第10話 世界一熱くて甘いハッピーエンド
雪とマグマが混じり合う幻想的な景色の中、祝福の鐘の音が鳴り響いた。
カローン、カローン。
澄み渡る青空に吸い込まれていく音色は、ここがかつて処刑場と呼ばれた場所だとは信じられないほど平和だ。
「……綺麗だ」
隣に立つ新郎──ルーカス様が、ため息交じりに呟いた。
今日の彼は純白のタキシード姿。
いつもの黒い軍服も素敵だけれど、白も破壊的に似合っている。
「ルーカス様こそ。雪の精霊みたいですよ」
私は微笑み返した。
私の身を包んでいるのは、帝国の最高技術を結集して作られたウェディングドレスだ。
レースの一枚一枚に冷却魔法が編み込まれており、火山の熱気の中でも汗一つかかずにいられる優れものだ。
ここは、私のリゾート『マグマ・スパ』の敷地内に新設された、野外チャペル。
ルーカス様が氷魔法で作り上げた、一日限定の「氷の教会」だ。
太陽光を浴びて七色に輝く氷の柱と、背景に燃える火山の赤。
このコントラストは、世界中どこを探してもここだけにしかない。
「新郎新婦、誓いの口づけを」
司祭役を務めるのは、なぜか宰相フランツ様だ。
「他人に任せると進行が遅れる」と自ら買って出たらしい。
眼鏡の奥の目が、スケジュール通りに進んでいることに満足げに光っている。
ルーカス様が私のベールを上げた。
至近距離で見つめ合う。
半年前、サウナ小屋の壁際でプロポーズされた時よりも、ずっと穏やかで、深い愛を感じる瞳。
「……愛している、マリエル」
「私もです、ルーカス様」
触れ合う唇。
冷たくて、温かい。
わぁっ、と参列者席から歓声が上がった。
振り返ると、そこには見知った顔がずらりと並んでいた。
最前列には、サウナ仲間の帝国騎士団長たちが、男泣きしながらハンカチを噛んでいる。
その後ろには、マリエル商会の取引先となった商人たち。
そして、恐縮しきって小さくなっている王国の貴族たち。
彼らは今、帝国の支援(という名の管理)の下で、必死に国を立て直している最中だ。
私が水を輸出しなければ国が干上がるため、誰も私に頭が上がらない。
「ふふ、みんな良い顔してる」
私は満足げに頷いた。
これぞ、私が求めていた「平和」と「勝利」の景色だ。
「さて、皇后陛下」
式が一段落したところで、フランツ様が進み出てきた。
「これより披露宴ですが、その前に新婦より所信表明演説を頂戴します」
「えっ、演説? 挨拶じゃなくて?」
「帝国臣民に対し、今後の指針を示す必要があります。どうぞ」
無茶振りだ。
でも、マイク(拡声の魔道具)を渡されたら、経営者として黙ってはいられない。
私は深呼吸をして、参列者を見渡した。
「えー、本日はお日柄もよく……と言いたいところですが、ここは火山なので毎日晴れです」
会場から笑いが起きた。
「私、マリエル・フォン・ドラグノフは、この度帝国の皇后となりました。ですが!」
私は言葉を切り、力強く宣言した。
「『マグマ・スパ』の女将を引退するつもりはありません! 今後も週に四日は現場に出ます! 皇后公務はリモートワークとサウナ外交でこなします!」
一瞬の静寂。
そして、爆発的な拍手が巻き起こった。
「さすが女将さん! 一生ついていきます!」
「サウナ万歳! 皇后陛下万歳!」
特に帝国側の盛り上がりが凄い。
彼らにとって、私が現場にいることは「最高のサウナ環境が維持される」ことと同義だからだ。
隣でルーカス様が苦笑している。
でも、その手は私の腰をしっかりと支えてくれていた。
「君らしいな。それでこそ、私が惚れた女だ」
「ふふ。ルーカス様も、ちゃんと手伝ってくださいね? 専属熱波師の約束、忘れてませんから」
「……善処する」
皇帝陛下がタオルを振る日は近そうだ。
*
披露宴は、私のリゾートらしく立食形式のバーベキュー大会となった。
最高級の肉と魚介が焼ける匂いが、会場を満たしている。
私はルーカス様と共に、各テーブルを回って挨拶をしていた。
ふと、会場の隅でせっせと働くスタッフの姿が目に入った。
ボロボロの作業着に、頭には手ぬぐい。
手にはトングを持ち、必死の形相で肉を焼いている金髪の青年。
「……焼き加減はどうですか、お客様!」
「うん、悪くないね。水のおかわり!」
「は、はいっ! 直ちに!」
元王太子、ジェラールだ。
彼は廃嫡された後、莫大な借金を返済するために、ここで住み込みの下働きをしている。
最初は「こんなことできるか!」と暴れていたが、ポチに三回ほど噛まれそうになってからは、見違えるように真面目になった。
今では「新人湯守のジェラール君」として、常連客にいじられながらも可愛がられている。
「……意外と、向いていたのかもしれませんね」
彼が額の汗を拭い、充実した顔で「次、焼きます!」と叫んでいるのを見て、私はそう思った。
王族としての重圧よりも、肉体労働で汗を流す方が彼には合っていたのだろう。
それに、ここでは働けば働くほど、美味しい賄い(私の手料理)が食べられる。
「彼もまた、ここに来て『整った』一人というわけか」
ルーカス様が私の視線を追って言った。
「そうですね。ここは、そういう場所ですから」
誰もが肩書きを脱ぎ捨て、裸になって、汗を流してリセットする場所。
それが私の作った『マグマ・スパ』だ。
「ワンッ!」
足元に、白い影が飛びついてきた。
ポチだ。
今日は首に蝶ネクタイをつけて、リングドッグの大役(指輪を運ぶ係)を果たしてくれた。
「よしよし、お疲れ様。ご褒美よ」
私は隠し持っていた骨付き肉を渡してやった。
ポチは嬉しそうに尻尾を振り、ルーカス様に「どうだ、俺の飼い主は最高だろう」とドヤ顔を向ける。
「……ポチ。今夜だけは、私の邪魔をするなよ?」
ルーカス様が小声でポチに釘を刺している。
どうやら、初夜の攻防戦が水面下で行われているらしい。
私は聞こえないフリをして、空を見上げた。
日が傾き、空が茜色に染まり始めている。
火山の噴煙も、夕日に照らされて黄金色に輝いていた。
「マリエル」
ルーカス様が、グラスを二つ手に持って振り返った。
中に入っているのはシャンパンではない。
茶褐色の液体。
私たちの出会いの象徴。
「乾杯しよう。君と、君の作ったこの楽園に」
「はい。そして、私たちのこれからの毎日に」
私たちはグラスを軽く合わせた。
カチン、と軽やかな音が響く。
特製コーヒー牛乳の味は、甘くて、少しほろ苦くて、そして最高にまろやかだった。
「……美味しい」
「ああ。世界一美味い」
ルーカス様が、私の唇についた牛乳の泡を指で拭い、そのまま自分の口へ運んだ。
周囲からヒューヒューと冷やかす声が飛ぶ。
私は真っ赤になって彼を睨んだが、彼は悪びれもせずに笑った。
「愛しているよ、マリエル」
「……もう、知ってます」
私は背伸びをして、彼の頬にキスを返した。
ここから私の人生は、もっと忙しくなるだろう。
帝国の皇后として、人気リゾートの女将として、そして愛する人の妻として。
でも、大丈夫。
疲れたらサウナに入ればいい。
美味しいご飯を食べればいい。
そして、隣にいる彼の手を握ればいい。
それだけで、私は何度でも立ち上がれる。
「さあ、ルーカス様。二次会はサウナですよ!」
「……ドレスのままでか?」
「脱げばいいんです! 行きましょう!」
私は彼の手を引き、湯気の立つ方へと駆け出した。
世界一熱くて、甘い新婚生活の始まりだ。
私の「癒やし」と「逆転」の物語は、こここらまた、新しい章を刻み始めるのだった。
(完)
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