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冤罪で私が追放されたのは、死の火山地帯でした  作者: 月雅


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第9話 皇帝陛下の独占欲とプロポーズ



(計算が合わない。今月の売上が、小国の国家予算を超えている)


私は帳簿を前に、頭を抱えていた。

閉店後の静まり返ったラウンジ。

魔導ランプの灯りが、とんでもない数字が並んだ紙面を照らしている。


あれから三ヶ月。

元婚約者から搾り取った賠償金、そして「通商条約」による水輸出の仲介手数料。

さらに、口コミで爆発的に増えた帝国貴族たちの利用料。


私の金庫は、物理的にパンク寸前だった。


「……もう、一生遊んで暮らせるわね」


当初の目的だった「スローライフ」の資金としては十分すぎる。

これ以上働かなくても、ポチに最高級の肉を毎日食べさせ、自分は毎日温泉三昧の日々が送れるはずだ。


けれど。


「なんか、落ち着かないのよね」


私はペンを置き、窓の外を見た。

湯煙の向こうに、満月が浮かんでいる。


お金はある。

自由もある。

敵もいない。

なのに、胸のどこかに小さな穴が空いているような気がする。


「ワフッ」


不意に、足元に気配がなかったことに気づいた。

いつもなら私の足元で丸まっているポチがいない。

夕食後、「俺はちょっと野暮用で」とでも言うように、そそくさと姿を消してしまったのだ。


「珍しいわね。ポチまでいなくなるなんて」


私は立ち上がり、見回りのために外へ出た。

夜風が心地よい。

昼間の熱気が嘘のように静まったリゾート内を歩く。


サウナ小屋の前まで来た時だった。


「……マリエル」


闇の中から、低く硬い声が響いた。


「っ!?」


私は驚いて身構えた。

そこに立っていたのは、帝国皇帝ルーカス様だった。

帰ったはずじゃなかったの?


「ルーカス様? どうされたんですか、こんな時間に」


彼はいつものラフな格好ではなく、なぜか帝国の正装である軍服をきっちりと着込んでいた。

その表情は、かつてないほど真剣で、張り詰めている。

まるで、これから世界大戦の開戦宣言でもするかのような。


(まさか……クレーム?)


私の背筋が凍った。

今日の彼は、サウナに入っても心ここにあらずといった様子だった。

もしかして、最近の混雑具合にご不満なのだろうか。

それとも、先週導入した「会員制値上げ」が気に入らなかったのか。


「あ、あの、もしサービスに至らぬ点がございましたら、すぐに改善を……」


私が言い訳をしようとした瞬間。

ルーカス様が無言で距離を詰めてきた。


「ひっ」


私は後ずさる。

彼は止まらない。

一歩、また一歩。

私はズルズルと下がり続け、ついにはサウナ小屋の外壁(丸太作り)に背中がぶつかった。


「逃げるな」


「い、いや、お客様? 近いです!」


至近距離。

彼の整った顔が目の前にある。

氷のような瞳が、熱を孕んで私を見下ろしている。


パキパキパキッ……!


突然、私の耳元で甲高い音がした。

ルーカス様が私の顔の横、丸太の壁に手をついたのだ。

その掌から冷気が溢れ出し、壁が一瞬で凍りついていく。


壁ドンならぬ、氷結ドン。

逃げ場が完全に塞がれた。


「ル、ルーカス様!?」


「マリエル。単刀直入に言う」


彼は私の動揺などお構いなしに、私をその腕の中に閉じ込めた。

冷たい冷気と、彼自身の熱い体温が混ざり合って、頭がクラクラする。


「私は、君の経営手腕を評価している。君の作るサウナも、料理も、この空間も素晴らしい」


「は、はい。ありがとうございます……?」


「だが、最近気づいてしまったんだ。サウナに入っても、水風呂に入っても、どうにも『整わない』自分がいることに」


彼は苦しげに眉を寄せた。


「君が他の客と笑って話していると、胸が焼けるように熱くなる。君が元婚約者の話をしていると、そいつを氷漬けにして粉砕したくなる」


「えっと……それは、自律神経の乱れでは?」


「違う!」


ルーカス様は叫び、私の肩を掴んだ。


「これは病ではない。いや、ある意味では不治の病かもしれん」


彼は深く息を吸い込み、私の瞳を真っ直ぐに射抜いた。


「君が欲しい。ビジネスパートナーとしてでも、サウナの女将としてでもない」


心臓が大きく跳ねた。

彼の言葉の意味を、鈍感な私でも理解せざるを得ないほどの熱量。


「私は、君という存在そのものに依存してしまったようだ。君がいなければ、私はもう二度と安眠できないし、この胸の渇きも癒やせない」


「そ、それって……」


「君の作るサウナより、君自身が熱くてたまらないんだ」


「……はい?」


あまりに独特すぎる口説き文句に、私は思わず瞬きをした。

サウナより熱い?

褒め言葉として受け取っていいのだろうか。


けれど、彼の顔は真剣そのものだ。

耳まで真っ赤になりながら、それでも視線を逸らさずに私を見ている。

その不器用で、必死な姿が。


(……ああ、そうか)


すとん、と腑に落ちた。

私が感じていた胸の穴。

お金があっても埋まらなかったもの。


それは、彼がいなくなることへの寂しさだったのだ。

週末に彼が来るのを待ちわびている自分。

新しい料理を作るとき、「彼ならどう言うか」を考えている自分。


いつの間にか、私のスローライフの中心には、この不眠症の皇帝陛下がいたのだ。


「……ルーカス様」


私は震える声で彼を呼んだ。


「私、貴族としての義務とか、格式とか、そういう面倒なことはもう懲り懲りなんです」


「知っている。だから、君を帝国の型にはめるつもりはない」


彼は即答した。


「君はこのまま、ここで好きなようにリゾートを経営すればいい。皇后という立場が邪魔なら、私が法律を変える。君が君らしくあること、それが私の望みだ」


「……法律を変えるって」


無茶苦茶だ。

でも、その無茶苦茶さが、今の私にはどうしようもなく愛おしい。


「それに、私と結婚すればメリットがあるぞ」


ルーカス様は少し不安になったのか、早口で付け加えた。


「帝国の最新資材は使い放題だ。氷魔法で夏場の空調も完璧にする。それに……君が望むなら、毎日君だけの専属熱波師になってもいい」


「ぷっ……!」


私は吹き出してしまった。

世界最強の皇帝陛下が、タオルを振り回して熱波師?

想像しただけで面白すぎる。


「ふふ、あははっ!」


「笑うな。私は真剣だ」


「ごめんなさい。でも、最高です」


私は涙を拭い、彼を見上げた。

凍りついた壁は冷たいけれど、彼の手の温もりが心地よい。


「ルーカス様。私、サウナより熱いかどうかは自信がありませんけど……」


私は彼の方へ一歩踏み出し、その胸に手を添えた。


「貴方の隣で、ずっと一緒に『整って』いきたいです」


「……本当か?」


「はい。返品不可ですよ?」


ルーカス様の表情が、パァッと輝いた。

氷が解けるように、見たこともないほど柔らかな笑顔。


「ああ。……一生離さない」


彼は私を強く抱きしめた。

背後の壁の氷が一気に砕け散り、キラキラとダイヤモンドダストのように舞い上がる。

幻想的で、そして温かい。


「ワオォォォーン!」


遠くの山頂で、ポチが祝福の遠吠えを上げた。

やっぱり、あの子は全部見ていたらしい。


こうして、私は世界一強力な、そして世界一不器用なパートナーを手に入れた。

スローライフは終わらない。

これからは二人三脚で、もっと賑やかで、もっと熱いリゾート経営が始まるのだ。


「……マリエル」


「はい?」


「キスしても、いいか?」


「……入湯料、高いですよ?」


「全財産払おう」


重ねた唇は、サウナの熱気よりも甘くて、とろけるようだった。


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