雨
いつもの帰り道。夕方、雨で薄暗い道。
たまに車が通るけど、人はいない。
パタ…パタ…。
木の葉から伝う雨水が、たまに傘を打つ。
なんだろう。今日はいつもと違う。
空も道も灰色。人も建物も、靄がかかったように見える。
「ねえ。そっちじゃないでしょ?」
不意に耳元で誰かに注意された。
周りを見ても誰もいない。サアサアと雨が降る。
優しい女の人の声だった。
真っ直ぐ前を見る。
この道を曲がらず歩くか、右の信号を渡って先に進むか。どちらでも行ける道。
信号は、もうすぐ青になる。
「……」
立ち止まりそうになった。
でも、止めた。やっぱりこのまま進もう。
パシャ。
水溜りに足が入る。ゆらりと水がたゆたう。
パタ…パタ。傘に雨音が落ちる音。
横を車が通り過ぎて行った。
静かな道を歩いて帰る。
グレーの世界。
早く、色のある家の中に入りたい。
マンションに帰ってきても、カラフルな色は見えなかった。
「誰も帰ってないのか…」
明かりのついてない家の中は、さっきよりも暗い墨色の世界。
玄関の電気をつけようとスイッチに手をやる。
パッと明るくなった。
「おかえり」
「? お母さん?」
挨拶が聞こえた気がした。
でも、誰もいなかったーー廊下で誰か話してたのかな。
自分の部屋へ行き、濡れた服を着替えて、疲れた身体を休ませようとベッドに横になる。
明かりがついてるのに、なんだか部屋が灰色がかってるように感じる。……気が滅入る。
「雨のせいかな…」
少し寝ようと目を瞑る。静かな部屋。
外から車が走る音が聞こえる。
「な に 寝 て ん だ よ」
「!?」
耳元で、低く憎く怒りを滲ませた男の声。
飛び起きて、周りを見る。
心臓はバクバクと鳴っていて汗だくになっていた。
聞いたことがない声。あんな低い声、知らない。
部屋は明かりがついてるのに薄暗い。
窓の外は灰色。
誰もいない。静かな部屋。雨の音が聞こえる。
ーーー開けてよ
「お母さん?」
外から女の人の声がした気がした。
慌てて部屋を出て、玄関のドアを開けようとして止まる。
自分の部屋から廊下の声なんて、聞こえるはずがない。
「開けてよ」
耳元で、優しい女の人の声が聞こえた。
身体が勝手にドアノブに手を伸ばす。
「ほら、早く、開けてよ」
ブルブルと震えが止まらない。何で。嫌だ。
開けたくない。
カチャリ。
扉の隙間から見えるのは、灰色の世界。
それからーーーーーーーー
「ただいまー!もう、鍵開けっぱなし!危ないじゃない」
トタトタと廊下を通って電気の付いているリビングに入る。
「あれ……いないの?」
家の中には誰もいない。
「鍵もかけずに出るなんて。不用心ねえ」
買い物袋を置いてガサガサと中身を取り出す。
いつもと変わらない景色。
雨は止み、外はもうすっかり暗くなっていた。




