第1話 処刑火山と土木魔法
灼熱の風が頬を打ち、私は断崖絶壁から突き落とされたような衝撃と共に、馬車から放り出された。
「ゴホッ、ゴホッ……!」
舞い上がる砂煙。
鼻を突く強烈な硫黄の臭い。
そして、肌を焦がすような熱気。
視界の先で、王家の紋章が入った馬車が全速力で逃げ去っていくのが見える。
彼らは私を振り返りもしない。
ここは王国の最果て。
通称『ヘル・ヴォルケーノ』。
罪人を放り込み、熱と毒ガスで始末するための天然の処刑場だ。
「……本当に、置いていかれたのね」
私はよろりと立ち上がり、ドレスの裾についた灰を払った。
公爵令嬢マリエル・フォン・エヴァーグリーン。
それが私の名前。
つい数時間前まで、この国の王太子の婚約者だった女。
けれど、「聖女を階段から突き落とした」という身に覚えのない罪を着せられ、弁明の機会もなくここへ連行された。
『地味で可愛げのない石ころ女め! 二度と私の前に顔を見せるな!』
ジェラール殿下の罵声が、まだ耳に残っている。
悔しいかと言われれば、もちろん悔しい。
けれど、それ以上に──。
「息が……苦しい」
感傷に浸っている場合ではなかった。
周囲には黄色いガスが漂い始めている。火山性ガスだ。
吸い込めば肺が焼け、数分で意識を失うだろう。
死にたくない。
強くそう思った瞬間、脳裏に「別の記憶」が鮮烈に蘇った。
(ああ、そうだ。私、前世は毎日残業続きの社畜だったわ)
満員電車。終わらないクレーム処理。コンビニ弁当。
そんな灰色の生活の中で、唯一の救いだったもの。
『今週もサウナで整った〜! 生き返る〜!』
銭湯の湯船。水風呂の冷たさ。サウナの熱気。
あの極上の癒やし。
記憶が繋がり、私の中でカチリと何かが噛み合った。
私はただの「石ころ女」じゃない。
癒やしを求める魂と、この世界でも稀有な力を持った女だ。
「……やってやるわ」
私は呼吸を止め、両手を地面に突き立てた。
意識を集中する。
体内の魔力回路を全開にする。
貴族たちが「泥臭い」「職人の真似事」と馬鹿にした、私の固有魔法。
【土木建築】。
イメージするのは、密閉された空間。
毒ガスを遮断し、清浄な空気だけを取り込むフィルタリング機能付きのシェルター。
「構成、展開。……石壁!」
ゴゴゴゴゴ……!
地面が唸りを上げ、私の周囲に強固な岩盤がせり上がる。
瞬く間にドーム状の石室が形成され、私を包み込んだ。
隙間を魔力でパテ埋めし、通気口には活性炭構造の岩石フィルターを生成して設置する。
外界の熱とガスが遮断された。
「ふぅーっ……!」
新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。
助かった。
とりあえず、即死だけは免れたようだ。
薄暗い石室の中で、私はへたり込んだ。
魔法の反動で少しだけ体が重い。
「さて、次は水ね」
人間、水がなければ三日と持たない。
ここは火山地帯だ。地表には毒沼しかないかもしれないが、地下には必ず水脈があるはず。
私は再び魔法を発動させた。
今度は足元へ向けて。
ドリル状に魔力を練り上げ、岩盤を掘削していく。
地下10メートル。
20メートル。
硬い岩盤をバターのように切り裂いていく。
普通の魔導師なら魔力切れで倒れている深さだ。
だが、殿下に押し付けられた膨大な領地経営と土木工事のおかげで、私の魔力量は無駄に鍛え上げられている。
(もっと深く。もっと熱い場所へ……!)
ガツンッ!
手応えがあった瞬間、足元の穴から蒸気が噴き出した。
熱い。でも、嫌な熱さじゃない。
湿り気を帯びた、芳醇な香り。
とぷ、とぷ、とぷ。
掘削した穴から、透明なお湯がこんこんと湧き出し、私が作った石室の床を満たしていく。
「これ……まさか」
私は震える手で、そのお湯をすくった。
適度な温度。
肌に吸い付くようなとろみ。
微かに香る硫黄とミネラルの匂い。
「温泉……!」
それも、ただの温泉じゃない。
魔素をたっぷり含んだ、天然の源泉掛け流しだ。
王宮にあった温水プールのような生ぬるいお湯とはわけが違う。
気づけば、私の目から涙がこぼれていた。
婚約破棄された時ですら泣かなかったのに。
「最高じゃない」
ドレスを脱ぎ捨て、私は生まれたままの姿でその湯だまりに身を沈めた。
「はぁぁぁぁ…………生き返るぅ……」
熱いお湯が、冷え切った心と、酷使された体に染み渡る。
全身の細胞が歓喜の声を上げているのがわかった。
ここは処刑場?
いいえ、とんでもない。
「誰にも邪魔されない、私だけの楽園だわ」
王太子殿下、婚約破棄してくれてありがとう。
私はここで、第二の人生を──最高のスローライフを始めさせていただきます。
湯気にかすむ視界の先で、私は固く決意した。
この場所に、世界一の温泉リゾートを作ってみせると。
けれど私はまだ知らない。
この極上の湯の香りが、とんでもない「客」を引き寄せようとしていることを。




