そうとした。
そのとき、ふと気づく。
凛の手首が少し赤くなっていた。
さっき掴まれていたところだ。
「ちょっと待て」
俺は思わず声をかける。
凛が振り返る。
「なに」
「手首」
そう言うと、凛は自分の腕を見る。
掴まれていたところが、うっすら赤くなっている。
「……平気」
「いや、平気じゃないだろ」
俺は少し呆れたように言う。
「家帰って冷やした方がいい」
「別にそこまで——」
「いいから」
少しだけ強めに言った。
凛は一瞬黙る。
それから小さく息をついた。
「……分かった」
俺は持っていたスーパーの袋を持ち直す。
「帰るか」
凛は何も言わず、隣に並んだ。
二人で歩き出す。
さっきまでの空気が嘘みたいに、夕方の街は静かだった。
少し歩いたところで、凛がぼそっと言う。
「……ありがと」
聞こえるか聞こえないかくらいの声だった。
俺は少し笑う。
「礼言えるんだな」
凛の頬がわずかに赤くなる。
「……あ、当たり前でしょ」
言いながら、少しそっぽを向く。
凛は無言で前を向いたまま、ほんの少しだけ歩く速度を上げた。




