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冤罪で私が追放されたのは、死の火山地帯でした  作者: 月雅


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第2話 伝説の魔獣とコーヒー牛乳



(……誰かの視線を感じる。それも、とてつもなく熱い視線を)


私がその気配に気づいたのは、とっぷりと日が暮れた頃だった。


ここへ追放されてから、二週間が経った。

当初はただの岩穴だった私の拠点は、今や劇的な進化を遂げている。


魔法で切り出した黒曜石を積み上げ、気密性を高めた「サウナ小屋」。

地下水を冷却魔法でキンキンに冷やした「水風呂」。

そして、絶景を望む「露天風呂」。


衣食住の「住」に関しては、王都の公爵邸すら凌駕する快適さだと言っていい。

問題は、この極上の空間を楽しむ人間が私一人しかいないことくらいだ。


「……ふぅ」


私は露天風呂の縁に身を預け、夜空を見上げた。

火山の噴煙がフィルター越しに赤く照らされ、オーロラのように揺らめいている。

静かだ。

たまに岩が爆ぜる音が聞こえるだけで、誰の邪魔も入らない。


はずだった。


ザリッ。


硬質な何かが、岩を踏み砕く音がした。

私は弾かれたように振り返る。


湯気の向こう、暗闇の中に二つの光が浮かんでいる。

金色に輝く、鋭い双眸。


「ッ……!」


心臓が早鐘を打つ。

その目は、どう見ても人間の位置よりも高い。

月明かりが雲の切れ間から差し込み、その巨体を露わにした。


銀色の毛並み。

丸太のような太い脚。

そして、私など一口で飲み込めそうな巨大な顎。


伝説の魔獣、フェンリル。

かつて一国を滅ぼしたとも言われる、天災級の怪物がそこにいた。


(終わった……)


私のスローライフ、二週間で終了。

魔法を構えるべきか?

いいえ、私の【土木建築】は攻撃魔法じゃない。壁を作ったところで、この巨体なら一撃で粉砕される。


私は水面下で拳を握りしめ、覚悟を決めた。

せめて、痛くないように食べてほしい。


けれど。


フェンリルは動かなかった。

襲いかかってくる気配がない。

それどころか、その視線は私を通り越して、私の背後──こんこんと湧き出る「源泉かけ流し口」に釘付けになっている。


「……グルル」


低い喉の鳴り。

威嚇じゃない。これは、もっと切実な響き。

どこか物欲しげで、羨ましそうな。


私は恐る恐る、フェンリルの顔を観察した。

毛並みは美しいが、所々煤で汚れ、火山灰がこびりついている。

ここ火山地帯は暖かいけれど、体を清める水場は少ない。

きっと、体が痒くてたまらないのではないか。


(もしかして……入りたいの?)


その仮説が浮かんだ瞬間、私の中で恐怖よりも「お節介」な職業病が頭をもたげた。

前世、銭湯で番台の手伝いをしていた時の記憶だ。

汚れた体で入り口に立ち尽くす客を見たら、案内せずにはいられない。


「……あの」


私は震える声を抑え、努めて平静に話しかけた。


「お湯、使いますか?」


フェンリルの耳がピクリと動く。

金色の瞳が、初めて私を直視した。

知性を感じさせる瞳だ。言葉を理解しているのかもしれない。


私はゆっくりとお湯から上がり、バスタオルを巻いた。

そして、手桶にお湯を汲み、フェンリルの足元へパシャリとかける。


「グルゥ……?」


「適温ですよ。このお湯、筋肉痛にも効くんです」


私は手招きをした。

フェンリルは警戒するように鼻を鳴らしたが、お湯の誘惑には勝てなかったらしい。

ズシン、ズシンと地響きを立てて近づいてくると、巨大な前足を湯船に浸した。


「クゥ……ン」


気持ちよさそうな声が漏れる。

彼はそのまま、巨体をゆっくりと湯船に沈めた。

ザバァァァッ!!

大量のお湯が溢れ出し、盛大な音を立てる。

私の作った露天風呂は十人サイズだが、それでも彼が入ると少し手狭に見えた。


「ふふ、いい顔」


お湯に浸かって目を細める姿は、伝説の魔獣というより、巨大な犬だ。

私は恐怖心が薄れていくのを感じた。


「背中、流しましょうか?」


私は魔法で作り置きしていた「特大ブラシ(本来は床磨き用)」を取り出した。

フェンリルがちらりと私を見る。

拒絶の色はない。


私は遠慮なく、その背中にブラシをかけた。

ゴシゴシ。ゴシゴシ。

灰と汚れが浮き上がり、お湯に流れていく。

シャンプーはないけれど、この温泉のアルカリ成分だけで十分汚れは落ちる。


「ここ、痒くないですか?」


耳の後ろを重点的に掻いてやると、フェンリルの後ろ足がカタカタと動いた。

どうやら図星らしい。


三十分後。

すっかり綺麗になった銀色の毛並みは、月明かりの下で神々しいほど輝いていた。

フェンリルは湯船から上がり、ブルルッと体を震わせて水気を飛ばす。

私までびしょ濡れになったが、不思議と不快ではなかった。


「あ、待ってください。お風呂上がりにはこれがないと」


私は急いで小屋へ走り、冷蔵庫代わりの「氷室」からあるものを取り出した。

ガラス瓶に入った、茶褐色の液体。


【錬金術】で精製した、特製コーヒー牛乳だ。

この辺りに生えている魔力草の成分を分解・再構築してミルク風の味を再現し、香ばしい木の実を焙煎して香り付けしたもの。

甘味は樹液から抽出した天然シロップ。

私の執念の結晶である。


「どうぞ」


私は桶に瓶の中身を注ぎ、差し出した。

フェンリルは鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐ。

そして、ペロリと一口。


「ッ!!」


目が大きく見開かれた。

次の瞬間、ガツガツと猛烈な勢いで飲み干していく。

あっという間に桶は空になった。


「ワンッ!」


「えっ、おかわり?」


野太い遠吠えではなく、完全に犬の鳴き声だった。

尻尾がブンブンと振られ、風圧で私の髪が乱れる。


私は苦笑しながら、二本目の瓶を開けた。


「はいはい。ゆっくり飲んでね」


美味しそうに舌鼓を打つ巨大な狼を見上げながら、私は確信した。

この最強の魔獣は、もはや敵ではない。

サウナとお湯、そしてコーヒー牛乳の虜になった、ただの常連客だ。


「名前、ポチでいいかしら」


「グルッ(異議なし)」


肯定された気がした。


こうして、私と元伝説の魔獣(現ペット)との奇妙な共同生活が始まった。

このモフモフがいれば、どんな敵が来ても追い払ってくれるだろう。

私のリゾート計画は、盤石なセキュリティを手に入れたのだ。


これで心置きなく、サウナ作りと昼寝に専念できる。

そう思っていたのだが──。


数日後。

空から男が降ってくるなんて事態は、さすがの私も想定していなかった。


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