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冤罪で私が追放されたのは、死の火山地帯でした  作者: 月雅


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第7話 元婚約者の来訪と特別料金



汗だくの兵士たちが、這うようにして私の店の門を叩いた。


ガン、ガン、ガン……。

叩くというより、倒れ込んでぶつかっている音に近い。


「……予想通りね」


私はリゾートの入り口に設置した、黒曜石のゲートを見下ろした。

そこには、かつて見慣れた王国の紋章を掲げる騎士団の姿があった。


ただし、その有様は惨憺たるものだ。

彼らが誇りとしていた銀色の全身鎧は、この灼熱の火山地帯ではただの「蒸し焼き器」に過ぎない。

熱伝導率の良い金属を身に纏い、直射日光と地熱に晒されればどうなるか。

小学生でも分かる理屈だが、伝統を重んじる彼らは理解していなかったらしい。


「マ、マリエル……! 開けろ……!」


聞き覚えのある、しかし酷く掠れた声が聞こえた。

集団の中心で、一際豪華な(つまり一番熱い)装飾甲冑を着た金髪の青年。

元婚約者、ジェラール王太子殿下だ。


顔は茹でダコのように赤く、呼吸は荒い。

威厳の欠片もない姿だが、その目だけは相変わらず傲慢な光を宿していた。


「開けろと言っているのが聞こえんのか……! この石ころ女め!」


「はいはい、ただいま」


私は涼しい顔でゲートの小窓を開けた。

私の周囲には、冷気魔法を封入した透明な結界が張られている。

熱波も有毒ガスもシャットアウトされた、快適な空間だ。


「いらっしゃいませ。当『マグマ・スパ』へようこそ」


私は営業用のスマイルを浮かべた。


「ですがお客様、当店は会員制となっております。ご予約は?」


「ふ、ふざけるな……!」


ジェラール殿下がガシャリと鎧を鳴らしてゲートに掴みかかった。

ジュウウ……と皮手袋が焦げる音がする。

ゲート自体も熱を持っているのだ。


「あつッ!? 貴様、こんな罠を……!」


「罠ではありません。火山の石は熱くなる。常識ですよ」


私は冷ややかな声で告げた。

罠になんてかけていない。彼らが勝手に自滅しているだけだ。


「それで、ご用件は? まさかとは思いますが、営業妨害でしたら警備員を呼びますけれど」


「営業妨害だと? 私はお前を迎えに来てやったんだ!」


殿下は肩で息をしながら、乾いた唇を舐めた。


「国が……大変なことになっている。お前が管理していた魔道具が全て止まった。今すぐ戻って魔力を注げ。これは命令だ」


「お断りします」


即答だった。

迷う余地もない。


「私は追放された身です。罪人には王都の土を踏む資格がない、と仰ったのは殿下ご自身では?」


「そ、それは……! 特例で許してやる! 感謝しろ!」


「感謝? 冗談じゃありません」


私はため息をついた。

ここまで来ても、まだ自分の立場が分かっていないらしい。


「殿下。私は今、ここで事業を営む経営者です。帝国法に基づき、この土地の所有権を認められています。貴国の命令に従う義務はありません」


「帝国だと……? 馬鹿な、ここは王国の領土だ!」


「いいえ、係争地帯ノーマンズランドでした。貴方が私を捨てた場所は、誰の土地でもなかったんです。だから私が頂きました」


正論を突きつけると、殿下は言葉に詰まり、顔を歪めた。

そして、腰の剣に手をかけた。


「……舐めるなよ。たかが女一人、力ずくで連れ戻すまでだ! 全員、突入せよ!」


彼は叫んだ。

しかし、動く騎士はいなかった。

皆、脱水症状で地面に這いつくばっている。


「へ、陛下……もう無理です……水……」

「暑い……死ぬ……」


「ええい、根性なし共め!」


殿下は苛立ち、自ら剣を抜こうとした。

シャリッ。

金属が擦れる音が響く。


その瞬間。


「グルルルルル…………ッ!!」


地底から響くような重低音が、空気を震わせた。

ゲートの奥、岩陰から巨大な影がゆっくりと姿を現す。


全長五メートルを超える巨躯。

ナイフのような銀色の毛並み。

そして、人の頭など容易く噛み砕けるであろう強靭な顎。


「ヒッ……!?」


殿下の動きが止まった。

抜こうとした剣を取り落とし、腰が抜けたようにその場へへたり込む。

騎士たちも悲鳴を上げる元気すらなく、ガタガタと震え始めた。


伝説の魔獣、フェンリル。

私の可愛いポチだ。


今日はいつもの仔犬サイズ(SDモード)ではなく、本来のフルパワー形態になってもらっている。

迫力が違う。


「ご紹介します。当店のセキュリティ責任者、ポチです」


私はポチの太い前足に手を添えて紹介した。

ポチは金色の瞳で殿下を見下ろし、「俺の飼い主(餌係)に手を出すなら、骨までしゃぶるぞ」という明確な殺気を放った。


「フェ、フェンリル……!? なぜこんな所に……!?」


「温泉が好きだからですよ。ねー、ポチ」


「ワフッ(おう)」


ポチが短く吠えると、その衝撃波だけで殿下の兜が吹き飛んだ。


「ひぃぃぃっ!!」


殿下は四つん這いになり、後ずさる。

完全に戦意喪失だ。

武力行使という選択肢は、これにて消滅した。


さて。

ここからが本番だ。

私はただ彼らを追い返したいわけではない。

経営者として、やるべきことがある。


「お客様」


私はゲートを開け放ち、一歩踏み出した。

手には、結露した冷たいガラスのピッチャーと、グラスを持っている。

中には、氷を浮かべたレモン水。

カラン、と氷が涼やかな音を立てた。


その音が、極限状態の彼らには雷鳴よりも大きく響いたらしい。

全員の視線が、ピッチャーに釘付けになる。


「み、水……!」


一人の騎士が手を伸ばした。


「ああ、どうぞ。当店は喉の渇いたお客様を拒みません」


私はニッコリと笑い、グラスに水を注いだ。

シュワシュワと炭酸が弾ける音がする。


「ですが、商品は有料です」


「く、くれ! いくらだ!?」


殿下が叫んだ。

プライドも何もかもかなぐり捨て、水筒を差し出してくる。


「一杯、金貨十枚です」


「は……?」


殿下の動きが止まった。

金貨十枚。

平民なら一年遊んで暮らせる金額だ。

王都の高級ホテルでも、水一杯にこんな値段はつかない。


「ボ、ボッタクリだろ!?」


「ここは火山です。水の輸送コスト、冷却魔法の維持費、そして何より……」


私はチラリとポチを見た。

ポチが牙を見せて「グルゥ」と喉を鳴らす。


「危険手当が含まれております。嫌なら、お帰りいただいても構いませんが?」


「……っ!!」


殿下は悔しげに拳を震わせたが、乾いた喉の痛みには勝てなかったらしい。

懐から財布を取り出し、乱暴に金貨を投げつけてきた。


「払えばいいんだろう、払えば!」


「毎度ありがとうございます」


私は金貨を素早く回収し、グラスを渡した。

殿下は獣のようにそれに飛びつき、一気に飲み干した。


「プハッ……! う、うまい……!」


生き返ったような顔。

そりゃあそうでしょう。ただの水じゃない。

疲労回復効果のある薬草と、私の魔力を込めた特製ドリンクなのだから。


「生き返った心地がするでしょう? さて、水分補給が済んだら、次は汗を流したくありませんか?」


私は畳み掛けるように言った。


「この先には、極上の水風呂があります。火照った体を冷やし、鎧の重みから解放される最高の時間を提供できますよ」


騎士たちがゴクリと喉を鳴らした。

今の彼らにとって、「水風呂」という単語は天国と同義語だ。


「入湯料は、お一人様金貨五十枚になります」


「ご、五十枚!?」


再び悲鳴が上がる。

通常料金の五十倍だ。

我ながら酷いと思うが、彼らは「招かれざる客」であり、かつて私を虐げた加害者だ。

これくらいの慰謝料は請求してもバチは当たらない。


「払えません、とは言わせませんよ。騎士団の予算をお持ちでしょう?」


「き、貴様……!」


殿下は私を睨みつけたが、背後のポチが一歩踏み出すと、すぐに目を逸らした。

そして、渋々といった様子で従者に合図を送った。


「……払え。全員分だ」


「承知いたしました」


チャリーン、チャリーン。

大量の金貨が私のエプロンのポケットに収まっていく。

重い。

心地よい重みだ。


「では、ご案内します。まずはその暑苦しい鎧を脱いで、武器を全て預けてくださいね」


私はゲートを完全に開放し、彼らを招き入れた。


武装解除され、パンツ一丁になった王国の精鋭たち。

彼らは私の指示に従い、フラフラと更衣室へ向かっていく。

その背中は、来た時の威圧感など微塵もなく、ただの「疲れたおじさんたち」だった。


「ふふっ」


笑いが込み上げてくる。

勝った。

武力でも権力でもなく、経済と環境とポチの力で、私は彼らを完全降伏させたのだ。


「さて、と」


私はポケットの金貨を叩いた。

これで新しいサウナストーブが買える。


けれど、本当の「ざまぁ」はこれからだ。

彼らが私の作ったサウナと水風呂の快感を知り、骨抜きにされた時。

そして、その光景をあの方──帝国の皇帝陛下に見られた時。


本当の地獄(天国)が始まるのだ。


私は冷えたレモン水を一口飲み、彼らの後を追った。

客様カモへのサービスは、手を抜かない主義だから。


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