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排する人

作者: 雉白書屋
掲載日:2025/12/15

「今夜は特に多いなあ……」


 思わず漏れた独り言に、おれは苦笑した。声が大きかった気がして、“彼ら”に聞こえたのではと身構えたが、杞憂だったようだ。こちらを気にするそぶりもなく、ただゆっくりと夜道を歩き続けている。彼ら、徘徊老人たちは。

 靴を片方しか履いていない者。季節外れの真冬用のダウンジャケットを着ている者。髪は乾いた草のようにばさつき、誰もがわずかに空を仰ぎ、口を半開きにしたまま、ゆらゆらと足を運んでいる。まるで夜風に押し流される亡霊の行進のようだった。


 この国の高齢者は四千万人以上。そのうち、介護を必要とする者が八百万人、認知症が六百万人。そして、介護施設に入れない者は数万人――と、昔は言われていた。

 今ではその数倍に膨れ上がっている。金銭的な問題、施設の不足、人員不足などの理由から介護難民は年々増え続けた。自宅介護に限界を迎えた家族が、親を残して自ら命を絶つ――あるいは親に手をかけてしまう。そんな事件は、もはや珍しくもない。だが、彼らを安易に責めることはできない。重く、悲しい現実だ。


 しかし、ある時期からそうした事件は減少の兆しを見せ始めた。どういうわけか――いや、みんな気づいてしまったのだろう。『動けるのなら、放ってしてしまえばいい』と。この現代社会という大河に。

 それは姥捨て山ならぬ、“姥捨て川”だった。わざわざ山奥まで捨てに行く必要もない。ただ手を離して、本人の思いのまま歩かせればいい。罪悪感にそっと蓋をして。あるいは、罪悪感もさほど抱いていないのかもしれない。仕事も金も心も、何もかも擦り減った現代人には、余裕もまともな選択肢も残されてはいなかったのだ。

 放流して、あとは知らん顔。身分を示すものさえ持たせなければ、見つかっても家族へたどり着くのは困難だ。犬のようにチップを埋め込まれているわけでもないのだ。

 警察も、彼らが万引きや無銭飲食といった犯罪を起こさない限り、構うことはない。刑務所は介護施設の代わりではない。たとえ逮捕しても責任能力なしで早ければ即日釈放、そして再び放流される。


『介護が必要な老人が増えるのは何年も前からわかっていたことでしょう! これは低賃金で介護士を使い倒してきたツケですよ!』

『介護施設は閉鎖続きです。補助金だけ受け取って逃げる悪質な経営者が多いそうですよ』

『まったく、政府はいったい何をしているんでしょうかねえ』

『家族の責任も大きいですよ。親を捨てるなんてどうかしてる!』

『徘徊者の保護は急務です! 彼らにも人権があるんですよ!』


 テレビで何万回も見たやり取りだ。耳の奥にへばりついている。

 険しい顔を作り、政権を批判するコメンテーターたちの意見はもっともだが、「では、あなたの家で保護しては?」という問いには決まって口をつぐむ。結局、他人事でしかないのだ。まあ、実際にそうなのだが。

 親が認知症になって当事者として地獄を見るまでは、誰もこの問題を直視しようとしない。あまり重たく、あまりに恐ろしいからだ。だからみんな見て見ぬふりをするだけだ。誰かが何とかしてくれるだろうと願うだけ。何もそれはこの問題だけでなく、この国の多くの問題に向けられてきた態度でもあったから、不自然なことでもないが。


 もっとも、人間はどんな状況にも慣れてしまうものだ。今ではこうして、夜の街を徘徊老人たちが群れを成してさまよっていても、誰も立ち止まらない。

 もちろん、たまに面白半分でちょっかいを出す馬鹿者もいるが、怪我を負わせれば逮捕だ。彼らは人権を失ったわけではないのだ。ゆえに誰も触れない。触らぬ神に祟りなし――そう考えると、どこか宗教的な行進のようにも見えてくる。

 ……それにしても、今夜はやけに多いな。しかも全員、同じ方向に進んでいる。


「ちょっとついて行ってみるか……」


 ふいに好奇心をそそられ、おれは彼らと共に歩くことにした。

 どうせ明日は早起きする必要もない。なぜなら今日、仕事をクビになったから。


「ははは……」


 喉の奥から笑いが漏れた。思った以上に乾いており、おれは少し驚いた。いつの間にそんなに年老いたのか、と。確かに若くない。しかし年金生活にはまだ遠く、宙吊りのような中途半端な年齢だ。行く末はどうにも霞んでいる。……ああ、おれはそんな自分を、彼らの背に重ねているのかもしれない。彼らの進む先に、何かしらの意味があると信じたいのだ。


 住宅地を抜けると、空気がひんやりとしてきた。視界が開け、河川敷が現れた。

 虫の声と風が草を撫でる音が、夜気の中に淡く溶けていく。おれたちはゆっくりと川沿いを歩き続けた。


 ……ひょっとして、海を目指しているのか?


 母なる海、などと言うし、本能が帰る場所として選ばせているのかもしれない。それとも、何か目的があるのだろうか……まさか、入水自殺。それではまるでネズミの集団自殺ではないか。認知症という個体が増えすぎたために、環境の圧力に押されて自ら海へ身を投げる……いや、あれはたしか作り話だったはずだ。

 しかし、『ネズミは沈む船を見捨てる』という諺がある。この国を沈みかけた船に見立てて、脱出を図っているのかもしれない。

 いや、それはむしろ金を持った連中だろう。資産家や芸能人たちは次々と海外に移住して、ぬくぬくと暮らしながら、ちゃっかりネット配信で稼ぎ、たまにテレビに出ては政権批判している。まったく、面の皮の厚い連中だ。……まあ、これはただの嫉妬か。逃げる足を持たない、おれの。


 そんなことを考えながら歩き続けていると、ふいに潮の匂いが鼻先を掠めた。前方に灰色の砂浜が広がり、その先に黒々とした海が横たわっている。寄せては返す波の音が、夜の静けさを食むように響いていた。

 砂浜にはすでに多くの徘徊老人たちが集まっていた。月明かりを受け、彼らは皆同じ方向――水平線の彼方をじっと見つめている。まるで、その視線の先に何かがあるかのように。

 楽園――だが、そんなものあるはずもない。


「あっ」


 もしかしたら、浦島太郎も徘徊老人だったのかもしれない。浜辺でぽつねんとしていた老人を、誰かが哀れんで作ったおとぎ話……竜宮城を連想してそんな空想を思いつき、おれはひとり小さく笑った。


 姥捨て川から、姥捨て海へ。

 月光を浴び、海を見つめる彼らの姿は、どこか自由に見えた。

 彼らは社会から捨てられたのではなく、自ら捨てたのかもしれない。この煤けた世界から解脱したのだ。

 おれもいつか、彼らのように海を目指して歩くのも悪くないのかもしれな――


「いてっ!」


 ……は? なん、だ? 

 鈍い痛みが腕を走り、反射的に振り返ったおれは、思わず息を呑んだ。

 老婆が背後から、おれの腕に噛みついていたのだ。

 青白い顔に、白く濁った瞳。もごもごと動く口が、まるでヒルのように皮膚へ吸いついていた。


「な!?」


 まただ、今度は別の老人が足に――さらにもう一人が腕――あ、あ、あああ!?

 ま、まさか……こいつら、人けのない場所まで誘い出したのか。いつの間にか、“狩り”を覚えて――

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